プロローグ
轟轟と唸る音と燃え盛る炎。唸り吠える炎は次々と周りを燃やし、消し炭へと変えていく。
先程まではあんなに楽しくて騒がしかったのに、今ここにあるのは悲鳴と絶叫と絶望。
少女の一部の筈の能力は少女の言う事を聞かず、まるで怒り狂っているかのようにありとあらゆるものを燃やし尽くしていった。
家族、大切な物、家。そして少女自身と思い出を。
少女以外のものはもう既に燃え尽きて消し炭へと変わっている。だが少女は燃やされ苦しんでも、その身体が炭へと変わる事は無かった。
焼けて痛む肌はすぐ様治り、また炎に苦しむ。その繰り返し。まるで炎に殺される事なんて許さない、と言わんばかりに、炎により出来た傷はたちまちすぐに治っていく。
焼けて痛む喉で、掠れてまともに出ない声で謝りながら少女は泣く。そうでもしないと、狂いそうな程の絶望に支配されてしまいそうだったから。
燃えて燃えて燃えて。燃えるものが無くなってようやく、少女の炎が機嫌を直したかのように勢いを無くし弱まっていく。
そして炎が完全に収まって一番最初に見たのは、焼けて黒くなった地面と、消し炭の山。紛れもなく、少女の炎で作られた光景。
これは、この光景は、紛れもなく少女が起こした事だ。夢でも何でも無い。この光景は間違いなく、少女の炎で大事な人と場所を壊した結果なのだ。じわりと少女に実感が這い寄って来る。
ぞわぞわと背筋を這う悪寒に、少女は無意識に手を握る。ぷつりと音を立てて爪が手の平に突き刺さり、血が滲む。
いつもはそうしたら家族が少女が握った手を開いて、手を優しく握ってくれた。無意識に手の平に爪を立てて傷付けてしまう少女に、家族は「もう!」と怒る振りをしながら握ってくれていたのだ。
そして少女もいつしかその癖が無くなっても、構ってほしい時や手を握ってほしい時は、分かりやすいようにその癖をするようになっていた。勿論爪が刺さって血が出ない程度に。
だがその優しい世界は、少女が今自分の手で壊した。もう二度と味わう事は出来ない。
「い、や⋯⋯」
夢であって欲しい。どうか誰かこれは夢だと言って。誰か私をこの悪夢から起こして。
まるで自分を洗脳するかのように、夢だ、夢だと繰り返す。だけど少女を悪夢から起こす人はいない。これは夢では無く、現実なのだから。
そして少女は耐えるように地面に頭を着け、両手の爪を地面に突き立てて、縋るかのように家族との記憶を思い出す。
母が楽しそうに笑う。父が予想以上の事に驚く。姉が何かを企んでいるのか、ニヤリと悪い顔で笑う。
ぼたぼたと目から涙が溢れて止まらない。溢れて溢れ落ちる涙が、黒く染まった地面を濡らす。
少女を壊してしまいそうな何かが、じわじわと溢れて来るのが分かる。何とかしないといけないと分かるのに、動けない。身体が言う事を聞かないから、どうしようも出来ないのだ。
少女の身体はただただ地面に縋っているだけで、動かない。頭の冷静な部分では動かないとと思っているのに、それ以外の場所が冷静な部分を覆い尽くしていくから、少女はまともに思考出来なかった。
そして少女の糸は切れる。瞬間少女の中から凄まじい程の感情が溢れて来て、少女は我慢出来ず泣き叫んだ。地面に縋り、家族に祈り、そして自分を憎む。
自分は自分の恨むべき相手。自分の大切なものはとことんまで奪う。幸せになる権利など自分にあるものか。
轟轟と再び音がなって赤く視界を染めていく。今度は少女を焼くために。