表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国直属霊媒師の心霊事件簿ー夜に泣く木のひみつー  作者: 水瀬カフカ
最終章 白き守り木、継がれる想い
38/42

3.

 その翌日、御影たちは静かな森の中へと足を踏み入れた。黒ずんだ大木のほど近く、桃原と久世の背には重たげなシャベルが斜めに担がれている。


「昨日、暁殿が座っていたのはこの辺りだな」

 御影が足元の地面を指差すと、桃原はシャベルを手にしながら不安げに首をかしげた。

「本当に見つかるんでしょうか……?百年も前の話ですよね……」

 半ば諦めにも似た不安げな声を出した桃原に、御影は落ち着いて答える。

「この地に縛られて動けないということは、遺品か遺骨が残っている可能性が高い」

 御影は淡々と、しかし揺るがぬ確信があるようだった。

 久世は同意するように頷き、シャベルで掘り始める。久世の背を見つめながら、桃原は小声でぼやいた。

「えっと……本人がいらっしゃるなら、場所を尋ねたほうが早いのでは……」

 御影は呆れたように笑い、たしなめる。

「百年ぶりの逢瀬を邪魔するなんて……お前、無粋だな」

「す、すみません……」

 肩をすくめて小さくなった桃原は、ふと視線をあげると慌てて頭を下げた。

「領主様……」


 笹舟伯爵の後ろには数名の村人がシャベルを抱えて立っている。

 伯爵は深々と礼をし、言った。

「微力ながら、我々もお力にならせていただきます。先祖の過ちを悔い改めたいのです」

 その表情には、言葉以上の深い後悔と、先祖の罪と真摯に向きあおうとする意志が感じられた。

 それに続き、伯爵の背後にいた村人たちもあげる。

「我々も見て見ぬふりをし、あまつさえ隠そうともしました。これでお詫びになるかはわかりませんが、ぜひ協力させていただきたいです」

 御影はにやりと笑った。

「いい心がけだ。正直、モモタローは戦力にならないから助かる。こちらからも頼む」

 桃原は悔しそうに抗議する。

「そんなー! ぼこぼこにされたのに! 頑張って掘ってるのに!」



 

 シャベルが土を打つ音だけが、しばらくの間森に響いていた。

 額に汗をにじませながら、それでも誰ひとり文句を言わず、ただ黙々と土を掘り続ける。

 

 皆で協力し、数時間が過ぎた頃だった。


 ふと何かに気づいた久世が声をかける。

「御影さま……」

 御影は煙管をふかしながら、ぼんやりと返す。

「ん?」

 久世の掘った穴から、小さな人骨のかけらが姿をあらわした。慎重に周囲の土を払いのけると、やがて白く風化した頭蓋骨が露わになる。

 御影は静かに頷いた。

「ん、これだな」


 久世は顔を上げると、はっきりした声で皆に知らせた。

「皆さん、ありました!」

 笹舟伯爵もほっとした表情を浮かべている。村人たちも嬉しそうに互いの健闘を讃え合った。

 

 御影は白布に包まれた遺骨を大切に抱え、丘へと戻っていった。

 黒ずんだ大木の根元、綾女が今も佇む場所の傍に、久世が木の根を傷つけぬよう、丁寧に穴を掘る。土の香りが立ち上る中、遺骨をそっと納め、優しく土をかぶせた。

 御影はしゃがみ込み、手を合わせる。静かに目を閉じ、言葉のない祈りを捧げた。

 御影に倣うように、傍らにいた久世もそっと膝を折り、手を合わせて目を閉じる。

 それに気づいた笹舟伯爵も深く頭を垂れ、手を合わせた。

 遅れて桃原も慌てたようにそれに倣う。

 その様子を見ていた村人たちは顔を見合わすと、一人、また一人と自然と手を合わせていた。

 

 誰一人言葉を発することなく、ただ、風が木々を揺らす音と、葉擦れのささやきだけが丘に満ちていた。

 

 

 霊たちと対話をし、導く者として――ただ、当たり前のように、その責務を果たしている。それが彼にとって、ごく自然なことだった。その流れるような所作には、見えざるものへと向けた祈りと敬意が宿っていた。

 

 本来の墓は別にある。

 それでも奥方があの木の傍に留まっているのなら、そこが最もふさわしい眠りの場所だろう。

 小さく微笑みを浮かべるようにして、御影は静かに立ち上がった。



 

 その様子を、少し離れたところで暁とその妻がじっと見守っている。


 御影は煙管をゆっくり煙を吐きだしながら、含みのある、少しだけ揶揄うような口調で二人に話しかけた。

「これでもう二度と離れられないだろ?」

 冗談めかした声とは裏腹に、御影の灰青の瞳は優しげに光った。


 芽吹きの春風がそっと頬を撫で、木漏れ日の粒がゆるやかに陽光が揺れる中で、二人は照れくさそうに微笑み合い、そっと手を繋いだ。

 その手をもう二度と離さないことを誓うように、確かに、その温もりを交わし合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ