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国狼  作者: 壇狩坊
5/7

   8/11 AM10:00

 今より二時間前。

 午前八時に起床した僕らは今日とるいろはの一連の流れについて話し合っていた。

「君は彼女の付近で一時間だけ張り付いていて欲しい。それで僕が電話をかけたら、それを合図に彼女にコンタクトを取ってくれ」

「鎌ヶ谷、アンタはどうするんだ?」

「僕は更に監視している君を監視することにする。そうすれば僕が秋川楓を見るよりもリスクが減るからね。それで不審な何かがあったら君に連絡するよ」

「…うん」

 不安そうに、彼女は頷く。

 勝ち気な彼女ではあるが、やはり女だからだろうか、不安の色を書く背はしないようだ。

「頑張ってね。僕は僕に出来る最善をするつもりだから」

「うん、私も頑張るから」

 二人は誓いの目を交わし、握手した。


 そして今。

 秋川楓のぶっきらぼうな行動の監視を始め、1時間が過ぎた時、僕らはとあるショッピングモールの中にいた。

 この一時間、秋川楓は街中をウィンドウショッピングした挙句、ショッピングモールへと足を運び、のんびりとそこらじゅうを一人で歩き回っていた。

 当然、浪白ら二人との接点は未だない。

 本当にここまで放任的だとはな…、と僕は思う。

 一時間前に彼女を発見した時は、如何にもあっさりと見つけられたなと警戒したものだが、こうも長いこと何も無い状態が続くと、流石に罠とも考えづらい。

 それは、罠だとしたら浪白達とて常に周到に身構えていなければならないからだ。彼女がこうして街中を普通に歩きまわり始めたのは何も今日が初めてではない。昨日だってそうだったのだ。

 ならば、本当に浪白達は秋川楓を信用し、それでいて町中へと駆り出すことも許可している――?

 そんな、甘いことを彼は許すのだろうか。

 前方のいろははチラリチラリとこちらを何度か振り返って、指示を待っている。どうやら彼女とて思うことは同じようだ。

(コンタクト開始…)

 僕は彼女のする片耳イヤホンと繋がっているマイクを手に隠し、口元で覆い、

「ゴー…」

 と、小さく呟いた。そうして僕は近くの人目につかなそうなベンチに腰を下ろし、一人イヤホンを耳に装着する。

 これは天井いろはの胸元に付けられたマイクと繋がっている。事前に家電量販店でこれらの物を見た時は文化も発展したものだなと思ったもので、利用できるものは利用しようという僕らの両案だ。

 これで僕は味方である天井いろはと敵へと寝返った秋川楓の会話を盗み聞くことが出来る。

 彼女のに付けられた入力側のマイクはどうやらブラジャーにつけるとか何とか言っていたのでバレないのであろうが…。


「あの…」

 天井いろはは緊張の面持ちで目の前を歩く彼女に声を掛けた。

 秋川楓はいろはの方を振り向き際、

「んー?」

 と、ぶっきらぼうに反応し、そして、

「いろは、ちゃん…?」

 と、まるで待ち合わせをしていたのに違う人が来たかのように表情を強張らせた。

「どうして、どうして」

「落ち着いて、楓。…大丈夫?」

 何に対して自分は大丈夫と問うているのかがよくわからないいろはであったが、

「…大丈夫。ちゃんと、いろはちゃんと話せるよ」

 いろはがいつも見ていた、明るく振る舞う彼女とは違う空気感で、秋川楓は答えた。

「最近ご飯食べてる?」

「うん、ちゃんと摂ってるよ」

「寝てる?」

「うん」

「変なことされてない?」

「ん…」

 この一連の質問は楓の緊張を解すつもりで放ったつもりではあったが、最後の質問はどうやらいろはの意図を察せられる言葉であったようだ。

 間をおいた彼女は答える。

「…大丈夫だよ」

「そっか…」

 安堵の表情を浮かべるいろは。それに秋川楓も共感したようで、

「…いろはちゃんも、鎌ヶ谷って男に会ったの?」

 核心的な所を突いてきたな、といろはは思いつつ答える。

「会ったよ。…今は、味方してる」

「そう…」

 つまりそれは。堂々と秋川楓に対して敵対していると宣言しているようなものなのだが。

「いろはちゃん…勝てないんだよ」

「え?」

 いろははその突然の言葉を聞き返す。

「アタシ、確信してる。この戦いは、どうやっても、もう勝てない。

 それはアタシ、断言できる。

 だから、いろはちゃんも…」

「私がここに来た理由、分かるかな」

 ピリ、と空気が変わるのを、秋川楓は感じた。それはまるで、過去に自分が叱られた時のような――

「私はね、楓に勝って欲しいんだ」

「無理だよ」

「無理だとしても、こんな形で終わるのなんて、流石にない!」

 いろはの声が響き、周りの視線をふと集める。

「楓はもしかしたら、私たち五人のためにこうして裏切ったのかもしれないって思った」

「…」

「浪白達が、楓に対して報酬を払う。それを、私たちで分配する。それが、今楓の考えてる理想の終わり方なんじゃないの?」

「…悪いの、かな」

「悪いね」

「どうして!」

 自分が気持を押し殺してまでやった行動を否定され、楓は激高する。

「こんな勝算のない戦いで、アタシが国狼になれる可能性が十パーにも満たない戦いで無謀に挑んで、それで手に何も残らず終わるより、よっぽどいいじゃん!」

「よくない」

「大体、あの男が悪いんだ、あの鎌ヶ谷ってのが!

 どうして初日に来なかった? 八月1日に、どうして私と合流することが出来なかった? 

 そんなの、負けるのも当たり前じゃん…だって、七日間、アタシは二対一で戦わなきゃいけなかったんだよ?」

 過去にあった禍根を、涙ぐましく吐露する楓。それを前に、天井いろはは堂々としていた。

「確かに、最初に合流することが出来なかったのはアイツが悪い、最悪だ。クソッタレだ」

 マイクの向こう側で聞いているのだろうが、と思いつついろはは思うことを口にする。

「だけど、今はいる。必死に浪白達に抗って、勝利をもぎ取ろうと、歯を食いしばってる」

 結論として、いろはは口にした。

「いい、楓。貴方がもしも浪白達なんかにたぶらかされて貰った金なんか、いろは達、貰わないよ。

 誰も、その結果を喜ばないんだから」

「でも、国狼になれるのは、アタシだけなんだよ…?」

「それでもいい。

 前に言ったでしょ、私たちは一心同体。六人六色ではあるけれど芯の成り立ちは同じだって。

 私たちは全員楓には国狼になってほしいと…思ってるから」

 だから。


「楓。こっちに帰ってきて」


 いろはは、もっとも重要な事項を口にした。

 そして、顔を上げた秋川楓は

『いろは、逃げて!』

 口にした。

「もうダメなんだよ…遅いんだよ、いろは」

 え、といろはは今の状況に疑問詞をもらした。

『いろは、早く!』

 という耳から聞こえる彼の声も、イマイチ理解できない。

「ど、どうゆう…」

 と、そこで自分の肩に男の手が掛かるのが分かる。

「お前は、誰だ…?」

 冷えたその声に、ガチガチと歯を鳴らしながらチラリと一瞥すると、

「浪白、渉平…!」

 その隣には、カウスクラウス、そして黒いフードを被った大きな男が立っていた。

 ダッ、とその場を逃げようとすると、

「…グッ!」

 いろはは世界が流転し、その一秒後、自分が情けなくそこに寝そべっていることを認識する。

「鎌ヶ谷のヤツが来るかと思えば、まさか第三者を用いてくるとはな…それも、女とは。奴も隅に置けないな」

「楓…、どうして」

「お前にしゃべる権利は無い!」

 ガッ、と浪白はいろはの黒い髪を掴み、言う。

「鎌ヶ谷は、どこだ?」

「くっ…」

「吐けよ…」

 いろはが浪白に掴まれながらも睨みを効かせていたのは、浪白にではなく、楓であった。

「アタシ…」

 と、それに気付いた楓は一つ呟いた。

「アタシは、もう、いろはの傀儡でいるつもりなんて、ないから、さ」

「…!」

 そんな風に、思っていたのか、と。いろははあまりの衝撃に落胆した。

「天井…? どういうことだ?」

 浪白は今だに秋川楓のことを天井いろはだと思っている。だから天井の名を用いて秋川を呼ぶ。

「まー浪白さんには言ってなかったからね…でももう終わったことですよ」

「…問題は、無いのか」

「もちろんですよー。浪白さん達の勝利には…ね」

 そうか、と言い捨て、浪白は再びいろはを睨む。

「お前は一体何なんだ…? 鎌ヶ谷の手先だろうが…」

 と、そこで浪白はいろはの耳に付いていたイヤホンに気がついた。

「なる程な…アイツ自身が出向くのではなく…な。とことん姑息なやつだ」

 そのイヤホンの先をギュッと服の裾で拭い、浪白は自身の耳につける。

「聞こえてるのか、鎌ヶ谷」

 マイクはいろはの胸元に付けられている。だから、声は聞こえているのだろうが、返事はない。

「さて返事がないが…どう思う?」

 と、浪白はフードを被った大男へと問う。

「さぁな…このノコノコと現れた女との接点はあったはずだ。そして、このGPS機能の罠にまんまとかかり、現れた…。

 それも、周到に後ろからしばらくの間尾行してから、だ」

 浪白ら三人は、秋川楓をそこらへと放り、そしてそれを尾行するものを探す作業にあたっていた。

 だからこそ、彼等は天井いろはを見つけることが出来た。そして、結果として的であるあの男を見つけることは出来なかった。一歩間違えば見つけられたのであろうが。

 続けてその男は語る。

「つまりそれは、安全を確保してから…そして安全が確保されたならあの男だってこっちに身を寄せるはずだ。それも、俺達を嗅ぎつけるために。何故それでいて…?」

 と、浪白の持っていたイヤホンに耳を寄せる。

「…こりゃ切られてるな…。だとすると、やっぱ今の今まで近くにいた可能性が高い。今頃そこらじゅうを駆けずり回ってんじゃねぇのか」


 その男が語るように、僕は人目を引かないよう、それでいて最高速度でショッピングモールの中を駆けずり回り、出口を探していた。

(失敗だ…失敗だ!)

 全てが水の泡。秋川楓は完全に浪白側についてしまったようだ。

 更にいろはの身柄は完全に拘束されてしまい、もうこっちには帰ってこない。

「決定的なのは…」

 あの大男。フードを被っていて、男だということしか分からなかったが、浪白がこのタイミングで頼る男など、僕ができるかぎりに頭を回転させた所で、一人しか思いつかない。

「神斎…夜山…!」

 彼が、あっち側についてしまった。


「ならば神斎」

「ん?」

 浪白の言葉に、適当に男は返す。

「今すぐに、ヤツを探すべきか?」

「遅いんじゃねぇかァ、もう奴はここを出てるはずだ」

 確かにもうこの女を捕まえてからもう既にニ分ほどは過ぎている。それだけあればこのショッピングモールから出ることは用意であるはずだ、と浪白は推測する。

「外部警護でも用意していればよかったか…」

「でも、アンタそうはしないっていう主義だったんだろぉ?」

「…まあ、な。主義というものは無いが、少なくとも家だけは頼りたくない。それだけは…違う」

 噛み締めるように、浪白は言う。

「だからオレを頼ったってか…とことん自分中心なやつだ」

「悪いな…」

「どーでもいいけどよ」

 と、その声を発したのは、退屈そうに欠伸をしていたカウスクラウスだ。

「どーすんだ? 逃げてるっつ―鎌ヶ谷のヤローを追うのか、それとももう一階引き返して考えなおすか…」

「そうだな…分担して追った所で一対一を狙われても、正直危ない橋ではあるからな…」

「まーあいつ、あれでも格闘スキル第一位とか言うからな…」

 ガッ、とカウスは右拳を左手で握る。

「ぶっ潰してやりてーなぁ…二位の私が!」

「全員で探しまわってもいいが…それも無駄に終わるだろうな、機動力も落ちる。

 今日は撤退だ。そして、コイツに全てを吐かせるさ」

 そして、イヤホンを手に、自分の長所を口にする。

「これの逆探知で…奴の位置を探る」

「出来んのかァ…奴はもしかしたら受信機ごと破壊してるかもしれないぜ」

「その時はその時だ。勿論その可能性があるとも考慮した上で探知するんだよ」

 と、浪白はいろはの腰部に装着されていた発信機をあっさりと発見した。

「こういうのは、オレの分野、専門だ」

 そして勿論、マンツーマンの戦闘となれば、カウスがかって出るのだろう。

「最強だなァ…おい」

 男は、小さく呟いた。そして、自分の必要性が本当に無いじゃないか、と薄ら笑ったのだ。

「神斎…お前のことも、期待はしているぞ」

 唯一の彼の利用方法を、浪白はクツクツと思いつきつつ、悪態をつくのであった。


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