前篇
注意:
第一話に当たる「神様に会ったかもしれない日」を読んだほうが「まだ」理解できる部
分が増えます。
今日、私は世界のパワーバランスとやらの主人になったらしい。
「今日はなんだかいい気分」
心を病んでいた日々が嘘のようだ。
私は会社のベランダで風を感じている。
あ、すいません。自己紹介がまだでしたよね。
石山多恵と言います。
あ別に石山さんとかさんづけで呼ぶ必要はないですよただ多恵ちゃんとかあんまりゼロ距離的な呼び方で呼ばれなければいいわけで調子に乗って多恵とか呼んできた日には彼氏とか思い出してうつにおちいりますからあははそうなんですよこの前私ったらひどいふられ方をしてそのことはまあいいんですけどねその後やっぱりストレス食いしちゃったんですよねそれでちょっと体重増えたんですけどまあプロポーション的には問題ないわけで
「おい石山多恵」
ちょーっと待ったってくださいね何か今変な声したかな気のせいじゃないかなあれおかしいな小学校の頃から地獄耳と呼ばれていたのにあははなんだか最近じゃだめみたいだなこれはおかしいでもそんな日だってあるかなだって人間には調子がいい日と悪い日
「そこの多恵」
ほんとにすいませんなんかカチンとくる音がしますねあるいはなにかの鳴き声とかでしょうかなんなんでしょうか本当に世の中狂ってますねやんなっちゃうな誰かが私を正気の沙汰でないほどのフレンドリーさで呼んでいるようですこの石山多恵を最初はフルネームでその次は下の名前のみでなぜ下の名前で呼ぶかな誰だこら後ろから不愉快な呼び方で呼ぶのはいや別に親からもらった名前にイチャモンつけるわけじゃないけどな小学校の頃じゃりんこ多恵という不名誉なあだなをつけられてからつい一年前まであんまり自分の名前好きじゃなかったんだよおいところが元彼がそんな傷を持つおまえが好きだよと言ってたんだよそんな彼がわけのわからん女とできてしまったところからすべてが変わっちまって私の記憶にボーリング作業でトラウマとやらを植え付けやがった今から思えばあのやろうのおまえが好きだよの後ろには必ず(笑)マークが差し込まれていたにちがいないああ完全に思い出しちまったてめえの声でどうしてくれるんだこのやろうしかもなんだか聞いたとたんにいやな感情が発露するような声のやろうだなまるでこの前のストーカーやろうみたいな誰だよてめえ!
「私は神だ」
振り返ると、やつがいた。(♪ya-ya-yah-ya-yayayah-)
この前の、ストーカーやろうだった。
ななななな何してるんだよここは会社だぞてめえら日陰者にはまったく入ることのできない絶対領域のはずなのにいやてめえらオタクはどこの絶対領域も三次元では拝むことすらかなわんはずだがとにかくてめえどうしてここにいるんだよあそうかストーカーだからかそうだよね私ってほんとばかーえへへごめんねなんかあなたのこと勘違いしていたみたい私ねあなたのこと軽いストーカーだと思ってなめてたんだでもうわー本物だよこの人なんかねそこまでくるとちょっと尊敬ってそんなわけねえだろうが気持ち悪いよキモイと省略できないくらい気持ち悪いよというか生きていたのかてめえどこかのマンガ喫茶で数日難民になるとか言っていたはずなのに結局ずっと家出たきり帰ってこなかったじゃねえかいや別にてめえの家を監視したわけじゃないからな断じてあれかプチ家出か女子高生みたいなことしてるのかてめえは家の隣のおばちゃんから行方不明届出されているぞ親が聞いたら泣くぞというかよく近隣住民の皆様の言葉を拝聴したらてめえ家賃も滞納しているそうじゃねえか働け今すぐ働くんだ自分が神であるとかどうとか言ってる場合じゃねんだよさあ自分の手で未来を切り開くんだもしくはてめえの好きなキャッチボールのたとえでいくなら労働意欲というボールをそこらのコンビニなりに投げてやるんだそしてアルバイトという血わき肉おどるキャッチボールでも始めてみるんだなあなんで私はてめえのことなんぞ心配してるんだろうやっぱり同情してしまったのかそうか私はなんて優しいんだはいけないこれ以上優しくしてしまうとこの男は勘違いしてしまうんだああおれはこの人に愛されているとそしてこの男のストーカー行為はよりエスカレートしてついにはこんな所まで来てしまったんだな!
「あいかわらず頭の中では早口だな」
♪つかんだ拳をふーりおろーすー 自分を保護すーるためにー
「…そしてあいかわらず殺意を常にみなぎらせた危ない人間だ。これでこの男がこの期間の間に密かに合気道を極めたということにしなければならないではないか」
男はチャゲになりきった私の腕をすっとつかんで受け流し、離すという動作を一連の流れで行っていた。
やろうこのやろうあいかわらずすばやいやろうだなこのストーカーやろうは!
「知っているか? 君の頭の中の言葉はオタクの言葉で表現すれば『輩』という分類になるぞ」
連続パンチをかわしながら、男は私に最高に頭にくる発言をした!
私は猫だましを放ち、しれっと足払いを決めた。
「ばかな、私は神だぞ…というか戦法が汚い…」
てめえの敗因はたった一つだぜ…ストーカーやろう…たったひとつのシンプルな答えだ…てめえは私を怒らせた。
アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ、アリーベデルチ!(私は屋上にたくさん生息しているアリを倒れた男に投げつけ続けた)
自慢のサラッサラヘアがアリまみれになったストーカーやろうは、やっと立ち上がった。
「人間の限界をはるかに超えたアリ投げ行為……病んでいるがすばらしい」
「はぁ、はぁ…なに悦に入ってんのよ」
「実は君に頼みがある」
「私は君に頼まれるつもりはない」
「世界のパワーバランスが崩れそうなので、しばらく共同戦線を張ってほしい」
はいきた私の発言無視。
世界のパワーバランスなんだよそれおいおい現実に戻れよ私はさっきの忠告を二度してやるほどやさしくないぞというかそれが世の中の道理ってもんよそれはゲームの中の話ですかそうですよねそして共同戦線を張れとなるほどなるほどでも私そんなゲーム持ってないんですよねというか私になんでゲームの趣味があるなんて考えたんだ足りない頭をもう少し回転させたほうがいいんじゃないかなかないいかこれはお前の頭に必死で合わせてやっているんだからなほ本当なんだからねっもうっっばかっっほらこういうの好きなんだろうがこんな女本当はいねえよばあぁかこれが真実ほら名探偵小学生だって毎週いってるだろ真実はいつも一つていうかあの小学生ずっと学年あがらないよねということは一日に二件以上殺人事件にかかわっているんじゃないのかなかなだってもう十四年以上続いているでしょ実は主人公が殺人マシーンじゃねえのって勢いだよあもしかしてあんたコ○ンに狙われているわけだったら好都合なんじゃないあんなに手の込んだ殺され方するならあんたのひきこもりの人生もドラマティックに終われるじゃないえ違うのゴッメーンだってあんた空想と現実の区別がつかなくなってきているんでしょかわいそうだから話を合わせてあげようと思ってだってカウンセリングが必要な人間に対しては否定は禁物だものねはいけないまた優しくしてしまったこれにより男はますますつけ上がりストーカーへの道を突き進んでしまうことになるのだったそうか私に責任があるんだ私にはこの人間を更生させる責任があるだから私はこの男に対して厳しく当たる必要があるんだというわけで私の視界から完全に消え去ってほしいんですけど!
「いろいろ言いたいことはあるが、「かなかな」などの発言は控えてほしい。私の中で眠っているオタクが猛烈な速度で目覚めようとした。制御できなくなったら私は私でなくなり、世界が終わる」
「で、なんなんですか、かわいそうな奴」
「私はか「かわいそうな奴、もっと具体的に用件を言いなさい」
「これを、いわばペットとして飼ってほしい」
はぁあああ何いっちゃってくれてんのお前私がアパート暮らしなの知ってんだろうが…え…あええかわええぇええこぉいつめっちゃかわいいやぁん何このキュートな瞳お前どうしたんこれえどうしたらこんなにかあいく生まれてしまうわけおいお前その子から手を離せいいから手を放すんだ汚ねえ手で触ってんじゃねえっていってんだろ感染る貴様のオタク臭とやらが感染るというかむしろ浄化されろほらこの子のけがれなき魂によってお前の存在そのものが浄化されるべきなんだ跡形もなく消え去るべきなんだよぉしよし気持悪かったねぇええ今お姉ちゃんが今すぐあいつを世紀末的に消毒してあげるからねひどいことされなかったかいよぉおしよし何ムツゴ○ウを見るような顔してんだよこのかわいそうなストーカーやろうお前無職のくせにこんなかわいらしいものを手元に置いておくんじゃねえよ生活力のないお前がこの究極生命体を目の前にしていたら何をするかわからないというか最終的に焼いて食うんじゃねえのかそうか焼いて食うつもりだったのか消毒の時間だいずれそうするつもりだったが今すべきであることがはっきりした覚悟はいいかこのやろう断末魔の声を聞く前に一つ質問してやるこの史上最強にかわいらしい生き物の名前を教えろ。
「それが世界のパワーバランスだ」
は? え? あわわ?
「これが、世界のパワーバランス?」
「信じられないかもしれないが、そうだ。非常に脆い。強い人間の手元でコントロールすべきものだ。…これまでは私が何度か調整しようとしてきたが、結局なんども崩れてしまった。そこで、今回は石山多恵、お前に……」
「お前」
「いや、あなたさまにお願「死にたいのか」
「はい?」
死にたいのか、と聞いている。
「いいえ、死にたくはないです。というより、神なので死なな「聞かれたことに答えろ」
後篇に続く(え