第五十八話「また、夢の中で」
真っ暗な部屋にいた。
そこが部屋だと分かるのは、僕の前にいる少年の目が時折金色に光るからだ。
「ふぅん、それでとうとう結ばれた、と」
「ええ、まぁ。すごく……嬉しかったです」
「娘の情事なんて聞いてねぇよ!」
少年の身体から赤い光が溢れて部屋全体を映し出した。
一瞬で光は消えたが、部屋はまるでフレア姉さんが作った地下施設のように石の壁に囲まれていた。
「クリミアウムの白銀竜がいた場所とは随分イメージが違います」
「ああ、俺は捕まってるからな」
「センタレイルの王ですか?」
「違う。もっとやべぇ奴だ」
「……助けに行った方が――」
クィンクの親が捕まっているとなれば、将来の息子として出兵すべきではないか。
だが、そんな僕の想いとは裏腹に、少年の姿をした白銀竜は深く溜息を吐いた。
「あのなぁ、白銀竜の話をあいつから聞いたんだろ?」
「はい、この世界の始まりから終わりまでが同時に把握できるって」
「厳密には少し違うが、それでもお前の答えがどれだけ見当違いか分かるだろ?」
白銀竜の言葉を聞いて僕は「本当に助けられないのだ」と確信する。
もし彼の知っている未来が僕に助け出される筋書きなら、前向きにアドバイスをしてくれるだろう。
何故ならここの記憶は現実には持ちかえれない為、嘘を吐く必要がないのだ。
「でも、白銀竜を捕まえるって、そんな事が可能なんですか?」
「サンドールって知ってるだろ?」
「えっ、サンドールですか?」
もちろん知っている。
僕の知っている中で一番強い竜人。
それは竜人限定じゃなく、生物全般の中で最強と言う意味だ。
「俺はあいつが大のお気に入りでよ。あいつが見失った竜の心臓を取り返す為に捕まってやったのよ」
「見失った……人間に裏切られてですか?」
「いや、サンドールが心臓を預けた相手は、一生涯あいつを愛した素晴らしい嫁さんだった。見た目も綺麗で、気高く、優しいエルフだった」
「エルフ……?」
サンドールはエルフと結婚していた?
ていうかエルフに竜の心臓を預けられるの?
「お前らは竜の心臓をまるで呪いのように扱ってるけどな。あれは竜人がこの世界に子供を産む為の成長、つまりは祝福だ」
「…………え?」
「簡単に言うとな、竜人って言うのはもう一つの世界の住人の事だ。もう一つの世界って言うのは魔力で構成された世界だ。この世界となんら変わらない、空と大地と海の世界だ」
「言っている意味が……」
「お前、異世界人の癖に頭硬いな」
そう言われても、完全に僕の知力を上回る話だから仕方ない。
まず、クィンク達のような竜人は僕みたいな異世界人だという事。
魔力で構成された世界から、何らかの方法でこっちへやってきているのだろう。
そして、竜の心臓を他人に預けるという事は、この世界で子供を産む為の儀式だという。
「その通り、良くまとめられました」
「では、竜の心臓を誰にも預けずに死んでいく竜人と言うのは……」
「ただ元の世界に戻るだけよ。本人は元の世界にいた事がないから転生のような感覚だろうがな」
「なるほど……」
だったら何故、この世界に竜人が生まれる必要があるのだろうか。
「簡単な話だ。生物なら誰だって考える。“自分の子を安全に産む事ができないか”ってな」
「この世界は貴方達の子供を育てる為の世界なんですか!?」
「たまたま良い場所がこの世界だっただけだ」
「でも、魔法は白銀竜が持ちこんだ概念ですよね?」
僕の問いに白銀竜は「お前はほんと馬鹿だなぁ」と笑った。
「良いか、自分の子供が寒そうにしてたら抱きしめたり服を着せたり、温めるだろ? ただそれだけの話だよ」
「……普通の人間が使えるのは?」
「そこまで細かく出来たら、竜人だけに力を与えるのにな」
白銀竜は不満そうに言った。
話が見えてきた。
どうやら魔法は「ただの白銀竜の子育てにおける副産物」らしい。
「どっかの馬鹿は病気にかかって魔力をドンドン吐き出しているけどな」
「もしかして……、僕の生まれた大陸ですか?」
「馬鹿やって捕まった俺もあいつの事は言えないけどな」
「捕まったらどうなるんです?」
「そりゃあもう魔力だって使い放題だし、魔法もとんでもない効果を発揮できる。それこそ、お前達が応用魔法と呼んでいる魔法なんて子供の遊びだと思えるくらいの」
一体誰がそんな力を……。
「余計な事は考えんな。リンクルと一線を越えたのなら死ぬほど愛せ。死ぬまで愛せ。ていうか死ね」
「酷過ぎないですか!?」
「あほかっ! 世界中の全ての存在がお前の味方だと思うなよ!!」
「……うぅ、心に刺さる……」
「ああお前、人を殺してショック受けてたっけ」
「だって僕の前世では人殺しなんて法律的にも人道的にも許されなかったですし」
「知るか。お前ら人間はエゴの塊だからな。議論するだけ無駄だ」
「そんなぁ……」
その後も、何故か説教や罵詈雑言を受け続けた。
もしかして白銀竜って……酷い竜ばっかりなのだろうか。
□ □ □
朝。
白い日差しに目を開くと、隣でクィンクが寝ていた。
裸にシーツが一枚だけというのは、男にとって非常に興奮する材料となる訳で。
数か月前では考えられなかった身体の起伏もまた、僕の身体を熱くさせる。
(まだお互いの身体が子供すぎて、一線は越えていないんですけどね)
クィンクは一晩中、僕の中で暴れる負の感情を受け止め続けてくれた。
それは悲しみであったり、怒りであったり、苦しみであったり。
お互い裸になり、大人の真似もした。
僕もクィンクも精神的には大人だ。やり方くらいは分かる。
もし彼女と肉体的に重なる事ができたら、何かが変わるのだろうか。
それでも僕にとっては大きな一線を越えた。
「……ん、悠人? おはよ…」
シーツで口元を隠しながら、クィンクは照れくさそうに笑った。
桜色に染まる顔が可愛くてしょうがなくて、僕は中指で彼女の頬を撫でる。
「崩壊戦争が終わったら僕と結婚しようね」
「………うん」
クィンクはやはり照れくさそうに視線を一度外すと、不意を突くように顔を近づけてきた。
彼女の柔らかさを僕はもう――知っている。




