思わぬ事態
オレは、詩織を送ってから、家に帰った。
玄関を開けると、鍵が珍しく開いていた。
「ただいま」
オレはが、中に入ると親父が、リビングで寛いでいた。
「お、お帰り」
「今日は、やけに早いんだな」
「お前なぁ。塾から電話かかってきたんだよ。途中で抜け出して、何があったんだ?お前らしくもない」
親父が、心配そうに言う。
「悪い。ちょっと、気になる事があって、勉強どころじゃなくてさ」
オレは、言葉を濁しながら言う。
「それは、彼女の事か?」
相変わらず鋭い。
「あぁ…」
「恋愛はするなとは言わんが、今は、自分の人生がかかってる大事な時期なんだから、そこのところしっかり自覚しろよ」
「わかってる。忙しいのに、オレの為にゴメン」
オレは、親父に向かって謝る。
「いいさ。お前の事で、抜ける事なんて、そう滅多に無いからな」
「親父…」
「俺は、お前の事を信じてるんだ。自分の事は、自分で切り抜ける事が出来るって、だから気にするな」
「ありがとう」
オレは、親父の有り難みを改めて知った。
親父が、オレの親父でよかった。
自分の部屋で勉強をしてたら、突然机の上に置いていた、携帯が震えた。
゛護へ
明日の朝、話したいことがあるから
一緒に学校に行こう。
詩織゛
と、メールか送られてきた。
何だ?
話したい事って?
取り合えず簡単に。
゛わかった。
明日、七時半ごろ迎えに行く。
お休み゛
と打って、送り返した。
今日の分の遅れを取り戻すように、勉強に没頭した。
翌朝。
オレは、少し気だるさを感じながら、詩織の家の前で詩織が出て来るのを待っていた。
「おはよう」
詩織が、少し緊張気味に挨拶する。
「おはよう」
オレは、笑顔を浮かべるのがやっとだった。
「行くか」
オレは、詩織の手を捕ると歩き出した。
暫くして、詩織が。
「護。昨日、私、来年度の生徒会長に選ばれたの」
って、嬉しそうに言う。
やっぱり、隠してたんだ。
「ふーん。っで…」
オレは、かなり苛立っていた状態だったと思う。
「…っでって…」
詩織が、聞き返してきた。
「どうして欲しい?喜んで欲しいの?それとも怒らせたいの?」
オレは、自分で言いながら、怖くなる。
熱があったとはいえ、この言い方は無かったかも…。
自分で反省しながら、どうにもならない自分がいる。
詩織を見ると、怯えた目をしてる。
「詩織。昨日のうちにその話してくれてれば、許したのに。なんで、今、言うんだよ。これでまた、お前の人気が出て、オレには見向きもしなくなるんだ。オレは、詩織とずっと居たいのに…。何で、わかってくれない…」
ヤバイ。
自分が、どんどん暴走し出してる。
だが、止める事が出来ない。
オレは、無理矢理、詩織を引っ張る。
「詩織のこの髪も、この唇も、胸も、細越も、全部オレのものだ。誰にも触らせたくない」
オレは、詩織の唇に指を這わせる。
独占欲の塊のオレ。
こんなにも、執着してる。
詩織を力の限り抱き締める。
「いっそう、このまま婚約して、同棲してしまいたい」
オレは、語尾を強めて言う。
「護。私は、どうすればよかったの生徒会長を辞退すればよかったの?それとも、ちゃんと護に相談してから受ければよかったの?」
詩織が、オレに感情をぶつけてきた。
初めての事で、オレは戸惑った。
「ごめん。詩織にカッコ悪いところ見せた。昨日から、どうも調子…悪くて…。なんか…」
オレの意識は、そこで途絶えた。
「詩織。こんなところに居たらダメだよ。学校行こう」
オレは、詩織の手をとって立たせた。
そして、ゆっくりと学校に向かわせた。
次に気がついた時は、見知らぬ天井がオレの眼に入ってきた。
「ココは…」
オレが、身体を起こそうとしたら。
「無理に起きるな」
と声がした。
「護、大丈夫か?」
優基の声。
「お前、無理しすぎだぞ」
と、呆れた顔をする優基。
何が、あったんだ?
「優基。俺、外で待ってるから、そいつにいきさつ説明しておけ」
「わかったよ、隆弥兄」
そう言って、優基が見送る。
隆弥兄…さん?
「お前、詩織と登校してたの覚えてるか?」
「あぁ…」
その辺の記憶は、ある。
その時に詩織から、生徒会長に選ばれたって話になって…。
「その時に倒れたんだよ。詩織が、オレに電話してきて、隆弥兄にココに運んでもらった」
ココって…。
「ココは、病院だよ。隆弥兄がいつもお世話になってる所だから、気にするな」
優基が、ニコニコしながら言う。
「しかし、お前の精神力は凄いな」
優基が、感心したように言う。
オレは、何が言いたいのかわからずポカンとしてた。
「お前、隆弥兄に一回車を止めさせて、詩織のところに戻って、学校まで連れてくんだもんな」
優基が言うが、オレは全然覚えていない。
「……」
「覚えてないのか?座り込んでいた詩織を立たせて、学校まで送り届けたかと思ったら、また、ぶっ倒れやがって…。手間かけさせるな」
優基が、苦笑する。
「…で、学校は?」
オレが聞くと。
「は?お前、そんな状態で学校に行くつもりかよ。って言うか、今から行っても放課後だぞ」
優基の言葉にオレは、壁に掛かってる時計を見た。
四時半……。
「優基、お願いだ。オレ、学校に行かないと…」
オレは、自分がした事を思い出した。
今頃、詩織は自分を攻めているだろう。
そんな詩織に安心してもらわないと…。
「わかったよ。詩織の事が気になるんだろ。その前にその点滴終わらないとな」
そう言うと、優基が部屋を出て行く。
オレは、今の自分の状態を確認した。
オレの腕には、管が繋がっていた。
「お前、詩織の事よろしくな。あいつの事、一番に考えてくれてありがとう」
突然入ってきて、そう言われた。
少し怖そうだけど、根は優しいのかも…。
「そろそろ終わるか。看護師呼んでくるな」
そう言い残して出て行く。
ああ、あの人が詩織の双子の兄なんだ。
まともに話した事無かったけど、いい人じゃないか。
オレは、そんな事を思いながら、詩織の事を考えていた。
隆弥さんに学校まで送ってもらい、詩織の教室に向かった。
詩織が、自分の席で呆けてる。
思った通りだ。
オレにせいで、放心状態じゃんか…。
オレに気付いた里沙ちゃんが。
「先輩…。詩織が、変なんです」
心配そうに言う。
「わかってる。その為に来たんだから…」
オレはそう言うと、詩織の前の席に座る。
そして…。
パシン!
詩織の頬を叩いた。
里沙ちゃんを始めとする他のクラスメートが、唖然としていた。
詩織が、オレを捉えたと同時に。
「詩織。お前らしくないじゃん。ほら、ちゃんとしろ」
オレは、笑顔を向ける。
「護…」
詩織が、ポロポロと泣き出した。
「どうしたんだよ。そんなに泣くなよ」
オレは、指で詩織の涙を拭っていく。
「だって…。安心したら、急に溢れてきて、止まらない…んだもん」
全く、可愛い事言いやがって…。
「…ったく。何時もの詩織らしくないじゃん。自信家で、キラキラしてるお前が一番好きなんだから。ほら、皆が心配してるだろ」
詩織が、オレの言葉で周りを見渡す。
「いい加減、泣き止め。お前の仕事が待ってるんだろ」
オレは、朝の事を許していた。
本当は、何で隠していたのかを聞きたかった。
でも、それはオレのためだってわかってるからこそ、聞かずにいた。
「エッ…。いいの?生徒会の仕事しても?」
詩織が、驚いた顔をする。
「朝、言われて最初はまた、厄介な事を引き受けてきたって思ったけどな。よく考えたら、詩織にしか出来ない事だと思って。人気もあるし、頼れる奴なんて早々いやしない。仕方ないと思ったよ。オレの大好きな子が、学校の為に頑張ってる所を見たいって思う」
オレが、詩織に笑顔を向ける。
本当は、目立つ事はして欲しくない。
来年は、オレはココに居られないからこそ、心配事を増やしたくなかった。
本心とは矛盾してる事は、わかってる。
でも、今はこうでもしないと納まらないだろう。
「じゃあ、本当にやってもいいんだ」
詩織が、笑顔に戻っていく。
「いいよ。皆が待ってるんだろ。帰りは、一緒に帰ろう。終わったら、メールくれればいいから」
オレは、にこやかに言う。
「ありがとう」
詩織が、嬉しそうに言って、筆記用具を持って、教室を出て行った。
ハァー。
そんな役回りかも…。
でも、これでよかったんだよな。
詩織の可能性を潰したくない。
オレは、自分の矛盾と格闘する事となる。




