16 必要だから
トイレの床をささっとホウキで掃いて、便座と便器内を備え付けのブラシでこすり、きれいにして、便座は除菌スプレーとトイレットペーパーで仕上げて。
そんな作業をしながら考える。
衣緖菜はこの世界の知識がほとんどないけれど、このままで大丈夫か、と。
もちろん、俺が一から教えるのがきっと正しいのだろう。
ただ、日本語の知識、それも読み書き両方を教えるのは大変だ。
それに今後、学校に入るようなことになったら、いわゆる教育指導要領に則った知識を教え込まなければならない。
そして学校には、できれば通ったほうがいい。
この世界の暮らしと常識を知って、感じるために。
すべてを一気に解決する方法が、ひとつある。
俺の知識や記憶を渡してしまうことだ。
そうすれば、日本で暮らすには困らない程度の知識は入手できる。
ただ問題は、俺の知識や記憶の一部に、衣緖菜に見せられないようなものがあることだ。
俺だって一応、思春期の青少年。
女性に見せるものじゃないし、見せたくない妄想だの知識だの記憶だのがないわけじゃない。
知識整理の魔法が使えれば、そういった妄想部分を排除した送信用の記憶や知識を作れるだろう。
魔法をどうすれば発動できるかは、衣緖菜の知識でわかっている。
しかし試してみても発動しない。
これはやり方が悪いのではない。
今の俺の魔力が足りないのだ。
そして知識整理は、自分の記憶や知識にしか使えない。
他人の知識や記憶を知識整理で渡せる形にするには、最初に情報元となる人の知識や記憶をすべて読む必要がある。
だから衣緖菜に知識整理してもらう、というのは意味がない。
なら、俺が知識整理の魔法を使えるようになるまで待つか。
しかし、衣緖菜がこの世界の常識を知るのは、早ければ早いほどいい。
そして明日から週末で、学校は休みだ。
その間に服を購入したり、生活についてある程度なんとかしたりする必要がある。
そうなると、やっぱり知識は今日渡すに越したことはないわけで……
トイレをひととおり掃除し、換気扇をつけ、さらに隣の風呂を片付けたり洗ったりしながら考えて、そして俺は決意した。
この掃除が済んだ後、全部知識を渡してしまおう、と。
衣緖菜は今日は俺の部屋で寝るのだし、これからもある程度は一緒に暮らすことになるだろう。
だから見せられない妄想の記憶は、きっと増え続ける。
それなら今のうちにやってしまったほうが、まだ傷は浅い。
最初から手遅れだとか、どっちにしろアウトだとか、そういうことは考えないことにして。
浴槽内をささっと洗って湯垢を落とし、空のシャンプー容器や洗顔料、ボロけたブラシなどをまとめて洗面所のゴミ箱に入れ、さらに洗面所に投げてあった洗濯物を洗濯機に放り込んで。
俺は部屋に戻る。
部屋の引き戸をあけて中へ入ろうとしたところで、俺は足を止める。
彼女が短パンのような下着一枚で、服を両手に持って何かしていたからだ。
細いけれど、胸はしっかりある。
小柄に見えるけれど、記憶によると年齢は俺と同じか、少し上。
胸は年齢相応に発達しているようだ……
なんて考えてから、おいおい待てよ、と思い直す。
何をしていたかは、記憶からすぐに理解した。
服を魔法で洗浄し、汚れを落としていただけだ。
考えてみたら、2日は同じ服を着たままだし、風呂にも入っていない。
気持ち悪く感じるのは当然だろう。
また見せたくない記憶が増えてしまった。
でもだからといって、今さら決意を変えるわけにはいかない。
変えたいけれど、今後のことを考えると……
迷ったら、きっと何も出来なくなる。
ここは勢いで進めてしまおう。
「終わったら教えてくれ。トイレや風呂に行く前に、俺の知識や記憶を読み取って、この世界について理解してもらうから。言葉の概念さえ違うから、何かと不便だし」




