第六十話「もう一つの答え」
私が転生した世界「グレイディア」は、非常に複雑怪奇な構造をしていた。
だが、その事を知れたのは妖精のおかげで、多くの人々は魔法を基盤とした豊饒の世界に夢と希望を抱いている。
妖精は大きな魔力の流れに巻き込まれた異世界人らしい。
彼らはこの世界で魔力が尽きるまで半永久的に生きる事が出来る。
魔力の届かない海だけは気合いを入れて飛ばないと死ぬと言っていた。
「僕達はこの世界で二度死んでいるんだ」
ファンは飄々とした口調で自身の死を語った。
何でも、十数年後に隣の大陸で大規模な魔法が解き放たれるらしい。
魔法を使ったのはレイブランドと呼ばれる国の兵士。
没落貴族オルアルク家の二人兄弟で、名はジェイクハルトとクリアハルト。
銀髪の美しい顔立ちの整ったレイブランド人だ。
「厳密に言えば、その魔法を使ったのはジェイクハルトだけどね」
妖精達にとって一度目の死を迎えたのは、崩壊戦争と呼ばれる大規模な戦争でアルティアがレイブランドに勝利した数年後の事だそうだ。
「アルティアの魔法使いフレアハートと呼ばれる女性が、無詠唱魔法と呼ばれる画期的な魔法を開発するんだ。あれは僕達もビックリしたよ。だって呪文も魔法陣もなしで魔法を使うんだから」
無詠唱魔法の優れている点は、連続使用時に現れる。
通常、戦争に使える大きな魔法には長ったらしい呪文、もしくは複雑な魔法陣がいる。魔法陣はストックが切れれば使えないし、呪文は十秒以上かかる場合多かった。
「無詠唱魔法があれば、次々に魔法が使えるんだ! これはレイブランド側も太刀打ち出来なかったみたい」
圧倒的な魔法技術でレイブランドを統治したアルティア。
エルフと自称する彼らはレイブランドに暮らす人々を奴隷と位置付けた。
「人権を剥奪されたレイブランド人は、シルフ達に虐げられる毎日を送ったんだ」
「シルフ? エルフではないのか?」
「彼らは元々、別の大陸からエルフのいるハルティアに逃げ込んだ全くの別種族なんだ。シルフ達の所為でジェイクハルトは厄介な魔法を使えるようになったんだよね」
エルフは亡命してきたシルフを受け入れた。
同じ見た目の彼らを見捨てられなかったのだ。
だが、シルフは亡命のフリをしてエルフ達を虐殺した。
魔法技術の優れていたシルフにエルフは蹂躙されてしまったのだ。
「だけど、エルフの始祖ハルティアはとてつもない魔法使いで、今のアルティアとレイブランド全体に大規模な魔法、……いや、呪いを掛けたんだ」
「呪い……?」
呪いの種類は三つ。
一つは、魂の呪縛。
シルフもエルフも、レイブランドの人間も大陸外に出ようと思わない呪い。
これはハルティアがシルフを根絶やしにするまで放さないという執念が産んだ魔法だ。
一つは、エルフの儀式。
エルフの数が減れば減るほど、生きているエルフの魔力が上がって行く。
最後の一人になれば儀式は完成し、大陸の魔力を根こそぎ奪うほどの魔法使いが誕生する。
「呪いの副作用でエルフは他種族と子供を作る事が出来ない。更にエルフの男は人間と同じ容姿をしていたから、レイブランドに逃げた多くのエルフ達が子孫繁栄に苦しんだんだ」
最後の一人となったエルフは子供を作る事も出来ず、アルティアのシルフを根絶やしにする為だけに生きる。
ハルティアの怒りはそれほどまでに大きかった。
最後の呪いは、大陸に存在する魔力の栓を抜く事。
妖精達もハッキリとは分からないが、白銀竜と呼ばれる存在が魔力を産みだしていると思われる。
ハルティアの呪いによって、その白銀竜の意思を奪われ、魔力を吐きだすだけの装置と化したらしい。
「あの大陸だけ、魔法の仕様が他大陸と違うのもその所為なんだ」
「……どう違うんだ?」
「簡単に言えば白銀竜は夢を見ているような状態で、あの大陸の魔法は竜の記憶を支点にして現象を引き出す。白銀竜の知る過去に起きた現象、未来に起きた現象が呪文によって引き出されるんだ」
魔法を理解していない私にとって、彼の言葉は難解だ。
しかしながら、今知るべきはそこじゃないと思い、ファンに話を進めて貰った。
「あの大陸では呪いによって大概の魔法が使えるようになった。屈辱と復讐心に塗れたオルアルク兄弟が開発した魔法は、
“過去に存在した世界を作る”魔法なんだ」
「過去に存在した世界を……」
言葉だけ聞くと過去に転移したように思える。
だがファンの話を聞く限り、そうではないのだろう。
「ただ過去に飛ぶだけなら、僕達も死ななくて済んだんだ。魔力が消える訳じゃないしね」
「じゃあ、一体どうして死んだんだ?」
「簡単な話さ。“世界は二つに増やせても、白銀竜は増やしていない”。白銀竜がいる世界には魔力が存在し、白銀竜のいない世界には魔力が存在しない。それだけ」
理屈は分かる。
魔法のシステムが指定した現象を起こすだけならば、ジェイクハルトの認識の外にいる白銀竜は指定されなかったのだろう。
もしかしたら気付いていないだけで、それ以外にも多くの存在が消えた可能性だってある。
「だが、それなら何故“新しい世界”の方に魔力が移ったんだ?」
「さっすがジークムルト! 鋭いね!」
ファンは嬉しそうに光の粉を撒き散らすと、私の頭の上をふらふらと飛んだ。
「簡単な話さ! 白銀竜達は異世界を移動する事が出来る。“どうせなら過去をもう一度やり直したい”と思ってもおかしくないだろ?」
「……それは、ファンの憶測か?」
「当たり前じゃないか。白銀竜ってのがいるかどうかも知らないんだから!」
「………」
全ては仮定の話か。
「……ん? そう言えばファンがもう一つの世界の記憶を持っているのは何故だ?」
「さっきも言った通り、僕達はこの世界の住人じゃない。こんな風に――」
ファンは両手を前に突き出して上昇すると、勢いを付けたまま私の頭に向かって急降下した。
「っ!?」
私はとっさに両手で頭を守ったが、衝撃が手の甲を襲う事はなかった。
まるで光が通過するように、ファンは私の身体をすり抜けて元の位置に戻る。
「この世界に身体は存在しないんだ。命の在り方も君達とは違う」
「……なるほど」
「とにかく、ね。ジェイクハルトは世界を二分し、白銀竜は過去の世界に移り住んだ」
「そして、過去を知る兄弟が歴史を覆したのか?」
例えば、フレアハートを殺すとか。
「ううん、オルアルク兄弟はとある出来事で国をどうにかする事よりも復讐心に囚われてしまったんだ」
「とある出来事?」
「ああ、母親の死さ。無詠唱魔法によって、オルアルクマリティアヌは兄弟の目の前で処刑された。火あぶりだ」
「……恨みは無詠唱魔法を開発したフレアハートに向いたのか?」
「ご明察! やっぱ君は天才だね!」
ファンは大袈裟に拍手を散らすと、いったん休憩にしようと言った。
だが、私はその先が知りたかった。
私が悠人に固執したように、兄弟もまたフレアハートに固執した。
その行く末を私は知るべきだと確信していた。
「分かったよ。天才はせっかちだなぁ」
「性分でね。必要な情報は全て知りたいのだ」
「復讐心に囚われた兄弟はとある魔法を開発した。何だと思う?」
「……この世の全ての痛みを与える魔法とか?」
「何でそんな怖ろしい魔法を思いつくかなぁ……」
大袈裟に震えるファン。
私が悠人に魔法を開発するとしたら――、
「魂を別の身体に入れ替える魔法」
瞬間、ファンが驚きの表情を見せた。
「驚いたな。正解だよ。オルアルク兄弟はフレアハートに人間が受けた痛みを与えようと思ったんだ。アルティアのシルフ達は生まれた瞬間に親から引き離されるから家族を失う痛みを理解できない」
「それを理解させる為に、三つ目の世界でフレアハートの親となった人物を殺そうとしたのか」
「ああ、そうだよ。しかも、実の母親をね」
「……復讐心の虜だな」
「……だね」
その時に妖精は二度目の死を迎えたのか。
「だとしたら、フレアハートは今、オルアルク兄弟のどちらかとして生きているのか?」
「うん、ジェイクハルトの身体に入ってる」
「クリアハルトが魂の入れ替えを出来るからか?」
「いやー、実はそこもまた複雑でね。彼らは本来ならもう一度世界を二分する魔法を使おうと思っていたんだ」
「……思っていた?」
ここにきて、ファンの顔がニヤリと歪んだ。
嘲笑するような奴ではないと思っていたが……。
「二度目の魔法を使おうとした際、つまりフレアハートをクリアハルトとして生まれ変わらせようとした時、魔法は同時に三つ放たれた」
「一つは世界を二分にする魔法……だろ?」
「うん、もう一つはクリアハルトが自身の身体とフレアハートの身体を入れ替える魔法だね」
「……最後の一つは?」
「フレアハートの無詠唱魔法さ」
私は何故か、その魔法がもたらした奇跡を予想する事が出来た。
「異世界からの魂の召喚」
「……君は神様のように何でも知ってるね。厳密に言えば、
フレアハートは“世界を救うような優しく強い人間”を召喚する魔法を使ったんだ」
「……っ!!」
鳥肌が立った。
心が震え、笑みがこぼれる。
「何を笑っているんだい?」
「ああいや、何でもない。それで、どうなったんだ?」
「うん。異世界、まぁ君のいた世界から一人の魂がクリアハルトの身体に飛び込んだ。押し出されるようにフレアハートの魂はジェイクハルトに入ってしまったんだ」
「……ジェイクハルトの魂は?」
「フレアハートの魂に押しつぶされて、ただ怒りと憎しみを膨らませるだけの呪いになってしまった」
「そのついでに、私の魂をファンが拾ったという訳か」
「うん、たまたまだけどね。えへへ」
ファンは謙遜していたが、私は一生彼に恩を感じるだろう。
私の生涯の好敵手と認めた天宮悠人と再び戦える場を与えてくれた事を。
「それで、私は崩壊戦争を止めれば良いのか?」
「出来るかな?」
確かに私は目の前の小さな妖精に恩を感じている。
だが、この心臓を燃やすような熱い感情は魂を救済した程度では抑える事ができない。
「ああ、分かった。止めよう」
「本当かい!? 良かった!!」
世界を包むほどの光の粉を放つ妖精。
輝きと喜びに満ちた空を眺めながら、私はとても楽しい時間に向かって歩み始めていた。
それが例え世界の死を迎える道であっても――。




