第二章最終話(第二十七話)「船の上にて」
「風の神よ! 我が手の先に進め!」
クィンクがレイブランド式の呪文を唱えた。
風の初級魔法で帆に突風の餌を与える。地球で見た事のある三角の帆ではなく、長方形でパンのコロネのようにふわりとしている。小さな海賊船と言ったところか。
「まさか無詠唱魔法はおろか、漢字魔法まで使えないとは……」
穏やかな海の上で、僕とクィンクは二人きりの航海を楽しんで……はいないけど頑張って進んでいた。日差しが強く、魔法が使えない海域があるので常に風魔法と水魔法で船内を涼しく保っている。
「一体、どういう理屈なんでしょうね」
「諸説あるんだけど、レイブランドの学者が一番有力にしているのが七大陸にそれぞれ神様がいて、魔法は神様を経由して使っている説かな」
「だから漢字魔法や無詠唱魔法を知らない大陸の神様の地域では使えないってことですか?」
「うーん、でもその理論でいけばレイブランドみたいに一度使えばそれ以降も使えそうじゃない? それに応用魔法はいきなり使えるはずだし……」
セーラー服風の旅の服装を見事に着こなしたクィンクが、船外をウロウロしている。そういえば考え込む時は動き回るタイプだっけ。
「後は白銀竜が魔法を牛耳っているって説もあるわ。剣士ギルドが白銀竜を討伐目標にしているのも魔法を支配したいからだって」
「神様にせよ、白銀竜にせよ、僕達は他所者だから好き勝手にさせんよって事ですかね」
「十分に考えられるわね。だから大陸ごとに呪文が違うのかもね。神様の好みに合わせるために」
「だとしたら、神様にめちゃくちゃ好かれた人ってどうなるんですかね?」
「ぷっ、まだ神様がいるって確定した訳じゃないけどね。でも、神様が大好きになったらきっと……」
「きっと?」
「運命すらも変えられるかもね」
「……なるほど」
クィンクが創造魔法を覚えてくれていたおかげで食料や生活用品には困らなかった。海域によって食材や道具の材質に違いはあったものの、魚が肉になったり、トンカチがドライバーになったりはしない。精々木のトンカチが鉄のトンカチになるくらいだ。
これらも七人の神様存在説で考えれば不思議なことではない。
レイブランドの神様は木のトンカチしか知らず、北の大陸ヴァールムの神様は鉄のトンカチしか知らないのだ。……少し無理があるか。
「ヴァールムの南地方を支配しているヴァハムはレイブランドと交流があり、国王同士が芸術好きという共通点のおかげでかなり友好な関係を築いています。ここは長い航海になりますがヴァールムの東に位置するクミアリウム大陸に向かおうと思います」
「おお、久々の家庭教師口調」
「……あ、そうだ。旅のルール守ってね、悠人♪」
「う、うん……」
正直いろいろあって何も覚えていないけど、確か敬語を使わなければ良かったはずだ。
「海はこの通り魔法が不安定だから海賊達も海岸線沿いにしかいないので心配しないでいいよ」
「でもいるにはいるの?」
「まぁ、物好きはどこにでも……ね?」
「ふぅん……」
日本人というか地球人はファンタジーに出てくるような海賊が大好きだからなぁ。実際は海賊というより盗賊だけど……。
「そういえばリンクル。聞いてもいいかな?」
「どうしたの?」
「家庭教師ギルドを裏切るような形になったけど良かったの?」
裏切るようなと言うより、レイブランドが運営しているギルドなので事実上裏切っている。七大陸同盟が運営ならまだ僕の家庭教師として職務を果たしたと言い逃れできるが、円卓の大臣の方針に逆らっているのだから二度とギルドには戻れないだろう。
「あー、そう言えばそうだったね。忘れちゃってた」
てへへと頭を撫でるクィンク。もうすっかり僕の家庭教師ではなくなっているのか、厳しさなど皆無だ。
「でもまぁ、私の目的を考えたら悠人と一緒にいた方が良いと思うし、全然オッケーだね♪」
「目的?」
目的とは今まで何度か話題になったクィンクの秘密だろうか。
またはぐらかされるだろうと思っていたら、
「……うん、そうだね。悠人には隠し事なしだよね」
と、何やら教えてくれそう雰囲気だ。
風が凪ぐまで雑用をこなした後、僕とクィンクは船首側に移動した。
ついにクィンクの秘密が聞けるのかと思うと、ドキドキが止まらなかった。
◆
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「悠人はさ、私の容姿を見てどう思う?」
「どうって……か、可愛いと思います」
頬が熱い。
面と向かって他人を誉めるのはやはり慣れない。
クィンクは苦笑いを浮かべると、
「子供っぽいとも思ってるでしょ?」
と指摘した。
否定したかったが、隠し事はなしと言ってくれたクィンクに嘘は吐けない。
僕は小さく頷く。二十歳を越えているにしては中高生の容姿で子供っぽいと思っていたから。
「あ、別に私はショック受けないからね! 竜人はある儀式を通過しないと大人になれないの!」
「儀式?」
それは竜人が本当に信頼できる者だけに話す大きな秘密だった。
「竜人には二つ心臓があるの。人の心臓と、竜の心臓」
人の心臓は僕達と同じように血液を循環させる器官で、特筆するような違いはないらしい。だが、竜の心臓には何百、何千人分の魔力が溜まっていて、彼ら竜人が圧倒的な魔力を誇る理由はそれにあるという。
「竜の心臓は私達の身体を強くしてくれたり、大きな魔法を使えるようになるから大切な器官なんだけどね。ただ、ある時期を過ぎたら魔力が強すぎて身体の成長を遅らせちゃうの」
クィンクが子供っぽい容姿なのは竜の心臓の影響で成長を止めているからだった。
その原因を探ろうにも竜人は世界中で千人ほどしかおらず、ある秘密の所為で大掛かりな研究ができないらしい。
「……本当はまだ少しだけ怖いけど、言うね」
「う、うん……」
クィンクは小さく深呼吸すると、僕の目を真っすぐ見て秘密を語り始めた。
「竜の心臓は二年から三年ほど他人に預けないと、成長出来ていない身体では耐えられないほどの魔力を帯びて爆発しちゃうの」
「ば、爆発!?」
「爆発と言っても、ドロドロに溶けちゃったり、パンッて消えちゃったり色々あるみたい。竜人の三割が信頼できる相手を見つけられず爆発で死んじゃうの」
竜の心臓自体は肉と魔力が混ざりあった存在で、取り出したり他人の身体に入れたり出来るらしい。
問題は竜人から竜人に預ける事はできないらしく、獣人か人間に預ける必要があるとクィンクは言った。
――そこが秘密を公にできない大きな理由だった。
「竜の心臓は成熟した大人の竜人には絶対必要なの。心臓がなければ身体を動かすエネルギーが足りなくて眠るように死んじゃうから。でも、人間の中には竜の心臓が与える恩恵に心を奪われて……」
「逃げるんですか!? 信頼してくれた相手を裏切って!?」
「悠人……」
許せない。自身の命を預けてくれるほど信頼してくれた相手を裏切るなんて。
前世の僕で言えば医者が僕の薬を転売して利益を得るって事だ。僕は主治医を心から信頼していた。もし裏切られたら生きる希望を失うだろう。
「リンクル! もし誰かに預ける際は心の底から信頼できる相手にするべきだ! 大丈夫! 絶対に僕が見つけるから!!」
「ふふっ、ありがと。でも絶対に信頼できる相手なんて早々に見つからないと思う」
クィンクが語る竜人の歴史は信頼の歴史だった。
竜人の中にも人の四肢を切り落として人目の届かない場所に隠れたり、数人で徒党を組んで人の家族を丸ごと心臓の保存器官にしたりと、残虐な行いで儀式を終わらせる場合もあったという。
だが、怒りや恨みを持った人間の身体は竜の心臓を保存し続けられないのか、爆発する場合があるらしい。
「その竜人は自分の心臓を失ったショックで自殺したらしいの」
竜の心臓を預ける事が出来ずに死ぬ竜人が全体の三割、預けた相手に裏切られて死ぬ竜人が全体の二割らしい。……半分以上が死ぬなんて過酷過ぎる。
「それに竜人がどうやってこの世界に生まれてきたか分かっていないのも問題をややこしくしているわ。だって竜と人の間に子供が産まれるなんて考えられる?」
「どう考えても無理ですね……」
竜の体長は人間の十倍近くある。
小さいのと言っても獣みたいな姿をしているし……。
「私が大学で研究していたのはね、悠人。
全ての竜人が安心できるための装置を作る為なの」
「……全ての」
「創造の魔法で人間と同じ構造体を造れば可能じゃないかと思ったのが最初かな。大学側には国王や大臣のコピーを作って影武者にすると言って補助金を貰ってたんだけどね」
結局人体を造り出す事は叶わずに身体の限界が近づいてしまい、研究は断念したとクィンクは悔しそうに言った。
「まだ十年くらいは大丈夫なんだけどね。信頼できる人が見つかるかどうかも分かんないし……」
「絶対見つかります。だってリンクルは優しくて、誠実で、強くて……あれ?」
何でだろう。涙が止まらない。
この一年は泣いてばっかりだ。精神年齢三十歳が聞いてあきれる。
「悠人がそう言ってくれるなら……うん、信じてみる」
僕の頭をギュッと抱きしめるクィンク。
いつかクィンクが二年の間で一気に身体が成長したら、胸も……。
「……ん? 何だか女たらしの匂いがする」
クンクンと僕の頭を匂うクィンク。
「ちょっ、な、何も考えていませんから!」
何でオルアルク家に関わる人達はそういう嗅覚が鋭いんだ!?
「悠人は心が大人でも身体は子供なんだから知らない女の人に誘惑されちゃ駄目なんだからね!!」
「は、はいっ!!」
新しい大陸で、新しい生活が始まる。
どんな所か想像もつかないけど、クィンクが言うには一年近くはレイブランドに帰らない方が良いそうだ。フレア姉さんがブラムスから疑いの目を向けられなくなるまで僕は行方不明のままでいる方が得策らしい。
フレア姉さんの疑いが晴れればオルアルク家に矛が向く事はない。それどころか姉はジェイクハルトとしてブラムス大臣から恩恵を受ける事もあるかもしれない。
いずれにせよ、フレアハートと思われているクリアハルトはレイブランドから消えておくべきなのだ。
僕としてもレイブランドに戻るのは少し怖い。
レインが、彼ら孤児の兵士達が僕を恨んでいるのは間違いないからだ。
もし彼らが僕に襲いかかってきても戦えるように鍛錬を続けなくちゃ。
「戦争が起きるのはまだ先だし、私達がいない方がオルアルク家の皆を守れるのなら、この旅を楽しまなくっちゃね!」
相変わらずクィンクは僕の考えを見通しているかの如く、かけて欲しい言葉をくれる。
……竜の心臓か。僕が預かる事は出来ないだろうか。
信頼関係なら十分築けていると思うし、レイブランド内においては六種の上級魔法だって使える。
「あ、あの……リンクル」
「どうしたの? 真剣な顔して」
よし、言うぞ。言うぞ!
「……………竜の心臓を預けられる相手、見つかると良いですね」
「うん、ありがと」
「………」
僕に足りないモノは知識、経験、人生の重み、そして――勇気。
第二章 完




