第三話「結果と才能」
バルサとクィンクはまず僕達の能力を様々なテストで数値化した。
彼女達は家庭教師ギルドに生徒の事を報告する義務があり、ギルドは家庭教師達が上手くやっているか管理する必要がある。
数字が分かりやすいのはどこの世界も同じらしい。
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名前:ジェイクハルト
家名:オルアルク
性別:男
◇知識
歴史:15
魔法:15
生活:15
◇基礎魔法六種
火:15(上級)
水:15(上級)
雷:15(上級)
風:15(上級)
土:15(上級)
光:15(上級)
◇戦術
剣:15
槍:15
弓:15
盾:15
体術:15
体力:15
◇備考欄
本来三年で至るべき成績を収めたので、五段階評価の三倍の数値とします。
採点者:バルサ
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「ベルハルト様。私には教える事がなさそうに思えます」
「う、ううむ。ジェイクハルトは優秀な子だが、ここまでとは……」
食堂にてテスト結果の開示が行われていた。
両親が並んで座り、僕達兄弟は立ったまま結果を待つ。
最初はジェイクハルトからだったようで、結果の紙を両親に渡した。
その結果がこれだ。
分かっていた事だが兄は神童と呼ばれた男。
本来は家庭教師なんて必要ない。
「ジェイクハルト。お前はどう思っているのだ?」
ベルハルトの問いにジェイクハルトはすまし顔で、
「お父様、僕は確かに少しだけ人より成長が早いかもしれないです。ですが決して万能ではないですよ」
「うぅん、国王に報告させるべきなのだろうか……」
本来は極めて優秀な、ジェイクハルトのように神童と呼ばれる子はその存在を国に報告する義務がある。理由は様々並べられているが、きっと革命を起こすような危険人物を選定する為だろう。いつの時代も革命児は突然現れ、民衆を引きつれて世界を変える。国王としては最も警戒せねばならない相手だ。
平民ならば泣いて喜ぶが、後に秘密裏で消される事実を貴族達は知っている。
それは両親も理解しているようで、
「あなた、絶対に駄目よ。ジェイクハルトは私達の宝。手放してはいけないわ」
「だが、この成績表が家庭教師ギルドに渡れば……」
家庭教師ギルドは国と繋がっている。
表向きは未来の英雄を育てる為と言っているが、本当の狙いはやはり優秀で危険な子供を選定し摘み取る為だろう。
バルサは生真面目そうだし、誤魔化さず結果を上に報告するはずだ。
そうすればジェイクハルトは……。
「心配する事はありません。バルサはこの成績表を提出したりはしませんから」
「え……」
その場にいる誰も気づかなかったようだが、ジェイクハルトは確かにバルサの名を呼んだ。
彼女は自身を先生と呼ぶように言ったのに。
ジェイクハルトは本当に頭が良く、気の回る頭のいい奴だ。
両親の前でバルサの顔を立てない訳がない。
「そうなのか? バルサ」
「……雇い主がお望みなら」
含みのある言い方だったが、バルサは事実上隠ぺい工作に加担すると宣言したのだ。
クィンクは自身の教え子にしか興味ないのか、大人の対応を知っているのか、両目を閉じて聞いていないふりを貫いている。
父も母もジェイクハルトを手放さなくて済むと安堵した様子だ。
国の事など一つも考えていない。
宝石のような我が子に夢中になっている。
ジェイクハルトを中心にオルアルク家がゆっくりと歪み始めていた。
今は小さな捻じれでも、月日が経てば思いもよらない方向に向いているかもしれない。
本当に今のままで良いのだろうか。
本当にこれがジェイクハルトの幸せに繋がるのだろうか。
「次はクリアハルトの分を頼む」
「はい」
バルサが一歩下がり、クィンクが前に出た。
いよいよ僕の番だ。
ジェイクハルトに比べたら無能と呼ばれてもおかしくないくらい何もできなかった。
そもそもこれから家庭教師を介して習得すべき事を全てマスターしている兄がおかしいんだ。
……なんて言い訳をしても、成績が良くなるはずもなく。
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名前:クリアハルト
家名:オルアルク
性別:男
◇知識
歴史:4
魔法:4
生活:4
◇基礎魔法六種
火:3(初級)
水:3(初級)
雷:4(初級)
風:3(初級)
土:3(初級)
光:2(初級)
◇戦術
剣:3
槍:3
弓:3
盾:5
体術:2
体力:5
◇備考欄
とても素直で前向き、才能に溢れた優しい男の子です。
採点者:クィンク
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両親のホッとした顔を見て、僕は「ああ、点数が低くて安堵したんだろうなぁ」と心の中で嘆く。もちろん転生者だと悟らせないよう手を抜いた部分はあるが、魔法や知識面では本気を出したつもりだ。
「クリアハルトはとても優秀で才能に溢れています。特に彼は人とは違う心の在り方をしていますわ」
「ほう? 心の在り方?」
僕はドキリとした。
クィンクが何を持って僕の心に注目したのか分からないが、思い当たるとしたら転生した事だけだ。実は竜人には特殊な力があって、僕の前世を見抜いたんじゃ……。
「はい。今はまだ本人が自覚していないでしょうし、黙っておきます。ですが、いずれ彼は賢者、もしくは剣の頂きへと至る事でしょう」
「なんとっ!」
「まぁ!」
クィンクのお世辞にしか聞こえない誉め言葉に二人とも顔を綻ばせた。
賢者は基礎魔法六種の上、応用魔法六種を全て使える者に与えられる称号で、歴史上数人しか存在を確認されていない。剣の頂はレイブランドにおいて常に一人しかいない剣術の最も優れた人物の事で、今は老聖と呼ばれるお爺さんがその地位に収まっている。
何だか随分とハードルを上げられてしまった。
「お世辞に対してそこまで喜ぶなよ。気持ち悪い」
隣でジェイクハルトが悪態を吐いていたが、僕は全く気にならなかった。
◇
◇
◇
翌日、魔法についてクィンクが教えてくれる日。
ジェイクハルトは彼女に教わる事などないと参加を拒否した。
どうやらクィンクが僕を誉めたのが相当気に食わなかったようで、もう二度と話したくないとさえ言っていた。
「それなら仕方ないわね」
クィンクは僕に物事を教える間、地球でいうジャージによく似た服を着用していた。さすがにラインは入っていないが、伸びる生地を使っていて動きやすそうだ。
一方で僕は少し戸惑っていた。
ジャージ姿のクィンクは本当に女子高生のようで、精神年齢二十歳後半になった僕にとって後ろめたい関係のように感じてしまうからだ。
竜人は顔立ちがどこか日本人に似ているし、正直めちゃくちゃ可愛い。
青春を碌に送れなかった僕としては目を合わせるのも恥ずかしかったりする。
しかも二人っきりの時はお姉さん口調で喋るし、ドキドキが止まらない。
「それじゃあ、改めて魔法の仕組みについて説明するわね」
「はい」
クィンクは分かりやすくゆっくりとこの世界の魔法について説明してくれた。
まず、種族によって使える魔法の違いはないと言った。
竜人に使える基礎魔法は人間にもエルフにも獣人にも使える。その逆も然りだ。以前ジェイクハルトに教わった話と矛盾はない。
「何故かというと基礎魔法は今まで起きた現象を引き出す技術に過ぎないから」
では、全ての魔法を全ての種族が使いこなせるのか。
「それは無理な話かな。理由は二つあります」
一つは魔力量の違いだ。
人間と竜人では内包する魔力の量や、外界にある魔力を操れる量が違う。
竜人は実に人間百人分の魔力を一人で有するが、妖精族のように大気中に含まれる魔力を操る事は出来ない。獣人は人間よりも内包する魔力の量が少ないが、自然物から魔力を分け与えてもらう事ができる。
「応用魔法六種の違いを覚えてる?」
「はい。回復、創造、破壊、停止、複製、消滅です」
クィンクは金色の瞳をきらりと輝かせ、そうですと頷いた。
「それらが応用魔法と呼ばれている理由は、基礎魔法六種を複合させた魔法だから。回復は光と雷、創造は光と土、破壊は光と火、停止は光と風、複製は光と水、消滅は基礎全ての魔法を複合させるの」
基礎魔法でさえ使いこなせていない僕には途方もない話だった。
「破壊と消滅はどう違うのでしょうか?」
「岩で例えるなら破壊は真っ二つに割れる事。消滅は砕け散って無くなる事……かな?」
「なるほど」
「ただ、消滅を使える魔法使いはこの国に一人もいないから、今の説明が正しいかどうか分からないの」
「クィンク先生にも?」
「うん、そもそも私は応用魔法を創造しか使えないし」
てへ、と舌を出す家庭教師。すごく可愛い。
クィンクは二十五歳と言っていたが竜人は寿命が長い。
ということは実はまだ子供ではないだろうか。
「クィンク先生は人間でいえば何歳くらいですか?」
「授業に関係ない事……とは言えないか。種族の話をしてたしね。竜人は大人の間がものすごく長いだけで、子供の期間は人間と同じだよ」
「サンドールもですか?」
「たぶん……」
「だったらクィンク先生はその姿から成長することはないんですか?」
「……秘密」
視線を反らされた。
明らかに隠し事がある様子だ。
伏し目がちな女子高生って何だか綺麗だ。
「秘密ですか」
「ちょうどいい言葉が出たので本題に戻ろっか、秘密こそが全ての魔法を使えないもう一つの理由なんだ」
「いわゆる秘術ですか?」
「うん、一つの土地に何千年と居つく種族に多いかな。この大陸だとエルフがそうだね」
「エルフ……」
あまり聞きたくない言葉だ。
ジェイクハルトが飛び出してきそう。
「魔法は呪文か魔法陣を介さないと使えないのは知ってる?」
「脳内で魔法陣を描くとか、呪文を音読するとかでは無理なんですか?」
「できたら七大陸栄誉賞を貰えるだろうね。うん」
呪文は唱え終わらないと発動できない。
魔法陣は描き終らないと発動できない。
僕はこの世界の魔法システムになんだか違和感を覚えていた。
「魔法は突き詰めれば突き詰めるほど解析できない神の奇跡と知ることになるわ」
「結局のところ魔法って何なんでしょう」
「十歳でその疑問に辿り着くなんて、クリアハルトは変わってるね。普通は不思議な魔法ってすごーい楽しーってなるのに」
言われてみれば、達観した発言だったかもしれない。
前世で十歳の僕は車が好きだったが走る仕組みを気にしたことがなかった。
サッカーを見るのが好きだったがボールがポーンと飛んでいく仕組みを気にしたことがなかった。
もし友達が「何でテレビは映像が映るんだろう」なんて言い出したら首を傾げていたはずだ。
「呪文にせよ魔法陣にせよ、想像力を具現化する為の……儀式みたいなものかな」
「儀式……」
「すっごく時間がかかっても良いなら、踊っても魔法は使えると思うわ。水の滴りで魔法が発動した事もあるし、歴史上最悪の天災は雲の形が意味を持って大規模魔法になったと聞くわ」
「なるほど……」
回路図として正しければ、どんな方法でも魔法は発動するって事か。
ただし、頭の中だけで発動することは出来ないと。
「じゃあ呪文って適当でも良いってことですか?」
「ええ、極論で言えばね。でも、適当に文字を並べても覚えきれないじゃない?」
「確かに……」
この世界の文字は英語の筆記体に似ている。
漢字のように一つの文字で意味を成さず、文字の配列のみで意味を作っていく。
ぐちゃぐちゃに並べ立てて覚えるのは至難の業だ。
「魔法陣も同様で本当はどんな形でもいいけど、規則性を持たせた方が覚えやすいから円を描くの。昔の魔法使いには三角や四角をベースに魔法を開発した人もいるわ」
「………」
なんだか腑に落ちない。
そもそも同じ魔法を使うのに呪文を使う方法と魔法陣を使う方法の二パターンあるのが納得いかない。どこかで同じような疑問を持ったことがあるような気が……。
「もう、クリアハルトと喋っていると話が逸れちゃうね」
「ごめんなさい」
「ううん、冗談よ。初めての生徒がこんなにも勉強熱心で嬉しいくらい」
クィンクはパンと両手を合わせ、今日の授業は終わりとなった。
なんだか家庭教師の二人が来てから平和な気がする。
ジェイクハルトは僕を痛めつけないし、近づいても来ない。
それもこれもクィンクのおかげか……。
――だが、僕は気付いていないだけだった。
オルアルク家の長男ジェイクハルトが、僕の知らないところで何をしているのかを。
◆
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「あ……、がっ……あぁ」
オルアルク家のメイドは小さな部屋だがそれぞれ個室を持つ。
アネスタの部屋は西側のバラ園からそう遠くない場所にあった。
彼女の協力を得て、一年かけて作った地下施設。
バラ園の地下に広がる長い廊下と五つの部屋。
最奥の部屋に私とバルサはいた。
喚起する場所のない部屋に吐瀉物の悪臭が充満している。
四つん這いで痙攣するバルサの身体は紅く光る薔薇に締め付けられていた。
「どうバルサ。これがエルフでも特別な者しか知らない禁呪の威力よ」
「ぐぅ……あっ!? あぐっ……」
本来はエルフでも選ばれた王宮魔導士しか知る事のない秘術。その中でも特に機密性の高い魔法だ。
名前すらついておらず、呪文も意味のない文字の並びを数十行に渡り書き連ねる。
その努力も無詠唱魔法の前には意味をなさないが。
無詠唱魔法の最大の利点は一度覚えたらどれだけ大規模な魔法でも数秒とかからず使える事だ。もちろん魔力量の少ない人間である以上、魔力が枯渇してしまえば使えなくなるが。
「バルサ。私の顔を見て」
「……はぁ、はぁはぁ」
エルフ特有のピンと尖がった美しい長耳。
ああ、私の耳はなんて醜いんだ。
髪も、顔も、体も、声も、全て醜い。
「バルサ。私を美しいと思う?」
「……は、い。ジェイクハルト様は美しいです」
「エルフの癖に人間を誉めるなんて!!」
「ぐぁああああっ!?」
無詠唱魔法を放つ。
先ほどよりも強力なエルフのみに通じる禁呪だ。
耳の奥にコルク抜きを捻じ込まれるような、耐えようのない痛みがバルサを襲っていることだろう。
どちらか一つでも人間に知れ渡れば、エルフは一瞬にして滅びてしまう魔法だ。
それ故に威力は絶大で、ハーフエルフと言えど心が折れてしまうはずだ。
「あぁ!? ぐぅうう!? ごっ!?」
暴れた拍子にバルサの胃液が私の顔についた。
嗅覚を遮断する魔法を掛けているが、暖かくねっとりとした液は不快でしかない。
「応用魔法を使えない屑エルフの癖に! 私の身体を汚して!」
腹部を蹴り上げる。何度も、何度も。
元々病人のような顔つきをしていたが、今のバルサは死人のように青ざめている。
それがまた、エルフの未来を案じているようで私の怒りを増長させた。
「あなたのような人が! 何で! 何でエルフなの!」
この件がバレればいくら従順なアネスタでも私の精神を疑うだろう。
十歳の子供が家庭教師を監禁して虐待を繰り返しているのだ。
悪魔の所業と言われても否定できない。
「……バルサ。魔力を頂戴」
「……は、い」
エルフは他人の魔力を借りる事ができるが、それは許可を得た時だけだ。
今のバルサに断る勇気はないと分かってはいるけど、何故だかクリアハルトの真っすぐな視線が脳裏にチラついた。
「……バルサ。あなたは何者?」
ハーフエルフの大きな魔力を使えばどんな怪我でも一瞬で治る。
無詠唱魔法をほぼ完成させた今、バルサと組めばやれないことはない。
「私はバルサ。エルフの子」
「敵は?」
「人間。レイブランドの民です」
思わぬ収穫を得た、クリアハルトなんて怖くないわ。
好きなように生きて、崩壊戦争で死ねば良いの。
それまではせいぜい兄弟ごっこに付き合ってあげるわ。




