1.
昼下がりの陽が、障子越しにやわらかく部屋へと差し込んでいた。
遠くで鳥の声が聞こえる。騒がしさのない、静かな午後だった。
部屋にはまだ、薬草の匂いがほのかに残っていた。僕は寝台に身を沈め、書き上げたばかりの報告書に目を通している。
――あの感動の再会のあと。
“泣く木”のもとに二人を残し、御影様と久世さんとともに、僕たちは領主館へと戻った。
帰りが遅くなったことで、領主様や館の女中たちが心配して待っていたが、僕たちの姿を見るなり一転、大騒ぎに。
「きゃあ!」「これは……血!?」「早く薬師を!」と、まるで誰かが瀕死で戻ってきたかのような大騒動だった。
いや、確かに僕はボロボロだったけど。ほんの、かすり傷と擦り傷と打撲が数カ所……あと煤まみれ。
あれ?もしかして結構ひどい?
そんな騒ぎの中、御影様はふらりと足元をよろめかせ、そのまま崩れ落ちた。すかさず久世さんが受け止め、従者たちが慌てて駆け寄ってくる。額に手を当ててみればすぐに高熱と分かり、御影様はそのまま寝台に運ばれていった。
そこからの久世さんの手際の良さといったら……
水を換えたり、額に布を当てて薬を用意し、とにかく付きっきり。御影様のそばを、頑として離れようとしない。
――なんというか、妙に慣れているというか、自然というか。
なんだかあの二人って……主人と従者というより、恋人のような……いやいや、下世話な想像はやめよう。
世の中には、知らないほうがいいこともある。久世さん、怖いし。
……というか、僕をボコボコにしたのに、あの人、なんであんなに元気なんですか。
鬼に取り憑かれてたはずなのに。
ほんと、納得いかない。理不尽だ。
僕はというと、全身打ち身と擦り傷で、ようやく手当てされてこの寝台に。
はあ……。
そういえばこの報告書、“鬼に取り憑かれた従者が剣を振るいながら暴走”なんて書いたところで、信じてもらえるのかな。
上司に「創作話じゃあるまいし」と鼻で笑われそうだ。でも、どこからどう見ても事実なのだから困る。どうしよう、なんて書けばいいんだ。
報告書を閉じ、そっと目を閉じる。すると自然に、あの夜のことが胸に蘇る。
見えないし、感じない。
霊なんて、正直、信じているわけじゃない。
けれど――
あの夜、御影様が教えてくれた。
「2人は抱き合いながら泣いてたよ。ようやく、約束を果たせたもんな」
その言葉を聞いたとき、不意に思い浮かんだ。
あの大木の下で、手を取り合い再会する、綾女様と暁様の姿が――
(……暁様と綾女様が会えたことだけは……それだけは信じたいな)
御影様に再び会えたのは、それから三日ほど経った頃のことだった。