詩織と雪菜
放課後。
オレは、部活に参加していた。
「練習の邪魔です。向こうに行って下さい」
家如、雪菜の怒鳴り声が聞こえてきた。
オレは、その方を見ると詩織が、珍しく近くまで来ていたのだ。
それを雪菜が追い返していた所だった。
オレは、その光景を見て、申し訳なく思った。
オレも近くで見ていて欲しいとは思うが、ただ、待ってるだけだと詩織が風邪を引いてしまいそうだ。
それだけは、避けたいから、大人しく教室で待っていて欲しいが…。
詩織は、仕方なく戻って行くのが見えた。
部活を終えて、詩織が待ってる教室に向かう。
「詩織。帰ろー」
教室の入り口から声を掛けた。
「うん」
詩織が、笑顔で寄ってくる。
廊下を歩きながら。
「さっきは、ごめんな。雪菜が追い払うような事をして…」
申し訳なく思ってたから、素直に謝る。
「ううん。なんとなく、わかってたから」
詩織が、笑顔で言う。
「何で、そんなに物分かりがいいんだよ。少しは、怒ってもいいんだぞ」
オレは、詩織の気持ちを把握してはいるんだが、ここまで物分かりがいいと不安だ。
「そうかもしれない。だけど、雪菜ちゃんの気持ちもわかるから、怒れないよ」
って、答えが返ってきた。
「そんなのわかってもらわなくても、結構です!」
どこからか、雪菜の声がする。
オレは、辺りを見渡す。
下駄箱に隠れるように雪菜がいた。
「…雪菜」
オレは、絶句した。
「護兄さんに送ってもらおうと思って、待ってました」
雪菜はそう言って、詩織との間に割り込んできた。
詩織の顔が曇る。
その間にも、雪菜はオレの腕に自分の腕を絡み付けてくる。
「詩織先輩は、一人でも帰れますいね。だから、護兄さん私を送ってください。親にも“護さんに送ってもらいなさい“と言われてますし…」
ハァーーーー。
特大の溜め息が出た。
何で、親が関係あるんだ?
別に雪菜の家、学校の近くなんだから、送って行かなくても大丈夫なんじゃないか?
オレが、頭で色々考えていたら。
「…わかった。一人で帰ります。また、明日ね」
詩織が、オレに背を向けて帰ろうとする。
ちょと待て。
詩織は、オレと帰る為に待ってたんじゃないのか?
オレは、詩織の手首を掴んだ。
「駄目だ!」
「エーッ、何で?護兄さん送ってよ」
雪菜が、甘えるように言う。
「護、そうしてあげなよ。私は大丈夫だから、家も近いんだし。電話一つするだけで、妹思いの兄が迎えに来てくれるし…ね」
詩織は、今にも泣き出しそうな顔をしながら、強がりを言う。
どうして、そんな不安気な顔をしながら、譲ろうとするんだ。
それに、兄に電話する雰囲気なんて出てない。
こんな遅い時間に一人で帰すわけもいかない。
「だから、嫌だって言ってるだろう。なぜ、オレの気持ちを無視するんだ。オレは、詩織を送って行く。雪菜は一人で帰れるだろ。お前の家の方が、詩織の家より近いしな!」
矛盾してるとは思う。
が、オレにとって一番大切なのは、詩織だ。
彼女が、オレの為に部活を終わるのを待っててくれてるのに、それを蔑ろにするのは、オレ自信が許せない。
それに、双子のお兄さんにも申し訳ない。
「そんなぁ。護兄さんに送ってもらわないと、私が困ります」
雪菜が、尚もオレにしがみつきながら今にも泣きそうな声で言う。
これ、演技なんだよなぁ。
誰に見せてるんだか…。
こんなんで、オレを騙せると思ってるんか?
オレが、呆れてるところに…。
「ああ、三人で帰ろう」
詩織が、突然オレが思ってもいない事を言い出した。
雪菜も、詩織の方を凝視してる。
「だって、ここでこのまま言い合ってても帰れないよ。だったら、一緒に帰った方が早いよね」
詩織が、オレ達を見やる。
「ヤダ!」
雪菜が駄々をこね出した。
こういうところが、子供っぽい。
「嫌ならいいぜ。雪菜、一人で帰れ!」
オレは、雪菜に言い放つ。
「わかった…」
雪菜は不服そうな顔をする。
「雪菜、腕離せ。オレは、詩織のだ!」
強く雪菜に言う。
それに驚いて、絡めていた腕を離す雪菜。
オレは、詩織の手を握っていた。
詩織は、戸惑っていたのだが…。
強く、握り返してきた。
「ほら、帰るぞ」
オレが言うと雪菜が、我に帰ったように動き出した。
オレは、少し考えた。
「まずは、雪菜の方からだな」
オレが言うと雪菜が。
「最初は、詩織先輩の方からです」
と抗議の声が上がる。
そうは言うが、オレが帰るには、遠回りなんだよ。
「ここは、雪菜の方が学校から近いし、オレも遠回りにならないからな」
オレは、もう一度考えてから、答えた。
「そんなぁ…」
雪菜が、落胆の声をあげる。
詩織は、何も言わなかった。
雪菜の家に向かって歩き出す。
会話が無い。
詩織は、何か話題を探してるみたいだが…。
「雪菜の家、この角を曲がって直ぐだから」
オレは、詩織の耳元で言う。
「そうなんだ。本当に近いんだね」
詩織が、何か考えといるのが見てわかる。
どうしたんだろう?
オレは、不思議に思いながら顔を覗く。
難しい顔をしながら、オレの横を歩く。
雪菜の家の前に着く。
「じゃあな」
オレはそう言って離れようとした。
「送ってくれて、ありがとう」
雪菜が、当たり前のようにオレの頬にキスしてきた。
オレは、それを袖で拭った。
「やめろよ!そういうの迷惑だ!」
オレの言葉に怒気が混じる。
雪菜が、悲しそうな顔をするが、構ってられるか。
「詩織、行くぞ!」
オレは、詩織の腕を引っ張り歩き出した。
「護。雪菜ちゃんって、何時もああなの?」
暫く歩いてから、詩織が唐突に聞いてきた。
「さっきのあれ?そうだな、何時もってわけじゃないけど…」
オレ自体、さほど気にしてはなかったが…。
って、気にした方がよかったのか?
「じゃあ、私がここでキスしていいって聞いたらどうする?」
詩織が、悪戯っぽく言う。
「して欲しい。って言うか、オレからキスするかも…」
オレは、それだけ言って、詩織の唇を塞だ。
「…ん…」
詩織の甘い声が、耳につく。
唇をゆっくりと離す。
「何も、本当にしなくても…」
詩織の頬が、ほんのり赤く染まる。
「ずっと、したいの我慢してたから」
オレば詩織の瞳を覗き込みながら言う。
すると詩織が、すねる素振りを見せる。
「詩織、どうしたんだ?」
「ん、もう…」
そう言ったかと思うと、オレの頬にキスしてきた。
「エッ…」
オレは、驚いて慌て出す。
そんな…。
顔に熱が帯びてくる。
「やっぱ、嬉しいな。されるのも悪くない」
オレは、顔が緩まないように隠しながら言う。
「ほんと?」
詩織が、上目使いでオレを見る。
「うん。好きな子からなら、なおさら嬉しい」
「なら、もっとしてあげようか?」
詩織が、真顔で言う。
「要らない。大切にしたいから」
オレは、そんな言葉を返してた。
詩織の残念そうな顔を見て。
「そうだ。詩織、次の試合九時からなんだけど、大丈夫か?」
話を変えていた。
「うん、大丈夫だよ。お弁当するね」
詩織が、笑顔で返事を返してくる。
うわー。
何この笑顔。
メチャ、可愛いんだけど。
反則だ。
「マジで」
嬉しくて、つい声をあげてしまった。
詩織の手作り弁当付きだなんて…。
「嫌いなのある?」
ん?
あぁ。
「オレは、無いよ」
「楽しみにしててね」
って、どれだけ、オレを試すんだ。
その笑顔が、オレにとってとてつもない破壊力があるの気付いていないだろ。
「わかった。じゃあな」
オレは、詩織の頭をポンポン叩く。
詩織が、寂しそうな顔をする。
「また、明日ね」
詩織から、オレの唇に唇を重ねてきた。
オレは、驚く事しか出来なかった。
「ああ…」
そう言って、自分の家に向かって歩き出した。
今日は、色々とあった。
あんなに自分の感情を出したの何時振りだろう。
普段なら、こんな事無いのに…。
それに怒り任せて、詩織を抱くなんて、最低だよな。
詩織の負担になってしまったが、オレが一番欲しいものが手に入った。
オレは、それが嬉しくて、思わず口許が緩む。
…が、そうも言ってられない事態になっていった。