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帝国直属霊媒師の心霊事件簿ー夜に泣く木のひみつー  作者: 水瀬カフカ
第3章 闇を抱く木、揺れる想い
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5.

「どうして誘ってくれなかったんですか……!」

 


 桃原の、今にも泣き出しそうな抗議の声が響く。眉が八の字に下がり、口はぎゅっと結ばれている。

 寝台の上で、御影は顔をしかめた。

「逆に、なんで誘わなきゃいけないんだ」

 冷たい返しに、桃原は唇を尖らせる。

 あの夜、黒い木から撤退した後、御影と久世はなんとか領主館まで戻り着いた。御影は体力を限界まで使い果たしており、風呂にも入らずそのまま寝落ち。翌朝、いや、昼近くになってようやく目を覚ました頃、桃原が開口一番、部屋へと駆け込んできたのだ。

 その顔には、明らかに「自分だけ仲間外れにされた者」特有の怨念が滲んでいた。

「声をかけていただいたければ、お役に立てることがあるかもしれません」

「え?何もないけど」

「ひどいです!」

「……御影さまは昨夜、倒れられたばかりです。これ以上お休みを邪魔するようなら……つまみ出しますよ?」

 騒ぎ立てる桃原に部屋の隅に控えていた久世が、冷ややかに告げる。

「ひぃっ……!?」

 桃原が身をすくませた瞬間、御影が手でしっしっと合図しながら、とどめを刺す。

「つまみ出せ」

「えっ!? ちょっと待って! まだ話が……やめ、うわあああっ!」

 彼の悲鳴もむなしく、桃原はずるずると部屋の外に引きずり出された。ばたん、と扉が閉まる。御影は小さくため息をついた。

「……本当に、うるさいやつだな」

「申し訳ありません。ご挨拶だけかと思って、油断しておりました」

「まあいい。——領主は?」

「本日は執務室でお仕事とのこと。先ほど、家令から伺いました」

「都合がいい。あとで話がしたいと伝えてくれ」

「はっ」

 そう言って久世が踵を返しかけたとき、御影が声をかけた。

「なあ久世……お前はどこまで分かった?」

 久世は立ち止まり、少し考える素振りを見せてから、端的に口を開く。

「“泣く木”は元は御神木で、この地の守り神のような存在だったと。しかし、長年にわたり、奥方の霊が抱える強い感情──怒りや後悔が木に吸い上げられ、その性質が徐々に歪んでしまった。悪霊の気配は強まっているものの、彼女自身はまだ自我を保っている」

 御影は眉間にしわを寄せたまま、一言も話さず耳を傾けていた。その表情には無言の肯定が滲んでいて、久世の胸にかすかな安堵が宿る。

「また、乳母の霊に見せられた過去の記憶から、乳母を斬り殺した男が奥方に執着していたこと。さらに、“泣く木”の近くにいた兵士の亡者たち──彼らもまた、何かしらの因縁を抱えているように思われます」

 久世は御影をまっすぐに見つめた。

「俺が理解できたのはここまでです」

 御影はふーんと低く声を漏らし、寝台から足を下ろすと、腕を組んで黙り込む。しばらくして、ぽつりと呟くように言った。

「因縁、ね……なぜ乳母は、あの男を俺らに知らせたかったのか。奥方に懸想していた不埒者だから、という理由だけではないはず」

 そのまま思案を続けていた御影に、久世が言葉を重ねた。

「関係あるか分かりませんが……私は、兵士たちが気になります。特に、あの体格のいい兵士と対面したとき……強い憎しみと、深い後悔の念を感じました」

 久世は少し考えるように間を取ってから、静かに言葉を紡ぐ。

「普通、戦争で亡くなった兵士からは、強い悲しみを感じることが多いのですが……」

「いや、その違和感は大事だ……それに、妙なことは他にもある」

「妙なこと、ですか?」

「村役場の老人たちさ。あの“泣く木”について、何を隠してるのか……」

「それに、領主様の反応も気になります。妙に——」

「ああ。“笹舟伯爵”の話になると、やけに饒舌に褒めるのも引っかかる」

「やましいことがある、ということでしょうか?」

「さあな。今のところは憶測にすぎない。ただ──」

 御影はうーんと低く唸りながら、肘を膝に乗せ、指でこめかみを押さえる。

「この地が戦場だったってのが、妙に気になるんだよな……」

「慶永四年の維新動乱、ですね」

「ああ。帝国全土が荒れてた時代だし、この土地が戦場になってても不思議じゃない。けど……」

 御影は腕を組んだまま、わずかに目を伏せる。本人もその理由をうまく説明できずにいるようだった。

「乳母の見せた記憶も、確かに戦時中の様子でした」

「“泣く木”のそばに立ってた兵士の霊たちも、あの戦争と……何か関係があるんだろうな」

「領主様に直接聞くのも、一つの手かと」

「まあ……確かにな」

 御影が考えに沈んでいると、久世はそっと膝をつき、寝台に腰をかけた彼の視線の高さに合わせるように身をかがめると、静かに御影の顔を覗きこむ。

「……なんだよ」

「私の推測、いかがでしたか?」

 久世の声は穏やかだったが、その奥にはわずかな期待の色が感じられた。

 短い沈黙が流れる。御影は、ふっと口元を緩めた。

「……まあ、いいんじゃないか」

 ぶっきらぼうな言い方ではあったが、その声色にはどこか柔らかさがにじんでいた。久世は一瞬、驚いたように目を見開いた後、ぱっと辺りを照らすような笑顔を見せた。

「ありがとうございます!」

 御影は、その笑顔があまりに眩しくて、思わず顔をそむけた。

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