One day's story
「何やってんだ、さっきからぼーっとして?」
隣を歩く少女が俺の目の前でひらひらさせる。我に返って少女を見ると、少女は訝しげな視線を送ってくる。「なんでもない」と返しておいたものの、全く、このやり取りは一体何度目だろうと我ながら呆れてしまう。
「妙な奴だな。……いや、前からそうだったか」
「ちょっ……それ一体どういう意味だよ!?」
「他意はない」
きっぱりそう言われてしまえば何も言い返す事ができずに――実際は言い返してやりたかったのだが言葉がみつからなかった――俺の口からでたのは、反論ではなくため息だけだった。
「……お前も以前からそういうとこ全くかわってないよ」
「私にどういう反応を求めてるんだ?」
「いや、思ったことをストレートに言っちゃっただけだから」
そんな責めるような言い方するなよ、と続けると、彼女はひょいと肩を竦めてそんなつもりはなかった、と言った。
彼女は俺の幼馴染みだ。家が近所だったせいもあって幼い頃からよく一緒に遊んでいたからお互いがお互いの性格やら趣味やらを大体わかっている。
俺は訳ありで数年間生まれ育ったこの土地を離れていて、彼女とは先程数年ぶりに再会したばかりだ。
久しぶりに会ってみて、驚いた。
短かった髪は長く伸ばしていたし、以前はどちらかというと少年のような格好をしていたせいか、少年に間違えられることも多々あったが――もっとも、本人が気にかけているところは見たことがないが――をしている所しか見たことがなかったのだが、今は別に少年のような服装ではない。少なくとも少年と間違うことはまずないだろう。
そんな感じで全くの別人にしか見えず、人違いかと思ったほどだった。だが、話してみると以前の彼女と変わらずに(主にぶっきらぼうな口調とか)ほっとしたものだ。
「それにしても、お前ホント別人だよな……」
「もう少し女らしくしろと言ったのは君だったと思うのだが?」
「まあね」
俺がそう言って苦笑すると、彼女は呆れたようにため息をついた。
俺がここを離れる数年前やそれ以前に戻ったように、他愛ない世間話。そんな時間はあっという間に過ぎ去っていき、気付けばもう日は傾いていた。
「もうこんな時間か……そろそろ帰った方がいいかもな……」
「楽しい時間ってのはほんとすぐ過ぎてっちゃうよね……」
「何か言ったか?」
「別に」
辺りは薄暗くなり始め、幾つかの家の窓からは暖かい光が漏れている。
「まあ、私はそろそろ帰ることにするよ。じゃ」
彼女はそう言ってくるりと踵を返した。
「じゃあまた明日」と言おうとして口をつぐんだ。
別に明日会えないわけではない。俺はもう、ずっとここにいらるのだから、明日でも明後日にでも彼女に会いに行くことはできる。だけど――
「ちょっと待った」
無意識のうちにそんな言葉が出た。彼女がこちらを振り返り、不思議そうな視線を向ける。
「どうかしたか?」
呼び止めたはいいものの、言葉が出ない。どうしていいのかわからずにただただ黙っていた。
「何もないならもう行くけど?」
「ちょっとだけ……俺の話、聞いてくれるかな……?」
彼女は首を傾げていたが、すぐにこくりと頷いた。
それを見た瞬間、悪事をはたらいた訳でもないのに言ってしまった、という後悔の念が押し寄せる。
離れた位置にいた彼女が一歩一歩此方に近づいてくる。
――いいさ言ってやる。こういうのはさっさと言ってしまえばいいんだ。
「で、何の話?」
「ええっと……」
決心はついたのに、やはり口ごもってしまう。後日にしようか、という考えがちらりと頭を過ったが、引き留めてしまった以上、やっぱり今度、などと言い出すことはできない。
「何?」
彼女が首を傾げる。
今言わなければきっと二度と口には出せない。根拠もなくそう思った。
深く息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
もう一度大きく息を吸い――
「俺は、お前の事が、好きだ」
言えた。いや、言ってしまったと言うべきか。自分の言葉が耳に入った瞬間、自分の顔が赤くなるのがわかった。
彼女は突然のことで呆気にとられていたが、しばらくして、一言。
「ふざけてる?」
「大真面目」
どうやら俺は開き直ってしまったらしく、しっかりと彼女を見据えてそう言い返した。
「どういう意味の……?」
「お前が受け取った意味そのままだと思う」
今度は俺がはっきり言ってやった。
これはこの土地を暫く離れると言うことを彼女に伝え、実際離れてからはっきりと確信した事だ。
「……まさかそうやってはっきり言われるとは思わなかった」
彼女はそう言って苦笑した。
「返事は……そうだな、今度でいいか?」
「いつでもどうぞ。……もう暗いから送ってくよ」
「私は君が思っているほど軟弱じゃないんだが……」
まあ、いいか。暗がりの中で彼女はそう言って苦笑した。