自分の中の闇
「ごめん。オレ、とんでもないこと口走ってた」
帰り道。
オレは、詩織に謝る。
まさか、勢いで、あんな事を口走ってしまうとは、思いもよらなかった。
「ううん、いいよ。むしろ嬉しかった。どっちにしても何時かばれてしまうんだったら、早い方が良かったかも…」
詩織が、嬉しそうに言う。
が…。
そうも言ってられないんだよな。
「来週、呼び出しくらうかも…」
詩織が、ポツリと呟いた。
「そうだな。オレも覚悟しておかないといけないか…」
オレは、自分の責任を感じていた。
「詩織、もう一つ謝らせてくれ」
オレは、足を止めて詩織と向き合って言う。
「もう一つ?」
詩織が不思議そうな顔をする。
なんの事かわかっていないみたいだ。
「この頬。ちひろに叩かれたんだろ。赤く腫れてる。オレが、アイツにちゃんと言わなかったから…」
オレは、叩かれた詩織の左の頬に触れる。
微かに熱がこもってる。
だが…。
「言われるまで、忘れてたよ。でも、これくらい大丈夫だよ。ちひろさんの心の痛みに比べたら、何でもないよ」
って、笑って答える。
そんな悲しい顔で言うなよ。
詩織が、オレの手に自分の手を重ねてきた。
「お前、優しすぎ。相手の気持ちまで察する事無いだろ」
オレは、真顔で言う。
そうなんだ。
詩織は、人の心の痛みがわかるやつだ。
だから、余計に心配になるんだ。
「そんな怖い顔しないでよ。私が、逆に立場だったらって思っただけなんだから…」
詩織の言葉を最後まで聞かずに抱き寄せた。
何で、そんなに優しくできるんだよ。
自分が、一番傷ついてるのに…。
「護…」
詩織が、オレを見上げてきた。
オレは、誠意一杯の笑顔を作る。
内心穏やかじゃないが…。
「私、護の傍に居てもいいんだよね」
詩織のぎこちない笑顔が、オレに向けられる。
詩織の不安を取り除けれたらいいんだが…。
「ああ。オレの傍には、詩織に居てもらいたい。って言うか、手放す気無いけどな」
そう断言した。
その言葉に、詩織がオレに頬に口付けてくる。
「……なっ…」
突然の事に、オレはどう対応したらいいか焦る。
どうしたらいいんだ。
この想い…。
「だから、前にも言ったけど不意打ち禁止だって…」
ちゃんと、届いてるんだろうか?
「それは、わかってるから…」
オレは、自分の腕に力が入る。
ここから、出したくない想い。
離したくなくなる。
「しかし、今日の生徒総会の挨拶の後の笑顔、滅茶苦茶、可愛かった。また、ファンが増加するだろうな」
オレは、話をそらした。
「そうかな?」
詩織が、キョトンとした顔をする。
無意識に出た笑顔だったこそ、皆が惚れ込んだんだろう。
「そうだよ。あの笑顔で虜になった奴が、続出してた。一年の方でも結構いたからなぁ」
気付いたら、溜め息が出てた。
どんだけオレの敵を作るんだ、この子は…。
「そうなの?私は、護の事しか見てなかったし、あの時も野次が飛んでくるんじゃないかって、ハラハラしてたんだよね。でも、拍手で迎えられたとき、嬉しくって、つい笑顔が出ちゃったんだよね」
詩織が、その時の心境を笑顔で語る。
なんと言う、可愛さだろう。
どうして、この子は、こんなに笑顔が似合うんだ?
「って、お前。オレの敵増やしただけじゃんか…。卒業した後、オレはどうすれば良いんだよ」
自分が卒業した後の事が心配になった。
今は、こうして傍に居られる。
が、卒業後は、そうもいかない。
「大丈夫だって。さっきも言ったけど、私は、護の事しか見ていないんだから」
どこから、そんな自信が沸いてくるんだか…。
「また、そんな可愛いこと言って、詩織がそうでも、周りが掘っとかないだろうが…」
オレは、詩織を自分の中に閉じ込めてしまいたい衝動にかられていた。
週明け。
オレは、先週の事を思うと、居てもたってもいられなかった。
もしかしたら、親父にまで迷惑をかけるのかと思うと、いたたまれなかった。
覚悟まで決めていたのに、その日はとても穏やかに過ごせた。
あいつ、何も言わなかったのか?
それとも、違うことで使うつもりでいるのか?
オレは、そんな事を頭で考えていた。
すると。
詩織が、知らない男に呼び出されてる。
そんな光景を何度も見た。
「護。いいのか?」
優基の目にも映ったらしい。
「いいのかって聞かれてもなぁ…」
そうなんだよなぁ…。
こればかりは、なぁ…。
「とりあえず、行った方がいいんじゃないか?」
優基に背中を押されて、詩織が向かった方にオレは、走っていく。
「そうじゃない。彼氏が居るから、無理なんです」
詩織の声が聞こえてくる。
「彼って…」
告白の相手が、オレに気づいた。
その動きに、詩織も振り返る。
「詩織。また、告白されてる…。だから、言わんこっちゃない。目を離すとこれなんだから…」
オレは、半分呆れていた。
と同時に、詩織を閉じ込めてしまいたい衝動にかられる。
詩織の傍まで行き、彼女の方を抱く。
「僕、諦めないですから……」
ハァ……。
なんか、聞いた事のある捨て台詞だなぁ…。
アイツは、オレが三年だと気づいて、あんな事を言ったんだろう。
「詩織。また、変な台詞言わせてる。オレ、安心して卒業出来るのか?」
嫉妬交じりに言う。
なんか、情けない…。
自分で自覚してるあたり、可笑しいが…。
「出来なかったらどうするの?」
詩織が、突拍子もないことを言う。
「お前が言うなよ。まァ、そうなったら、毎日校門で出待ちするかな」
オレは冗談ぽく言う。
「それとも、同棲するか?」
そう。
毎日顔を会わせて、安心したい。
詩織と会えなくなるくらいなら、同棲して毎日一緒に居たい。
今の自分は、そんなことばかり考えてる、
「どうした。黙り込んで…」
オレは、詩織の顔を覗き込んだ。
「ううん。何でもない。帰ろ」
詩織が、何か思案してるみたいだが…。
「そうだな」
オレ達は、教室に置いてきた鞄を取りに戻って、帰ることにした。
翌日も翌々日も、詩織は、誰かしらに呼び出されていた。
「護、大丈夫か?」
優基が、声をかけてきた。
「何が?」
オレは、感情がこもっていない返事をする。
「お前なぁ。そんなんで、受験大丈夫なのか?」
心配そうな優基の声。
今は、受験どころじゃねぇ。
詩織の事が、心配なんだよ。
アイツ、自分でもわかってないから…。
「詩織の事、信じてるんだろ。だったら」
「信じてるさ。オレ、以外の奴を近付けるなんて、ありえないだろうが!」
オレは、自分が思ったより大きい声だったらしい。
クラスの連中が、オレの方を見る。
今だって、呼び出されてるし…。
オレは、どうしたらいいんだよ。
この間の一年も“諦めません“って、言ってたし…。
どうしたら、諦めるんだ。
「護、落ち着けよ。とりあえず、詩織のところに…」
「いいよ。もう、授業始まるし…」
オレは、半諦めてた。
詩織が元々人気があるのは前からわかってたことだ。
あの、挨拶が元で、告白する奴ばかり増えてきた、ってとこだ。
こんなに、悩まされるなんて…。
「護…」
優基が心配そうにオレを見ていた。
図書館で、詩織とテスト勉強することになった。
その帰り道。
「詩織ちゃん。今日は、何人に告白されたのかな?」
オレは、嫉妬丸出しで詩織に聞く。
「何人って言われても、数えていない」
詩織が、不思議そうな顔をして答える。
「へぇ…。オレが知ってる限りで、十人かな」
詩織が、感心してる。
何だよ、その反応。
「ちゃんと、断ってるんだよね?」
オレは、半信半疑で言う。
「全部、断ってます!でも、いつも一言余計な言葉がついてくるのはなぜなんだろう?」
詩織が、不思議そうな顔をオレに向ける。
それは、付き合ってるオレが、三年生だからだよ。
とは、流石に言えず。
「お前が、隙だらけだからと思うぞ。って言うか、お前それオレにやきもち焼かせる為に言ってるのか?」
オレは、自分が自分じゃないみたいだ。
「そうじゃないけど。なぜか、皆最後の言葉が“諦めないから“なんだけど、どうしてだろう?」
オレが卒業したら、もう一度告白しようと考えてるんだろうなぁ。
お目付けが居なくなってから、ってことなんだと思うが…。
「お前なぁ…。自覚持てよ。今まで皆、前に出てこなかったのは、普段そんなに目立たない存在だったから安心してたんだよ。それが、生徒会長と言う目立つ位置に出るから、焦り出したんだ」
オレは、自分が置かれてる立場をも自覚した。
「何で、そんなに詳しいの?」
何でって…。
こいつ、本当に言わせたいのか?
「オレがそうだからな。我こそは、モードだから。オレの場合は、運が良かっただけだと思うけどな」
今、詩織と付き合ってなかったら、オレもあいつらと同じ立場なんだよな。
「一月聞いてもいい?」
「なんだよ」
オレは、そっけなく答えた。
「今、護と付き合ってるけど、私が他の人と付き合ってたらどうした?」
詩織が、真面目に聞いてきた。
「そうだなぁ。オレも他の奴等と変わらないことしてたんじゃないか。捨て台詞も一緒かもな」
なんだよ。
オレを試してるのか?
「そういえば、呼び出し無かったな」
オレは、あえて話を変えた。
なぜなら、これ以上、醜い姿を見せたくなかったからだ。
「うん。でも、佐久間くんには聞かれたよ」
詩織が、にこにこしながら言う。
それは、何の意味があるんだ?
「何て答えたんだ?」
オレは、それこそ、ハラハラしながら聞き返す。
「“その話は、今は出来ない。私一人で言える事じゃないから“っていっておいた」
詩織は、ちゃんと自分で何とかしようとしてるんだな。
それなのにオレは…。
「そっか…」
本当は、堂々と“オレは詩織の婚約者だ“って告げたい。
でも、今のオレには、そんな自信もないのだ。
「彼には、きちんと話つもりだよ」
詩織が、真顔で言う。
「何で?」
「彼は、私の事いつまでも気にしてるみたいだから、ちゃんと伝えて諦めて欲しいから…」
「ふーん」
本当にそれだけなのか?
何か、他にあるんじゃないのか?
あ、ヤバイ。
オレ、自信が歯止めが利かなくなってきてるかも…。
「詩織は、オレのだよな」
オレは、感情まま口にしてた。
即答して欲しいのに…。
そんな時に限って、詩織は答えてくれない。
「何で、即答しないかなぁ」
イライラしてくる。
裏を返せば、不安だったのだ。
「そうだけど、私は物じゃないから、どう答えようか迷った」
詩織の目が、彷徨ってる。
多分、本当なんだろう。
詩織の想いが、蔑ろにされてるんだ。
そんなんで、返事できるわけないか…。
「ごめん。オレ、絶対に第一志望校を合格して、卒業する。そして、詩織と婚約を完全にする」
半、自分に言い聞かせるみたいに言う。
そんなオレに詩織が。
「頑張ってね。私は、応援しか出来ないけど…」
と、寂しそうな声で言う。
イヤイヤ。
詩織が応援してくれるだけで、断然やる気が出るんだって…。
詩織は、その事事態知らないであろう。
「じゃあ。明日からのテスト頑張ろうな」
オレは、詩織に告げて家に向かった。
家に着く、テスト勉強を始める。
…が、やる気が起きない。
昼間の事が、頭から離れないのだ。
詩織は、オレのだ。
って、本当に言い切っていいのだろうか?
本当は、全校生徒に対して言いたい。
詩織は、オレと付き合ってるんだから、他の奴は手を出すな。
って、言って学校公認になれたら、どんなに楽になれるんだろう…。
さっき、別れたばかりだというのに…。
詩織の声が聞きたい。
オレは、思わず携帯を手にして、詩織に電話した。
truuu…truuu…。
コール音が鳴る。
早く出てくれ。
焦ってるのがわかる。
焦る必要なんて、これっぽちもないはずなのに…。
『はい』
詩織の声。
「詩織。オレさぁ、親父に話してみるよ。卒業したら、同棲できるように…。その時は、絶対に逃げるなよ」
オレは、今の想いをぶつけるように言う。
『護。それは不味いんじゃないの?うちのお父さんだって、説得しないといけないんだよ』
詩織の困った声。
詩織は、オレと離れ離れになってもいいのか?
「大丈夫。同棲って言っても、オレの今住んでるマンションだから…。嫁さんとして、家に住めば良いんだよ。親父も帰ってくるの遅いし…」
そうだよ。
ここで、一緒に暮らせば良いんだよ。
オレって、凄いじゃん。
一人で納得してる。
『ダメだよ。せめて、一年我慢しようよ』
詩織が、納得しない。
何が、不満なんだよ。
「わかった。もういい!!」
オレはそれだけ言って、電話を切った。
なんだ。
オレだけが、焦ってるんだ。
こんなに詩織が大切で、誰にも会わせたくないって思ってるのに…。
どうして、わかってくれないんだ。
truuuuu...truuuuu...
電話が鳴り出す。
ディスプレイを見ると詩織だった。
オレは、出る気になれず、そのまま放置。
そのうち、電話が切れた。
アイツが、好きすぎて、オレ自信がどうにかなりそうだよ。
携帯が再び鳴り出した。
ディスプレイには、優基の名が…。
詩織が、優基にでも言ったのだろう。
オレは、その電話に出た。
「はい」
『護?俺だけどさぁ。詩織がなんか困ってるんだけど、何か言った?』
優基が、事情は知ってるが、改めて話せと言う感じに話してきた。
「詩織に同棲したいって言ってただけだ。今日までの事を思うと居てもたってもいられなくて。それに卒業してから一年まともに会うことが出来ないかと思うと、余計に心配になって…。自分でもわからないんだよ。暴走してるとわかってるんだけどな」
オレは、苦笑した。
『うん…うん…そういう事か…。お前の気持ちもわからんでもないが、詩織を困らせるのはよくないぜ。今も、オロオロしながら、半泣き状態だぞ』
優基の言葉に思わず。
「詩織と変わって欲しい」
と口にしてた。
『護?』
意外と普通であった。
優基の奴、嘘言ったな。
「詩織、ごめんな。オレ、どうしても、詩織と一緒に居たくて、無理を言ってるのはわかってた。…けど、お前の傍に居られないなら、一緒に住みたい気持ちが勝った。理性がぶっ飛んでた」
自分でも、情けない。
そう思いながら打ち明けた。
『ううん、いいよ。私も不安なんだよ。護、モテルから、心配なんだ。それに護は、誰にでも優しいから、他の女の子達が、勘違いしていくのを見てられない』
詩織の口から、その話が聞けるとは…。
そんな詩織に追い討ちをかけるようなことをオレは言ったんだ。
「そうかもな。ちゃんとケジメ付いた時には、同棲の話してみようと思う。それまでは、我慢するよ」
オレは、自分の戒めの為…。
いや、違う。
自分と詩織のこれからの為にに、条件を確実に越えていこうと決心した。
『護…。ごめんね。愛してる』
詩織の申し訳なさそうな声。
そんな…。
悪いのは、オレなのに…。
『護。明日からのテスト、お互いに頑張ろうな』
電話口で、優基の声。
そうだ。
「ああ。じゃあ、明日な」
オレは、電話を切る。
そして、改めて詩織にメールした。
“詩織、ごめんな。
オレ、焦ってたんだな。
お前が、人気者なんだと改めて思ったよ。
それでも、お前はオレを愛してるって言ってくれてる。
その言葉、信じて良いんだよな?
オレも、お前を愛してる。
愛しい詩織へ 護。
P.S.期末テスト頑張れよ“
それだけ打って、送信する。
オレは、自分の事しか考えていなかったことをさらに反省していた。
そこに。
“護、さっきは凄くビックリした。
あんなに怒ったの初めてだよね。
私、本当は嬉しかったんだ。
今すぐ同棲しようって言ってくれた事。
でも、流石に返事は出来なかった。
お父さんの了解を取るのは、難しそうだったから…。
それに、私達、まだ学生だし、親に学費を出してもらってる身なので、簡単にはいかないと思う。
私が、高校卒業してからでも遅くないよね。
(多分、護の事だから、待てないかな?でも、私としては、待って欲しい)
愛しいてる 詩織“
とのメールが入ってきた。
詩織…。
お前の本音が、聞けてよかった。
オレだけが、好きすぎてたのかと…。
これで、完全にテストに向き合うことが出来る。
それからは、勉強に打ち込む事が出来た。