デートでの出来事
水族館の最寄り駅につく。
人混みの中を手を繋ぎ歩く。
「大丈夫か、詩織」
オレは、詩織の方を振り返る。
「うん。何とか…」
詩織が、歩きにくそうにオレの後ろについてくる。
オレは、詩織が歩きやすいようにスペースを作りながら、歩く。
水族館入り口につくと、チケットブースでチケットを購入しようと並ぶ。
これは、かなり時間がかかるかも…。
「詩織。入り口で待ってな。オレが買ってくるから」
オレは、詩織にこんな場所で疲れて欲しくなくて言ったのだが…。
「エッ…。でも…」
詩織は、戸惑っていた。
「入り口で待ってて」
オレは、もう一度言うと詩織は渋々移動した。
まさか、これが騒動になるなんて、この時は思わなかった。
チケットを購入して、水族館の入り口に急いだ。
すると、そこには勝弥さんの姿があった。
「お前もデートか?」
勝弥さんが、詩織に聞いていた。
「う…うん」
詩織が、気まずそうに返事する。
「こんにちは、勝弥さん」
オレは、笑顔でそう挨拶すると。
「“こんにちは“じゃねぇよ。ったく、お前がいないから、詩織が変な野郎に連れていかれるところだったんだぞ。詩織を一人にするんじゃねぇ!」
勝弥さんが、オレの頭を叩く。
エッ…。
オレは、なんの事かわからなかった。
「勝弥兄、やめてよ。私が悪いんだから…ね。それに、彼女さんも待ってるよ」
紫織が、慌てて言う。
「そうだな。説教は、帰ってからだな」
勝弥さんは、それだけ言い残し、彼女と一緒に中に入っていった。
オレは、さっき勝弥さんが言った言葉を思い返す。
「詩織。さっき、勝弥さんが言ってたこと、本当?」
すると、詩織はゆっくりと頷いた。
マジで……。
勝弥さんが、怒る理由がわかった。
人手の多いところだ。
何かあるかわからないのに…。
オレがよかれと思ってたことは、裏目に出たんだ。
「全然、知らない人に声を掛けられて、無理矢理腕を引っ張られ連れて行かれそうになってた所に、勝弥兄が現れて、助けてくれたんだ」
詩織が、事情を説明してくれた。
それを聞いたオレは、落ち込んだ。
たまたま、勝弥さんが通りかかったからよかったものの、偶然なんて、そんなに無い。
オレの不注意で、詩織を危ない目に遭わせてしまったのだ。
反省しても、しきれない…。
取り返しのつかない事になるところだったんだ。
しかも、今日はクリスマス。
変なのが居てもおかしくない。
何て、事を……。
「ゴメン。オレ、そこまで気が回らなかった。一緒に居た方が良かったんだな」
自己嫌悪に陥ってると。
「いいよ。勝弥兄が助けてくれたんだから。それより、私達も中に入ろうよ」
詩織が、笑顔でオレの腕を引っ張って、入り口に向かった。
オレの足取りは、重くなっていた。
あんなに楽しみにしていたのに…。
オレは、何て事を…。
自分で、テンション落としてる。
詩織は、オレの横で楽しそうにしてる。
オレは、さっきから、空笑いしか出てない。
「護。そろそろ、イルカショー始まるみたいだよ。行こう」
詩織に引っ張られながら、スタンドに向かう。
席に着いてから。
「売店で、何か食べるもの買ってくる」
オレは、そう言って席を立つ。
が。
「私も一緒に行く」
詩織も立ち上がる。
「席、無くなるぞ」
「うん。その時は、立って見ようよ、さっきみたいになりたくないし……」
詩織が、オレの手を握ってきた。
その手は、少し震えてる。
やっぱり、さっきの怖かったんだな。
「そっか…。そうだよな。勝弥さんが、また助けてくれるとは、限らないしな」
オレは、自嘲気味に笑った。
「それにね。私、食べたいものがあったんだ」
詩織が、無理に明るい声を出して言う。
それが、オレの胸に突き刺さる。
こんな思いさせたくて、ここに来たんじゃないのに…。
オレは、反省ばかりだ。
売店で、ホットドックとポテトを二つずつ買って、スタンドに戻った。
戻った時には、席は空いてなかった。
「席、無くなっちゃったね」
詩織が、肩を落として言う。
「そうだな。まぁ、このまま立っ見ようぜ」
オレは、そんな詩織に明るく言う。
「せっかくだから、食べよう」
オレは、ホットドッグを詩織に差し出す。
二人で、同時にかぶりつく。
「おいしい!」
詩織が、満面の笑みを浮かべて言う。
そんな詩織の笑顔で、オレの心が少しだけ、軽くなった。
「ねぇ、護」
詩織が、突然口を開いた。
「うん?」
「勝弥兄の事気にしてるの?」
エッ…。
詩織が、心配そうに聞いてきた。
「うん。隆弥さんよりも、勝弥さんの方が怖いかな」
自分の思ってる事を口にした。
隆弥さんとは、意志が似てるから、相談しやすい。
だが、勝弥さんとは、なんだか話しにくいんだよな。
そう思ってると、詩織が。
「やっぱり、そう思うんだ。でも、勝弥兄は、隆弥兄より優しいんだよ。さっきだって、声音は怖かったかもしれないけど、目は優しかったよ」
笑顔で言ってくる。
「エッ」
そこまで見てない。
「勝弥兄はね。私や優兄には、メチャ優しく接してくれるの。って言うか、筋が通っていないと、気がすまない質なの。だから、ちゃんと説明すれば、わかってもらえるから、安心して」
詩織の言葉にオレは。
「それでも、オレにとっては、怖い存在だよ」
と答えていた。
「そうなんだ。じゃあ、隆弥兄は?」
詩織が、質問してきた。
「隆弥さんは、目的も同じだからかな、頼れる兄って感じなんだよなぁ」
オレは、尊敬してる。
「私にとっては、隆弥兄の方が怖い」
苦笑する、詩織。
「何処が…」
「だって、勝弥兄は聞く耳を持ってくれて、アドバイスもしてくれる。だけど、隆弥兄は、聞く耳を持っていない。直ぐに怒るんだもん」
詩織が、素直に言う。
「本当かよ」
「だから、今日見つかったのが、勝弥兄でよかったんだよ。隆弥兄だったら、入り口で、大変な目に遭ってたんだからね。“俺の大事な妹を置き去りにしやがって。危うく、ろくでもないやつに連れて行かれるところだったんだぞ“って言いながら、胸ぐらを掴まれてたよ」
脅すように言う、詩織。
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。隆弥兄は、何時だって本気だから、怖いの」
詩織が、必死に訴えてきた。
ほんとうなのか…。
「だから、私に対しても、本気に怒るよ。手を挙げられた事もある。でも、それを止めてくれるのは、いつも勝弥兄なの。だから、勝弥兄に本当の事を言って謝った方がいい」
詩織が、ゆっくりと説明してくれる。
「そっか。人は見かけによらないってことだな」
オレは、苦笑いする。
隆弥さんって、やっぱり怖いんだ…。
「ショー始まっちゃってる」
詩織が、プールの方を見た。
オレも、視線をたどる。
「本当だ」
オレ達は、並んでショーを見入った。
話した事で、少し落ち着きを取り戻せた。
と同時に、別の不安が浮かび上がった。
オレは、詩織と付き合うべきじゃないのかと…。
今は、その事を考えるべきじゃないのは、わかってるんだが…。
どうしても、その事が頭の中に浮かび上がる。
オレは、頭を切り替えて、この時間を楽しもうと思った。
「混んできたな。手を離すなよ」
詩織にそう言いながら、指を絡める。
詩織が、握り返してきた。
「護。ペンギン可愛い」
ペンギンルームで足を止めた。
詩織が、ペンギンを食い入るように見つめていた。
オレは、後ろから詩織を抱き締める。
詩織に怖い思いをさせてしまった自分を許せることが、できずにいる。
詩織は、済んでしまったことだからって、思ってるだろう。
だが、オレは、それではいけないんだと深く反省していた。
そこに、詩織が振り向いた。
「ここのブース、寒いだろ」
オレは、詩織の耳に囁くように言う。
ただ、詩織を近くに感じていたかっただけなんだが…。
この温もりを離したくない。
その一心だった。