少女と飴と哲学的ゾンビ
「あ~あ、こんな勉強して将来なんの役に立つのかなぁ……」
オレンジ色の夕焼けがそろそろ地平線に沈もうかという放課後の教室。
私は数学の補習のために一人寂しく教室に居残りをしていた。
「早く帰ってお菓子でも食べたい……」
そのほうが私の幸せ係数が高くなるのは間違いない。
しかも無駄な仕事が減るので先生もプラスでウィンウィンだ。
うんうん、補習なんて止めるべきだよね!
もっとも、先生はプリントを私に押し付けるとどこかに行ってしまったけど。
「そもそも生きててもツマラナイ! 毎日学校行って退屈な授業受けてはい終わりって、それしかやってないじゃん!」
苦手な数学の問題を見続けたことで、少しづつイライラが募っていた。
それを吐き出すように退屈な毎日への愚痴を零す。
どうせ誰も聞いてはいないし……。
「いっそ死にたい……っていうか消えちゃいたい……?」
「それ、本気で言ってる?」
「ふぇ!?」
油断した……!
誰も居ないと思ってたから、返事が来たことに驚いて思わず変な声が出ちゃったよっ!
ちょっと恥ずかしい……。
だけど不幸中の幸いというか、そこにいたのは三つ編みが特徴的な女の子だった。
異性でなかっただけ良しとしよう――と前向きに考える。
三つ編み少女はじっと私のことを見つめていた。どうやら私の返答を待っているみたい。
と、冷静さを取り戻したことで三つ編み少女に見覚えがあることに気がつく。
確かクラス委員の……
「西園寺さん、だっけ?」
「……同じクラスになって一月も経つのだからクラスメイトの名前くらいしっかり覚えてほしいものね、高町さん」
「えへへ……」
西園寺さんの皮肉を笑って誤魔化す。
私みたいなバカは他人の名前を覚えられない病気に罹っているのだよっ!
「それよりも、さっきの言葉は本気?」
「さっきの言葉って、消えたいってやつのこと?」
「そう」
西園寺さんは真剣な顔で頷いた。
なので私も一応真剣に先ほどのことを考える。
うーん……。
さっきは考えなしにクチから出てしまったけど、本当に消えたいかと言われたらどうだろう?
朝起きて学校に行って、何の役に立つのかもわからない勉強を何時間もして、ご飯を食べて寝るだけの毎日。
多少の変化はあれど、代わり映えのしない生活を送ることに嫌気が差しているのは事実だ。
だったらいっそ、全部ほっぽり出して消えてしまいたい。そう思う。
でも……
「誰かに心配や迷惑かけるのは嫌、かな……?」
「その心配がないとしたら?」
「消えちゃってもいいかな」
……なーんてね。
誰にも迷惑をかけないで消えるなんて、そんな都合のいいことあるわけない。
だからこの話は終わり、と私は腕を頭の後ろに組みながら椅子の背もたれに寄りかかる。
「そう……だったらコレを高町さんにあげるわ」
「これは、飴?」
だけど西園寺さんはこの話を終わらせるつもりはないみたいで、銀の包装がされた固形物を私に差し出す。
それはどこにでも売ってる飴にしか見えない。
受け取って開けてみると、そこには予想通り無色透明な飴が包まれていた。
「透き通るような透明ってわけじゃないけど……珍しい色合いね。どんな味なの?」
「味はないわ。それよりも凄い効果があるの、高町さんが望んだような凄い効果がね」
「……?」
どういう意味だろう、と首をかしげる。
私が望むような凄い効果?
「それを食べたら高町さん、貴方は消えて哲学的ゾンビになるの」
「哲学的ゾンビ……? よくわからないけど、ここで消えたら家族や学校に迷惑がかかっちゃうよ」
「その心配はないわ。消えるのは貴方の心だけで身体には何の変化もない。今までのように『話し』『笑い』『動く』ことが出来るけど『意識』だけが無くなるの。だから貴方が消えたことに周りの人間は気づけないし気がつかない。だって高町さんの身体は今まで通りに『動く』し『お話』もするんだもの。意識がないなんて気がつけっこない」
……全部はわからないけど、なんだか面白そう。
だってコレを食べたら誰にも迷惑をかけずに消えるんだよ?
それに誰も気が付けないなんて……っ!
「最っ高ーーっっに、愉快だね!」
「うふふ、そうかもね」
私は手に持ってた飴を見つめる。
コレを食べれば私は消える……そして誰もそれに気づかない……!
西園寺さんの方に顔を向けると、西園寺さんは首を縦に振った。
一思いにイッてしまえ、という意味だと思う。
覚悟を決め、いよいよ私は手に持った飴をクチの中に放り込んだ。
「本当に味しないね」
高町は味についてそう評する。
それは事前に西園寺が言っていた通りだ。
だが、それとは別の部分について高町は西園寺に抗議する。
「な、なんともないよっ!?」
「うふふ、もしかして本気にした?」
「なっ!」
その抗議が空回りに終わり、高町は顔を真赤にして西園寺を睨みつけた。
西園寺はそれを涼しい顔で受け流す。
効果がないと見るや、高町は甲高い声で――
「そもそも信じてなかったから! 騙されてないからっ!」
「コレをツンデレって言うのかしら?」
「もー! 西園寺さんひどーい!」
高町は西園寺の身体をポコポコと叩く。
その光景がすでに、西園寺の言葉を高町が信じてたという何よりの証拠だ。
そもそもとして食べた本人は自我を失っており、また周囲の人間はそのことに気が付けない。となれば、誰が飴の効果に気づけようか。
「そもそも私も同じ手口で先輩にハメられたんだけどね」
「あ、西園寺さんもなんだ」
「そうなの、だから誰かに意趣返しとしてお返しがしたくて……。でも良かったー、実は高町さんとは前から気が合いそうと思ってたの」
「ほ、ほんと?」
「えぇ、よければこれからもお付き合いしてね」
「もちろんっ!」
二人は互いの手をしっかりと取り合い握手を交わす。
それは誰が見ても二人が友達になった瞬間と思える光景。
――だが、心のない人間同士の結束をはたして『友達』と定義してよいのだろうか?
この作品は【漫画】下校時刻の哲学的ゾンビの小説版オマージュ作品です。
漫画ならではの哲学的ゾンビの表現を「小説でも表現できないか?」と言うことから出発しています。
残念ながら知識なしでも理解できる漫画版と違い、この作品は『一人称と三人称の違い』という前提知識が必要ですが、楽しんでいただけたでしょうか?
こちらは感想希望作品です。
手間でしたら下にある『文章・ストーリー評価』だけでもお願いしますm(_ _)m