飲み込まれる
第十六話です。
影と向き合うとき、
最も危険なのは
影そのものではありません。
人が抱えている
記憶や感情が、
影と重なったときです。
影が広場を覆った。
黒い腕が地面を叩く。
石が弾ける。
騎士が踏み込む。
剣が光る。
鋼が影を裂く。
だが
裂けた影は
すぐに戻る。
煙のように集まり
さらに膨らむ。
騎士が低く言う。
「終わらない……」
影がうねる。
地面が震える。
黒い腕が伸びる。
騎士が身をひねる。
剣で弾く。
影が散る。
だが
消えない。
むしろ
怒りが増していく。
叫びが広場を満たす。
彼女が影を見る。
その奥に
感情の渦が見える。
怒り。
恐怖。
後悔。
騎士が叫ぶ。
「下がれ!」
彼女は動かない。
影を見ている。
騎士が剣を構える。
低く言う。
「斬る」
彼女が言う。
「待って」
騎士が振り向く。
彼女が言う。
「この影」
沈黙。
「まだ」
少し考える。
「怒っています」
騎士が言う。
「だから斬る!」
影が襲いかかる。
騎士が踏み込む。
剣を振り上げる。
そのとき
彼女が叫ぶ。
「だめ!」
騎士の動きが止まる。
ほんの一瞬。
影が広がる。
黒い腕が
彼女の足に絡む。
騎士が叫ぶ。
「離れろ!」
影が
彼女を引きずる。
地面が崩れる。
彼女の身体が影に沈む。
騎士が剣を振る。
影を裂く。
だが
遅い。
影が彼女を包む。
騎士が叫ぶ。
「戻れ!」
影が膨らむ。
黒い波が広場を覆う。
彼女の視界が暗くなる。
音が消える。
遠くで
誰かが怒鳴っている。
皿が割れる音。
戸を叩く音。
鉄格子。
兄の背中。
物陰。
怖い。
身体が動かない。
騎士の声が遠くで響く。
「戻れ!」
影が広場を覆う。
騎士が剣を握る。
息が荒い。
剣を振り上げる。
だが
止まる。
長い沈黙。
騎士の拳が震える。
彼は影を見ていた。
かつて
妹を飲み込んだものと
同じだった。
騎士が低く言う。
「……くそ」
影が
ゆっくり
彼女を飲み込んでいく。
第十六話を読んでくださりありがとうございます。
ここで主人公は
影の中へ引き込まれてしまいました。
騎士は剣を振ることができるのか。
それとも――。
次回、物語は
最大の場面へ進みます。




