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帝国直属霊媒師の心霊事件簿ー夜に泣く木のひみつー  作者: 水瀬カフカ
第6章 百年の約束、結ばれた想い
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6.

 久世は御影の手をそっと離すと、ゆっくりと上体を起こした。まだ痛む体を引きずりながら、無理のないよう御影を支えつつ、自分の後ろへと回る。

「ありがとうございます、御影様……」

 背後から支えるような姿勢で、ふと耳元に囁くように言った。

「……いい格好ですね。自分は嬉しいですが」

「……え?」

 不思議そうに御影が首をかしげ、視線を落とした瞬間――ようやく気づく。

 久世の膝の上に、御影が跨がるような体勢になっていたのだ。まるで、まるで――騎乗しているような。

「おまっ……! ちがっ、ちがう! ちがああああう!!」

 御影は慌てて跳ね上がるようにして飛び退き、真っ赤な顔で距離をとった。久世は苦笑を浮かべながら、背を軽く伸ばした。

「そのままでいてくれても、良かったんですよ?」

「ば、ばかか!!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ御影の声が、森の静けさの中に吸い込まれていく。

 久世は、赤くなった御影の横顔を見ながら、そっと心の中で呟いた。

 

 ――柊と自分を重ねて見ていたことは、今はまだ秘密にしておこう。

 この先、自分がどうなるかなんて、誰にも分からないのだから。


 しばしの沈黙の後、背後から恨みがましい声が聞こえた。

「……お二方。俺のこと忘れてません?」

 桃原が肩を落とし、嘆息混じりにぼやく。満身創痍の桃原は、呆れたような顔で立ち尽くしていた。

 御影は軽く咳払いをすると、胸元の乱れを整え、夜空を仰いだ。

「……終わりにしよう。彼らは、ずっと待っている」


 静かな一言に、久世と桃原も顔を上げた。自然と立ち上がり、場の空気がわずかに張りつめていく。


 



 

 夜空には、満ちた月。月光が三人の足元を淡く照らし出していた。


 暁の横顔が、その光に浮かび上がる。先ほどまでのうつろな影は消え、そこに宿るのは――悲壮な覚悟の光。彼の視線の先には、頭を垂れた兵士たちの霊の姿があった。鬼を押さえ込んでいた、朽ちた甲冑の亡霊たち。彼らは声もなく、ただひたすらに主の言葉を待っていた。

「すまなかった」

 暁が静かに口を開く。

 ゆっくりと、兵士たちの前に歩み寄り、立ち尽くしたまま、低く告げた。

「……お前たちを、守れなくてすまなかった」

「違います! 私たちが、領主様をお守りできなかったのです!」

「奥方様のもとへ、必ず帰ると……そう誓っておられたのに!」

「申し訳ございません……申し訳……!」

 あまりに深い悔いは言葉すら押し流し、嗚咽だけが辺りに響き渡った。空気が震える。死してなお、主君を慕い続けた兵たちは、縛られ続けた無念を、噴き出すように泣いた。

「……いや」

 暁がそっと首を振る。

「俺の油断がすべてだ。柊の裏切りに気づかず、自分の死を受け入れられず……ここに座り続けていた。お前たちの献身にも気づかず、さまよわせてしまった。……すまなかった」

 その頭が深く垂れた瞬間、兵たちの嗚咽はさらに激しさを増した。

「領主様……!」

「領主様あああ……!」



 

「……慕われていたんですね、暁殿は」

 ぽつりと、久世が呟く。御影は静かに頷いた。

「あれが“真の領主”というものだ。……決して、あの裏切り者がなれる姿ではない」

 その目には、どこか遠くを見つめるような光が宿っていた。御影は視線を落とし、少しだけ口を濁すように言った。

「……お前が殺されたあと、柊は綾女殿を手に入れようとした。綾女殿は……その身を守るため、自ら命を絶った」

 その言葉に、暁の瞳が大きく見開かれる。

「……そんな……!」

 膝をついたまま、彼は唇を震わせた。信じた者に裏切られ、守るべき者を失った男の顔だった。

「すまない……すまない……!」

 まるでそこに彼女がいるかのように、何度も頭を下げながら懸命に謝り続ける。それは領主としてではなく、ひとりの男として、最愛の妻に詫びる声だった。

「私が、もっと……強ければ。あの者の野心に気づいてさえいれば……!」

 苦悶の呻きと共に、拳を握りしめる。

「民も、家も、何もかも……私が守るべきものだったのに……!」


 過ぎた百年の歳月では、到底癒えなかった悔恨が滲んでいた。

 

 御影は静かに続ける。

「……綾女殿は、丘の大木の傍で、あなたの帰りを待っている。百年もの間、その木に守られながら」

 暁ははっと息を呑み、遠い記憶を手繰るように呟いた。

「……あの木の下で、約束したのです。永遠の愛と、領地の平穏とを……。私は、何一つ守れなかった……」

 その肩が震える。だがその奥に、ひと筋の光が差すのを、御影は見逃さなかった。

「会いたくはないか?」

 御影が、少しだけ声を落として問う。

 暁は顔を上げ、戸惑いと焦燥の混じった目で御影を見つめた。

「……会えるのですか? 本当に……!」

「……ああ。だが――」

 御影が言いかけたとき、久世が静かに一歩前へと進み出た。

「――では、私に憑いてきてください。木までご案内いたします」

 御影が顔をしかめ、睨みを利かせる。

「お前な……勝手な真似をするな」

 だが久世は臆せず言い返す。

「暁殿であれば、害をなすはずがないと信じます。……ただ、愛する人のもとへ帰りたいだけの魂です」

 暁はその言葉に、胸を押さえながら深く頭を下げた。

「ありがとうございます……! ……私には……それしか、もう……望むものはないのです……」

 その声には、すべてを失ってなお、愛だけを最後まで抱き続けた男の、誇りと痛みが宿っていた。

 御影はしばし黙っていたが、やがて、ふっとひとつだけ溜息を吐いた。

「……好きにしろ。木まで案内する。だが、途中で変な気でも起こせば、問答無用で祓う」

「無論です……! 本当に、感謝いたします……!」

 暁は深々と頭を下げた。


 

 森を包む闇は、まだ濃い。けれどその色の底に、わずかな変化が生まれつつある。

 夜は終わりの気配をまといはじめていた。



  

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