第二話 面倒なことになりました
「は、じゃないわよ。天橋くんと仲良いのか聞いてんの」
「いや、だから急にどうしたんだ?」
わけがわからないよ。
「昨日見たの。あんたと天橋くんが歩いてる所」
「あー」
それでか。
つまりこいつは昨日の俺と立也の帰る姿を見つけたのだろう。しかしそれでも分からないことが多い。
「大丈夫だ。昨日敵になった」
「は?」
とりあえずジョークを一発かましてみたが駄目らしい。
見られてしまったのなら、隠すのも難しいだろうと渋々正直に話すことにした。
「まあ、立也とは幼馴染だな。昔から仲は良い」
「やっぱりそうなんだ……」
ふと、舞鶴が考え込む仕草を見せた。しかしそれも束の間、顔を上げて眉をへの字に口を開く。
「てかあんたが天橋くんを下の名前で呼ぶのがすごく不愉快なんだけど」
「ええ……」
流石に酷くない?
「私でもまだ呼べてないのに」
舞鶴は少し顔を逸らし、ぼそりと小声でつぶやいた。
「嫉妬してんのか」
「は? 違うわよ」
「嫉妬する必要はないぞ。同性同士だから下で呼びやすいだけで異性を下で呼ぶのは難しいからな」
「だから違うって言ってんでしょうが!!」
そう怒りなさんな、唾が飛び散ってますよ。主に俺の顔目がけて。
「しかし何で俺とあいつが一緒に帰ってるのを見つけることが出来たんだ?」
「それは……偶然よ」
「でも、あいつと帰る時はいつも学校から離れてから合流することにしてるんだよ。学校の奴に見つかるとメンドいことになりそうだし」
事実今なっている。
「場所的にも偶然見つかるような場所じゃない」
俺と立也の家は、学校から結構距離がある。あいつと帰る日だけ歩いて登下校しているが普段は自転車だ。
しかも、寂れた地域で年配の方々ばかりが住んでいるため学校の生徒が来ることは殆どない。その辺りに住んでいる生徒など極僅かである。
故に、舞鶴が偶然目撃することなどまずない。
「あんたに言う必要ないし」
「言わねえならストーカーってことにするぞ」
「ちっ」
舌打ちをされた。怖い。
「……天橋くんいつも部活のない水曜はすぐ帰るから、もしかしたら彼女と遊んでたりするのかなって思っただけよ。だからそれで様子を見ようとして……」
…………。
なるほど、よく分かった。こいつは立也が好きで、立也に彼女がいる可能性を考えた。
昨日見せた、切羽詰まった表情はそういうことだったんだろう。つまりこいつは。
「結局ストーカーしてたんじゃねえか」
「ストーカーって言うなあ!」
本人も自覚しているのだろう。声は大きいが力が込もっていない。
「あいつならそのぐらい気にしないと思うぞ。あいつは中学の頃もストーカーされてたからな。耐性はついてるはずだ」
「え、天橋くん中学の頃されてたの?」
「半年くらいな」
いや、舞鶴さん。天橋くん可哀想みたいな顔してるけど、君も昨日したんだよ?
「でもそれと今回のとは話が別。天橋くんが気にする気にしないはともかく絶対に言わないで」
「おう」
そんなことわざわざチクらない。それよりもまだ一番気になっている問題が残っている。
「で、結局何で俺を呼び出したんだ? まさか俺と立也の仲が良いのかどうかを聞く為だけにこんな所に連れてきた訳じゃないだろ」
そうだ。俺と立也が友達だということを知ったとして、それが舞鶴の利益になるとは思えない。
こんな所に連れてきてまで確認したい内容ではないはずだ。
「えっと」
舞鶴は再び考え込むような仕草を見せる。少ししてゆっくりと慎重に口を開いた。
「清水は、天橋くんと親しいのよね?」
「ああ」
「それは親友と呼べるくらい?」
「何が言いたいんだ?」
「急かさないで。要はさ」
舞鶴は決意したような表情を浮かべ、俺の目を見て真っ直ぐ言葉を放った。
「私たちよりも天橋くんについて詳しいのかどうか聞きたいの」
「いや、そんなことないです。それではさようなら」
「ちょっと待ちなさいよ」
反転し、教室を目指し歩き始めた俺の肩を舞鶴ががしっと掴んだ。
「嘘をつかないで、ほんとは詳しいんでしょ?」
何でだよ。そんなことないって言ったじゃねぇか。否定しても、もう一度聞かれるとかRPGか?
正直、ここで肯定してしまうと面倒なことになる気しかしない。
「面倒なことになりそうだなって思ってるわね」
「何故バレた」
「顔に出てるのよ」
「くっ」
今日の俺は冴えているらしい。既に彼女の望みが何なのか大体の見当がついてしまっている。
だからこそ一刻も早くここを離れたい。想像通りならば、非常に怠い。しかしもう逃れられる気がしない。観念して逃げるのは諦めた。
「あーもう分かった。確かに俺はあいつについて色々知ってる、少なくともお前らよりはな。それで俺に何をして欲しいんだ」
予想よ、外れてくれと空に願う。しかし、昔から悪い予感は当たる性質だった。
「これからあんたに、天橋くんの好みとか趣味とか、そういうのを教えて欲しいの。天橋くんって全然自分のことを話さないじゃない? 何をしても何を食べても好きっていうし……。あんたならそういうのも知ってるんじゃないかと思って」
悔しいことに舞鶴の予想は当たっている。
俺は立也に関してはかなり博識だ。何せ一物の大きさまで知っているのだから。
……自分で言ってて気持ち悪い。
「つまりあんたには私の……」
「恋愛相談役になって欲しい、てとこか?」
「正解」
「やっぱり俺はことわ「拒否権なんて無いわよ」……そうであられますか」
逆らえるものなら逆らいたい。しかし考えてみて欲しい。
方やスクールカースト底辺に位置するぼっち男子。
方やスクールカースト最上位に位置する美人女子。
どっちが立場が上なのかなんて誰でも分かる話だ。もし俺がここで反対でもしたら、次の日から学校中の人間を敵に回すことは想像に難くない。
もうどうにでもなれと、俺は諦めて溜息をつくことしか出来なかった。
キーンコーンカーンコーン。
「あ、急がなきゃ」
朝のHRを告げる鐘がチャイムが鳴る。俺と舞鶴は慌てて駆け出した。
「最後にもう一つだけ質問なんだけど」
「何だ」
走りながら、舞鶴が深刻そうな表情で聞いてくる。
「天橋くんって好きな人、いないわよね?」
「……いねえよ。心配しなくても、あいつが誰かを好きになることなんてない」
「よかった」
舞鶴は一転、安堵の表情になった。どうやら俺の言葉に込められた皮肉には気づかなかったらしい。
心の中でもう一度繰り返す。
あいつが誰かを好きになることなんてない、絶対にだ。
こうして俺と舞鶴の恋愛相談は始まった。
……その後、クラスの担当の男教師には遅刻で怒られた。俺ばっかり。
俺が怒られる様子を見て笑みを浮かべる舞鶴に、一発ぶちかましてやりたいと思ったのはここだけの話だ。
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