会食
「詩織、護くん。遅いよ」
詩織の母親が、待ちくたびれましたという顔をしてる。
「ごめんなさい。友達とばったり会っちゃって、話してた」
詩織が、申し訳なさそうに言う。
まぁ、確かに友達って類いか。
「そうなの?それより、早く行きましょ。予約してあるから」
お母さんが、嬉しそうに歩きだした。
「ごめんね。なんか、お母さん受かれてるね」
詩織が、恥ずかしそうに言う。
「いいよ。嬉しそうなお母さんの顔を見たら、こっちも楽しい」
オレは、詩織に笑顔を向ける。
「護、ありがとう。私、護にとって、お荷物なのかなって、思ってたんだ。けど、私は私なんだって。他の人にはなれない。それに、護に釣り合うように頑張ればいいんだって、思い知った」
突然、詩織が真面目な話をしだした。
「オレもさ。詩織の事、もっと信じることが必要だなって。自分の想いだけを表に出して、恥ずかしい思いさせたな。オレは、何時までもお前のことを大切にしたい。愛しく思ってる」
オレは、詩織の肩を抱き締めた。
「詩織が、オレを頼ってくれるように、今は頑張るだけだし…」
少しだけ、声を落として話す。
「頼りにしてるよ。でも、今は重荷になるだけでしょ。受験が終わったら、一杯甘えちゃうかもよ」
詩織が、笑顔をオレに向けてきた。
「いいよ。詩織の我儘、聞いてあげる。一杯、我慢してるもんな」
オレは、詩織の額を突いた。
「コラ、そこ。何時までいちゃついてるんだよ。店に入るぞ」
勝弥さんの激が飛ぶ。
「はい」
オレたちは、慌てて後を追う。
入った店は、和食料理屋。
趣のある風情が、老舗だと言わせていた。
こんなところで、昼食だなんて…。
結構するんじゃ……。
オレは、一通り見て、座った。
詩織が、オレの隣に座る。
暫くすると、懐石料理が運ばれてきた。
これは、ひょっとすると……。
奮発してるんじゃないか?
って、さっきから料金のことしか、考えてない。
自分で自分が可笑しい。
でも、この味を家で再現できたら、どんなにいか……。
「さぁ、食べようか」
詩織の父親の声で、我に返る。
「じゃあ、玉城さんが、乾杯の音頭を」
詩織の父親が、親父に振る。
親父、大丈夫か?
こういうのなれてないはずだが…。
心配をよそに。
「明けましておめでとうございます。今年一年が、良い年でありますことと、私と息子共々よろしくお願いします。乾杯」
照れながらも無難に勤めあげる親父。
「乾杯」
チィーン。それぞれが、グラスを掲げて触れ合う。
オレと詩織と優基は、烏龍茶。
親父たちは、ビールをそれぞれ口にする。
「うまい!」
隆弥さんが、一言呟いた。
「いただきます」
詩織が、手を合わせて料理に手を出していた。
オレも、手を合わせ。
「頂きます」
と、合唱して、料理に手を伸ばした。
「おいしーい」
隣で、詩織は満足そうに食べてる。
本当に美味しそうに食べるなぁ。
って、感心してたら。
「もう、入らない」
って、半分ぐらいを食べ終えて、箸を置く詩織。
エッ……。
まだ、そんなに食べてないだろ?
オレは、詩織の膳を見る。
確かに、ちょこっとずつ減ってはいるけれど……。
「勿体ないなぁー」
優基が、そう言いながら詩織の膳に手を出してる。
「どうぞ」
詩織もそう言いながら、優基に膳を渡す。
「詩織。本当に一杯?」
詩織の母親が、心配そうに言う。
「うん。もう、入らないよ」
即答する、詩織。
「帯の締め付けのせいじゃなくて?」
「うん。違うよ」
詩織が、満足って顔をして頷く。
詩織って、小食だったんだ。
って、当たり前か…。
女の子だもんな。
これが、普通なのかもしれない。
「そっか。じゃあ、皆が食べ終わるまで、散策してきたら。ここのお庭、綺麗だから」
って、母親の提案を。
「じゃあ、そうするね」
笑顔で答えた詩織が、部屋を出ていく。
おいおい。
一人で大丈夫なのか?
「護君。ちゃんと食べてる?」
詩織の母親が声をかけてくる。
「はい。美味しいです」
オレは、上部だけの返事をする。
「詩織の事が、心配か?」
優基が、こっそりと聞いてきた。
「心配だけど、大丈夫だろ」
オレは、そう言いながら、手を動かし続けた。
そんなオレに。
「言ってる事とやってる事が、ばらばら…」
優基が、苦笑しながら言う。
確かに…。
だが、あの姿の詩織に見とれる他の客がいたって、おかしくない。
味わいながら、急いで食べる。
自分でも失笑してしまうが…。
「護。そんなに急がなくても…」
隆弥さんが、苦笑いしながら、オレに声をかけてきた。
「そうですね」
「護。詩織が心配なんだ」
勝弥さん?
目が、据わってるのだが…。
「勝。お前飲みすぎだ」
隆弥さんが、勝弥さんの首根っこを掴んで、空いてるところに寝かしてる。
「どうもすみませんね、愚息たちが煩くて…」
詩織の父親が、恐縮してる。
「いや、いいですよ。うちは、二人だけなので、賑やかなのもいいですな」
親父、口下手なのに…。
食べながら、親父が頑張ってるのが良くわかった。
出されたものを平らげ。
「ご馳走さまでした」
オレは、手を合わせて口に出す。
「護君。もういいの?足りなければ私のもあげるわよ」
母親が、遠慮しなくていいのよって顔をする。
「いえ。もう、一杯ですので…。詩織のところに行ってきます」
オレは、母親の申し出を断って、席を立つ。
部屋を出て、靴を履くと庭の方に向かって歩いた。
小さな池に朱色の橋がかかった先に椿を見いってる詩織を見つけた。
オレは、詩織に気付かれないようにそっと近づく。
そして、後ろから抱き締めた。
詩織が、一瞬ビクつく。
振り返りオレの顔を見たとたんホットした顔を見せる。
「護。どうしたの?」
詩織が、不思議そうに言う。
どこかに行ってしまいそうな感覚がオレの中に渦巻いていく。
そんな事を悟られないように。
「うん、ちょっとな。それより詩織。着物姿、綺麗だよ」
そう口にした。
「ありがとう。最初は着るつもりなかったんだけどね」
詩織が、言葉を濁しながら言う。
こんなに綺麗なのに、着るつもりなかったって…。
「だって、私、護と会えるとは思ってなかったんだよ。お母さんが急に思い立ったように着せるから…」
詩織が、クスクス笑いながら言う。
「そういや、オレを見て戸惑ってたもんなぁ…」
オレは、朝会ったときの詩織を思い出した。
「うん。両親が、やたらと時間を気にしてたけど、まさか、護のところと待ち合わせてたなんて、思わないよ」
詩織の困惑した顔が浮かんでいる。
「オレもビックリしたんだよ。急に隆弥さんから電話もらって、“初詣、お前の親父さんとうちの家族で行かないか?“って来たときには、本当にビックリした。しかも、詩織のバイトもお休みの日で、親父の都合がつけば…」
オレは、その時の事を思い出した。
まさか、詩織に会わせてやるから、この間の答えを聞かせろなんて言われたなんて言えない。
「まさか、私と護へのサプライズだったのかな?」
詩織が、怪訝そうな顔をする。
オレは、それでもよかったと思った。
こうして、今自分の腕の中に詩織の感触があるのだから…。
「さぁな。でも、こうして堂々と会えることになったんだし、よしとしないか」
オレは、自然と口元が綻ぶ。
その時。
ふと、この間会った奴の事が気になった。
「なぁ、詩織。この間の奴とは、どこまでの関係だったんだ?」
オレの突拍子もない質問に詩織が、驚いた顔を見せる。
「どこまでって?」
詩織に聞き返された。
「だから、キスとかしたのかて事だよ」
オレは、ちょっとぶっきらぼうに言う。
「気になる?」
詩織が、意味深な顔をしながら、オレを見る。
「そりゃあ…」
恥ずかしいかも…。
「私のすべての初めては、護だよ」
詩織が、聞こえるか聞こえないかの声で言う。
「嘘だ」
詩織が言ってることは正しいのであろう。
どうしても、疑わずにはいられなかった。
「何で、嘘なんかつかないといけないの?彼とは、精々手を繋ぐ位。お互い幼かったから」
詩織が、オレの顔を覗き込んできた。
ちょっと、困ったような顔をしてオレを見つめてきた。。
オレは、そんな詩織見つめ返し、詩織との距離が縮まり、唇が重なった。
「私の全ての経験は、全部、護が初めての人になってるから…」
詩織が、オレの耳元で囁いてきた。
「なっ…」
そんな事、言われたら……。
オレは、自分の顔から、火が吹くくらい熱く感じる。
「そういう事言うな」
オレは、照れ隠しのように呟く。
「ウフフフ、護の顔真っ赤」
したり顔で言う詩織。
「からかうな」
オレは、詩織の頭をくしゃくしゃにかき混ぜる。
「ちょっと、やめてよ」
詩織が、オレの手から逃れようと逃げ出した。
っち…。
「おーい。お前ら、何時までじゃれあってるんだ。帰るってさ」
優基が、呼びに来た。
どうやら、お開きになったらしい。
「はーい」
詩織が優基に返事をする。
オレは、そんな詩織の手を取って、歩き出した。
別れ際。
「今日は、本当にありがとうございました」
親父が、詩織の両親に告げている。
「いえいえ。こちらこそ、楽しかったです」
詩織の父親が笑顔で答えている。
詩織が、オレを見つめてきた。
どうしたんだ?
そっか。
もう暫くは、我慢してもらわないといけないもんなぁ。
オレは、言葉を探した。
「詩織。もう少しだけ待っててくれるか?受験が終わるまでは、会えない」
オレの言葉に詩織が、寂しそうな顔を見せる。
「うん、大丈夫。待ってるから、受験頑張って」
心配をかけないように精一杯の笑顔を見せてくれる。
そんな詩織の頭を軽く叩き、笑顔を見せる。
「じゃあな」
「バイバイ」
詩織のとびっきりの笑顔が、眩しい。
「護。受験頑張れよ」
隆弥さんと勝弥さんが、オレに声をかけてくれる。
「はい!頑張ります」
オレは、力強く頷いた。