スウィート
喫茶店で別れ話をしていた。
窓際の席に座り、ボクと彼女は向かい合っている。
こういう話をするときに女性は、だいたいにおいて、金魚の汚物よりも価値のない『お友達』というモノを連れてくる。
今回それが現われなかったのは、ふたりの別れが円満なモノだからだと思う。
話し合うというより、彼女が一方的に話しているだけだった。
話をほぼ聞き流しながら、よくこんなにもクチが回るものだと感心している。
水泡眼の袋にはいりきる程度の中身しかない話を、薄めて伸ばして垂れ流す。
パクパクと口を開く姿はエサを欲しがる和金のようだ。
頂天眼ぐらい奇妙だと、付き合っていたころから思っていた。
おぼんをもった店員がテーブルの横に立つと彼女は黙った。
ボクにはコーヒーが、彼女には紅茶が目の前に置かれる。
店員が床下にあいた穴に消えると、彼女のクチの動きが再開された。
彼女の話は、別れる原因をすべてボクが悪いという結論にしたいらしい。
話をしながら、ボクに責任があるという方向にどうにかしてもっていこうとしている。
「あたしの友達も……だけど、あなたのそういう……」
クチの動きをとめぬまま、彼女はテーブルのうえのスティックシュガーをつかんだ。
二十本程度のそれを一気に開き、ボクのコーヒーに注いだ。
カラの袋をとなりの席の男性に投げつける。
「あたしにも……。でもそれは……よね? だから……」
彼女の手がテーブルのうえのガムシロップに伸びる。
全十個のふたを開けると、ボクのコーヒーにすべて流し込まれた。
カラの容器をとなりの席の男性の、足元にあるカバンのなかに投げいれる。
彼女の手にはすでに角砂糖の容器が握られていた。
「だからね、……なのよ。……でしょ。つまり、……なわけで……」
読点のたびにひとつ、句点のたびにふたつ、ボクのコーヒーに角砂糖をいれつづけている。
そうして話しつづけているうちに角砂糖の容器がカラになる。
彼女は話を中断して、すぐさま店員を呼びつける。
床下に消えた店員が天井から現れる。
カラになった容器を見せると、店員はエプロンのポケットから木の箱を出した。
寄木細工の秘密箱で、表面には二匹のトサキンが描かれている。
受け取った彼女は、ためらうこともなく箱の面を六十四回スライドさせて簡単に開けた。
なかには茶色の角砂糖がはいっていた。
カラメル色素で染められた砂糖かと思ったが、どうやらザラメ糖のようだ。
それを、さきほどの容器へすべて移し替える。
彼女は、店員へ箱を返した。
ボクは、店員から箱を奪い取ると自分のバッグにしまった。
しまっているあいだに店員はいなくなっていた。
彼女の話も再開されていた。
「……というわけだから、……ってことなんだけど……」
クチの動きに合わせて固形のザラメ糖をいれつづける。
「……で、結局はね……あれ?」
補充した砂糖も切れ、容器の中がからっぽになった。
図ったかのようにタイミングよく彼女の携帯電話が鳴った。
彼女はボクに断りをいれて店を出ていってしまう。
残されたボクはコーヒーを見る。
すでに液体と固体のあいだを行き来している。
試しにスプーンを刺すとみごとに直立した。
スプーンを引き抜くと口へ運んだ。
もし、砂糖に致死量というものが存在するならば間違いなく超えているだろう。
コースターにスプーンを戻し、彼女の紅茶を飲んだ。
入口のベルを鳴らして彼女が戻ってきた。
手にはスーパーのビニール袋が重そうに握られている。
席につくとビニール袋のなかからいびつなかたちの黒砂糖が取り出される。
袋のなかに、キビ糖と上白糖の袋がはいっているのが見える。
彼女の話は始まったばかりのようだ。