1.
夜が更け、空に浮かぶ月は細く鈍く光っていた。静まり返った村を離れ、御影たちは手に灯りを掲げながら、黒い木のある丘を目指す。
御影の指示で用意された除霊道具一式と、家令が用意した荷物は、どれもこれも嵩張るものばかり。それらはすべて、桃原の肩にずしりとのしかかっていた。
「だから言ったじゃないですか……ただの文官にはキツいって……!」
ぼやく桃原に、御影がちらりと振り返り、冷たく言い放つ。
「無理なら、来なくていい」
「喜んで荷物持ちします!!」
即答だった。
夜道は思いのほか静かで、ただ虫の声がしんしんと降っていた。だが、その中には桃原には見えない“何か”の気配がうごめいている。
不意に、御影が口角を上げた。
「お前の斜め後ろに、刀で腹を裂かれた兵士が、不思議そうにお前を見てるぞ」
「ぎゃあああやめてください見えてないんですからあああ!!」
桃原は荷物を抱えたまま、縮こまるように肩をすくめる。
――見えないというのは、時に残酷だ。無視される霊と、何も知らずに無邪気に通り過ぎる人間。
その落差をどこか楽しむように、御影はくす、と喉を鳴らした。
やがて一行は、黒い木のある丘のふもとへと辿り着いた。
「……ここか」
御影が足を止めた。どこか湿った風が足元を撫で、夜気が一層濃くなる。
「昨日は邪魔されたからな。結界を張る」
「え? け、けっかい……?」
戸惑う桃原に、御影は瓶の封を切りながら淡々と告げる。
「暫くの間、邪を引き寄せない簡易的な結界だ。儀式を始める前の、いわば“清掃”だな」
彼は荷から一本の瓶を取り出し、地面へとしゃがみ込むと、さらさらとその中身を土地に注ぎ始めた。白く泡立つ液体が月明かりに照らされて、かすかに光る。桃原はそれを覗き込んで、思わず目を剥いた。
「え、ちょ、ちょっと待ってください御影様、それって――!」
御影は首を傾けたまま、振り返る。
「なんだよ」
「“鬼ころりん”じゃないですか! それ、あの大型量販店で庶民が買う、安くてお買い得のやつですよね!? 儀式とかに使うには、ちょっとそぐわないというか……!」
「は?」
御影はきょとんとした顔で瓶を見下ろし、まるで桃原の言い分が理解できないとでも言いたげに眉をしかめた。
「地面に撒くんだぞ? 高いのなんて使えるか。もったいないだろ」
「もったいない!? いや、分かりますけど……えぇ……」
公爵家の子息が“もったいない”と思うことに、桃原はまたしても衝撃を受けた。
「なんだよ。お手ごろで容量も多いし、何より――名前がいいだろ」
桃原は一瞬、言葉を失った。
「……名前、ですか?」
御影は真顔で頷いた。
「“鬼ころりん”。鬼を、ころっと祓えそうだろ? 完璧だ」
「名前かーい……」
桃原の力ないツッコミが、夜の空気に虚しく溶けていった。




