契約
「はぁ―――もう。全部燃えて無くなったじゃないですかぁ・・・・・・」
疫病神が弱々しく言って、ため息をついた。
こんな姿初めて見た。
まあ、まだ会ってから数十分しか経ってないけど。
「何がそんなに困るのわけ?」
「私の養分、死体なんですよ。それなのにぃ―――」
答えて、またため息。
え?死体?
「悪魔のとか関係なく?」
「はい。悪魔のでも人間のでも犬のでも猫のでも、虫でも。私の養分になります」
何その特殊な体質。死体なら何でもOKって。
わけ分かんない。でもキショいことは分かる。
「今養分摂らないと、死ぬ?」
「いいえ。そこまで飢えてませんから。レミィさんに出会うまでに動物達の死体を食べてきてますし」
「キショ。ハゲタカみたい」
「ハゲタカですか。なるほど」
おかしそうにクックと笑った。
ほんとキモい。
「そんなことよりもレミィさん。懐中時計、返してくださいな」
あ。そうだ、これ借りてたんだ。
手を伸ばされ催促されてから気づいた。
差し出された手の上にポンと置く。
「これ、本当にあたしのこと守ってくれた」
「当然守りますよ。だって人のためにいるんですから」
「は?」
疫病神の言った言葉の意味がよく分からなかった。
『人のためにいる』?どういうこと?
考えている間に懐中時計を内ポケットにしまった。
「あ、レミィさん」
「何」
「契約を完成させましょう」
「え?・・・・・・あ」
ちょっと考えてから思い出した。
そういえば今は“契約未完状態“なんだっけ。
「完成させるってどうやって」
疫病神は何故か少し後ろに下がった。そして手を広げる。
「疫病神?」
「あなたの望みを叶えてあげましょう。その代わりに、人間の世界に潜んでいる悪魔共を狩ってもらいます―――」
「は?願いをって。え?」
今の話に追いつけてない。
「レミィさんが悪魔を狩って滅ぼす代わりに、私が願いを叶えるというわけです」
「え。どんな願いも?」
「はい。ただし“願い事を増やして“とかはやめてくださいね」
本当に?
「それ以外だったら何でもいいの?」
「はい。一生遊んで暮らせる程の財産でも、愛する人の心でも、永遠の若さと命でも」
「・・・・・・」
最初は信じられなかったけど。
あの異常な火力を見せつけられた後だし。
『死の事実を消す』っていうチート能力持ってるし。
(こいつならできるのかも。やってくれるかも)
そう思えた。
何より。一応、神様だし。
信じて―――契約しよう
「そっか。それじゃあ―――」
あたしは意を決して、右の前髪を上げる。
「あたしの願いは『この火傷跡を消すこと』。これだけ」
「・・・・・・・・ふぁ?」
拍子抜けした声出すなよ!
「何だよその反応!?」
「いや、ただ顔の火傷跡消すだけって」
「あたしがずっと望んできたことだけど!?」
「え?莫大な財産とか不老不死とかは―――?」
「別にいらない。自分が稼いだ金で暮らしたいしさ、死ぬから人生大事にできるんじゃん」
「意外としっかりしてる・・・・・・!」
一言余計だ。
「何度も死ぬことになりますよ?」
「う・・・・・・」
確かにそれは怖い。
でも。
「あたしはとにかくこれを消したいの。これさえ消えれば、もっといい人生になる―――と思う・・・・・・ん?あ!ていうか!」
そもそも―――!
「普通に死ぬの前提にするのやめろ!あたしは全力で死を回避する!」
そんなに弱くないし!今日は油断しただけだし!
「リスクに見合わないリターンですね」
おいこら無視してんじゃねぇよ。
それに別にいいでしょ。本人が望んでんだから。
「うっさい黙れ。あたしはそれでいーの」
「はいはい。ではそれで契約完了ということで」
疫病神は古ぼけた赤い手帳にメモした。
あ。そういえば―――
「あんたさー。“死の事実を消した人間は悪魔狩りしなきゃいけない“って言ってたじゃん」
「ああ。はい、言いました」
それも思い出して、気になった。
「それは、悪魔を狩り続けないとその能力が使えなくなるからです」
「そうなの?」
「はい。最高神様にそんな呪いをかけられてしまいまして」
へー。最高神っているんだ。
てか呪いかけられるって。嫌われてんの、こいつ。
「自分でそれ解けないの」
「最高神様ご本人でなければ解けません」
「説得すれば」
「無理ですよー。ここだけの話、頭ダイヤモンド並みに固いですし」
「そうなんだ。てか、あんたが狩ればよくない?」
そう返したら、疫病神は首を横に振った。
「できません。そういう条件入れられてるので」
「人間がやらなきゃダメなの?」
「はい」
「はあ?何がしたいの最高神」
「さあ?私にも分かりかねます」
意味不明すぎて二人で首をかしげた。
それより。今日は動き回ってすごい疲れた。う〜んと伸びする。
さて、かーえろ。
「じゃ。あたし帰るから。バイバイ」
「何言ってるんですか?私も行きますよ」
は・・・・・・?
「あんたがついて来る?何で?」
「住む所ありませんから」
「はあ!?神様でしょ?神社とか神殿とかは」
「300年の眠りの間に取り壊されたようです。だから居候させてくださぁい、レミィさ〜ん」
困った表情を作って甘い声出してきた。
今日一キモいんですけど。
「キモい。来んな。消えろ」
「酷いですねー相変わらず。仕方ない。今日は野宿しますか」
くるりと背を向けて歩き出していった。
ほんと何なのあいつ。
△ △ △
施設に着く頃にはすっかり暗くなってた。
怒られるよなぁ。やだなぁ。
重い足を引きずって、施設に入った。
「ただいまぁ・・・・・・」
「レミィちゃん」
顔を上げると、今一番会いたくないその人がいた。
腰に手を当てて笑顔の、恰幅のよいおばさん。
「より子さん・・・・・・」
この施設であたし達の世話をしている、より子さん。
普段はとっても優しいけど、怒るとめちゃくちゃ怖い。
流石にあたしもこの人を敵にまわさない。
「なんでこんなに帰るのが遅くなったのかな?」
笑顔だけど、言葉の裏に静かな怒りを感じる。
「あの。その、ごめんなさい。それは、知らないおじさんにしつこく話しかけられて」
悪いな疫病神。悪役になってもらう。
「え!?大丈夫、レミィちゃん!?」
より子さんはあたしに駆け寄って、体を見渡す。
本当に優しいなぁ。罪悪感が湧いてくる。
「大丈夫だよ。四十分くらい時間とられたけど、のらりくらり躱して、全く話してないし」
「無事なら良かったけど、気をつけてね」
「はーい」
荷物を置こうと部屋に入る。
ドアを開けた瞬間、今朝泣かせた彼女がいた。
「レ、レミィちゃん・・・・・・」
「あ、霞。その、今朝はごめん。あたしが寝坊したのが悪いのに責めるようなこと言って」
「ううん。大丈夫」
頭を横に振ってるおさげ眼鏡の地味子。彼女が霞。
あたしのルームメイトで、静かで暗い子。
「霞さ。あたしに呆れたりしてない?」
「え?」
鞄を置きがてら気になってたことを聞く。
霞は驚いた表情で固まってる。
「何でそんなこと聞くの?」
「だってさー。あたしって自分勝手なところあるし、言い方きついし、人にケンカ売るからさ。呆れてんじゃないかと思って。友達でいるの疲れてるのかと―――」
「そんなことないよ!」
話してる途中で霞が否定した。
不意を突かれて驚き、あたしは固まった。
「わたしにとってレミィちゃんは憧れだよ!自分の意見をはっきり言えて、自分の意思を貫けて!ちゃんと自分を大事にできてる!レミィちゃんにはわたしに無い物で溢れてる!何より、可愛い!」
霞は自分の気持ちを熱弁してくれた。
それは嬉しい。そう思ってくれるのも。それを言葉にして伝えてくれるのも。
でもね。でもちょっと―――恥ずかしい。
「あの、霞。もう止めてくんない?羞恥心で恥ずか死ぬ」
「あ。ごめんね」
もじもじとした、いつもの霞に戻った。
すると両の人差し指を合わせて、つんつんし始めた。
「あのね、それで。これだけは伝えたいんだ」
「え?何?」
「わたしは、そんなレミィちゃんと友達になれて、すっごく幸せだってこと」
「!!か、霞ぃ〜〜」
「わあっ」
嬉しすぎて抱きついた。
霞は驚いて少しの間、固まってた。
やがてあたしを抱き返してくれた。
(幸せだなぁ―――)
小さくても確実にある、かけがえのない幸せを噛み締めた。
あたしにとってこの幸せは。
あの頃の生活とは比べ物にならないくらい価値がある。
「わたし、レミィちゃんのこと大好きだよ」
「あたしも!」
――コンコン
ドアをたたく音があたし達を現実に引き戻させた。
「夕食できたわよー」
より子さんが呼びに来たんだ。
「「はーい」」
あたし達は笑い合って、食卓に向かった。
夕食、入浴を終えて、あたしは床につく。
天井を見上げ、今日一日を振り返る。
まず朝―――死んだ。
普通だったら、ここで終わってたんだけどね人生。
その後は剛沢にキレられ、涼波と角山に話しかけられた。
帰り道に疫病神と会って、廃墟のホテルに行った。
悪魔と遭遇してエクスポーズに変身して戦った。
そして。本日二回目の死を迎えた。
なんか色々、信じられないことの連続だな。
二回死んでるし、悪魔を殺したし。
もしかしたら、これは夢・・・・・・?
考えているうちに、睡魔が襲ってきた。
もうどうでもいいや。寝よ。




