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【統一暦4111年 6月1日 王立魔術学院にて】


この王国において最高の権威をほこる王立魔術学院にはいれば、この世界のことをすべて理解し、何でもできるようになると思っていた。


「~であるからして、ローゼンムント定理によって導かれた、魔力定数をヴァレンホイム方程式へ代入することで~」


現在午後の講義中である。...わからない、何もわからない。...眠い。

王国地方の準貴族の家に生まれた。自分でも名門と呼んで差し支えない家だと思う。私は事実として恵まれた家に生まれ、家系において醸造された魔術特性と素養を確かに受け継いでいる。さらに平均よりは多い魔力を持っている。幼少のころは神童ともてはやされ、当然のように魔術師となり家系の魔術をより深化させていくものだと思っているし、現在でも思っている。魔術師コースのエリート街道をすすんできて、地元の魔術学院では満足できず最高峰である「王立」魔術学院へと進学した。


が、入学から3か月。基礎課程1年生。最初に叙述した希望など早々に打ち砕かれた。

授業はとても高度であるし、同時期に入学した者たちは才能にあふれ、私の年齢の半分である者、大貴族の家系に生まれ魔術師として最高の才を受け継いだ者、など枚挙にいとまが無い。彼らとのかかわりは刺激的であり、王立魔術学院の特権を味わうと同時に私へ劣等感を与えた。基礎課程を終えることができるのだろうか。一般的には2年で単位を取り切り、研究課程へ移るらしいのだが,,,


ああ、早く講義が終わってほしい。

4000年と続く偉大なる王国の歴史あるこの大講堂に申し訳ないが、退屈なものは退屈なのだ。拡声魔術により響く、教授の声は、素晴らしい魔術技巧により意識を夢の世界へ誘う。多分これも魔術なんだろう。たしかあの教授の専門は魔術演算学だけど。


大講義室の大きな窓に目をやる。大魔術棟最上階の大講義室にもかかわらず一部の学生が箒を乗り回している。こんな自由飛行が許されるのは学園の敷地内くらいだ。授業が終わったら、今日は箒に乗ることに決めた。よし、ご褒美が決まればやる気が出てくるというものである。


午後の鐘が鳴る。講義室の光が淡く変化する。

魔術灯が空気の流れを読み取って自動調光する――こういう無駄な技術はやたら進んでいる。


午後の二限目は「魔術哲学概論」。

教授は霊脈理論の重鎮、フォン・クルチウス伯爵。高位の第三位魔術師。

有名人だ。教科書の序文や論文の巻頭言にも彼の名前が載っている。


「君たちは、魔術とは何かと問われて答えられるだろうか?」


突然、問いが投げられた。

学生たちは一瞬静まり返る。教授は杖を軽く床に叩き、魔法陣を描く。

美しい陣だ。魔術原理を簡単に解読できないように複雑に図形を組み合わせているのに、見事に調和していることは私にも分かった。教授の魔力がよどみなく魔法陣へと流れ、魔術が発動した。無駄な魔力流出が全くない!


空間へ光り輝く文字が浮かび上がる。


「魔術とは、聖教国、共和国、に限らず、学派により見解は異なっているが,

おおむね共通しているといえるのは、“現実と空想のあわい”とされている。

そして魔力とは、そのあわいに存在するはずの形なき流体だ。

だが、もしこの流れが止まったら――魔術は成立しない。」


当たり前のことを言っている、と思った。

しかし教授は続ける。


「では問おう。

――なぜ止まらないと言い切れる?そも、魔力とはなんなのだろうか?」


ざわめきが走った。

彼は微笑んで講壇を下りる。


「4千年にわたり、霊脈は安定している。

そう“信じている”だけだ。

だが観測とは信仰を裏切る行為である。

君たちがこれから学ぶのは、“信仰を壊すための知識”だ。」


黒板の横に、古びた魔力観測装置の模型が置かれていた。

針のついた真鍮製の箱。

教授が指を鳴らすと、針がふるえ、青い光が瞬く。


「この小さな針が、世界の鼓動を映している。

君たちがもし、これが沈黙する瞬間を見たら――

それは、この文明が終わる時だ。」


教室の空気が少し冷えたように感じた。

私はなぜか、その針から目が離せなかった。


その日の夜、寮の部屋に戻っても、

針の微かな光がまぶたに残っていた。


魔術哲学なんて退屈な科目だと思っていたのに、

あの瞬間だけは違った。


――“もし魔力が止まるなら、どうなるんだろう?”


その問いが頭から離れなかった。

いつもはすぐに眠れるのに、その夜は不思議と眠れなかった。


午後の講義を終えた帰り、掲示板の前で足を止めた。

『霊峰由来魔力の地脈観測・補助要員募集』

――助手のアルバイトだ。

魔力観測装置を実際に見る機会など、滅多にない。

退屈な理論の復習よりはきっと刺激的だと思った。



さっそく私は助手に申し込み、一か月後から測定の手伝いが始まった。曰く、ここ最近魔物の様子が少し気になることのことで、霊峰禍の前触れではないか、もしくは100年前の大霊峰禍の残渣かどうかを調査したいとのことであった。測定地点によって平均的な大気魔力濃度は異なるため、測定員を何人か配置しているそうだ。私の担当は学院内天文棟地下室であった。

天文棟の地下はひんやりとしていて、乾燥していた。おそらく、測定機の環境を維持しておくための魔術がかかっているはずだ。予想を裏付けるように、壁を這う導管が青白く脈打ち、床の魔術紋が微かに震えていた。なるほど、壁の管に沿って魔力を循環させている術式だろうか。意外と単純な術式だが、単純だからこそ魔力の消費を押えつつ、長い期間部屋の状態を維持できているのだろう。


部屋の奥に測定機がおかれていた。古い機械だ。いつから動いているのだろう。

主任助手の上級生が無造作に指示を出し、使用法を教えてくれた。

「ここの水晶板を交換して、出力計の数値を写しておいて。」

はい、と答えながら装置に手を伸ばす。


真鍮の出力計。その針が、ゆっくりと震えていた。

呼吸を止め、数値を読む。


99.73。……いや、次の瞬間、99.71。


ほんの誤差かもしれない。だが、その揺れ方には奇妙な“間”があった。

まるで何かが脈を止め、また打ち始めたような。


「これ、少し下がってませんか?」

問いかけると、助手は笑った。

「その装置、見た目通り相当古いからね。気まぐれなんだ。」

軽く言って、帳簿に数字を記入する。


「この装置、いつからあるものなのでしょうか。」

「うーん、少なくとも百年以上前からあるんじゃないかな。」

「新調はされないのですか?」

「魔力測定機自体、現代じゃ結構貴重だからね。特にこの機種は正確なことも分かる。素材が貴重なんだ。コアの部分にミスリルが使われていてね。知っての通り、先の霊峰禍の対処でほとんどミスリルは兵器に使われてしまったから。だから希少なんだ。もしかしたら魔力観測理論成立直後からあるのかもね。そうすると二百年くらいたっているかもね。」


けれど、どうしても気になった。

講義で見た、あの教授の針の模型。

――“これが沈黙する時、この文明は終わる”。


夜、寮に戻っても眠れず、こっそり観測棟へ戻った。

深夜の魔術棟は不気味なほど静かで、魔導灯の青が冷たい。

出力計の前に座り、記録をつけながら数値を追う。


99.70。99.68。99.69。50。すぐに99.71。99.80。99.77。

0。すぐに99.70へ戻る。

ただの誤差か?魔力波も確認する。波形の違和感。ただの機械の不具合といえばそれまでだがー


謎の確信があった。まるで天啓を受けたかのように。 呪いにかかるように。


息を飲む。

数値が、ゆっくりと、確かに数値が落ちている瞬間がある。すなわち、魔力が、観測できないか、極端に減っている瞬間がある。 この場から、消失している。

手帳に震える手で書き込む。


そのとき、照明がふっと消えた。いや、発光していた魔法陣だ。ほぼ永続的に発動しているはずの、部屋を維持するための魔法陣。

闇の中で導管を循環する魔力の光が一瞬だけ強く脈打つ。

地上の方向から、低い雷鳴のような音が響いた。


階段を駆け上がり、外に出る。

夜空の向こう――霊峰の頂が、青白く光っていた。

一瞬の閃光。星のようで、星ではない。

光が消えると、風が止んだ。


――世界の鼓動が、ほんの一拍、遅れた気がした。

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