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二重転生(ダブルリンカーネイション)  作者: 宮沢亮
第一章 とあるエルフの無詠唱魔法
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第一話「兄と弟」

 オルアルク=クリアハルト。

 それが僕の新しい名前だ。


 優しさを意味するクリアに、剣を意味するハルト。

 優しき剣。なんだかファンタジー小説の主人公みたいでカッコいい。


 先月で十歳になり、父から木剣の所持を許可された。

 この世界に男として生まれた子は十四歳で学校に行き、魔法の才能があれば魔法学院へ、剣の才能があれば戦術学院へと進学する。


 どちらの才能も見いだせなかった者は親の仕事を継ぐ。


 父は裏金を積めば何とでもなると言っていたが、僕としては自身の才能だけで勝負してみたい。


 前世では碌に歩くこともできず、自分の才能を見出す事さえ叶わなかった。

 ボードゲームも楽しいけど、スポーツもやってみたかったな。


 オルアルク家の統治する領は痩せた土地と貧しい村ばかりで他の貴族からは没落貴族と嘲笑されているらしい。父、ベルハルトは貴族の会合から帰還する度に酒を煽りながら愚痴を零した。「魔石業さえ軌道に乗れば」それが彼の口癖だ。


 それでも、一つの領を統治するだけあって屋敷の規模はかなり大きい。

 ヨーロッパの美術館のような館には五十以上の部屋があり、メイドとコック合わせて五人以上が働いている。年々人数が減っているような気がするが、四人家族のお手伝いさんとしては十分すぎる人数だ。


 庭は一日で回れないほど広く、薔薇園や果樹園も存在している。

 大きな池や剣術を訓練する開けた空間もある。


 母、マリティアヌはとりわけ薔薇園を愛していて、メイドや庭師にさえ近づく事を禁じていた。僕と兄は定期的に連れて行ってもらうが、地球よりも多彩な薔薇は見ていて飽きないし、美人の母に相応しい庭園だと思う。


 前世と違ってドラゴンや魔物が存在しているし、多くの大陸で戦争が起きている激動の時代だ。

 決して安全な世界とは言えないだろう。


 それでも僕は自由に動ける身体を貰えただけでも神様に感謝している。

 さらに言えば魔法を使ったり剣術を覚えたりする事が出来るなんて夢のようだ。

 ただ――。


「クリアハルト? ジェイクハルトを見なかった?」


 足元まで伸びたピンクのドレスを揺らしながら、マリティアヌが僕の部屋に入ってきた。銀髪を頭上で束ね、大きな玉ねぎのような形になっている。


 僕の生まれた国レイブランドの文明レベルは中世ヨーロッパ並みで、ようやく蒸気機関が発明されたレベルだ。魔法の影響で地球とは異なる文化の発展が見られるけど。


「母上? 兄さんなら外で剣の稽古をしているのでは?」


 マリティアヌは兄のジェイクハルトを過保護なくらい大切にしている。

 僕に対してはほどほどで、一日中放置されることもあった。


 双子の兄弟に向ける愛情の差が見られるのはいくつか理由がある。

 僕と兄は二卵性双生児だったのか、転生の影響なのか、容姿が全く異なっている。


 ジェイクハルトの髪はマリティアヌと同じ銀髪で絹のようにサラサラ。

 瞳はエメラルドグリーンの宝石のように輝いている。

 肌は透き通るような白で女の子のようにキメ細かく近づくと良い匂いがする。

 母の意向で腰まで伸ばした長髪を後ろから見ると、絶世の美少女が立っているのかと勘違いしそうなほど雰囲気があった。


 対して僕はベルハルトの青髪が影響したのか、前世の因果か髪は黒い。

 ジェイクハルトに比べて男の子らしさが出ているのは嬉しいけど、並んで立っていると双子だと気付かれないのが少し悲しい。


 顔立ちは双子なだけあってよく似ている。

 母の穏やかな目と父の高い鼻のおかげで将来女の子にモテそうだ。


「それがねぇ、いないのよ。品評会に持っていく薔薇の棘を削げ落とす手伝いをしてもらおうと思ったのに」

「母様、その役目は僕が――」

「ううん、良いの。美しい薔薇の棘は鋭くて怖いの。クリアハルトを傷つけたくないわ」

「……分かりました」

「見かけたら私のバラ園に来るように伝えてくれる?」

「はい、母様」


 貴族の子として例え身内であっても言葉遣いや立ち振る舞いに気を付けなくてはならない。その所為で少し堅苦しい生活だとは思う。


 けど明日食べるお金もないような貧乏の家に転生する可能性だってあったのだから贅沢な悩みだろう。


 ジェイクハルトはメイドから敬愛を込めて『ロージィ』と呼ばれている。

 バラのように美しく、洗練された子供という意味だ。

 家庭教師を付ける前から基礎魔法六種を使いこなし、剣の訓練を始めてすぐに父から「この子は天才だ」と言わしめた。僕はまぁ……良いじゃないか。


 稀代の天才、レイブランドの革命児、神童ジェイクハルト。彼の敬称は増える一方だ。


 内面においても、ジェイクハルトはその器の大きさを存分に示した。


 この世界には人間以外にエルフ種、獣人種、竜人種、魔族、亜人など人の姿をした全く異なる生物が多々存在する。

 その中で獣人種は人間よりも知能に劣り、物作りが苦手で奴隷や使用人の対象となった。


 オルアルク家のメイドの多くも獣人種で、猫耳が生えてたり、尻尾が生えてたり、羽根が生えてたりする。ジェイクハルトは彼らと自分を対等な存在として振る舞っているのだ。


 魔法の才能。

 剣術の才能。

 容姿の美しさ。

 平等の精神。


 ジェイクハルトはオルアルク家の宝であり、誇りであった。




 そんな世界に愛された兄が、物語の主人公みたいな兄が―――僕は苦手だ。




「こほんこほん」

「行ったか? クリアハルト」


 僕がわざとらしく二度咳をすると、奥のベッドがモゾモゾと動いた。

 赤い布に美しい刺繍が入ったオルアルク家御用達の服装。

 薔薇のブローチを胸につけ、腰には木剣。

 黒色のズボンに柔らかさを重視した高級な革靴。


 銀髪を風に(なび)かせながら、兄ジェイクハルトは僕の前に姿を現した。


「行ったよ」

「もう少し上手い言い訳は出来なかったの?」


 ジェイクハルトは僕と二人でいる時はなぜか、女の子のような口調になる。

 小さい頃に毎日入浴を共にしていなければ、僕は兄を女の子だと信じて疑わなかっただろう。


「知らないよ。母上の愛情を軽んじる兄さんの事なんて」


 お互いの現状を比べた所為だろうか、つい攻撃的になってしまった。

 僕が兄に反抗すればどうなるか分かっているのに。


「クリアハルト、今日は随分とご機嫌じゃないの」


 冷徹な声が耳を撫でた。

 まるで“声だけで人を殺せるんじゃないか”。

 そう思ってしまいそうな鋭さを内包した一言。

 思わず振り返って兄の顔を見る。



 ――ゾッとした。



「ふふ、私の顔に何かついてる? クリアハルト」


 彫刻のような美しさと、女神のような微笑み。

 誰しもがうっとりと見惚れてしまう兄の笑顔。


 その中身から漏れ出す“明確な殺意”。


「あ、いや、別に」


 ジェイクハルトは薔薇だ。

 それも世界で最も美しく、永遠に咲き誇る白銀の薔薇。



 ≪美しい薔薇の棘は鋭くて――怖い≫



「なぁクリアハルト、エルフって知っているか?」

「うん、この大陸の西側を統治しているエルフ種の事だよね」

「そう。正確にはアルティア国を統治している種族」


 人間とエルフは数十年の間、国交を断絶している。

 四国のような長方形の大陸を東西に分ける断絶山(スクラベ)は生き物の登れる高さではなく、唯一往来できる北方平原はお互いの戦力が睨み合っている状態だ。


 かつては魔王の脅威から身を守る為に手を取り合って戦ったと聞くが、どうしてこうなったのだろうか。


「それがどうかしたの?」

「お前はエルフの事、どう思う?」


 唐突な質問。


 僕は兄の気が触れたのではないかと思った。

 コミュニケーションを取ったことはおろか、目にしたことすらないエルフをどう思っているかなんて、神様は気さくな人だろうかと聞いているようなものだ。


「分からないよ。確かすごい魔法を使えるんだよね」

「そうなの。魔法の技術ならどの種族よりも上よ」

「ふーん、よく知っているね」

「……クリアハルトが無知なだけよ」


 エルフの事なんて大人でも知らないと思う。

 ジェイクハルトはどこから仕入れて来るのか知識に富んでいる。

 特に魔法に関しては、屋敷にある十冊の魔導書からは得る事のできない量を記憶しているように思えた。


 一体どこから覚えて来るのだろうか。


「兄様はエルフになりたいの?」

「ああ、なりたいね。こんなみすぼらしい耳じゃなくて、エルフの高貴で可憐な耳が良い」


 この世界のエルフも耳がピンと尖がっているのか。

 日本人って可愛くてスタイルの良い女の子をイメージするけど、海外ではゴブリンみたいな顔が主流なんだよな。


「この世界のエルフってどんな顔してるの? 美人さん? ジャガイモのような顔?」


 この時、僕はただ疑問を口にしただけだった。

 他意も悪意もない。

 もちろんエルフを見下すつもりも。



 だがジェイクハルトの鬼のような形相を見て、僕は「ああ、失敗したなぁ」と心の中で溜息を吐く。



「クリアハルトォオオオオオオ!!」


 ジェイクハルトは腰から木剣を抜くと、躊躇なく座っている僕の左腕を殴った。

 十歳とはいえ男の子の本気は凄まじく、骨の砕ける音が筋肉を介して身体中に広がった。


「ぐぅぁ!?」

「貴様っ! 貴様っ! 貴様ぁっ!!」


 何度も。

 何度も。

 何度も。


 狂気の兄は横たわる僕の体を殴り続けた。

 四肢が曲がり、血が絨毯に染み込んでも、兄はその手を緩めなかった。


「貴様っ! 貴様っ! 貴様ぁぁぁぁっ!!」


 頬骨、肘、肋骨、腰、膝、指。

 骨や関節が砕け、悲鳴を上げる。


 狂っている。


 子供が暴力に酔いしれるなら笑顔になるはずだ。

 怒りに満ち溢れたなら、鬼の形相を保ち続けるはずだ。


 ジェイクハルトは泣いていた。

 ミチッ、ミチッと骨が折れて肉だけになった部分を殴り続けながら、ポロポロと涙を流し続けていた。



 気を失う寸前まで、僕は憎悪と哀情に満ちた兄の顔を眺め続けた。



 僕はあの顔を知っている。

 前世で一度だけ母親が見せた顔。

 誰にも気づかれないようにこっそりと、“点滴に空気を入れようとした”あの顔。どこから得た知識か分からないが、僕が楽に死ねると思ったようだ。



 ああ、やはり僕は兄が苦手だ。

 理解してあげたいのに、鉄の扉で心を閉ざしている。


 オルアルク=ジェイクハルトには秘密がある。

 それはきっと、僕が深く関わって、い……る――。


 ◆


 ◆


 ◆


 気付けば夜になっていた。

 ベッドに横たわる僕の体から痛みがすっかり消えている。


 身体に残った柔らかな魔力の残滓。

 朝日が昇る寸前の森林にいるような感覚。


 ジェイクハルトが誰かに頼んで回復魔法を掛け、ベッドまで運んでくれたのだ。確か回復魔法は基礎魔法よりも難しい応用魔法の一つだからな。流石の兄でも使えないだろう。……使えないよね。


「訳が分からないな」


 実は兄が捨て子か妾の子だったら、僕を恨む気持ちも理解できる。

 だけど母は銀髪、父は青い髪。


 どう考えても黒髪の僕の方が捨て子の可能性が高い、


 万が一捨て子や妾の子だったとしても、寵愛されているのは兄の方だ。

 エルフの話題でカッとなって双子の弟を殺す理由には全然届かない。


「目が覚めたか、クリアハルト」


 部屋の入り口でジェイクハルトが腕を組んで立っていた。

 その顔に反省の色も、後悔の念も見受けられない。

 一時の気の迷いだと強気な姿勢も見せない。


 さっきの事などまるで気にしていないような顔だ。


「夕食の時間だからさっさと起きて」


 僕にだけ使う女っぽい口調。

 もしかして兄も転生者なのだろうか。

 エルフの女の子で僕のような黒髪の人間に殺された恨みがある。

 だから僕の事が嫌いだし、エルフを馬鹿にされたら許せない。


「ははっ、そんな訳ないか」


 もしそうなら僕はとっくに殺されているだろう。


 それに国交を断絶する以前は人間とエルフは友好的だった。

 未来で戦争でもしない限りは人間が恨まれるような事態になる訳がない。


「独り言か? 気持ち悪いよ、クリアハルト」

「ああうん、ごめん」


 いずれにせよ、兄は兄。

 僕の家族だ。


 それにもし転生者なら、六歳までおねしょをするはずがない。


「あ、でも女の子だったら体の構造が違うから……」


 何を馬鹿なことを。

 ジェイクハルトの唯一の弱点の起源を探るような卑劣な男にはなりたくない。


 僕も兄と並ぶオルアルク家の長男だ。


 父上に恥じない立派な男にならなくては。

 小さな決意を胸に、僕は苦手な兄の手を取り食堂へと向かうのである。



 ◆


 ◆


 ◆



 私の名前はオルアルク=ジェイクハルト。

 前世の名はフレアハート。エルフの魔導士で戦争にて殉職した。


 忌々しい人間の子に転生してから十年が経つ。

 オルアルク家は没落貴族とはいえ、人間社会全体でみれば裕福な家庭。

 知識と教養を得るには十二分な宿り木だわ。


 人間の事を知れば知るほど戦争を有利に運ぶ事ができる。

 見た目は人間でも心はエルフ。

 将来は仲間の住まうアルティア国の繁栄の為、この命に懸けて尽力するつもり。


 それにしても人間の体は蓄積できる魔力の量が少なすぎる。

 火、水、雷、風、土、光を操る基礎魔法六種は一日数発程度しか放つ事ができない。木を一本消し炭にするだけで魔力が枯渇してしまった。


 だから、ついカッとなってクリアハルトを半殺しにした時は焦った。

 本当に焦った。


 回復魔法は基礎魔法と比べ物にならない量の魔力を使う。

 私一人の魔力ではどうしようもできないから。


 正直、クリアハルトが死ぬ事自体はどうでもいい。


 戦争を終結させ、悪戯に死者を増やさないよう無詠唱魔法≪スレスティア≫を開発した私を殺した張本人なんだし、心配事は少ないほうが良い。


 未来の話とはいえ、数十万人の命を散らせた戦犯の死なんて誰も悲しまないはず。


 でも私が実の弟を殺したとなると、両親は嘆き悲しむはず。


 ううん、人間が何を想い、何を感じようと知った事ではない。

 問題は勘当されてしまったり矯正施設へ収容されたりする事。

 勘当ならまだエルフとして生きる道は残されているけど、人間の運営する矯正施設は非人道的な悪魔の施設と聞いた事がある。


 魂を削られてエルフとしての記憶を消されてしまっては堪らないもの。


「アネスタ! 助けて!」


 私はすぐにメイドのアネスタの元へ走った。

 獣人であり、奴隷経験のある彼女は人間に対して少なからず恨みを持っている。私は彼女に前世の記憶があることを三年前に打ち明けていた。


「ロージィ!? どうしました!?」


 アネスタは見た目こそは普通の中年女性で剣や魔法の才能はないけれど、鋭い牙とそれなりの魔力を有している。彼女の魔力を使って回復魔法を放てばあの程度の怪我は何とでもなるはず。


「まぁ、なんてひどい……」


 肉塊と化したクリアハルトを見てアネスタは絶句した。

 彼女は人間に恨みがありながら、メイドとして働き場を用意してくれたオルアルク家に恩を感じている。私には利用されているようにしか見えない。


「この男は私を殺した張本人よ。人間はエルフと戦争を始めてから獣人を皆殺しにしたわ。アネスタが同情する必要はないの」

「ですが……」

「大丈夫。私が大人になればアネスタをエルフの領へ連れていくわ。差別や暴力のない平和な世界にね」


 アネスタは弱く、無知な女性だ。

 私の言葉を素直に信じ、協力を惜しまない。

 前世の戦争中、獣人は人間に殺されてなどはいない。


 人間側の兵士として北方平原に送り込まれ、エルフの兵士に一掃されただけだ。


 それでも獣人や奴隷などの差別をなくし、幸福に導きたいと私は思っている。

 私に協力することは間接的に自分を幸福に導く事となるのよ。


「分かりました。どうすればよろしいので?」

「左手で私の手を握って」


 アネスタは小さく頷き、私の右手を掴む。

 洗濯や洗い物で手は硬く、傷だらけ。後で回復魔法を使ってきれいな手にしてあげよう。


「おおっ、坊ちゃん……」


 無詠唱魔法(スレスティア)の回復魔法でクリアハルトの傷を癒す。

 無詠唱魔法は前世でも開発したばかりで、私も使いこなすのに時間がかかっている。

 崩壊戦争が始まるまでには一般魔導士でも使えるように実用化したいものだけど……。


「アネスタ。悪いけどクリアハルトをベッドに運んでくれるかしら」

「分かりました。フレ……ロージィはどちらへ?」


 正直フレアハートと呼んでほしい。

 冷血の魔導士と侮蔑されていた私にとって、熱血(フレアハート)と呼んでもらえるのは限りなく嬉しい事だから。

 そもそも、私は常に魔法の事を考えていたから無表情だっただけで、どちらかといえば感情豊かな方だ。仲間の死を思うと涙を流してしまうし、上官の愚行には心底腹が立つ。


「私はお母様の薔薇園へ行ってくる」


 薔薇のような美しい存在に心を奪われてしまうし、カッコいい男には心惹かれてしまう。……もちろんエルフ限定だけど。


 ◆


 ◆


 ◆


 バラ園は白銀の(つぼみ)が、咲き誇るタイミングを合わせるように並んでいた。

 私とクリアハルトしか入る事を許されていない庭園。

 薔薇は外から魔力を吸い込んで成長する。


 魔力には色があり、感情によって変化する魔色(ましょく)と、人によって違う魂色(こんしょく)がある。多くの薔薇は何故か近くにいる魂色を取り入れるみたい。

 人間は薔薇や一部の植物を使ってしか魂色を見る事ができないし、魔色を見る事はできない。

 エルフは風の魔法を使って見る事ができる。

 多種族に教えていない秘術の一つ。


「まるで白雪のようですね。お母様」


 最近は私とお母様以外は立ち入り禁止になっていて、薔薇の蕾はすっかり銀一色になっていた。

 前世の私は青色の魂色だったけど、この世界ではお母様と同じ銀色の魔力みたい。エルフの秘術を使っても自分の魔色や魂色を確認できないのが残念。


「ああ、やっと来てくれたのね、ジェイクハルト」


 お母様は人間にしてはかなり美しい女性だ。

 顔立ちもさることながら、慈愛に満ちた表情と凛とした立ち振る舞いが素晴らしいと思う。

 前世の私は研究に没頭していつも猫背だったし、化粧など色気を出したこともなかった。だから新たな人生において最も偉大な師はお母様と言っても過言ではない。


 それでも、お母様の過干渉にはウンザリする時がある。

 お母様はおそらく私を女として育てたいようで、剣や攻撃的な魔法の使用を嫌がっていた。


「お母様、薔薇の選定は僕には荷が重いですよ」

「何を言っているのよ、ジェイクハルト。去年の品評会で特別賞に選ばれたのはあなたの選んだ薔薇のおかげなのよ」


 毎年行われる薔薇の品評会。

 人間の貴族は酔狂な者が多く、何かと優劣を付けたがる。

 

 オルアルク家は参加していないけど、奴隷を戦わせて優劣を付ける品評会もあるらしい。

 その低俗な心が戦争を引き起こすとどうして分からないのだろうか。


「そこまで期待されては仕方ないですね。僕も全力を尽くしましょう」

「まぁ頼もしい! ジェイクハルトには頭が上がらないわ♪」


 お母様は両手を合わせてにっこりと笑うと、私に薔薇の蕾を一つ一つ品評させていった。

 要は蕾に入った魔力の量を測れば良いだけなのだけど、人間は魔力を視認する方法を知らない。無詠唱魔法で薔薇全ての魔力を確認していく。


「……今年は特にお母様の気合が入っているおかげか、どれも良さそうですね」

「ほんと!?」


 お世辞ではない。

 本当にどの薔薇も去年より多くの魔力が含まれている。

 魔力を吸い込む薔薇にとって、人間といかに接するかが美しく咲く肝となる。


 かつて薔薇の上に姫を置いて魔力を奪い続け、眠れる美女とした伝承が残っているけど、あながち嘘でもないみたい。


「ん……、これは?」


 庭園の奥にひっそりと咲く黒い薔薇。

 まるで血を吸い続けたような蕾に恐ろしささえ感じる。


「その裏でクリアハルトがいつもお昼寝するの。黒の薔薇ってなんだか怖いじゃない? だから最近はなるべくクリアハルトを連れて来ないようにしてるんだけど……」


 なるほど、クリアハルトの魔力を吸い込んだというわけか。

 しかし、そうなると前々から思っていた疑問が浮かび上がってくる。


「母上、クリアハルトは“生まれてからずっと黒髪”だったのですか?」


 前世の記憶ではクリアハルトの髪は母上と同じ銀髪だった。

 目もエメラルドグリーンで、今の弟とは似ても似つかない特徴をしていた。


「ええ、そうね。お父さんに似たのかしら?」

「そうかもしれませんね」


 確かに父上の髪は青色で、部分的に黒く見えないこともない。

 だけど、私の知るクリアハルトは銀髪だ。黒ではない。

 人間は成長の過程で髪色が変わるなど聞いたこともないが……。


 それに魂色が黒色なんて聞いたことがない。

 考えられるとしたら私の転生が影響して特徴を変えてしまった事。


 もしそうなら残虐な性格が一切見られないのも、私の転生が影響して穏やかな性格に変わってしまったからなのかな。


 このままずっと穏やかな性格でいてくれるなら私は……。



「切り落としちゃおうかしら?」

「お母様、それは――」


 ――ジョキン。


 薔薇の枝を切る為に作らせたハサミが間抜けな音を立てた。

 お母様はいつもと同じにこやかな笑顔で、一切躊躇なく黒い薔薇を断裁した。


「これで一安心♪ やっぱり一つだけ違うと気持ち悪いわよねー♪」


 無垢な悪意。

 人間はいとも容易く、ありのままの自分で罪を犯す。


 そうだ。

 人間はそうなのだ。


 例えクリアハルトが普段大人しい好青年でも、戦場に出ればきっと修羅に変わる。

 今は自然を愛し家族を大切にする弟も、いつかきっと笑いながらエルフを殺す鬼と化すのだ。


「ねぇジェイクハルト。この黒い薔薇どうしましょうか?」


 私は間違えてはならない。


「そうですね」


 私はエルフ。人間とは違う。

 油断してはならないし、心を許してはならない。




「私が後で処分しておきます」




 クリアハルトは必ず私がこの手で――。




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