風が戻る場所
最終話です。
止まっていた風は、
いつの間にか戻っていることがあります。
それに気づくのは、
歩き出したあとかもしれません。
広場には風が戻っていた。
草が揺れている。
さっきまでの重さは消えていた。
石の間を
風がゆっくり通り抜ける。
彼女はしばらく空を見ていた。
雲が流れている。
騎士は少し離れて立っていた。
剣は地面に置かれている。
長い沈黙。
やがて騎士が剣を拾う。
静かに鞘に収める。
彼女が言う。
「風」
騎士も空を見る。
広場を風が通る。
彼女が小さく言う。
「戻りましたね」
騎士は少しだけ頷く。
二人は広場をあとにした。
森の道を歩く。
沈黙。
風が葉を揺らす。
しばらく歩くと
村が見えてきた。
小さな学校の前で
子どもたちが遊んでいる。
男が一人立っていた。
子どもたちに何かを教えている。
子どもが転ぶ。
男が手を差し出す。
子どもが笑う。
男が言う。
「大丈夫」
子どもが泣きそうになる。
男はしゃがむ。
そして言う。
「待って」
少し笑う。
「ゆっくりでいい」
風が吹く。
騎士の足が
ほんの一瞬止まる。
その声の調子が
遠い記憶に重なる。
あのとき
風車の中で
妹が言った言葉だった。
『待って』
『まだ斬らないで』
男は気づかない。
子どもたちと笑っている。
騎士は何も言わない。
ただ
少しだけ目を細めた。
二人はまた歩き出す。
村を抜ける。
畑の横を通る。
男が土を耕していた。
穏やかな顔だった。
風が吹く。
男がふと顔を上げる。
彼女を見る。
ほんの一瞬
目が合う。
沈黙。
男が
小さく笑う。
その笑い方は
昔
戸を叩く音に怯えながら
『大丈夫』
『俺がいる』
と言っていた
兄の笑い方に似ていた。
男は何も言わない。
彼女も
少しだけ笑う。
何も言わない。
それだけだった。
風が吹く。
二人は森へ続く道を歩く。
彼女が立ち止まる。
振り返る。
広場の方を見る。
そして言う。
「ここ」
沈黙。
「風が戻る場所ですね」
騎士も振り返る。
草が揺れている。
風が通る。
しばらくして騎士が言う。
「……違う」
彼女が見る。
騎士が言う。
「風は」
沈黙。
「最初からあった」
少し間がある。
「止まっていただけだ」
風が森を通る。
彼女が少し笑う。
「そうですね」
沈黙。
騎士が言う。
「行くぞ」
彼女が頷く。
二人は森へ歩き出す。
並んではいない。
少し距離がある。
けれど
同じ速さだった。
森の道を
風が静かに通り抜けていった。
完
ここまで読んでくださり
ありがとうございました。
この物語は、
何かを斬る物語ではなく、
ただ隣に立つ物語でした。
止まった心にも、
いつか
風が戻るのかもしれません。




