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国狼  作者: 壇狩坊
4/7

 国狼試験。

 日本国において、最も権威、名誉のある聖職である国狼へと成り上がるための唯一絶対無二の狭き門。

 毎年三月より開催されるそれらの試験は三百万人もの人間が互いに将来を見据え、掛けてきた全てを携えて凌ぎを削り合う。

 最終試験までの合計試験科目数は計三〇を超える。

 その中において対人格闘術と瞬時理解力の荷台何貝試験に関しては特に日数をかけて吟味されてきた。

 難解に難解を極めたそれらの試験一環に、多くの者は絶望を覚える。そして毎年行われるにもかかわらず翌年もでる、という人間はほとんどいない。

 絶望し、失意のどん底へと叩き落とされたエリート気取り達は皆こういうのだ。

 

 国狼なんてのは、ただの国の犬に成り下がるにすぎない、と。


 そうやってあざ笑うのだ。まるで、とても敵わない狼に噛み付かれた犬が情けなくベロリベロリと傷を舐め合うように。


 最終国狼試験は、もう既に佳境へと入りつつあった。

 更に言うなれば。

 もう既に、二人の最終候補者は脱落していた。

 逆説的に事を追うならば。

 二人の新たな国狼が、既に成り上がっているということ。

 最終試験候補者は八人。そしてそこから二対二×二という形式を作ることによって合計四名の今年度の栄えある国狼が選ばれる。

 浪白との戦いではないもう一つの戦いは、一週間と経つこと無く静かに終結していた。

 

     8/9PM8:00 

「…みたいだけれど」

『それを何故わざわざ俺に報告する? 電波追跡されるリスクが有るとは考えないのか』

 僕はファンファンとネオンライトがそこらじゅうを飛び回る都会の一角で、時代の流れを感じるいわば過去の産物とされてしまった公衆電話ボックスの中で、ある男と会話をしていた。

 その相手は、浪白渉平。最大の敵だ。

 彼に勝つべく、僕は出来うる限りの努力をし尽くしていた。

「別に、えっと、僕にだけその情報が流れていたとしたら、少し不公平だなぁ、と思ってさ」

 フン、と偉そうに浪白は鼻を鳴らす。

『その程度の情報、俺達だってリークしている。わざわざそんな気遣いは不要だ』

「そう…」

 ちなみに僕が彼に電話をかけることが出来たのは、彼が僕の携帯電話にかけてきた時の番号を記憶していたからだ。

『用は済んだのか? だったら、もう切るぞ。流石にこんなものを辿ってお前を倒した所で、俺も世間も国狼と認めてくれんだろうからな』

「そんなに毛嫌いしなくてもいいのに」

 しゅんと、僕は眉をひそめる。

『…お前は、天敵である俺を好くことが出来る、と?』

「好きにまではなれないけど…」

 まあ確かに、普通は形として敵である以上、感情論で動いてしまうのかもしれない。

『…大体、好き嫌いの問題では無いだろう。今は敵同士である以上、憎しみの視線を向けあるというのが正しい形だ。

 もしも。もしも、この試験とは関係なく、ただの人としてお前のような最終国狼試験にまで残る奴に出会っていたなら、確かに俺はお前のことを嫌いはしなかったのかもしれないな』

 やはり、と僕は歯噛みする。

(この人は、限りなく近い三人称視点として、自分を見ることができている)

 僕はそう思う。いわば客観視。感情論で物を語らない人間だ。

「恐縮だね」

 僕は、震える唇を抑えつつ口にした。

「ところでどうしてあっちはこうも早く決着が付いたんだろうね」

『何だ、お前はそんな与太話をしたかったのか?』

「君がさっき話してたことよりは些か有意義なものではあると思うけれど」

『む…』

 いらだちを感じたのか、浪白の息を吐く声が聞こえる。

『あっちには序列第一位がいるからな。そしてその相手は五、六位ときたもんだ。一位である神斎夜山とやらのパートナーが七位であるにしても、順当な結果と思える』

「つまり、順位はそのまま結果に直結していると考えていい、と」

 間を置かれること無く、浪白は答えた。

『そうだ』

 フッ、と浪白は口端を浮かべる。

『よく…わかってるじゃないか』

「はは…大変だ。正攻法じゃ勝ち目がないや」

 全く、心からの言葉であった。

『四位と最下位…いや、既に最下位はこっちの傘下ではあるが。裏切りがあるかもしれんからな。

 そんな二人が崖っぷちの状態で、どうこちらへと立ち向かってくるか、楽しみにしているとしよう』

 まるで浪白はもう会話を終えようと、その時僕は言った。

「ちょっと待って」

『…っ、何だ』

 明らかな舌打ちを聞きながらも、僕は言う。

「君と僕は敵同士。こうやって、普通に会話をすることなんて、ナンセンスなことくらいわかってる。

 だからこそ僕は、君に聞きたい」

 それも、一つのメッセージを込めて。

『早く言え…分かっているなら』

 僕は浪白の言葉を最後まで聞くこと無く、口を開く。

「君は出来るかな。腕っ節が強いはずだったのに、それでもカウス・クラウスに惨敗し、彼女に裏工作という卑劣な手を使っても失脚した僕が。

 果たしてこれからする作戦に、なにか一つの予想を、そして対策を立てることが出来るかな?」

『ちっ…』

 明らかな煽り文句に、浪白は舌打ちを決して隠そうとはしない。

 彼は改めて、面倒な敵であることを認識した。

 マンション戦においての敗走といい、偽札という非常識な手立てといい、結局捕まえることが出来なかった。

 浪白は、形として勝ててはいるものの、結局としてそれが逃げられるという形で自分の詰めの甘さを実感していた。

 彼がすべき事。それすなわち。

『お前の逃げ道も、隠すことの出来るであろう衣服も、全て、あらゆる手段を潰してやる。それがお前に渡すことの出来る俺の引導だ』

「…そうか」

 僕がこの時思ったことを一言にまとめるとしたら、それは物語の終結である。

 感じていた。それほどまでに劇的な感触、激情を。

「それじゃあ僕も。僕じゃあ出来ないことする方法を探してみるとしようかな」

『面白い。盛り上げてみせろ、パートナーのいない四番目』

 ツーツー、と。夏の真っ最中だというのに、僕はそれが風鈴のように涼しさを感じる音のように思えた。

 ガタンと重かった受話器を引っ掛けるように置くと、僕は人混みの中へと混ざりこむ。


(さて今日は吉日だ。いろはにも、祝いの酒でも持って行ってやろう)

 彼女が果たして酒を飲むことが出来る年齢なのかどうかという単純な疑問が思いつくものの、僕は自然な流れでコンビニへと入り、僕自身が好きなレモンサワー等を選りすぐり、レジへと持っていく。

 だが、結果として酒を買うことは出来なかった。

 何故なら、まるで僕の外見が高校生のようであり、それでいて成人証明をすることが出来る身分証明書を持ち合わせていなかったからだ。


    8/8PM11:00

「私、思うんだけどさ」

 灯台下暗し。この場合は灯台下暮らしじゃないのか、などというつまらない疑問を僕は浮かべつつ、自分のいる場所を鑑みた。

 あれから結局、僕ら二人の拠点として選んだ場所はあの日逃げ込んだ先、つまり、天井いろはの自宅のいっこ下である秋川楓宅だった。

「どう考えても、ここって危なくない?」

 いろははそう僕に直接的な疑問を投げかける。

「ん、まあたしかに」

 浪白が元々僕が一時的にとはいえ滞在していた天井家を全く無警戒でいるわけがないし、ましてその近隣となればマークしていないほうが割に合わない。

 だが、それ以上に僕があの日マンションの屋上から見えるように逃げるように見えたのは影響としてやはり大きいように思える。

 僕がどれだけ国狼に対して熱を持っているかは先日電話で浪白に伝わったと思う。だからこそ、そのような甘い手立て、具体的に言えば、元の足あとに戻るような愚行を繰り返さないだろう、という推論を立たせたことだろう。

「だけど、もしもの時ここなら君の分身が支援してくれるだろう?」

「ん、まあ確かに…」

 天井いろはは全部で六人構成だと聞いた。ならばそれを有効活用することは有用であるし、いろはだって認めてくれるだろう。

「ってか、私そのこと鎌ヶ谷に言ったか…?」

 そう言えば、これもただの推測だったか。

「いや、秋川楓…だったかな。今この部屋の住民が君本体と同じ集合住宅に住んでいる以上、他の四人も同じなのかもと思ってね。

 それに、幸いこのマンション、一つとして監視カメラがない」

「ふーん…」

 本人さえそれを知らなかったのか、今知ったかのようにいろはは首を縦にふる。

 そこでいろはは一つ世間一般で知られていることの一つの話をした。

「浪白財閥って、アンタは知ってるか?」

 何となく聞き覚えがあると思い出すと、スラスラと事実が頭の中に浮かんできた。

「浪白財閥。日本有数の大規模な政策を表立って進めてる、世間一般で言われているいわゆる第三の党のことだね」

 天井いろははうん、と頷く。

「…彼はそのそれほどまでに大きい組織の総取締役の第一息子。だから、強権的行為を使えば、直接的暴力ではない、そう情報収集なら数で押してくることも可能だと思う」

「そうなれば、こんなへんぴな街の中の男一人程度、即座に見つけることが可能だ、と」

「だけど」

「だけど彼はそんなことはしない」

 いろははこっちを見る。そう、それはまるで互いに分かっていることを確認し合うように。

「彼自身、自分の実力、名実全てをこの国狼試験一貫において試しているんだと思う。だからこそ、家柄には頼らないし、自分とそのパートナーの力で僕らを打ち破ってくる。

 彼はそういう人間なんだと、思うけど」

 自分で言っといて何だが、と僕は何となく苦笑する。

 敵のことをこうも過大評価してしまうとは、どれだけ自分はへっぴり腰なんだ、と。

「浪白はこの試験さえも自分の成長の一環だとさえ思ってるのかもしれない。本質的に、国狼に足る実力を勝ち得るために」

「あの傲慢さは、つまり膨大な下積み、自信からくるってわけね」

 敵として、これほど脅威なものもそうはいない。

 僕は嘆息する。どうせなら、もっとドラマやアニメーションに出てくる傲慢なやられ役のような人間が敵だったらやりやすかったのに、と。

 でも。だからこそ、取れる僕の戦い方というものもある。

 敵は成長する。頭が良いから。彼は決して敵の取る手段全てを邪道と切り捨てるわけではなく、あらゆるメリットを自分へと組み込み、戦ってくるはずだ。

 おそらく次に会うとき、彼は普通に百万の金を持っているとは思えない。僕がそうだったように、ブラフの百万を用意するかもしれない。それこそ、靴べらの裏に…。

「…キリがないな」

 悪魔の証明というものだ。隠す方法、だます方法、偽る方法など、想像してみればいくらでも思いつくものだ。

 だからこそ、互いに次は徹底的に探りあうはずだ。

 そして、だからこそ次に正式に対峙する時はやはりそれは双方にとってチェックメイトであるのだろう。

「浪白は多分、私たちのあらゆる可能性を想像してるだろうね」

「うん…」

 だからこそ、その可能性根本を潰しにかかるはずだ。

 もしも彼がドラマに出てくる傲慢なヤラレ役だったとしたらプラスファクターばかりを望み、僕ら主人公がマイナスファクターを突いて勝利を勝ち得るのだろう。

 主人公、と言ったが、もしかしたら主人公気質として高い質を持つのは相手側なのかもしれない。

「成長なんてのは、主人公の特権だからね」

「え?」

「何でもない」

 それこそ、物語の中の話でしか無いのだが。

 僕は入念に、あらゆる可能性を排除されたとしても消されない可能性にかける必要がある。それこそ、味方にだって見抜けないような、完璧な手段を。

「そういえば、天井さんのスペアとは連絡が取れたの?」

「スペアって…。

 えっと、昨日逃げた子のことか?」 

 昨日逃げた子、とはつまり僕の背格好をして逃げ、順当に考えれば浪白らに追われるハメになった申し訳ない子のことだ。

「どうやら普通に逃げ切れたみたいだな。どころか追ってくる様子とか、そうゆうのもなかったみたいね」

「そっか…まぁ確かに捕まってたとしたら、僕らも今頃ここにはいられないようにも思えるけれどね」

 遠くへ逃げた偽の鎌ヶ谷宗太が偽物だった、と浪白が認識したとしたら、それこそ彼はこのマンション近隣を徹底的に探しだすはずだ。一階下となれば安全とはお世辞にも言えない。

「念の為に聞いておくけれど…秋川楓さんとは、連絡は?」

「取れるわけ無いだろ…。あっちに寝返っちゃったみたいなんだから」

 ムスッ、といろはは怒ったようにこちらを細い目で睨みつける。

「あれ…そこらへんどうなの? だって、君ら六人は一心同体みたいなものであって、だけどなんか私欲のために…いやでも、君たちを裏切ったわけじゃあなくって…」

 少しココらへんは複雑めいているように思える。

 彼女、仮の天井いろはとして本戦に駆り出された秋川楓は第四位の鎌ヶ谷宗太とコンビでは二、三位のコンビには勝てないと確信してあっちへと寝返った。(おそらく敵側からの報酬があるように思えるが)

 浪白がそのような手段を取ることは何も不思議ではない。彼は勝利のために二対一という状況を利用して秋川楓を襲い、降伏を求め、更に国狼になった際に支払われる多額の金の一部を分け与えることで彼女を味方につけた…と考えるのか順当か。

 だとして、この天井いろはは今どのように思っているのだろうか。いや、勝敗どうこうを左右す事項ではないので実際問題どうでもいいことであるのは間違いないが、一度気になってしまうと突き詰めたくなるのは僕個人としてのサガだ。

「彼女が裏切ったのは結局僕ただ一人だけど。君がこうして僕に協力して、もしも―楽観的だけれど―僕らが勝利して秋川楓が国狼になった時、彼女はどんな顔をするんだろうね」

「…」

「もしかしたら…こうして君、天井いろはが僕に協力していることは、秋川楓個人としての考えに少しだけ邪魔をしていることになるのかもしれないね」

「でも…あ、いやでもな…」

 戸惑いが、見られる。

「君ら六人が上へ上へと目指して国狼試験を受けてきた動機は分かる。いわゆる初めは遊び半分だったのだろう。

 だけど途中で変わってきた人もいたんじゃないかな。だって、君ら六人が今日つ認識として同じ立場で戦ってきた段階で、準国狼試験にまで来てたんだろう? さすがにそこまで来たら本気になって国狼を目指そうとする人がいるように思えるけど」

「私は、少なくともなりたかった!」

 彼女は、僕の言葉に大きく肯定するように口にした。

「そうだろうね。だけど、結局最初のキッカケは遊び半分だったんだ。一次試験で落ちてでもいたら笑い話で済んだのかもしれない。だけど最終試験で秋川楓個人の失敗で落ちたとしたら、それは一心同体とはいえ、非難の目が向けられるのはやむを得ない」

「そんな…私たちはそんなことしない!」

「彼女自身がそう感じるだろうね。例え周りが気にしないで、切り替えて、と口にした所で、彼女自身は自責の念に駆られるのかもしれない。

 だからこそ、彼女は僕を裏切った」

「失敗という形ではなく…」

「そう。僕一人を裏切ることで確実な報酬を得られる、浪白サイドに付く、という形でね」

 言わなければ良かったのかもしれない。こんなことを天井いろはに聞かせてしまっては、それこそ彼女自身さえも浪白側に付いてしまうのかもしれないから。

 だけど、そんなはずはないはずだ。

 と、そこでいろはは一つ呟いた。

「一心同体、なんだよね」

「え?」

 僕は彼女の一言に疑問詞を返した。

「私たちは一心同体。六人の気持ちは、結果一人しかなれなかったとしても、この国狼試験を勝って終える。だから、へんぴな金をもらってきたとしても、本心では喜べないんだ。

 楓も、本心ではそうはしたくなかったんだと思う。だけど、パートナーと自分の実力、そして敵のコンビを見て、適切な判断をした。負けたとしても、手に入るモノ、失うモノがベストな状態で終えること、ローリスク・ミドルリターンこそが、楓の今の目標なんだと思う」

 でも、と。確信を持った目で彼女は言う。

「ダメ。そんな、自分で自分を裏切るような真似は。彼女の本心は、私の本心。私が楓に国狼になってほしい、って思ったら、楓だって自分が国狼になりたいって思うのが、本心なんだから!」

 それこそ傲慢、押し付けがましいのではないのだろうか。

 でも、それでいいと僕は思った。この戦いにおける、ベストなモチベーションなんだと。


「でも、それを彼女に伝えることは不可能だ」

「だよな」

「どうにかならないと、僕ら側から攻めることも不可能だ」

 あっちから逃げることも重要事項だが、こっちがあっちを攻めることだって、同等に重要な事項なのだが。

「何か、守りのことばかり考えていたな…」

 いや、むしろ逃げなのだが、と僕は冷や汗をかく。

「携帯にかけても通知が為されないからね…電源が切られたか、もっと確実なのは電池パック抜かれたか…」

 僕が浪白だったらどうするだろうか。秋川楓を拷問でもしてどうにか僕のことを釣ろうとするだろうか。

 残念そこまでの正義感は僕にはありません、そしてそんなに接点もありませんでしたと僕は切り捨てるのだろうけど。

「でもね」

 どう考えても自由なわけだが、彼女はどうやらそのように拘束されてはいない。潜入スパイなどという括りではなく、あくまでもあちらの味方、こちらの敵。つまり一対三で大きく僕のビハインドなのだ。

「GPS機能ってあるじゃん」

 秋川楓をもう一度こちらへと引きこもう、ていうのはやはり虫がよすぎるだろう。彼女自身、生半可な気持ちで僕に対して敵対しているというわけでもないだろうし。

「あれって、携帯会社によって別途付きだったりしてさ」

「ん?」

 どうやら僕が考え込んでいる内にいろははブツブツと何やら喋っていたようだ。それも、中々に興味深い事柄を。

「それを、六人全員…ほら、私も、ベルトの革部分の間に挟んでいるのさ」

 と、彼女はベルトの断層を僕に見せつけ、確かにそこには電子機器が挟まっているのが分かる。

「いつでもみんなの居場所がわかる、それこそ、一心同体だね、みたいなノリで始めたことなんだけどさ」

「もしかして…?」

「もしかするんだよな、これが」

「でかした!」

 僕は大いに喜んだ。そして彼女は言う。


「楓の位置情報だけなら、分かるぜ」


 遂に、こちらから攻める番が来たのかもしれない。そう僕は高揚した。だが、冷静に物を考えても見る。

「でも…逆にそれ自体が罠なのかもね」

「どうして?」

「だって、浪白渉平は情報操作のエキスパートなんだろう? そんな、常に位置情報を世界へ発信するような装置をほうっておくようには思えない…」

「そっか…。いや、そうかな…?」

 彼女は首を傾げる。

「…どうかした?」

「いや、まだ言うほどのあれではないけど…」

 何やら言い淀んでいるようだが…。まあいいか。

「それに、僕らはこうして盛り上がっているけれど、秋川楓自身、常に浪白達と一緒にいるとは限らないしね」

「あ、そっか。それこそ鎌ヶ谷、アンタが直接会いに行った所で浪白達を呼ばれちゃったら意味がないもんな」

「そう…それに、いやそれ以前に」

 こっちには、戦うために武力が必要だ。

「一日、様子を見ようか」

「うん」

 それから僕ら二人は一日中、彼女の携帯に写る赤点、つまり秋川楓の位置情報を交代制で浅い睡眠を取りつつじっと見つめていた。


    8/10PM6:00

 翌日、時間ごとの位置情報をまとめた資料を見つつ、二人は作戦を練る。

 結果を見たいろはは呟く。

「夜はこのビルの中で寝泊まりしているみたいだな」

「昼間は自由に町中を散策…いいのか、浪白」

 あまりにも放任過ぎるような…いや、罠という可能性が拭えない以上迂闊な行動を取る訳にはいかないが。

「もしも、明日同じような行動パターンを取るようだったら」

「コンタクトを取りに行く…」

「うん」

 敵側だって、いつまでも状況が動くことを待ってはくれないだろう。

 僕はこの一晩、秋川楓とのコンタクトを取り方を考えていた。

 そして、出た結論。

「ルール上ではさ」

「え?」

 僕は言う。

「第三者が候補者の名を名乗って出場することは禁じられている」

「うん」

「第三者が直接的暴力によってどちらかのチームへと加担することは禁じられている」

「うん」

「君たちが今までどのようにしてルールの穴をくぐり抜けてきたのかは僕の感知するところじゃない。

 だから、君はこのゲームにおいて、具体的な形としては第三者なんだよね」

「…うん」

 まるでショックを与え続けているようで申し訳ないが、僕は言葉を続ける。

「でも、ルール上だと、ホントにそれだけなんだよ」

「え?」

「実は、浪白もこのルールに関してはよく知っていたみたいだけどさ、―本人同士の同意があれば、相手が第三者であろうと十分間のみ貸与することが可能である…とね」

 このゲームにおいては、貸与というよりは預金と言った感じだが。

「もしも直接的暴力の勝負に負けたとしても、金をその場で取られることはなく、上手く逃げ延びることが出来れば金は本人に戻ってくる。いわば、リスクを少なくするためのルールだね」

「…私が君を助けられるのって、それだけって言いたいの?」

「いいや」

 僕は言う。

「この勝負、ハッキリ言って如何に第三者を関与させることができるかが勝負だと、僕は思うね」

 少し盛って、話をする。

「直接的暴力といい、替え玉といい、まるでこの勝負は第三者、いわば無関係な人間を巻き込まないよう、言い換えれば徹底的に排斥するように構築されている。

 当たり前だけどね。だって、僕達の試験なんだもん。他人の力ばかりを使って国狼になったとしても、それは誰も認めない」

 いわばこの天井いろはのカリスマ性というものも、確かにそれも力なのだろうが。

「そんな条件下で如何に第三者を用いることが出来るか…僕にはそれもこの試験において大いに重要なファクターに思えるね」

「ファクターて」

 少し恥ずかしい言葉を使ってしまったかな、と思う。

「だから僕は、君に秋川楓とコンタクトを取ってもらいたい」

「私が…」

 それは、いわば保険も兼ねている。僕自身が彼女に会いに行ったとして、それで捉えられたとしたらそれは完全にゲームオーバーなのだから。

 それを、多大なるリスクを背負って目の前の彼女が背負ってくれるか、というところだが。

「それで、何を話せばいいんだ?」

「え?」

「え?」

 冷静に考えてみれば、考えるまでもない話だったのかもしれない。

 だって彼女の覚悟は、昨日散々聞いたのだから。

「請け負ってくれるの?」

「当たり前じゃん」

「そう…」

 何気ないそれに、僕は心の中で小さく喜んだ。

「いろはが秋川楓に話して欲しいのは二つ。

 一つはこっちに戻ってきてはくれないのか」

「ま、妥当だな。むしろ私のほうが楓は話しやすいだろうし」

「二つ目は、国狼になりたいかどうか…かな」

 いろはは少し戸惑った表情を浮かべる。

「…そりゃなりたいだろうけど…って話になりそうだね」

「そんでいい感じになったら浪白達のいる場所でも聞いてやってくれ」

「そんなついでのようにか!?」

「冗談冗談、でも大事なことだから、頃合いを図って…ね」

「…了解」

 さて。

 彼女の仕事は決まった。あと決めなければいけないのは、僕がどう動くかであり、如何にあの最強二人組へと対峙するかである。

 確かに鎌ヶ谷宗太は名実ともに国狼試験中格闘スキル第一位の実力の持ち主である。

 だが、それで僕が浪白のパートナーであるカウスクラウスとマンツーマンで対峙したところで勝利できるかはハッキリ言って自信がない。

 まして言うならば、相手は二人いる。流石に二対一の状況では逃げることもままならないかもしれない。確認するが、この時いろはを使うことは出来ない。直接的暴力、つまり抑止力としても用いることが出来ないからだ。

「見れば見るほどに、ひどい状況だな…」

「そんなのは最初から分かってんだろ」

 とにかく今はいろはによる秋川楓に対する交渉にかける部分が大きい。それによって今後の行動が大きく左右される。

 二対一ではとにかく勝てない、間違いなく。

 ならば、それに対する打開策を考えるだけだが――。

 何にしても、僕が格闘において勝利することが絶対条件なわけだ。

 更に、そこからあの二人を引き離すことも重要なわけだ。 

 と、そこでいろはが呟いた。

「鎌ヶ谷…ってさ」

「ん?」

 あーえー、と彼女は言い淀んでいるようだ。

「その…本当に、強いの?」

「あぁ…成る程」

 僕が、国狼試験格闘部門において第一位の称号を獲得した猛者には思えない…と。

 彼女はそう言っているようだ。

「話は変わるけど」

「変えるの…」

「一位の人を知っているかい?」

 質問に質問で返してはいけないと昔母親に強いいつけられた良識があったが、と思いつつ口にした。

「えと…確か、神斎…だったか。楓が言ってたような」

 あの八人が集合したのは七月二〇日。そして試験が始まるのは八月一日なので、その間に秋川楓がいろはに色々話していたのかもしれない。だからいろはがそのことを知っていてもおかしくはない。

「そう、神斎夜山。彼の格闘スキルを知ってるかな」

「いや、そこまでは知らないかな。でも、無茶苦茶良かったんじゃないの?」

「いいや」

 僕は、彼女の適当な推測を否定する。

「彼は対試験者戦では一度も負けたことがないらしい」

 試験は基本的に対試験官に対して行われる。それでもそれは七割程度。その残り三割を含めるのが対試験者によるいわば落とし合いだ。

「…それって、ものすごく強いってことじゃない」

「あぁ、少なくとも弱くはない。だけど、勝った数は本当に数えるほどだったそうだよ」

 えっと…といろはは少し考える。

「一度も負けたことはない…勝ったことも少し。

 ってことは、…殆どの試合を、引き分けに持ち込んだってこと?」

「そう。まあそのほとんどが聞いた話だからどれが本当なのかなんてのは一体全体わからないけど。

 聞くところによると、彼は敵の心を読み取ることが出来るらしいよ…」

「なにそれ、SFみたい」

 あれ、といろはは首を傾げ、疑問を浮かべる。

「それじゃ…どうして一位になることが出来たの? さすがにどれだけ筆記試験、瞬時理解試験、他を全て優良以上で終えることが出来たとしても、主要となる格闘試験が普通じゃあ、一位になんてなれないんじゃないの?」

「これは本当に噂だ」

 僕は、神妙な表情を浮かべ、彼女に告げる。

「彼は、格闘試験以外で、満点以外をとったことがないらしい」

「はぁ…」

 あれ、思ったより反応が薄いなぁと思っていると、

「まあ薄々予想はできていたけど…それは、凄いね」

「格闘試験は確かに試験中の大きな割合を占めている。だけど、彼はそれ以外の他を全て最高得点で埋めて回った。

 それこそ、本当に一位になるだけなら、格闘技を覚えたほうがいいってほどにね」

「天才なんだね」

「まるで画面の中の人みたいだ」

「次元が違うって言えばいいじゃない」

「そこでなんだけど」

 僕は身体を乗り出し、肘を置き、口に手を当てる。

「彼に、支援要請をしようと思う」

 口にするや否や、いろはは一旦押し黙る。

「…どうかな」

「どうだろう…私がこうしてアンタのことを第三者でありながらも支援してるのは、やっぱり楓との関係があったからだし。

 神斎…その人は、そんな私たちみたいな無関係な人を助けようと思うのか?」

「まあ第三者であることは変わらないだろうね…だけど」

 全く無関係であるとは、断定できないはずだ。

 何しろ彼はもう既に最終国狼試験を終えている。それは、先日浪白と確認し合ったことであり、確定事実だ。

 彼自身、国狼と成り上がった以上、――彼自身どのような性格をしているかなど知らないが――あと成り上がる三人のことくらい気にはなるだろう。そのうち一人は彼のパートナーであり、もう既に接点を持ってしまっているのだろうけど。

 だとしたら、興味自体は皆無ではないはず。

 そして、肉体的労力をしいない、僕らなりのやり方。

「アイデアを、分け与えてもらうことなら、可能なはずだ」

「直接的ではない協力…つまり、打開策の提案、ってことか」

「そう。ましてや、言ってみれば彼は間接的武力としては最強のエキスパートだ。どんな状況だとしても、彼ならば打開するための手立てを打ち立てるはずだよ」

 言いつつ、僕は思う。

 僕らを試すための試験なのに、こうして他人の手ばかりを借りているのでは、結局ナンセンスではないのかな、と。

 だが、ナンセンスだという観点でいくのであれば、浪白とて同様であろう。勝利した後の報酬金を秤にかけて、秋川楓を上手いこと釣ったのだから。

 皮算用を用いた浪白と、他人の手ばかりを借りている僕。

「む…」

 これでは何を試しているのかも、イマイチはっきりしなくなってくるな。

 客観的にこれらの戦いを見た時、僕はきっとコイツラズルいな、と思うだろう。

 だが、そんな門外漢のやっかみなんかよりも僕らが獲得したいのは国狼という絶対的な地位なわけだ。

 この戦いは僕らの、いわば人生の最大の岐路、分岐点だろう。

 だからこそ、双方合理性などを気にするよりも、勝利への貪欲さ加減に歯止めをかけたりはしないのだ。

 誰がどう思おうと、僕らには関係ない。泥臭い試合だと思われようと、僕はその声元へ、一切耳を傾けはしないだろう。

 いくら疎まれようと、僕は今ここで必ず勝たなければいけない。

「神斎とて、完全に負けそうなチームに対して肩入れしようとは思わないはずだ。だからこそ秋川楓を取り戻すことが、何より重要な事項だよ」

「おう…分かってるよ」

 やはり、自分の役割に対して責任の重圧を感じているのか、いろはは固い面持ちをしている。

「もし…浪白達が一緒に行動していたら?」

「ありえるけど…その場合は引き返していい。流石にそれにコンタクトをとるのは、リスクが高過ぎる」

 そして、僕はひとつ付け加える。

「もしも秋川楓が浪白達を呼ぶような真似をした時は、君はすぐに逃げるんだ。

 僕個人として…君がいなければ、この作戦は立てられなかったし、勝機だってなかった」

「む…」

 少々顔を赤らめているいろはが目の前にいるが、けれども僕とて全く顔が青いわけではないだろうな、と思いつつ。

「君がいなくなるのは、最悪だ」

「そ、そう…じゃあそうするよ」

 照れくさそうに、彼女はそう言ってそっぽを向いた。

 秋川楓があちらに捕まったことは、逆にこちらに対する浪白たちの位置情報の知らせという意味でメリットを生み出しているのかもしれない、と僕は少し思う。

 何しろ彼のことだ、味方につけたとはいえ、一日中放任させておくなど、まずあり得ない。必ずどこかで接点があるはずだ。

 だとしたらいろはに対する指令を変えるべきかもしれない、とも思った。

 一日中秋川楓を監視し続け、浪白達といつ何時に接点を持つのかを調査しろ、と。

 だがそれは、あまりにも酷であると思われるし、その上にリスクが高い。秋川とて、準国狼試験をくぐり抜けたほどの上級の人間だ。一日中つけている人物の一人とて、簡単に見抜いてしまうだろう。ましてや顔見知りならば尚更だ。

「ふぅ…」

 すやすやと寝息を立てるいろはは、どうやら僕が考え込んでいる内に眠りに落ちてしまっていたようだ。それも、ちゃんと布団の中に入っているので抜かりがない。

 明日のための蓄えと思えば、まあ妥当な行動なのかもしれないな、と僕は思った。これ以上ここで根詰めた所で状況その者は変わらない。だとしたら、僕も寝る必要があるけれど。

 明日のターニングポイントに向けての意気込みを固めつつ、僕は固いソファに布団も無しに寝転がった。

 そして、僕は上手く話をそらすことに成功したな、とシメシメ一人で小さく笑っていた。

 寝起きは妙に首が痛かった。



「よく来てくれた」

 とある随所にて、浪白はある男と相まみえていた。

「アンタが、浪白ショーヘイかぁ…」

「あぁ。こうして貴方の手を借りることが出来る事、光栄に思う」

「ったく、試験だっつ―のに、個人戦もへったくれもあったもんじゃあねぇなァ」

 ハハハ、と男は高らかに笑った。

「まァいいさ。俺の用は既に終わっているからなァ。どっちにしろ暇な夏日を過ごす羽目になっていたんだ。ちったぁ暇をつぶさせてはくれるんだろうなァ」

「どうだろうな。俺とて相手が逃げに徹するネズミであるとしても手を抜きたくはない。だからこそ、あなたの手を借りておきたい」   

 というよりは手綱かな、と浪白は心の内でほくそ笑む。

「保険ってかよォ。気に入らねぇな」

 経験とは常に自から生まれるものではなく他から得た知識を元に字にて発達することによって生まれるものだ、と浪白は一人思う。

「そうは言わないで貰いたい。敵がそう馬鹿ではないものでね」

 浪白は思う。あの鎌ヶ谷という男は、試験で知能がDクラスに陥るほどに馬鹿な男ではない、と。

 自分は他者に対して傲慢な男だと思われがちだ。

 だが、俺はそれを知っている。だからこそ、それを経験則へと置き換えることに出来る。

 傲慢でいる事は、ある種自分への暗示のようなものだ。

 自分は何でもできる。出来ないことは無い。

 たとえそれが偽りだったとしても、無理矢理に自分へと傲慢さを組み込む。することで、後悔、失敗を覚えることが出来る。

 そうして、俺は短所を失くした。コレといった長所だって、ハッキング能力程度だが、それ以上に、自分が誰よりも成長することが出来る、ということを実感していた。

 成長とはつまり、他者の良性部分を盗むということでもある。

 それに特化した俺は、つまりあの最悪の敵の取る行動とて容易く予想してしまえるのだ。

「共に国狼となった際は、よろしくお願いしますよ」

「…はーいよ」

 柔和な浪白に対し、ざっくばらんに男は耳をほじりながら了承した。

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