3.
その翌日、御影たちは静かな森の中へと足を踏み入れた。黒ずんだ大木のほど近く、桃原と久世の背には重たげなシャベルが斜めに担がれている。
「昨日、暁殿が座っていたのはこの辺りだな」
御影が足元の地面を指差すと、桃原はシャベルを手にしながら不安げに首をかしげた。
「本当に見つかるんでしょうか……?百年も前の話ですよね……」
半ば諦めにも似た不安げな声を出した桃原に、御影は落ち着いて答える。
「この地に縛られて動けないということは、遺品か遺骨が残っている可能性が高い」
御影は淡々と、しかし揺るがぬ確信があるようだった。
久世は同意するように頷き、シャベルで掘り始める。久世の背を見つめながら、桃原は小声でぼやいた。
「えっと……本人がいらっしゃるなら、場所を尋ねたほうが早いのでは……」
御影は呆れたように笑い、たしなめる。
「百年ぶりの逢瀬を邪魔するなんて……お前、無粋だな」
「す、すみません……」
肩をすくめて小さくなった桃原は、ふと視線をあげると慌てて頭を下げた。
「領主様……」
笹舟伯爵の後ろには数名の村人がシャベルを抱えて立っている。
伯爵は深々と礼をし、言った。
「微力ながら、我々もお力にならせていただきます。先祖の過ちを悔い改めたいのです」
その表情には、言葉以上の深い後悔と、先祖の罪と真摯に向きあおうとする意志が感じられた。
それに続き、伯爵の背後にいた村人たちもあげる。
「我々も見て見ぬふりをし、あまつさえ隠そうともしました。これでお詫びになるかはわかりませんが、ぜひ協力させていただきたいです」
御影はにやりと笑った。
「いい心がけだ。正直、モモタローは戦力にならないから助かる。こちらからも頼む」
桃原は悔しそうに抗議する。
「そんなー! ぼこぼこにされたのに! 頑張って掘ってるのに!」
シャベルが土を打つ音だけが、しばらくの間森に響いていた。
額に汗をにじませながら、それでも誰ひとり文句を言わず、ただ黙々と土を掘り続ける。
皆で協力し、数時間が過ぎた頃だった。
ふと何かに気づいた久世が声をかける。
「御影さま……」
御影は煙管をふかしながら、ぼんやりと返す。
「ん?」
久世の掘った穴から、小さな人骨のかけらが姿をあらわした。慎重に周囲の土を払いのけると、やがて白く風化した頭蓋骨が露わになる。
御影は静かに頷いた。
「ん、これだな」
久世は顔を上げると、はっきりした声で皆に知らせた。
「皆さん、ありました!」
笹舟伯爵もほっとした表情を浮かべている。村人たちも嬉しそうに互いの健闘を讃え合った。
御影は白布に包まれた遺骨を大切に抱え、丘へと戻っていった。
黒ずんだ大木の根元、綾女が今も佇む場所の傍に、久世が木の根を傷つけぬよう、丁寧に穴を掘る。土の香りが立ち上る中、遺骨をそっと納め、優しく土をかぶせた。
御影はしゃがみ込み、手を合わせる。静かに目を閉じ、言葉のない祈りを捧げた。
御影に倣うように、傍らにいた久世もそっと膝を折り、手を合わせて目を閉じる。
それに気づいた笹舟伯爵も深く頭を垂れ、手を合わせた。
遅れて桃原も慌てたようにそれに倣う。
その様子を見ていた村人たちは顔を見合わすと、一人、また一人と自然と手を合わせていた。
誰一人言葉を発することなく、ただ、風が木々を揺らす音と、葉擦れのささやきだけが丘に満ちていた。
霊たちと対話をし、導く者として――ただ、当たり前のように、その責務を果たしている。それが彼にとって、ごく自然なことだった。その流れるような所作には、見えざるものへと向けた祈りと敬意が宿っていた。
本来の墓は別にある。
それでも奥方があの木の傍に留まっているのなら、そこが最もふさわしい眠りの場所だろう。
小さく微笑みを浮かべるようにして、御影は静かに立ち上がった。
その様子を、少し離れたところで暁とその妻がじっと見守っている。
御影は煙管をゆっくり煙を吐きだしながら、含みのある、少しだけ揶揄うような口調で二人に話しかけた。
「これでもう二度と離れられないだろ?」
冗談めかした声とは裏腹に、御影の灰青の瞳は優しげに光った。
芽吹きの春風がそっと頬を撫で、木漏れ日の粒がゆるやかに陽光が揺れる中で、二人は照れくさそうに微笑み合い、そっと手を繋いだ。
その手をもう二度と離さないことを誓うように、確かに、その温もりを交わし合った。