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二重転生(ダブルリンカーネイション)  作者: 宮沢亮
分岐点‐プロローグ‐
1/81

終焉

 炭化した木々をグシャグシャと踏み抜く音。

 血と灰で薄汚れたローブを羽織る魔導士の姿を見て、兵士達は嘲笑する。


「ふん、冷血の魔導士め」

「今度はどんな下らない話か」

「戦争が終わるなどふざけた事を」

無詠唱魔法(スレスティア)など夢もまた夢」


 エルフ用語で夢を意味するスレス、奇跡を意味するティア。

 掛け合わせてスレスティア。

 魔法において右に出る種族のいないエルフでさえ、無詠唱魔法は夢物語だった。


 冷血の魔導士と呼ばれた女は、自陣に建てられた仮設テントの前で大きく息を吸い込む。

 フードを下ろすと、エルフ特有のピンと尖った長耳が現れた。

 長い間梳()いていない髪を両手で撫でると、もう一度深く息を吸い込み、声を上げた。


「フレアハート入ります!」

 

 返事を待たずして、フレアハートはテント内へと足を踏み入れる。

 中には老齢のエルフ達が地べたに腰を下ろして会議を進めていた。

 空気は張り詰めていて殺気立っている。

 本来は穏やかな性質のはずのエルフ。

 それをここまで変えた崩壊戦争の恐ろしさをフレアハートは肌で感じ取った。


「冷血の魔導士か。なんの用だ」

「北方平原へと配置変更された理由を頂戴したく、馳せ参じました」


 フレアハートの言葉を聞いて、上官達の目の色が変わった。

 彼女自身、進退について上官に問える立場にない事は分かっている。

 だが、北方平原は最も戦火の激しい地方。

 体力のない魔導士が配置につけば数日と持たない死線であった。


「死を恐れているのか? 若きエルフよ」


 最奥のエルフがしゃがれた声を上げた。

 フレアハートは即座に膝を地に突き首を垂れる。

 エルフ軍の総指揮官であり、アルティア国の国王フルバラ=エルフ=アルティアの言葉を前にして棒立ちを続けるエルフはいない。


「アルティアの未来の為なら命など惜しくはありません」

「ほう? ならば、いかなる理由で配置変更を嫌がるのだ?」


 嫌な言い方をする。

 フレアハートは心の中で毒づいた。

 前国王に比べてフルバラは聞き分けのない子供のような統治者だった。

 平和な時代に生まれ、崩壊戦争で初めて仲間の死を体験したのだから仕方のない事かもしれないが、それは多くのエルフに言えることだ。国王(リーダー)としての器が知れる。

 それでも、国王を前にして己の考えを述べるチャンスは二度と来ないかもしれない。

 フレアハートの中に小さな欲が生まれた。


「兼ねてより開発を進めておりました無詠唱魔法(スレスティア)が後少しで実践技術として投入可能となります! 半年、いえ、三か月だけ猶予を頂けないでしょうか!」


 無詠唱魔法という言葉を聞いて上官達の顔が青ざめた。

 いくら士官学校を首席で卒業した魔導士とはいえ、国王に直接夢物語を語るとは。中には顔を赤くして怒りを露わにする者さえいた。


「ふむ、無詠唱魔法とな? それは実践で役に立つのか?」


 フルバラは弛んだ顎を擦りながら、淡々とした口調で問う。


「はっ! 無詠唱魔法の真価は回復魔法にて発揮されます! 現在回復魔法の限界は致命傷を負ってから一分以内とされていますが、無詠唱魔法なら一分以内に数十発放つことができます! さらには一般兵も使用可能となれば――」

「もうよい。やはり貴様は自らの命が惜しいだけの臆病者(グリブル)であったか」


 国王は右手を上げ、ゆっくりと水平まで下ろした。

 かつてエルフの始祖が敵対していた魔族に行った「反撃の合図」であり、二度と顔を合わせたくないという意味が込められている。


「……失礼します」


 上官達の歪んだ笑みから逃げるように、フレアハートはテントを後にした。


 ◆


 翌週、北方平原へと戦場を移した冷血の魔導士に待っていたのは、かつての上官エルデバだった。


「ふん、私の寵愛を受け入れぬからこういう事になるのだ」 

「貴様に犯されるくらいなら、人間共に八つ裂きにされた方がマシだ」


 エルデバはエルフと人間のハーフであるが、ほとんど人間の特徴を残していた。

 髪質、顔立ち、瞳の色、どれをとっても敵と同じで仲間からも慕われず、人間を殺す事でのみ生きる意味を見出す残虐な指揮官だった。唯一の取り柄が人間仕込みの卑怯な戦略を建てる事で、前線で多くの実績を残してきた事だけだ。

 そんな彼が純血のエルフであり魔法の才能に富んだフレアハートを手籠めにしたいのは必然であり、幾度となく襲い掛かっては失敗した。

 その度にフレアハートの男嫌いは加速していき、心を閉ざしていった。


「この……、上官に向かって……」


 顔を真っ赤にしたエルデバに向かってフレアハートは人差し指を立て手の甲を向ける。エルフにとって最も屈辱的なポーズであり、上官に殺されても文句は言えないような態度だった。


「どっちみちここで終わりよ。朝日が昇る前に私の死体を漁って犯すと良いわ」


 次の日、フレアハートは自ら志願して最前線へと向かった。

 エルデバに襲われないように一睡もしていないが、次に眠る時は死ぬ時と決めている。

 不思議と頭は冴えていた。


「今日はできる気がする……」


 血生臭さがフレアハートの鼻腔を刺激する。

 飛び交う矢の数も劇的に増え、死体が山のように重なっていた。

 物理干渉を阻害する魔法陣をローブに編み込んでいる為、弓で放った程度の矢を受けることはない。

 それでも、人間の腕力によって振り下ろされた剣の一撃に耐えることは出来ないだろう。

 剣戟が鳴り響く度に死の予感に身体を震わせた。


 いよいよ生きた人間の姿が見えるようになってきた。

 最前線へと到着したのだ。


 フレアハートはまず安全なうちに、無詠唱魔法を試してみた。

 脳内に呪文を並べ立てる。

 炎の精霊に呼びかけ、大規模爆発を起こす上級魔法だ。


「……どうしてっ!」


 頭の中で呪文を並べ、引き起こすべき事象を思い浮かべる事に成功した。

 それは魔法の構成が完璧に行われた証拠である。

 呪文による詠唱魔法も、魔法陣による儀式魔法も、突き詰めれば脳内で魔法を構成するための手順に過ぎない。

 無詠唱魔法はその複雑な構成を頭の中だけで行う、ただそれだけの魔法だ。

 呪文を唱え終わらなければ発動できない詠唱魔法よりも数十倍速く、魔法陣を描かなければならない儀式魔法よりも数百倍速い。


 だが、何かが足りず発動まで至れない。

 フレアハートはその何かの為に士官学校を最短の十五歳で卒業してから五年の間、同じ研究を続けていた。


「アルティアに眠る光の精霊よ。フレアハートの名の下に光矢の雨となりて敵を討て!」


 光の精霊に呼びかけ、魔法の矢を敵陣へ向けて大量に放つ。

 フレアハートの詠唱魔法は、魔法の得意なエルフでも数人がかりが数十行の呪文を並べ立ててようやく放つ事の出来る上級魔法だ。


「うわぁああああ!?」

「ぐぅ!?」

「なんだこれは!?」


 数千の矢が敵陣へと降り注ぎ、一気に状勢をひっくり返す。

 それは同時に戦場へと強力な魔導士が現れた証拠であり、人間兵にとって武勲を上げるチャンスでもあった。


「おお、冷血の魔導士だ」

「冷血の魔導士が協力してくれるぞ!」

「行くぞ!!」


 エルフの軍勢も光矢の雨を見て指揮を高める。

 死を享受するだけだった前線が、一気に活気づいた。


「アルティアに猛ける炎の精霊よ。フレアハートの名の下に敵を灰燼(かいじん)と成せ!」


 やはり詠唱魔法の調子はいい。

 フレアハートは今までにない手応えを感じていた。

 あと一つ、何かきっかけがあれば無詠唱魔法へと至る事ができる気がしていた。


「うぉおおおおおおおお!!」

「危ない!!」


 人間の兵士が振りかざした剣を、エルフの男が死体から奪った(かぶと)で薙ぎ払った。

 士官学校の剣術訓練では見られない、荒々しい戦術。


 戦場には戦場の戦い方がある。

 それは本を読むだけでは決して得る事のできない方法(たたかいかた)


「……まさか、これが無詠唱魔法の条件?」


 研究室で立ち止まったまま、魔法を構成しては決して加わる事のない要素。

 フレアハートは死地に赴いて、ようやく自身の求めていた最後の欠片(ピース)を見つける。

 それはあまりにも単純で、だが、考えてみれば当たり前の話。


「ぐあぁああ!?」


 突如として隣のエルフが人間の剣に倒れる。

 放っておいては数十秒と持たずに死ぬ致命傷だ。

 無詠唱魔法を試して失敗すれば、呪文の詠唱は間に合わないだろう。


「……始祖様(ハルティア)


 それでも、フレアハートは試さずにはいられなかった。

 脳内で呪文を構成し、目線を介して魔法を発動する。


(無詠唱魔法(スレスティア)。アルティアに眠る光の精霊、(いかづち)の精霊よ、フレアハートの名の下に傷を癒したまえ!)


 大量の魔力がフレアハートの身体から消えた。魔法が成功した証だ。

 呪文はあくまで呪文。声を発することで成立する。

 無詠唱魔法には無詠唱魔法専用のやり方が必要だったのだ。


 例え方法は子供でも使えるような簡単なモノだったとしても、発想に至るまでの頂はあまりにも高い。才能と研鑽、そして偶然と覚悟が重なった奇跡。


「………うっ」


 一秒に満たない刹那を勝ち取り、倒れた兵士が意識を取り戻した。


「な、き、貴様、ゾンビか!?」


 突如として起き上がったエルフに人間の兵士が後ずさった。


 遂に、フレアハートの≪夢と奇跡≫(スレスティア)は≪無詠唱魔法≫(スレスティア)へと至った。

 これで戦況を一変できる。

 悪戯に死者を増やさず、戦争を終わりへと導く事ができる。


 前線から離れようとしたその瞬間――、




「見つけたぜ、冷血の魔導士さんよぉ!」




 銀髪の青年がフレアハートの背中に深い傷を刻んだ。


「……あっ」


 背骨を切断するような強烈な一撃にフレアハートの視界が大きく揺らいだ。

 それでも、彼女は立ち上がった。

 エルフと人間の未来の為、無詠唱魔法を伝えなければ。

 自らの死と引き換えにしても、絶対にやり遂げる必要がある。


「おいおい! このクリアハルトを前にして逃げようなんざ、夢見すぎだろうが!!」


 クリアハルトと名乗る青年は、背を向けた魔導士が自分達の平和さえ願っているともしらず、血に染まった長髪を鷲掴みした。


「なんだ、美人のエルフじゃねぇか。幸運(ラッキー)だぜ」


 クリアハルトは高らかに笑うが、もはやフレアハートの耳に届いていなかった。


「……レス……ティ…ア」

「あ?」


 フレアハートは死を目前にしてなお、人々の幸せを願った。

 そして、“自身の知る最大の回復魔法”を頭の中で構成する。


 魔力の届く限り無差別に傷を癒す回復魔法(ハルティア)


 かつてエルフの始祖ハルティアが優しき種族の幸福を願って使用した奇跡の業。

 途方もない構成だったが、死ぬ前に何とか並べ終われそうだ。


 フレアハートは思い出す。

 幸せと呼ぶには程遠い短き人生を。

 戦争に次ぐ戦争。

 血で血を洗う青春。

 上官に襲われまいと目を閉じなかった夜。


 それでも価値はあった。


 死へと歩く仲間達を、かつては友であった人間達を救うことができる。


 構成のほとんどを終え、冷血の魔導士と呼ばれるようになった所以である無表情を解き、笑顔を見せたその瞬間、



「何を笑ってんだこいつ」



 喉元に走る強い痛み。

 フレアハートは自身の首が割けた事が分かった。

 あまりにも唐突な痛みに、稀代の魔導士は構成が曖昧なまま魔法を発動してしまった。



「……け…て」




 ――フレアハートの世界が終わりを告げた。




 ◆


 ◆


 ◆




 身体が重く、四肢が思うように動かなかった。

 意識も途切れ途切れで、思考がはっきりと定まらない。

 柔らかく暖かい布に包まれている事は分かった。


 隣でわんわんギャーギャーと叫び声が聞こえる。

 だけど、確認しようにも首が動かない。


 私は一体どうしてしまったのかしら。

 北方平原で死を迎えたはずなのに、何故だか意識がある。

 捕まって拷問を受けているのかしら。


 それにしては痛みがないどころか、心地良さが勝っている。


「弟ちゃんは泣き虫さんですねぇ、お兄ちゃんを見習いましょう」


 この訛りは人間特有のもの。

 やはり人間に捕まったのかしら。


「あらあら、お兄ちゃんも難しい顔していますねー」


 目の前に銀髪の女性が現れる。

 私を殺したクリアハルトと同じ銀髪。

 視界がグラリと揺れた。

 たぶん抱きかかえられているみたい。


「二人とも顔が良いから将来は美人さんと結婚しましょうねぇ」


 女性の揺れに合わせて私の視界もグラグラと揺れる。


 ここまで来れば馬鹿でも察する。

 何の不運か私は回復魔法を失敗し、人間の体へと転生してしまったみたい。

 さすがにどの時代のどんな場所か推測する事は出来ないが、まず間違いないと思う。


 まさか私を殺した憎きクリアハルトと同じ、人間に生まれ変わってしまうなんて。

 だけど、エルフとしての誇りと記憶が残っている限り、どんな身体になっても私はエルフ。

 将来的にはハルティア様に忠誠を誓い、エルフの為にこの身を捧げよう。


「ジェイクハルトにクリアハルト。二人とも私の大切な息子だわ」


 人間の文化はよく知らないけど、エルフの知識があればどうとでもな……。

 ……………クリアハルト?



 私は自身の(あだ)であるクリアハルトの兄、ジェイクハルトへと転生した。

 これは転生者の物語だ。

 馬鹿で、愚かで、情けない転生者の物語だ。

 だけど、幕開けには少し早い。




 プロローグはまだ、始まりを告げてはいない――。




 

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