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キルケゴール

 


「い、いらっしゃいませ!カフェ『サラセニア』で、です!」

「それは緊張しすぎじゃないか?」

「だって〜、あっちゃん〜!」


 ここは住宅街を少し脇にそれた所にあるカフェ

 いつもは閑古鳥が鳴いている店なのだが、今日は騒がしいようだ

 ここのマスターを勤めるのは細川青

 青と書いてしょうと読む

 そんなカフェ『サラセニア』は本日も開店です





  ◇ ◇ ◇


 カランカランと澄んだ音がして、扉が開く

 青はとてつもなく緊張していた

 青にとって今日はマスターデビューの日

 今まで働いた経験がない青にとって職場なんていうものは未知の世界であった

 なのにいきなりマスターとしてカフェを一人で切り盛りしていくことになるなんて……

 青は眼鏡を直して、エプロンを正してお客さんを待ってみる

 が、一向にお客さんは来ない

 あっちゃんに聞いていた通り、このお店は閑古鳥が鳴いているようだった

 当然といえば、当然なのだ

 なんせこのお店には看板がないのだから

 そのせいで口コミや人伝いからしかお客さんは来ないのだ

 青はお店に静かに流れているラジオを聴きながらボーっとしていた

 オリンピックの話から、高校野球の話、最近のニュースの話と延々と聞いていると自然と眠くなるもので

 昨日、夜更かししてしまったのもあわさって気づいたら青は眠ってしまっていた


「……う!……ょう!…しょう!!」

「うわぁぁ!!ってなんだ香澄か」

「なんだじゃないの!何寝てんのよマ・ス・タ・ー!」


 どうやら小一時間寝てしまっていたらしい

 青は少し背伸びをした

 このお店は居心地が良すぎるのが難点だなと思いながら目の前のお客様のために珈琲の準備をする


「はいはい。でお客様第1号は何をお望みですか?」

「うーんと、その前に……」


 香澄は何か言いにくそうにモジモジしている

 動物でいったら、いつも虎に例えられるような彼女にしては珍しい姿であった

 いつも香澄にからかわれている青としては不思議を通り越してどこか怖い光景であった


「おい、香澄どうしたんだよ!そんな改まって……」

「ごめん!青!何もできなくてごめん!助けられなくてごめん!何にも力になれなくてごめん!本当に本当に……」

「別に香澄のせいじゃないだろ?俺が弱かっただけで……」


 香澄はいきなり青に向かって頭をさげると泣き出してしまった

 別に誰も悪くないことなのに……

 青はそんな彼女の姿に途方に暮れてしまった

 なんせ、香澄は普段こういうしおらしい感じではないのだ

 眼鏡を直して、エプロンを正して、青は少し気を引き締めた

 こういう時こそ、カフェ『サラセニア』マスターの出番である

 青は泣き止んだ香澄の前に一杯の珈琲を差し出した


「今、飲む気ない」

「いいから、いいから!」

「お金、持ってない」

「今回は特別に無料にしてやるから!」


 香澄が堪忍して珈琲を飲んだのを見ると、青は一つ咳払いをした

 そして、ポケットに入っていた黒くて小さなノートを取り出すとパラパラパラとページをめくった


「今、絶賛落ち込み中の香澄にとびっきりの言葉をプレゼントしましょう

 -Life can only be understood backwards; but it must be lived forwards-」

「何?あっちゃんの真似?」

「そう!俺も悩める子羊達に救いの言葉を与えようかと思って!」


 あっちゃんというのは、先代のマスターさんで青の叔父さんであった

 あっちゃんはとても変わった人で普段はとてもふざけた人だった

 しかし、何かに悩んでいる人がいるとその話を聞き、その人が前に進めるような言葉を与えていた

 実際、その言葉に救われる人は多く、カフェはしばしば相談室のようになっていた


「で、意味は?」

「ごほん!では、言います!」

「わざわざ、宣言しなくていいから」


 すっかり元気を取り戻した香澄に呆れ顔で笑われつつ、青は言葉を続けた


「-人生は、後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられない-

 まぁ、つまり前を向いて生きろってことだよ!香澄にうじうじしてるのは似合わない!」

「……ありがとう。で!!誰の言葉なの?」

「デンマークの哲学者であるキルケゴールの言葉です!どういう状況で言ったのかはわかりません!」

「わかんないのかよ!」


 こうして本日もカフェ『サラセニア』は元気よく営業している


「あ、そうだ、青!私ここで働くことに決めたから!よろしく!」

「はぁぁ!!」


 誰かの物語が紡がれるカフェ『サラセニア』

 あなたも珈琲いかがですか?



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