4.
蔵書室での調査を終えた頃、家令が静かに声をかけてきた。
「御影様、ご一行様。食事のご用意が整っております。お運びいたしましょうか」
御影は顔を上げ、ふと思い出す。昨日の昼、村役場で倒れてから何も口にしていなかった。
「……そういえばお腹すいた」
桃原はぱっと顔を明るくし、久世はさりげなく御影の背を軽く支えて立ち上がらせた。食堂に入ると、立派な食器に美しく盛りつけられた料理がずらりと並んでいた。
「さすが伯爵家の食事ですね!何でも美味しい!」
桃原は目を輝かせて料理に手を伸ばす。御影はその様子を見ながら、少し憐れみを込めた視線で言った。
「可哀想なやつだな」
「うち貧乏なので!」と桃原が嬉しそうに応じる。
「ご存知の通り、今にも吹っ飛びそうな男爵家だから、野菜だけのスープで育ったもので……今日のような食事はパーティーのおこぼれで預かれるかどうかですね」
「よくそんな家から文官になれたな」
「お金のためです!こう見えて長男なので!妹は嫁がせたいし、弟にも進学してほしいんです。父も頑張ってはいるんですが、生活で精一杯で……」
御影は桃原の話を聞いているのか聞いていないのか分からない表情で、黙々と魚を綺麗に切り分けている。久世は久世で、そんな御影の様子をちらちらと窺い、足りないものがないか気にしているようだった。
桃原は、そんな二人の様子にもすっかり慣れてしまったのか、気にせず話を続ける。
「でも!ど貧乏ですけど、不幸せってことはないんです!」
少し照れながら、けれど胸を張って言う。
「毎日うるさくて騒がしいですけど、家族が元気って、やっぱりありがたいなって思うんですよね」
御影はふと視線を上げ、呟くように言った。
「……仲いいんだな」
「えっ、そうですか? 妹には『うざったい』ってよく言われますし、弟からはよく大外刈りをくらいますけど……」
御影は眉をひそめる。
「大外……?」
「柔道の技ですね」
久世がさらりと補足したあと、涼しい顔で続ける。
「ご覧になりたいなら、あとで桃原でやってみせましょう」
「えっ、僕ここでもやられるんですか……?」
桃原は思わず箸を止め、御影と久世の両方を警戒するように見つめた。
久世は桃原の視線を無視して料理を取り、御影の食事を見守りながら尋ねた。
「もう少し食べますか?」
「いや、もういい」
「夜に備えた方が・・・奥方の霊に会いに行くんですよね?」
桃原が驚いた表情を浮かべ、声を上げる。
「えっ?また行かれるんですか?」
「まあ約束したしな。久世、煙管よこせ」
久世は家令に室内での喫煙許可を取ると、すぐに煙管を持ってきた。
御影が煙管を口にくわえ、くゆらせながら言った。
「あ、それといくつか用意してほしいものがある。家令に準備させろ」
「承知しました」
桃原がふっと肩をすくめ、意気消沈した顔で言う。
「夜ですよね?た、楽しみだなあ」
久世が冷ややかな視線を投げながら、少し呆れた口調で言う。
「そんな腰が引けた顔して言っても、説得力ないぞ」
「失礼な!」桃原は口を尖らせ反論する。
「これは顔面の構造的問題であって、恐怖とは関係ありません!」
御影は煙管をくゆらせ、ニヤリと笑って言った。
「モモタローは幽霊信じてないんだろ?別に来なくていい」
桃原はすぐに慌てて言い訳をする。
「そ、それはもちろん……い、行きたい気持ちは山々ですが……やはり後方支援というのも……立派な任務と申しますか……」
久世が再び厳しい眼差しを向けて言う。
「また頭を叩き割られたいか?」
「行きますとも!何があろうと!」桃原は力強く答えた。
御影は鼻で笑いながら、少し皮肉っぽく言う。
「来なくていいのに…」