表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スウィート

作者: ParticleCoffee

 喫茶店で別れ話をしていた。

 窓際の席に座り、ボクと彼女は向かい合っている。

 こういう話をするときに女性は、だいたいにおいて、金魚の汚物よりも価値のない『お友達』というモノを連れてくる。

 今回それが現われなかったのは、ふたりの別れが円満なモノだからだと思う。

 話し合うというより、彼女が一方的に話しているだけだった。

 話をほぼ聞き流しながら、よくこんなにもクチが回るものだと感心している。

 水泡眼の袋にはいりきる程度の中身しかない話を、薄めて伸ばして垂れ流す。

 パクパクと口を開く姿はエサを欲しがる和金のようだ。

 頂天眼ぐらい奇妙だと、付き合っていたころから思っていた。

 おぼんをもった店員がテーブルの横に立つと彼女は黙った。

 ボクにはコーヒーが、彼女には紅茶が目の前に置かれる。

 店員が床下にあいた穴に消えると、彼女のクチの動きが再開された。

 彼女の話は、別れる原因をすべてボクが悪いという結論にしたいらしい。

 話をしながら、ボクに責任があるという方向にどうにかしてもっていこうとしている。

「あたしの友達も……だけど、あなたのそういう……」

 クチの動きをとめぬまま、彼女はテーブルのうえのスティックシュガーをつかんだ。

 二十本程度のそれを一気に開き、ボクのコーヒーに注いだ。

 カラの袋をとなりの席の男性に投げつける。

「あたしにも……。でもそれは……よね? だから……」

 彼女の手がテーブルのうえのガムシロップに伸びる。

 全十個のふたを開けると、ボクのコーヒーにすべて流し込まれた。

 カラの容器をとなりの席の男性の、足元にあるカバンのなかに投げいれる。

 彼女の手にはすでに角砂糖の容器が握られていた。

「だからね、……なのよ。……でしょ。つまり、……なわけで……」

 読点のたびにひとつ、句点のたびにふたつ、ボクのコーヒーに角砂糖をいれつづけている。

 そうして話しつづけているうちに角砂糖の容器がカラになる。

 彼女は話を中断して、すぐさま店員を呼びつける。

 床下に消えた店員が天井から現れる。

 カラになった容器を見せると、店員はエプロンのポケットから木の箱を出した。

 寄木細工の秘密箱で、表面には二匹のトサキンが描かれている。

 受け取った彼女は、ためらうこともなく箱の面を六十四回スライドさせて簡単に開けた。

 なかには茶色の角砂糖がはいっていた。

 カラメル色素で染められた砂糖かと思ったが、どうやらザラメ糖のようだ。

 それを、さきほどの容器へすべて移し替える。

 彼女は、店員へ箱を返した。

 ボクは、店員から箱を奪い取ると自分のバッグにしまった。

 しまっているあいだに店員はいなくなっていた。

 彼女の話も再開されていた。

「……というわけだから、……ってことなんだけど……」

 クチの動きに合わせて固形のザラメ糖をいれつづける。

「……で、結局はね……あれ?」

 補充した砂糖も切れ、容器の中がからっぽになった。

 図ったかのようにタイミングよく彼女の携帯電話が鳴った。

 彼女はボクに断りをいれて店を出ていってしまう。

 残されたボクはコーヒーを見る。

 すでに液体と固体のあいだを行き来している。

 試しにスプーンを刺すとみごとに直立した。

 スプーンを引き抜くと口へ運んだ。

 もし、砂糖に致死量というものが存在するならば間違いなく超えているだろう。

 コースターにスプーンを戻し、彼女の紅茶を飲んだ。

 入口のベルを鳴らして彼女が戻ってきた。

 手にはスーパーのビニール袋が重そうに握られている。

 席につくとビニール袋のなかからいびつなかたちの黒砂糖が取り出される。

 袋のなかに、キビ糖と上白糖の袋がはいっているのが見える。

 彼女の話は始まったばかりのようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ