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二重転生(ダブルリンカーネイション)  作者: 宮沢亮
第一章 とあるエルフの無詠唱魔法
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第六話「涙と笑顔」


 冬が近づくに連れ、ジェイクハルトは両親へ旅の許可をねだるようになった。


「ふ、ふざけるなっ! お前はまだ子供だ!」

「そうよ! 絶対にダメだからね!」


 もちろん二人とも大反対。

 最終的にはバルサが余計なことを吹聴したのではないかとさえ言いだした始末だ。

 僕としてはバルサが家庭教師を解雇されれば、少なくとも彼女は救われるのではないかと思う部分があった。


 だが、ジェイクハルトがバルサを解雇すれば家を出ていくと言い放ち、バルサは土下座をしてまで家庭教師を続けたいと申し出た。


 十二歳になるまで旅に出るなど言わないと約束の上、バルサは不問となった。


 僕には一連の出来事を何一つ理解できなかった。


 こんなに居心地の良い家から出ようとするジェイクハルトが理解できない。

 あんな仕打ちを受けても家庭教師を続けたいと申し出るバルサが理解できない。


 そして、大切な宝と言いながらジェイクハルトの本性に気付かない両親が理解できない。


 僕は少なからず皆の事を理解しているし、理解したいと思っている。

 いつかこの微妙な歪みを正して本当の家族になりたいものだ。


「クリアハルト。これからの稽古はより一層厳しくなると思ってください」


 クィンクにとってジェイクハルトは単なる危険人物として落ち着いたようだ。


 魔法の才能があり、剣術に長ける神童ジェイクハルト。

 兄から身を守るなら弟も実力をつけるしかない。


 クィンクのスパルタは日に日に凄みを増していった。


 でも違う、そうじゃない。

 兄は、ジェイクハルトは犯罪者予備軍でもなければ、サイコパスでもない。


 僕だけは兄の影を追っている。

 彼は普通の人間には理解できない大きな運命の檻に囚われているんだ。


 誰よりも気高く、美しく、才に溢れるジェイクハルト。


 彼と向き合う為には矛や盾を鍛えるだけでは足りないのだ。

 その何かさえ分かればきっと……。


「クリアハルト、ちょっといいか?」


 ある日の晩、自室で本を読んでいた僕を呼び出したのは父ベルハルトだった。

 ジェイクハルトと揃って呼び出すことはあったが、僕だけを呼び出すなんて滅多にない。


 若干不安になりつつ、父の書斎へと入室した。


「クリアハルト。まぁ座れ」

「はい」


 ベルハルトは没落貴族と揶揄されるオルアルク家を、少なからずとも国にとって必要だと認めさせる働きを見せた功労者だった。


 具体的にはグリアド地方の痩せた土地から魔力の内包した石を発掘し、国相手に商売を成立させたのだ。

 しかし魔力は一度に多く吸いすぎると瘴気となり身体に悪影響を与える。

 採掘場の近くに住む村人からは悪魔の領主と陰口を叩かれるようになった。


 僕は知っている。


 ベルハルトが貧しい村人達の為に様々な税を肩代わりしている事を。

 その所為でオルアルク家は貧乏になり、メイドの数がさらに減っている事を。


「最近、剣術はどうだ?」

「そうですね。同年代に負けるつもりはありません」

「ほう?」

「あ、もちろん兄上は別ですけど」

「あれは俺も敵わんからな」


 ゲラゲラと笑うベルハルト。

 ここまで楽しそうに笑う父を久しぶりに見たかもしれない。


「クィンクから聞いたのだが、何やら面白いボードゲームを作ったそうじゃないか」

「オセロの事ですか?」

「ああ、オセロというのかそれは」


 僕は実物を持ちこんでルールを細かく教えた。

 といっても教えるほどのルールはないが、とにかく楽しいと思ってもらえるように努力した。


「……ふむ、これなら字の読めない農夫でも遊ぶ事ができるな」


 ここまでくると、僕はベルハルトが何を望んでいるか理解できた。


 父は自分の領地の人々にオセロで楽しんで欲しいのだ。

 利益や見返りを求めている訳ではない。


 日々の生活に追われ、人生に余裕のない彼らに楽しむ心を取り戻してほしいのだ。


「父上、僕はあなたを尊敬します」

「……いきなりなんだ。恥ずかしい」


 たぶん僕は、この言葉を前世の父親にも向けているのだ。


 天宮悠人(あまみやはると)の父は、何の変哲もないただのサラリーマンだった。

 年収も同年代平均値より下で、将来性も見込めない。

 趣味もなければ特技もない。


 働く事だけが取り柄の日本人代表のような人だった。


 そんな父は僕が死ぬまでの二十年間、一度たりとも弱音を吐かなかった。


 母が安楽死を仄めかした日も、父は笑って「ごめんなぁ、母さん疲れてるみたいだわ」と僕に謝ってくれた。


 周囲の人々にも散々陰口を叩かれたらしい。


 “未来のない子供を育てる無能な男”と罵声を浴びせられた事もある。

 僕が自身の未来を決めたその日、死と向き合うと決めたその日、父はにっこりと笑ってこう言った。


『悠人と一緒にいられて楽しかったわぁ。次もよろしく頼むなぁ』


 ――涙は一滴も流さなかった。



「父上は己の利益に囚われず、家族だけでなく領地の人々の事も想い行動する立派な人です。僕はそんな父上を心から尊敬します」


 本当は前世でも死ぬ前に伝えなければならなかった言葉。

 三十年目にしてようやく口にする事ができた。


「……馬鹿者、十歳は涎垂らしておねしょでもしてろ」

「オセロの作成なら僕に任せてください。基礎魔法六種の火と土を使えば一日一つは作れます」

「……………ああ」


 ベルハルトの事は本当に尊敬している。

 だからこそ、ジェイクハルトの奇行に目が届いていない事は納得がいかない。

 本人の事を思えば親として絶対に正すべきだ。

 もし気付いているのなら、行動に移してもらおう。


「そういえば父上に聞いておきたいことがあったのですが」

「なんだ? お前まで旅に出るとか言い出さないでくれよ」


 ベルハルトは苦笑いを浮かべた。

 だが僕の言葉を聞いて、その笑いさえ固まってしまった。



「僕とジェイクハルトは本当に兄弟なのでしょうか?」



 物心ついてからずっと抱いていた疑問。

 どちらかが捨て子とか、どちらかが妾の子とか、そんな次元の話ではない。

 この世界はドラゴンもいれば魔法も存在する。


 例えば“兄の身に悪魔が宿っていても”不思議ではないのだ。


「クリアハルト。少し曖昧すぎて返答に困るな。一体何が言いたいんだ?」

「だから……、その、ジェイクハルトと僕があまりに違いすぎると言いたいのです」


 ベルハルトの顔は明らかに戸惑いに満ちていた。

 父上は何かを知っている。


 僕達の数奇な運命を紐解く何かを――。


「この事は絶対にジェイクハルトに言ってはならぬぞ」

「はい」


 やはりジェイクハルトに関する事か。

 不思議と恐怖はなかった。


 むしろ長年の謎が解けるワクワクさえある。


 だが、父から発せられた言葉は、僕を余計と混乱させた。


「ジェイクハルトは生まれてすぐに心臓の鼓動を止めたのだ」

「え?」


 ジェイクハルトが生まれてすぐに死んだ?


「すぐに息を吹き返したがな。私達の心臓も停まるかと思ったよ」

「えっと……、え、どういう?」


 ベルハルトが何を言いたいか分からない。

 しばらく見つめ合った後、ボソリと、


「あの子が天才過ぎて嫉妬してるとか、そういう話じゃなかったのか?」


 と呟いた。


 昔から思っていたが、オルアルク家の両親は親バカが過ぎる。

 結局書斎から逃げ出すまで一時間近くジェイクハルトの自慢話を聞かされてしまった。


 一番近くにいるんだから言われなくても兄が天才である事くらい知ってますから。



 ◆


 ◆


 ◆



 冬が近づき、クィンクのスパルタに対応できるようになってきたある日、


「私の薔薇が国宝級の花として謁見の間に飾られる事になったのよ!」


 と、マリティアヌが鼻息荒く屋敷内を駆けまわった。

 謁見の間とは国王が貴族や民と顔を合わせるレイブランド城の謁見の間の事だろう。


 赤い絨毯になだらかな階段、縦に並んだ二列の兵士。

 巨大で荘厳な椅子には国王と女王が肩を並べて座っている。


 ……全部ゲームのイメージだけど。


「それで国王様にお披露目式典へ招待されたのだけれど、



 ジェイクハルトを連れて行こうと思うの」



 刹那を待たずして、ベルハルトが叫んだ。


「いや! いや待て! それは行かんぞ!」

「何で!? 私の薔薇が王宮に飾られるなんて二度とないかもしれないのよ!」

「分かっている! 分かっているがジェイクハルトを連れて行くのは許可できない!」

「……駄目なのよ! ジェイクハルトを連れて行かなきゃ駄目なの!」


 以前にも話題に出ていたが、出る杭は切り落とされる時代だ。

 ジェイクハルトの才能を見出されると、最悪陰で処分されるかもしれない。


 どう考えてもマリティアヌのワガママなのだが、何だか様子がおかしい。


 隠し事をしているような、後ろめたい何かがあるかのような憔悴した顔だ。


「落ち着いてくれマリティアヌ。私だって君の薔薇が評価されて嬉しい。薔薇が青く濁るから近づかないという君との約束を守ってきたのは誰だ? 君を愛しているのは誰だ?」

「……あなたよ。ベルハルト」


 残った二人のメイドの内、アネスタが苦笑いを浮かべ私と目を合わせた。

 舌をペロと出して、夫婦喧嘩に巻き込まれた状況を楽しんでいる様子だ。


「さて、理由を教えてくれるかい。どうして王宮に連れていきたがるんだ? 焦らなくてもジェイクハルトは必ず大成するだろう」

「……違うの」

「違う?」


 マリティアヌは竹を割ったような性格……とまではいかないが、明るく前向きで隠し事をするタイプではない。だからこそ、僕の中で嫌な予感はどんどん膨らんでいった。


 そして、予感は的中する。


「実は選ばれた薔薇は一夜薔薇(ナイトローズ)なの」

「おお、マリティアヌが手塩を掛けて育てていた一度咲くと一晩で散ってしまう薔薇だね。その分花びらが大きく色が鮮やかになる。そうだろ?」

「そうなの! でも、だからこそ……、ジェイクハルトが……」


 感極まったのか、マリティアヌはとうとう泣き出した。

 嗚咽交じりの説明を理解するには時間が掛かったが、要約するとこうだ。


 一夜薔薇(ナイトローズ)は長い蕾の期間を経て、たった一晩、数時間だけ咲き誇る花。

 長い間蓄積した魔力が花びらから発散される光景は、まるで光の羽根を生やした妖精の輪舞(ワルツ)


 マリティアヌとジェイクハルト、母子(おやこ)の魔力を吸い込んだ妖精(ナイトローズ)は白銀の世界へと見る者を誘うだろう。


 今年の薔薇は特に良い仕上がりで、謁見の間に飾られる事となった。

 王宮には停止の魔法を使える魔法使いがいて、一瞬を永遠に引き延ばすことができる。


 ――問題はここからだ。


「ぐすっ……、一か月後の、ね? 月の日に式典はあるん…ひっく、あるんだけど、薔薇が咲くのは二か月後になるみたいなの」


 月の日はバルサの誕生月でもある。


 いくら停止の魔法を使える者がいても、薔薇自体が咲かなければ意味がない。

 毎年開かれる式典には多くの貴族が訪れるだろう。


 もし、蕾のまま終わらせるようなことがあれば、嘲笑の的になるだけでなく厳重な罰を下される可能性もあるかもしれない。


 薔薇の咲くタイミングを調整できるのはジェイクハルトだけ。

 連れて行かなければオルアルク家は……。


「し、しかしそれならば、違う薔薇を出品すれば良かっ――」


 ベルハルトの言葉を遮ったのは、ジェイクハルトだった。


「お分かりないようですね。お父様」

「ジェイクハルト?」


 ジェイクハルトはえらく挑発的な態度で、震えるマリティアヌの肩を抱いた。


「お母様はあなたが好き勝手している間、一人ずっと悩んでいた」

「なっ、ジェイクハ――」


 僕が反論しようと口を開くも、ベルハルトに制止された。

 その手は震えていて、とても苦しんでいるように見える。


「私は確かに良き夫ではなかったかもしれない。それでも私は夫である前に領主なのだ。その事はジェイクハルトも理解してくれていたはずだが?」

「ええ、もちろん。私は“尊敬するお父様”を責めている訳ではない。大好きなお母様の苦悩も知ってほしいと言っているのです」


 そこからのジェイクハルトは雄弁だった。

 まるでシェイクスピアが宿っているかのように、その場にいる者達の心を動かしていく。


「お母様の愛はオルアルク家を救う優しき光です。ですが光は空無くしては存在を証明することができません。分かりますかお父様、暗い土の底へと向かうオルアルク家に嘆くお母様の痛みと苦しみを。出口のない洞窟で彷徨う脆弱な薔薇の妖精の涙を」


 統一性の無い表現、歯の浮くような言葉選び。

 だが、ジェイクハルトの口から零れれば、それは淡い光を放つ宝石。

 儚く、上品で、至高の――。


「式典を成功させれば貴族との繋がりを得られます。お父様の始めた事業の拡大の糸口にもなりましょう」

「だが、それではお前が!」

「なぁに、私はこの通り演技にも長けております。心配せずとも五体満足で帰還いたしましょう」


 この涙は悲しみでも痛みでもない。

 怒りでも、喜びでも、安心でもない。


 ジェイクハルトの心が見えた。


 彼は、僕の兄は自分で言った通り演技に長けている。

 ずっとずっと、演技をしていたんだ。


 オルアルク=ジェイクハルトになりきっているんだ。


 その理由は分からない。

 僕と同じ転生者なのか、それとも悪魔が宿っているのか。

 ただ……。


 僕に本心を打ち明けてくれない事がとても寂しい。

 それだけは絶対だ。


 気が付けば僕の目からは涙が流れ落ちていた。

 ジェイクハルトは不思議そうな顔で、僕を眺めていた。 


 ベルハルトは抵抗したが、最後には兄の説得が通じ式典へ参加することとなった。


 ◆


 ◆


 ◆



 人間は単純だ。


 魔力を視認できない所為で、すぐに言葉を信用する。

 すぐに涙を信用する。

 すぐに嘘を信用する。


 クリアハルトが泣いていた。

 理由は分からない。


 魔力の色は限りなく白に近い透明だった。

 怒りなら赤、悲しみなら青、優しさなら緑に変化していたはずだ。

 透明の魔力を発する時、それは孤独や寂しさを感じる時だ。


 家族愛を訴え、心が一つになるタイミングでそんな感情を持つはずがない。


 やはりクリアハルトは普通ではない。何かがズレている。


 考えられるとすれば転生だ。

 クリアハルトに別の魂が宿っている。


 私が死に際に放った魔法。

 あの時他人を巻き込んでしまった可能性はゼロではない。


 エルフか、人間か。

 

 もしエルフなら、もっと人間を憎むはずだ。

 あの場にいた兵士は人間と戦う為に生まれ、人間を殺すために生きてきた若い兵士達。

 十年間生活を共にして、私に見抜けないはずがない。


 だったら人間の兵士だろうか。

 それなら今までの言動も納得できる。

 人間側の兵士だって多くは若き子供達だ。


 家族と一緒に過ごした時間なんて光の瞬きよりも早いだろう。

 だからこそ私に殴られても蹴られても我慢し続けた。


 戦場に比べれば天国のような場所だから。


「式典から戻ったら確かめてみるか……」


 石造りの通路を抜け、バルサのいる最奥の部屋へと入る。


 暗く湿った部屋は彼女から流れる汗や尿で異臭を放っていた。

 部屋の中心で椅子に縛られているハーフエルフ。


 目隠しをしているせいか音に対して敏感になっているようだ。

 私が部屋に入るなりビクリと体を震わせた。


「ふ、フレアハート様?」


 聞き心地の良い呼び声が耳に届く。

 バルサとアネスタだけが知っている私の本当の名前。


 今では冷血の魔導士の方が似合っているような気がする。

 ハーフとはいえ同種の女を監禁し、調教しているのだから。


「バルサ。私の可愛いバルサ」

「ふ、フレアハート! 私です! バルサです!」


 目隠し用の布が、涙で滲んでいった。

 バルサから漏れる魔力は青色に染まっている。

 嘆き、悲しみ、後悔、諦め、後ろ向きな感情に支配されていた。


「バルサ。この前教えた魔力の視認はできる?」

「は、はい! もちろんです!」


 声にハリがあり、心なしか肉付きが良くなっているように見える。

 体内に溜め込める魔力を増やすため、無理やり食べさせた効果が出てきたようだ。


「じゃあ、私の魔力の色を当ててみて?」


 人間の長と会うことができ、戦争を引き起こした貴族達をこの目で見る事が出来る。

 私はきっと、紅の魔力で滾っているはずだ。

 エルフを虐殺した者達に対する怒りと、復讐の熱意。


 地獄の業火と見紛うほどの魔力を放っているに違いない。


「あっ……」


 バルサが声を漏らす。

 まるで“何かマズいもの”を見つけてしまったような声。

 一体、何を見たというのか。


「バルサ。言いなさい」

「い、いえ。どうやらまだ使いこなせなかったみたいで、あまりよぐぅっ!?」


 ゴツッと骨のぶつかる音が響いた。

 エルフは魔法に長ける分、体はさほど強いほうではない。

 バルサの頬骨は赤く腫れ上がっていた。


 命令も聞けないような、役立たずのバルサが悪い。

 もう一度答えなければ私の全力の魔力を叩きこんでやろう。

 腕の一本はなくなるかもしれないけれど、回復魔法で何とでもなる。


「バルサ。私の可愛いバルサ。お願いだから言う事を聞いてちょうだい」

「……はい」


 バルサは浅い呼吸を何度か繰り返すと、小さく震える声で、


「燃えるような赤と……黒の混ざった魔力が見えました」


 と答えた。


「う、そよ……」

「………」


 赤と……黒?

 あり得ない。

 そんな事絶対にあってはならない。


 魔力は一色しか出せない。

 悲しみと怒りをに包まれれば、色は混ざって紫となる。

 いや、そもそもバルサに教えたのは感情の色、魔色を見る魔法ではない。

 魂色、生まれた瞬間に決まる魔力の色を見る魔法だ。


 全ての色を織り交ぜた黒。

 そんなモノが私の体にあるなんて絶対にあり得ない。


 あり得ないあり得ないあり得ない。


 もしバルサの言っている事が正しければ可能性は二つ。

 “他人の魂が同居している”か、“呪われている”か。


 私の中に誰かがいる?

 しかも、黒色の魔力を放つような恐ろしい何かが。


「怖い……怖い怖い怖い怖い怖い」


 バルサにしがみつくも、一向に恐怖が拭えない。

 どうすればいい。


 この恐怖から逃げる為には、私は一体どうすれば……。


「黒い薔薇……」


 クリアハルトの魔力を吸い上げた薔薇は黒くなった。

 私達兄弟は呪われている?


「フレアハート様!? どこに!?」


 私はバルサのいる部屋を飛び出し、隣の部屋を開けた。


 メイドの自室よりも小さな正方形に近い部屋。

 その中心に浮かぶ、黒い花びらを開いた薔薇。

 床には毎年クリアハルトがくれる誕生日プレゼントが散らばっている。

 木製のペンダントだったり、本だったり、絵だったり色々だ。


「あ、ああ……、ああ……」


 停止の魔法で枯れる事のない永遠の薔薇。


 眺めていると不思議と心が落ち着く。


 今までは仇の魔力を含んだ薔薇をあっさりと切り落とし、気持ち悪いとさえ言い放ったお母様を思い出して安心していたのだと思っていた。


 だが、この力強く咲き誇る薔薇を抱きしめるとクリアハルトの顔が浮かぶ。

 憎き弟が微笑み、手を振る姿がありありと。


「あ、あぁ…、ぁあああああああああっ!?」


 怖い、怖いよ、クリアハルト。

 私が私ではなくなっていく。

 黒に飲まれて私を失っていく。


 どうすればいい。

 どうすれば……。




「≪――ば、バルサさんっ!?≫」




「っ!?」


 廊下越しにアネスタの叫び声が響く。

 私の声が上の部屋まで届いた所為だろう。

 心配したアネスタが下りてきたのだ。


「≪――い、今助けます!≫」


 こ、このままバルサの事が明るみに出たら何もかも終わってしまう。

 勘当されたり矯正施設に送られたりするだけで済めばいいが、私がエルフの転生者だとアネスタが喋ってしまうかもしれない。

 そうなれば崩壊戦争の引き金となってしまうかも。


「あ、アネスタ!」


 最奥の部屋に戻ると、アネスタがバルサの目隠しを外していた。

 魔力は紫色を放ち、怒りと悲しみに満ちている。


「坊ちゃん……いえ、フレアハート様。これは一体何でしょう?」


 いつもの弱気なアネスタではなかった。

 表情には覚悟が見える。

 私の行いを見逃すつもりはないのだろう。


「アネスタ。聞いて。私はただバルサの為に……」

「あなたは奴隷として虐待された私の気持ちを理解できると仰った! それは“虐げる者として”分かるという意味だったのですか!?」

「……っ」


 そんなはずがない。


≪――殺せ≫


 私は戦争を止めたいだけで、誰も傷つけたくなんかない。


≪――殺せ≫

 

 優しい人達が優しい世界で生きられるよう無詠唱魔法(スレスティア)を開発した。


≪――殺せ≫


 それなのに何故、何故誰も理解してくれない!?


≪――殺せ≫


「とにかく、この件はベルハルト様に報告いたします」

「なっ!?」


≪――殺せ≫


「以前にクリアハルト様を傷つけた件も、黙っておくつもりはありませんから」

「……アネスタ」


 ああ、そうか。


 私は転生してもまた、誰の理解も得られないのか。

 悲しみも、苦しみも、それに負けずに続けてきた努力も。

 全て全て、無知で愚かな者達に潰されてしまうのか。


「だったら……」


 私は要らない。


 理解されなくても良い。

 馬鹿にされたって良い。

 否定されても、見下されても、嘲笑されても良い。


 私は無詠唱魔法≪スレスティア≫を完成させた稀代の魔導士だ。


 歴史を変え、世界を変える唯一無二の存在だ。


 そうか。

 そうだったのか。


「アネスタ。僕が悪かった。認めるよ」

「ジェイクハ……る…」


 気を失い、バタリと倒れるメイド。

 私には呪文を唱えずともアネスタを気絶させられる力がある。

 私には魔法陣がなくてもアネスタを殺せる力がある。


「フレアハート様……」


 バルサの顎を掴み、持ち上げる。


「……んっ」


 痛みのないように優しく口を開かせ、中を覗く。

 水の中でも魔法を詠唱できるよう進化した上顎の空気溜まりが見えた。

 

「エルフに空気溜まりができた理由は、大洪水に苦しんでいた先祖が仲間を助ける為、水の中でも魔法を使えるように進化した結果なの。だけど、崩壊戦争でエルフの上官達は魔導士にこう言ったわ。


 肺を潰されても、喉を切られても、空気溜まりがある限りは人間を殺せる。

我々が人間に勝てるように神が授けた贈り物だ、ってね」


「フレアハ……んっ」


 ピチャリと水音が鳴った。

 バルサの乾いた口内を潤す為、水を作り出したからだ。


「バルサ。私が式典で離れている間、ここを任せても大丈夫かしら?」


 返事を聞く必要はない。

 私に陶酔した瞳、それだけで十分だ。


 

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