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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第二章 部活始動編
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第二十二話 頑張れ

 授業に集中出来ない。目の前では数学の教師が何かを説明しているが、全く頭に入って来なかった。


 窓の外を眺めると、俺達とは別のクラスの生徒達がサッカーをしている。昨日は雨が降ったので、芝の上はまだ水分が残っていた。


 ボールを追いかける度に、ボールを蹴る度に水が跳ねるのではないかと授業とは関係のないことを考える。


 この数学の教師は成績の良い生徒にはあまり回答させないので、幸いにもこの日、俺が標的となることは無かった。


 キーンコーンカーンコーン。


 昼休みに入り食堂へと向かう。母さんは気まぐれで、弁当を作る日と作らない日がある。今日は後者だ。


 ポケットに手を入れ、廊下を歩いていると背後から俺を呼び止める声があった。


「カズ」

「立也か」


 立也は俺に追いつくと、質問を投げかけて来た。


「何かあったのか?」

「あったというより、ある、が正しいな」


 今日はあれから二日目の金曜日。昨日の夜はあまり寝付けず、睡眠不足気味である。


「詳細聞いてもいい奴か?」

「あー……フィフティフィフティだ」

「微妙だな」


 立也にならば伝えても良い気がする。どちらにせよ、今日が終われば立也や舞鶴にも情報が行くだろう。


 だが本人に許可を貰った訳では無いので、一応口を噤んでおくことにした。弁当のある立也とは別れ、食堂に辿り着く。


 相変わらず人が多い。


「! おーい」


 誰かが誰かを呼ぶ声が、喧騒に紛れて聞こえてくる。飯を食べる場所は、出来る限り静かな方が良いので食堂はあまり好きでは無い。


「おーい」


 特に今日のような日は、落ち着いた場所でゆっくりと考え事に耽りたかった。本当に福知を止めなくて良かったのか。


「無視!?」


 さっきからうるさい。どこか聞き覚えのある声だと視線を運ぶと、そこには悲しげな面持ちで立っている人影があった。


「メガネくん」

「やっと気づいた……」


 月曜日に、体育で知り合ったメガネくんだ。



「で、その友達が今日告白すると……」

「そういうことだ」


 メガネくんと飯を一緒に食べる。箸を動かしながら会話を進めた。


 彼には、福知の名前は出さず今日に至るまでの経緯を語ることにした。他人の意見も聞きたいとそう思ったからだ。


「悩む所ある?」

「正直、今告って上手く行くとは思えない」


 本音を言う。伊根町の関心が、福知に向いているとは思えないのだ。


「でもそれは、他人の事情だよ」

「?」


 メガネくんから予想外の言葉が飛んで来た。よく意味が分からず戸惑う。


「君には関係無いってこと」


 メガネくんは、冷めない内にと味噌汁を飲む。彼の突き放すような言葉が、少し頭にきた。


「あるだろ。俺はあいつの恋愛の協力をしてたんだから」

「…………」


 味噌汁を飲み終えると、メガネくんは口を開いた。


「この前も思ったけど、君は優しいね。まあだから僕は君が好きなんだけど……」


 箸を動かす手を止め、メガネくんは言葉を続ける。


「でも今の君のそれは、お節介だと僕は思う」

「どういうことだ?」


 俺もいつの間にか、食事を中断し話に集中していた。


「だって、その友達は告白するかどうか、君に相談した訳じゃ無いんでしょ? それまでの過程はともかく、告白するかどうかっていう一番大事なことはその友達が自分で決めたんなら、君が悩むことじゃ無いと思う」


「それどころか」とメガネくんの話は続く。


「多分、君がそこに足を突っ込むのは野暮だ。僕がきっとその立場なら、最後は自分一人で決着をつけたい。駄目だったら辛いから、結末だけは知って欲しいけどね。誰かと悲しさを共有したいし」


 再びメガネくんは飯を食べ始めた。


「でも失敗したら、終わりなんだぞ? 失敗しても取り返しのつくことはいくらでもあるが、今回はそうじゃない。失敗したら、終わりなんだ」


 同じ言葉を繰り返す。脳裏によぎるのは、目の前で親友が倒れているというのに、何も出来なかったあの日だ。


 今でも頭にこびりついて離れないあの感覚は、俺の心に恐怖を植え付けている。


 もし俺がしっかりしてれば、もし俺が適切な処置を行えていれば。あの命はきっと、助かっていたというのに……


「その友達が、失敗するのが怖い?」

「!!」

「大丈夫だよ」


 ずっと食事する手を動かさない俺よりも先に、メガネくんは昼飯を食べ終えた。


「だって、その人は君に頼りもしてるけど、いつだって積極的に自分から頑張ってるし。その人なら失敗しても前を見ていられると思う。だから」


「その人がかけて欲しい言葉はきっと、止めろじゃなくて、頑張れだ」


 にっとメガネくんは笑う。今まで見た彼の笑顔の中で一番のものだった。


 つられて俺も笑顔を浮かべる。


「そうかもしれねえな」

「でしょ?」


 余っている料理に手をつける。時間は経っているというのに、不思議と料理はその温かさを残していた。


「あ、そうそう」

「うん?」

「近々僕も、君の所に相談に行くと思う」



 食事を終え、教室に戻る。ちょうど福知が伊根町に、「放課後、マジな話があるんだ」と伝えている所に遭遇した。


 伊根町は「分かった」と頷くと、マシュマロを食べ始める。


 福知は場所だけ伊根町に告げると、俺を見つけこちらへと駆け寄って来た。


「聞いてた、今の話?」

「ああ」

「てな訳だから、陰から見守っててくんない? 一人じゃマジ心細くて!」

「了解」


 福知にそう頼まれる。だが、アドバイスを求められるようなことは無かった。初めてのことだ。


「なあ、福知」

「うん?」

「頑張れよ」


 福知はパッと顔を輝かせた。


「マジ頑張る!」



 午後の授業はあっという間に過ぎ、放課後がやって来る。


 体育館裏、俺が舞鶴に詰められたいつぞやの場所で、告白は始まった。


 どう転ぶかは分からない。いくら本人に頼まれたとはいえ、他人の告白をこっそり見るような真似はいけないのかもしれない。


 だが彼の勇姿をしっかり見届けようと、そう思う。


 今日、自分の中の何かが変わる気がするから。あの忌まわしい過去から、また一歩、前へと踏み出せる気がするから。

今日は、後一話投稿します。

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