ファーストキス
オレは、自分の担当時間を終わらすと、直ぐに着替えて体育館に向かう。
詩織のクラス劇を見るために…。
体育館の入り口の壁に持たれて、始まるのを待ちわびていた。
「あれ、玉城君。こんな所で何してるの?暇なら、私達と他回ろう」
クラスの女子に見つかった。
めんどくさいなぁ。
「悪いが、他を当たってくれるか…」
オレは、即座に断った。
「エー、いいじゃん。一緒に行こ」
無理矢理腕を引っ張られる。
「悪いけど、オレは、この劇を見るために来たんだよ。だから、放してくれ」
オレは、乱暴に腕を引っこ抜いて移動した。
奴等の目が届かない所へ…。
あいつ等が居なくなったのを見計らって、元の場所に戻った。
彼女が、見つけやすいように…。
彼女の声は、体育館に響き渡る。
相手役の男。
詩織に惚れてやがる。
詩織は、気付いていないみたいだが…。
ふと、回りを見渡せば、男共の目付きがハートになってる。
これは……。
ヤバイな。
これ以上、詩織のファンが増加するのは、オレには分が悪いかも…。
オレの中に不安が渦巻いていく。
劇が終わり、周りから、溜め息が聞こえてくる。
確かに、良い劇だった。
だからこそ、心配になった。
オレは、優基を探す。
おっ…、居た。
ちょうど、席を立ったところだった。
オレは、優基の側に行く。
「優基、ちょっと付き合え」
優基の首を半ば強引に引っ張る。
「なんだよ、急に…。俺は、忙しいんだよ」
「詩織の教室まで付き合え」
「はっ…。一人で行けよ!」
優基が、めんどくさそうに言う。
「頼む。オレ、まだアイツのクラス一人で行ったこと無いんだよ」
それも、付き合うようになってからは、部活が終わってからしか行かないから、他の奴等の前で何て呼び出せばいいか、わからない。
「わかったから、放せ!」
オレは、優基から手を放す。
それから、詩織のクラスに行く。
廊下から教室を覗いてみるが、詩織の姿が見当たらない。
「あの、水沢詩織知らない?」
オレは、近くに居た女子に聞いてみた。
その子は、オレの事を知ってたのか、何故か顔を赤くしながら。
「なんか、クラスの男子に呼び出されてたみたいですよ」
って、答えが返ってきた。
マジか……。
オレは、気が付いたら走り出していた。
「護!」
後ろで、優基の声がしてた。
オレは、校内中を走って、思い当たるところを探した。
が、どこにも姿がない。
残るは、校舎裏だ。
オレは、目的の場所に向かってる最中、微かに詩織の声が聞こえた。
オレは、急いで向かった。
「どうして、こんな事するの?」
詩織の声だ。
「どうしてだ?こうでもしないとお前と居られないだろう」
この声、さっきの…。
「諦めな!」
何をだ。
オレは、そいつの前に行くと詩織が、やつ抱き締められてる。
一体、何があったんだ。
オレは、怒りが込み上げてきた。
「何してる!!」
大声で怒鳴る。
普段出さない声だ。
「まも…る」
詩織の声が、震えてる。
さっきまでの気丈さがなく、怯えてる声だ。
奴は、オレを見た途端顔が青ざめ、腕の力が緩んだ。
オレは、その隙を見逃さなかった。
詩織の腕を掴んで、自分の方に引き寄せ抱き締めた。
詩織は、オレの腕の中で力が抜けていくのがわかった。
「お前。詩織に何したんだよ!」
怒りが収まらない。
「何したんだ。した事によっては、ただじゃおかない!」
オレは、ドスを利かせて言う。
奴は、逃げていった。
オレは、地べたに座り、膝の上に詩織を座らせ、落ち着くまで抱き締めていた。
「詩織、大丈夫かよ」
オレは、詩織の耳元で言う。
「うん、大丈夫」
詩織が、無理に笑顔を作ってるのがわかる。
「オレの前では、無理するなよ。ったく」
「どうして、わかったの?」
不思議そうな顔の詩織。
「一緒に出店を回りたかったから、優基を連れて教室まで行ったら、クラスの奴に呼び出されて、どっか行ったって聞いて、いてもたっても居られなく飛んできた」
オレは、詩織の頭を撫でる。
「さっきの奴、劇の相手役の奴だろ、何かされなかったか?」
オレは、心配になって聞いてみる。
「…キス、されそうになった」
詩織が、言いにくそうに小声で言う。
「…何ー!絶対に許さない!」
オレは、叫んだ。
その姿を見ていた詩織が、クスクス笑っる。
「笑い事じゃねぇよ。オレだって、まだした事ねぇのに…」
オレが真顔で言うと、余計に吹き出してる詩織。
やっと、笑った。
その笑顔が見たかった。
「詩織、…キスしていいか?」
オレの口からそう言葉に出してた。
その言葉に詩織が、頷く。
オレは、彼女の唇に軽く、口づけた。
温かくて柔らかい。
そこに。
「詩織ー。」
優基の声。
オレは、慌てた。
詩織が、慌ててオレの膝から下りた。
顔が、熱い。
詩織の顔を覗き見る。
微かに頬が赤く染まってる。
「そろそろ、ライブの時間だから、よろしく」
優基が、大きな声で言ってきた。
「わかった」
詩織が、優基に返事を返すとオレを見る。
「じゃあ、行くね」
詩織が、名残惜しそうに言う。
オレもだよ。
もう少し、一緒に居たい。
「あっ…」
オレは、詩織の手首にアザが出来てるのを見つけた。
「えっ…何?」
「詩織。手首の所にアザが出来てる」
オレは、その場所を指した。
「どうしよう…。こんなの付けて、ステージに出れない」
詩織が、途方に暮れ出す。
「そうだ。これで隠せるかも…」
オレは、ポケットからブレスレットを出した。
そして、アザを隠すようにそれを着けた。
「これは?」
詩織が、不思議そうに言う。
「詩織にやるよ。オレとお揃い」
オレは自分がしてるネックレスを見せる。
「トップレスにお前に誕生石が入ってるんだ。お前のには、オレの誕生石が入ってるからな」
笑顔で言う。
「ありがとう」
詩織の満面な笑顔が、垣間見れた。
「じゃあ、もう行かないといけないから…」
詩織が、オレに背を向けて行ってしまった。
それにしても、あいつ本当に大丈夫なのか?
震えていたが…。
詩織の温もりが、まだ手に残っている。
オレは、さっきと同じ場所で聴くことにした。
おっ、始まるな。
…って、露出しすぎじゃねぇか…。
似合ってるんだが、スカート丈短いし、胸元もやけに開いてるし…。
他の男共の視線が、気になる。
詩織と目が合う。
詩織が、ドラムの健に振り返るとカウントが入った。
そのリズムにのって、歌い出した。
何曲かが終わり、詩織が喋り出した。
『こんにちは。今日は、私達のライブに足を運んでいただき、ありがとうございます。私以外のメンバーは、三年生で今年最後の文化祭です。皆さんが、楽しんでいってくれたら嬉しいです』
詩織が、挨拶とメンバー紹介をしていく。
オレは、それを目で追う。
彼女が動く度に客の溜め息が漏れ聞こえる。
やっぱり、詩織は人気があるんだ。
オレは、つくづく思った。
こんなに隠れファンが居るとは、恐れ入りました。
って、ぐらいだ。
本人は、全然気にしていないみたいだが…。
ステージが終わったかと思って、ホッとしたのも束の間。
なんと、アンコールの声が、周りから聞こえてくる。
エッ…。
他のバンドにはなかったのに、なぜ?
詩織が、再びステージに立つと歓声が上がる。
さながら、どこかのコンサートみたいだ。
『アンコールありがとう。これが、本当の最後の曲です』
詩織が、言い終わると健のカウントが入った。
ステージを終えた詩織を待っていると。
「詩織ー。その格好はなんだ」
廊下に響く声。
オレは、少し覗き見る。
詩織の前にそっくりな男が二人立っていた。
「あー、もう。煩いな。衣装なんだから、仕方ないでしょ」
詩織の声が、苛立ってて居る。
「だからって、そんなはしたない格好で、人前に立つなんて、許さん!」
「許す、許さんの問題じゃないでしょ。もう、すんじゃった事なんだし…」
詩織が、二人の横をすり抜けて、こっちに来る。
「詩織…」
虚しい二人の声が響く。
「詩織」
オレは、詩織の前に出る。
「護ー」
詩織が、オレの所に嬉しそうに駆け寄ってくる。
「凄くよかった!でも、その服、肌出しすぎ!」
オレは、思った事をそのまま口にする。
「そんな事言われても、優兄が用意したものだから、私に言わないでよ。私だって、恥ずかしいんだからね。それに堂々としてた方が、恥ずかしくないと思ってるんだけ…」
詩織が、少し膨れながら言う。
「出てきた時、物凄く不安だったんだぞ。そのミニスカートで、他の男共がお前に釘付けになつてたから…。他の奴等が、お前に言い寄らないか、冷や冷やもんだ」
オレの言葉に。
「大丈夫だよ。私は、護だけだから…」
そう言いながら、詩織がオレの腕に自分の腕を絡めてくる。
「そうなのか?」
オレは、確認する。
「私は、誓います。護以外の人とは、付き合いません」
詩織が、はっきりと言い切った。
「オレも!」
オレは、空いてる手で詩織の頭をポンポン軽く叩く。
「じゃあ、私。着替えてくるから、その後で一緒に店回ろ」
詩織は、それだけ言って、着替えにいく。
オレは、その場所で詩織の着替えが終わるのを待った。
その間、さっきの二人がずっとこっちを見ている。
何だ?
「お待たせ」
詩織が、制服に着替えて、オレの所に来る。
「あっ、詩織。さっきから、あの二人がこっち見てるんだけど、知り合い?」
オレが、目線で二人を見ると、詩織は二人の所へ行く。
二言三言会話してから戻ってきた。
「ごめんね。あの二人、私の双子の兄達。向かって右側が長男の隆弥、左側が次男の勝弥なの。よろしくね」
詩織が、説明してくれた。
なるほどな。
監視されてたんだ。
「そうだったんだ。四人兄弟なのは知ってたけど会ったの初めてだから…。でも、凄い眼差しで睨んでたから、オレ、何かしたか?と不安だったんだよ」
オレは、安堵の溜め息をついた。
「それより、店回ろうよ。私、まだ何も見てない」
無邪気な笑顔を見せる詩織。
「そっか。じゃあ、行くか」
オレは、二人に軽く会釈だけして、詩織の手を握って、走り出した。
詩織のファンが、周りに集まっていたからだ。
ハァ、ハァ…。
詩織の息が上がってる。
オレは、一度立ち止まった。
「ごめん。急に走らせて…」
「どうしたの?そんなに慌てて…」
詩織が、呑気に聞いてきた。
やっぱり、気付いてなかったか…。
今だって、そこらかしこにファンが隠れてるっていうのに…。
「あの辺りに、詩織のファンらしき奴等が、たむろしていたから…」
オレは、詩織に言う。
今も、オレ達を囲むように終結してる。
詩織は、まだ気付いてないようだ。
「…嘘。私、全然気付かなかったよ」
「そうだろうな」
オレは、苦笑する。
「今日のお前の活躍で、急激に増えたんじゃねぇか」
詩織が、キョトンとしてる。
また、そんな可愛い顔を…。
「詩織は、無防備過ぎ。隙あれば狙えるって思ってる男達が、いる。お前をここまで追って来る奴が居るのは、事実だよ」
そう言いながら、辺りを見渡す。
「私、そんなつもり無いよ」
詩織が、そう言ってオレの方を見る。
「そうだよな。本当に気にしてないもんな。でも、オレもあいつらの気持ちわかるんだよな」
オレは、詩織の瞳を覗き込む。
「今、こうしているのは、優基のお陰だけどな」
オレは、詩織を抱き寄せる。
そして、詩織の唇にそれを重ねる。
今日、二度目のキス。
詩織の柔らかい唇に、優しく重ねた。
周りのガクタンする雰囲気の中、オレはゆっくりと唇を離す。
「護…」
詩織が、呟くように言う。
潤んだ瞳でオレを見る詩織。
ヤバイ。
他の奴に見せたくない。
オレは、詩織の顔を自分の胸に押し付け。
「詩織、愛してる」
詩織の耳元で囁く。
「私も、愛してます」
詩織が、照れながら言う。
オレの腕に力がこもる。
「詩織に何かあったら、オレ、どうしたら良いのかわからない。ずっと側に居ろ」
オレは、詩織の額に自分の額をくっつけて言う。
詩織が、静かに頷く。
オレは、周りの視線も気にせず、もう一度、唇を重ねた。