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二重転生(ダブルリンカーネイション)  作者: 宮沢亮
第一章 とあるエルフの無詠唱魔法
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第九話「突然の来訪者」


 僕はアネスタの捜索を続けたが、やはり一向に見つかる気配がない。


 ベルハルトは完全に捜索を諦め、臨時雇用したメイドを正式に雇うと宣言した。僕は何時間も抗議し、少なくとも家族が集まるまで引き延ばす事に成功した。

 アネスタの部屋を一日中捜索した日もある。


 だが、手がかりすら見つからない。


 万が一を考えて壁を掘ったり床を剥いでみたりしたけど何もなく、捜せば捜すほどアネスタが自らの意思で失踪したとしか思えなくなっていった。


「休憩しましょう」


 バルサがオセロボードとお茶を持ってアネスタの部屋に現れる。

 僕としては明日が期限だし捜索を続けたかったが、


「同じ視点で動き続けても進展はありません。一度落ちついて別の視点から物事を捉えてみましょう」


 と言われ、渋々納得した。


 いつかのように庭でオセロをしたかったが、雪が降っていたので断念し、大広間の暖炉に近づいてオセロボードを広げる。


 大きな窓からはバラ園も見える。


 式典はどうだっただろうか。

 明日結果が分かると思うとドキドキする。


「落ちつかない様子ですね」

 

 バルサはオセロに慣れていない様子で悪手でも気にせず置いていった。

 もしかしたら手を抜いているのだろうか。


 正直初心者とのオセロはつまらない事が多いが、こうも淡々と進められると思惑があるように感じてしまう。


「うん、色々とね」


 それでも、長年の経験と知識が僕の打ち筋を決めてしまっていた。

 基本的に四隅優先で、峠を越えれば計算に次ぐ計算だ。


「クリアハルトの一番の長所は落ちついた心にあると思いますよ」

「そうですか?」


 最近のバルサは僕の事をずっと誉め続ける。

 色々と甘やかしてくるし、本当に僕の事を好きなんじゃないかと思ってしまう。


 クィンクは厳しい時は厳しいし、教え子と教師の立場を守っている気がする。

 その点バルサは僕の事を一人の男として育ててくれているように見えた。


「剣を握ると少し臆病になる理由も、相手の事を見極めたい心の現れでしょうかね」

「……実はまだ怖いんだ。人に向かって剣を振るうのって」


 クィンクは竜神一刀流という剣術を取り入れているおかげか太刀筋が綺麗で分かりやすい。バルサは魔物を倒す事を優先した剣技なので、どこから何が飛び出すか分からなくて怖かった。


「私はそれで良いと思いますよ。クリアハルトが兵士になる姿なんて想像もつきませんし」

「うん、僕だってなるつもりはないよ」


 この世界の事を知ってから剣を仕事にしないと決めている。


 もちろん戦争が始まって徴兵されてしまえばどうしようもないかもしれないが、こちらから志願する事は絶対にないだろう。


 だから人間相手に剣を振るう事が基本的にない。

 まだ将来の事なんて決めていないけど、出来れば魔法関係の安全な仕事に就きたいなぁ。


「魔物の多くはパターン化された動きしかしません。脳が小さく身体が大きいからです」

「うん、それがどうしたの?」

「クリアハルトは魔物狩り(モンスターハンター)の才能があると思いますよ」


 バルサは真剣な面持ちで言った。

 本気で信じている様子だ。


 魔物狩りは比較的魔物の少ないレイブランドにおいては、数百人しかいない職業。


 だけど別の大陸では最も稼げる仕事として有名だ。

 狩猟ギルドは七大陸の主要国家全てから補助金を受けているし、魔物から剥ぎ取れる骨や皮は高値で取引される。


「レイブランドから出てけって事?」

「ふふっ、その時はお供します」


 何だか最近のバルサは本当によく笑うし、積極的な言葉を口にするし、ドキドキされっぱなしだ。肉体年齢はかなりの差だけど精神年齢で言えばさほど変わらないから意外と気が合うのだろうか。

 年上の彼女か……。


「私の負けみたいですね」


 気がつけばボードが黒に占拠されていた。

 バルサはペコリと頭を下げて、


「では、ご命令をどうぞ」


 と言った。


 いつの間にか罰ゲームありの試合になっていたようだ。


 命令と言われても何を命令すれば良いのか……。

 こう言う時、経験の無さが如実に表れて辛い。


 罰ゲーム……。罰ゲーム……。


「歌……かな?」

「歌、ですか?」


 バルサが首を傾げた。


 この国にも歌は存在している。

 マリティアヌには子守歌を何度も歌ってもらったし、国歌や地元に伝わる歌は数多くある。


「バルサが知ってる歌で良いよ」

「……申し訳ありません。歌を歌った事はおろか、まともに聞いた事もないのです」


 かなり珍しい事だとは思うけど、あり得ない話でもないか。

 テレビやラジオの存在しない世界なんだし。


「じゃあ教えてあげる。練習しよ」

「はい、お願いします」


 童謡を中心に知っている曲を記憶の箪笥から引き出す。


 前世で流行っていた歌なんかは地球の情報が多数存在するので諦めた。

 それに僕自身、歌に自信なんてない。分かりやすい歌が良いだろう。


「うさぎとかめにしよう」

「うさぎとかめですか?」


 この世界には兎も亀も存在する。


 歌自体も難しい歌ではない。


 兎のペンダントもあげた事だし、バルサの歌にはぴったりだ。

 ……内容は兎が負けちゃうけど。


 ◆


 ◆


 ◆


 しばらく練習を続けていると、素人の僕でもバルサの歌の才能に気づかされる。

 音程の取り方やリズム感の才能を見抜く事は出来ないけど、とにかく歌声が心地よい。

 エルフの長耳から発せられる声がエコーとなり、マイクを使って歌っているように聞こえるからだろうか。

 とにかく僕にとってバルサの歌声は、まるで天使が舞い降りたんじゃないかと思うほど見事だ。


 だからつい、ベルハルトを呼んでしまった。


「ふむ、聞かせて貰おうかな」

「僭越ながら……」


 バルサはペコリと頭を下げると、スゥと息を吸った。

 長耳がピクピクと動いたかと思うと、透き通るような歌声が大広間に響き渡った。


 もしもし かめよ かめさんよ

 せかいの うちに おまえほど

 あゆみの のろい ものはない

 どうして そんなに のろいのか


 バルサの真面目な表情から紡ぎ出さる子供っぽい歌詞。


 これがギャップ萌えと言う奴だろうか。

 ベルハルトは目を閉じて聴き入っている。

 基本的に童謡は歌詞よりも聴き心地の良さが重視されているからだろうか、その表情は安らぎに満ちていた。


 そして、バルサが歌い終わった。

 しぃんと、大広間が余韻に満たされる。


「……いかがでしょうか?」


 バルサの顔に不安の色が見える。

 流石に発表会は緊張したのだろう。


「いや、素晴らしい。素晴らしいよバルサ」


 ベルハルトが力を込めて拍手した。僕も続けて拍手する。

 バルサが頬を赤らめて微笑む。可愛い。


「もう一度聞かせてもらえるかな」

「はい、それでは……」


 もう一度歌を紡ごうと息を吸い込んだ瞬間――、





         ぶぅん。






 パソコンの起動音のような間抜けな音が耳に届いた。


「今の――」


 音の発生源を確かめようと窓側に視線を動かす。



 何かが見えた。



「……………ん?」


 雪景色にぽっかりと浮かぶ角ばった黒い影。


 大きさは軽トラックくらいだろうか。

 太陽の光を全て吸収しているのか、光沢が一切なく、生き物にしては目や口などの必要器官が一切存在していない。


 とても間抜けな光景だった。


 例えるなら、病院の窓の外からジェット機がこちらを見ていたような。


「父上、バルサ。一体あれは……」

「逃げろ。いや、“逃げるぞ”」


 ベルハルトとバルサが恐怖に顔を歪めている。


 “絶対に出会ってはならない”存在と出会ったかのような顔に、僕は状況を徐々に理解していった。


『黒竜(クロノス)には意思という意思は見られないの。形がドラゴンに見えるだけで、ご飯も食べないし群れで行動もしない。眠りもしなければ巣に帰って休む事もない』


 クィンクの言葉を思い出す。

 窓の外に浮いているそれも、意思が見られない。

 形は折り紙の鶴のように見えるが、全てが太くドラゴンと言われても違和感はない。


 間違いない、あれは黒竜だ。


 歴史上十人しか単独討伐に成功していない強力な魔物。

 一切魔法を使わない代わりに一切魔法が通じない奇妙な生き物。


 確かに見た目からはこの世界の生物である気がしない。

 いや、生物なのかどうかすら怪しい。


「私も一度だけ、人生で一度だけ黒竜に挑んだ事がある」


 ベルハルトが震えた声を発した。

 恐怖に身を支配されている様子だ。


「結果は見ての通りだ。恐怖に支配され、心の底から倒せる気がしなかった」

「ですが、ここから離れると言っても……」


 僕にはどうすれば良いか分からない。

 オルアルク家から出て行くなんて考えた事もなかったから。


「わ、わた……、私の所為で……」


 バルサは震えていた。

 恐怖と言うよりも後悔に塗れている様子だ。


「何故バルサが責任を感じているんですか?」

「そうだ。あれは誰かに呼ばれて飛んでくるような存在ではない」


 それに応用魔法を使えないバルサが『召喚』を使えるはずがない。


 あの黒竜は何らかの理由で突然現れたとしか思えない。


 だが、バルサはゆっくりと首を横に振り、


「い、いえ……、歌を歌い終わった後、確かに持って行かれたのです。“私の中にある大部分の魔力”を」


 魔力の大部分が消費するなんて確かに魔法を使う以外にないだろう。


 呪文や魔法陣を使わなければ魔法を使えない以上、タイミング的にはバルサの歌が呪文の代わりになった可能性が高い。


『応用魔法が基礎魔法を複合させる理由は、事象を脳内で疑似的に一度起こし、〝この世に存在している事”にしてから魔力によって現実に引き出す必要があるからです』


 バルサの言葉を思い出す。


 応用魔法は基礎魔法を掛けあわせた事象を脳内で一度シミュレーションする。

 脳内で疑似的に起きた事でもこの世界で一度起きた事になるのだ。

 

「逆に言えば、応用魔法は使った時点で基礎魔法になるのでは……?」


 基礎魔法六種という言葉に惑わされ、特別な魔法使いにしか使用できないとされていた応用魔法。



 だが、実は魔力さえあれば誰にでも使えるとしたら。



 もしそうなら、うさぎとかめの歌は黒翼竜を召喚するための呪文だった事になる。

 異世界の歌を誰かが一度召喚の呪文として使用した事があるってこと?


「クリアハルト、考えるのは後だ。今は逃げるぞ」

「分かりま――」


 ベルハルトに腕を掴まれ、引っ張られた瞬間、






       ぶぅん。






 奇妙な音が耳に届く。


 壁や窓を挟んでいるのに直接聞こえたような音だ。

 遅れて窓ガラスが一斉に破裂し、大広間に散らばった。


 不気味な黒い塊が大広間の中で僕達の方を向いた。


「クリアハルト!!」

「逃げろ!! 逃げるんだ!」


 二人は力の限り叫び、廊下へと走りだす。


 圧倒的な力を前に、転生者だろうが、銀光の剣士だろうが、ハーフエルフだろうが関係ない。


 逃げるしかない。

 逃げるしかないのだ。


「うわぁあああああああ!!」


 大広間を抜け、物置へと駆け抜ける。


 許された木剣ではなく、本物の剣や槍があるからだ。

 もちろん戦うつもりはない。

 逃げる為に必要なモノを探す為だ。

 それはベルハルトにも理解できていた様子で、


「クリアハルト! 柄に赤い宝石が埋め込まれた剣も頼む!」


 と託された。


 壁をぶち抜いて黒竜が現れる。

 奴が動く度にぶぅんぶぅんと間抜けな音が響いた。


 まるで機械だ。

 しかも僕の前世よりもずっと未来の。


「もし危険を感じたら私に構わずお逃げください! クリアハルト!」


 バルサの叫びが耳端に届いた。

 僕は心の中で叫び返す。




 ――何を馬鹿な事を!!



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