未来の僕へ、過去の僕へ
一度だけ人生をやりなせるとしたら、あなたはいつに戻りたいですか?
高校生?大学生?去年?おととい?
僕は彼女ケンカする前のあの日に帰りたい。
彼女とケンカした。
「どうして、わかってくれないの?」
僕達は結婚を目の前にして足踏み。
「男にはやることがあるんだ」
僕だって仕事が忙しい。
彼女の夢は結婚して子供を産んで育てること。
それは僕だって一緒だ。でも自信がない。
結婚すること?違う。結婚で彼女を幸せにできるかということ。
ケンカの最終章は意外に早い。
「別れましょう」
一言のメールで終わった。僕は別れたくなかった。どうやら他に男ができたらしい。
どうしようもない敗北だ。取り返しがつかないことをしてしまった嫌悪感と切なさでいっぱいになる。
眠れぬ夜は続く。そんなある日の夜中、風が窓をたたいた。窓の外には誰もいない。
満月の夜だ。不思議に思い、窓を開けると一匹の迷い猫が入ってきた。
「お前も寂しいのかい?」
僕は思わず声をかけ、抱きあげた。
「取り返しに行くかい?」
「わっ」
驚いた。猫がしゃべった。
「彼女を取り返しに行く気はあるのか?」
猫は迫る
「あ、あるとも」
でも、僕は腕力に自信がない。猫は
「お前自身の人生も取り返せ」
「どうやって?」
「俺の言う通りにすればいい」
「本当に取り返せるんだな?」
「お前次第だ。ただし、お前の寿命を1日だけもらうぞ」
何なのかよくわからなかったが、人生の1日くらいで彼女が取り戻せるなら、一向に構わない。
僕がそう思っていると、今度は猫が窓の外へ飛び出した。
「おい、どこへ行く?」
僕は猫に手をやった。猫は空に浮いている。
「ついてこい」
猫はそういうと、僕のパジャマの袖を噛み、引っ張った。
気が付くとここは僕の部屋の前。猫はこういう
「3か月前に連れてきたやった。ここからやり直せ」
意味が分からなかった。
「ただし、このことは誰にも言うな。言った瞬間、3か月後と同じストーリーになるからな」
それだけ言うと猫は消えて行った。
僕は自分の部屋に入った。いつもと変わらぬ風景。
「猫、何言ってやがる。何も変わらないじゃないか」
でも次の瞬間、変わっているのに気付いた。
「3か月戻ってる」
捨ててしまった彼女の写真。新聞も3か月前のもの。テレビをつけても見覚えのあるストーリー。
一番は出て行った彼女が僕のベッドで寝ている。
近寄ると、彼女は眼をさまし
「早く寝て。明日、早いの」
そう言ってまた、ベッドに倒れこんだ。
僕は二度と同じミスをしなかった。
仕事もほどほどに彼女と結婚し、幸せな人生を歩んだ。
あれから何年経ったであろう?僕は今、病床にいる。人生の最後の時だ。
今、幸せなのだ。子供も孫もいる。家も建てた。ごく普通な社会的地位もある。
一番は彼女に看取られながら、旅立てるということ。
ただ、彼女をだまし続けた。少し罪悪感はある。
ある意味、僕が彼女の人生を変えてしまったのだ。
あの時、猫の誘惑にのらなければ、僕みたいな平凡なサラリーマンではなく、もっと優雅な人生だったかもしれない。
僕は幸せだった。でも彼女はどうだったのか。僕にはわからない。
僕の隣に彼女がいる。歳を取ったが相変わらずきれいだ。でも、もう最後だ。
猫の言うことさえ聞かなけりゃあと1日長生きできた。なんか笑えてきた。
僕は彼女にすべてを話すことにした。もっと幸せな人生を送ってほしかったから。
僕といなければもっと素晴らしい人生になっていただろう。
そして僕は全てを話した。ケンカのこと、別れのこと、他の男に走ったこと、猫のこと……。
だが、おかしい。何も変わらない。
同じ病室の風景。同じ笑顔の彼女。変わらない。一体どうしたんだろう。
「猫、間違えたかな」
彼女は僕にこう言った。
「私はあなたのことをずっと愛してました。少しだけ別れの時間がありましたが、やっぱりあなたのことが忘れられませんでした。私はあなたと一緒にいられて本当に幸せでした。」
彼女は大粒の涙を落とし、僕の手を握ってくれた。
変わっていた。あの時の別れたストーリーに代わっていたのだ。
そうか、時間を戻さなくても僕と彼女はこういう運命にあったのか。
涙がこぼれた。
「あと1日一緒にいられたのに」
可笑しすぎて涙がこぼれた。
「猫、もう一度あの日に戻してくれないかな。僕はもう1日彼女といたいんだ」
誰もあの日に帰りたいと思っていると思います。そんなことは夢のまた夢。小説の中だけでもハッピーエンドな人生を過ごしたいものですね