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帝国直属霊媒師の心霊事件簿ー夜に泣く木のひみつー  作者: 水瀬カフカ
第3章 闇を抱く木、揺れる想い
16/42

4.

 沈黙が続いていたそのとき、不意に女の幽霊が顔を上げた。

「……また……来た」

 掠れた声には、はっきりと緊張をにじんでいた。

 次の瞬間、ざわりと木々の葉がゆすりはじめた。風もないのに、木の枝が揺れる。そして——。

「カァァ……ッ、カァァ……ッ!」

 真夜中の空に、鴉の不気味な鳴き声が響き始めた。しかも一羽ではない。複数の鴉が、黒い木の周囲を旋回しているようだった。

 久世がすぐに反応し、御影を自分の背に隠すように前に出た。視線を巡らせ、気配を探る。

「……これは……。御影様、何か来ます」

 だが久世の言葉を遮るように、女が叫ぶ。

「行って!早く逃げて!」

 久世は女の言葉に押されながらも、警戒した目で問いかける。

「何が来るんです? 危険とは、いったい何が——」

「説明してる暇なんてないわ! 早く逃げなさい、今すぐ!!」

 女の必死な声が、風のように御影の耳を打つ。御影は煙管を口元から外し、久世の腕を引来ながら言った。

「……仕方ない。撤退する」

 踵を返し、来た道を駆けだそうとする。だがその前に、もう一度だけ振り返って女に言った。

「明日の夜、また来る。——久世、行くぞ」

「はっ!」

 久世は御影を守るように後ろを警戒しながら、二人は闇の中へと駆け出した。背後から、どんどん悍ましい気配が強くなるのを感じ、皮膚が粟立つ。よりいっそう激しく鴉たちが騒ぎ立て、まるで警告するかのように夜の丘にその声が響く。

 

 残された女は、夜風に長い髪を揺らしながら、御影たちの背を見送っていた。その背が見えなくなると女はゆっくり目を閉じる。近づいてくるそれが自分を追っていることを知っているからだ。

 


 ——黒く、重く、まるで深い井戸の底のような気配が、そこからじわじわと滲み出していた。


 女は覚悟を決め、身じろぎもせずにそれがくる方角を見据える。その目には決意の光が帯びていた。


「……私はここよ」


 


 


 * * *


 森を抜ける小道を、御影と久世は足早に駆けていた。夜風が冷たく肌を撫でる中、御影の呼吸が次第に荒くなっていく。

「はあ……っ、はあ……っ」

 久世は歩調を合わせながら、ちらと横目で彼の様子を伺いながら、背後の警戒も怠らない。

「一体、何が来るっていうんでしょう……生きている者でないのは確実ですが、あの気配……ただの亡霊とは思えません」

「……はあ、はぁ……さあな……ただ、良くないものなのは確かだ……」

 御影は息を切らしながら、滅多に走ることのない身体はひどく熱かったが、それでも頭の中は冷えわたっていた。久世が走りながらも、いつもと同じように淡々と会話を続けているのを見て、若干イラついたのは秘密だ。

「先ほどの若い女性は、乳母の霊が見せてくれた『奥方様』と呼ばれていた人物と同じと見て間違いありませんね」

「……ああ、はぁ……間違いない……」

 御影が頷いたのを見ると、久瀬は再び問いかける。

「御影様、あの木……いったい何なんです?」

 問い終わるや否や、御影が足を止め、しゃがみ込んだ。肩が大きく上下し、浅く速い呼吸が漏れる。

「はぁ、っ……はぁ……っ、」

「御影様!」

 慌てて駆け寄った久世が、その背中を心配そうにさすった。

「大丈夫ですか……?」

 御影は久世の手を邪魔そうに振り払うと、肩で息をしながら、ようやく口を開く。

「……怪異? 木が祟っている? ふざけんな……逆だよ……」



 片手で額の汗をぬぐい、煙管を懐にしまい込むと、彼は振り絞るように言った。


「——あの木はな……守り神、御神木だよ」

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