相談
詩織のバイト先の店の片隅で、詩織が出てくるのを待っていた。
何か、考え事をしてるのかオレの事に全く気付いていないみたいで、通りすぎて行く。
「オーイ、詩織。どうしたんだ?オレに気付かないなんて、珍しいな」
オレは、詩織の背中に声をかける。
詩織が、振り返ったと思ったら。
「護。…どうしよう…?」
困った顔をしながら言う。
「何が、あった?」
オレは、詩織に聞き返した。
「店長が“平日も二時間でいいから、入って欲しい”って、言ってきた」
詩織が、オドオドしながら言う。
珍しいな。
「そうか…。たぶん、詩織が頑張っててくれてるから、入れたいのと捌くのが上手いからだと思うけど…」
オレは、詩織の動揺を押さえるつもりで言ったのだが…。
「でも、春休み中ならいざ知らず、学校のある時は、厳しいよ」
詩織が、戸惑ってる。
こんな光景を見れるとは。
「そうだな。学校を早く出ても、七時から九時だよな」
オレは、詩織の戸惑いもわからなくもない。
だけど。
「やってみればいいじゃん。それからでも答え出せば」
やる前から、尻込みするのは、詩織らしくないと思ったからだ。
「でも…」
詩織が、言い淀む。
「自信が無いのか?」
オレは、詩織を煽ってみた。
「そうじゃないの。何かあった時に、迷惑かけちゃわないかが、心配なだけ」
詩織の不安そうな顔が、可愛くて(不謹慎だと思うが)。
「詩織は、心配しすぎ。やってみなきゃわからないって」
オレは、詩織の背中を押す。
「そうだね…。何事にも挑戦しないとね」
詩織が、吹っ切れたように言う。
「そうだぞ。挑戦せずに悩んでるなんて、勿体無い。やってから、考えていいんだからな」
オレは、畳み掛けた。
やる気にさせてみたが、オレの方が不安だったりして……。
「じゃあ、明日からやってみようかな」
詩織の決意が、固まったみたいだ。
「送り迎えは、オレがしてやるから、安心しなさい」
オレは、詩織の頭を撫でた。
「ところで、今日は、優兄が迎えに来る筈だったんじゃ…」
詩織が聞いてきた。
「オレが、変わってもらったんだ」
本当の事は、言えない。
出てくる前に、一悶着会ったって事は…。
「足、怪我してるのに…。無理してここまで来たんじゃないでしょうね」
詩織が、心配そうに言う。
「無理は、してない。今は、痛み止が効いてるから大丈夫」
オレは、笑って答える。
「あまり、無理しないでよね。私は、サッカーしてる護が凄く好きなんだからね。これ以上、足に負担かけないでよね」
詩織が、真顔で言う。
そんなにサッカーをしてるオレが、好きなのか?
「わかってる。オレも、サッカー好きだしな」
オレは、詩織の手を握った。
「迎えに来てくれて、ありがとう」
「それが、オレの役目だからな。…役目じゃなくてオレが一緒に居たいから…」
言葉尻が小さくなっていく。
でも、それがオレの本心だったりする。
「うん。私も一緒だよ。護と、少しでも一緒に居たいって思う」
詩織が、オレの顔を覗いてくる。
「よかった…」
オレ一人が、詩織と居たいと思ってると思ってたから…。
口には、出せないことだが…。
「どうかしたの?」
詩織が、不思議そうな顔をして聞いてきた。
「実は、昨日。珍しく優基がオレに相談してきたんだ」
オレは、昨日の優基の顔を思い出す。
「里沙ちゃんの事でさ」
詩織の顔が、険しくなった。
「詩織は、知ってるかな?優基の夢」
「夢?」
詩織の顔を見れば、一目瞭然だった。
やっぱり、知らないか…。
「うん。アイツ、シンガーソングライターを目指してるんだよ。だから、大学も音大にしてて、そこで四年間勉強するつもりで頑張ってきたんだが、学校が遠いからって、一人暮らしするんだと。で、勉強に打ち込みたいからって、里沙ちゃんと話し合いしてるんだけど、彼女が、納得してくれないみたいでさ。詩織から、里沙ちゃんに言って欲しいんだ」
詩織が、驚いた顔をする。
「今は、そっとしておこう。里沙は、優兄の事一番考えてる筈だから…。優兄の夢を応援してる筈だし、今はどうしたらいいのか、模索中だと思う」
詩織が、放置しておけばいいと言う顔をする。
そんな詩織に。
「何で、そんな冷たく言えるんだ」
ちょっと、苛立った言い方になる。
だが。
「だって、里沙も夢を持ってるもの。だから、優兄の気持ちは、一番わかってる筈だよ。だから、今、葛藤してると思う。それに、どうしても無理な時は、私に相談しに来るから…」
詩織が、落ち着いた表情で言う。
「そうなのか?…ほっといても大丈夫なのか…」
オレは、心配になる。
「うん、大丈夫だよ。私と里沙の間には、目に見えない絆があるからね」
詩織と里沙ちゃん、長い付き合いだから言えるのか?
「そっか…。優基には、何て言えばいいんだ?」
オレが、悩んでると。
「時間が、解決してくれるって言っておけば」
詩織が、言ってきた。
「そうだな」
オレは、詩織の言葉を鵜呑みにした。
春の気配が、近付いてきている。