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帝国直属霊媒師の心霊事件簿ー夜に泣く木のひみつー  作者: 水瀬カフカ
第2章 祈りの涙、届かぬ想い
11/42

6.


 

 ――静かだった。まるで水の底に沈んでいるように。

 耳鳴りも、誰かの呼び声も、すでに遠い。

 御影はゆっくりと瞼を開いた。


 見慣れぬ天井。柔らかな寝具の感触。かすかに香る薬草の匂い。

 (……ここは)

 しばし視線を彷徨わせると、壁には古びた装飾画、柱時計の音が小さく響いていた。

 (領主館の……客間、か)

 身を起こそうとした瞬間、鈍い痛みがこめかみを貫いた。

「無理をなさらず」

 落ち着いた声がすぐそばから聞こえた。視線を巡らせれば、椅子に腰かけていた久世が立ち上がり、安堵の息をついて歩み寄ってくる。

「倒れられたんですよ。……だから、あれほど無理をするなと申し上げたのに」

 その声音には、わずかな怒りと強い心配が滲んでいた。御影は眉をひそめ、額に手を当てる。

「……うるさい。少し“視えた”だけだ」

「その“少し”で倒れられたんですよ、あなたは」

「……」

 反論しようとしたが、身体は鉛のように重く、舌も思うように回らなかった。やれやれと、御影は小さく息をつき、まぶたを伏せる。

「……視えたか?」

 久世はわずかに間を置き、頷いた。

「ええ。あの方は、領主様の奥方の乳母にあたる方でしょうか」

「多分な。想いが……強すぎて、嫌でも伝わってきた」

 そう呟いて、御影はそっと目を閉じる。

「死してなお、奥方を案じ続けるとは……見上げた忠誠心だな」

「…………俺も、死んでもあなたの側を離れません」

 唐突に飛び出した言葉に、御影は呆れたように目を開いた。

「お前な……一体何を言ってるんだ」

「事実ですから」

「……馬鹿か」

 むっとした顔を見せつつも、御影はそれ以上何も言わなかった。

「俺が倒れたあと、どうなった?」

「霊は姿を消しました。なので、あなたを領主館へ運びました。村役場にいた方たちも、倒れた御影様を見て騒然と立ち尽くしてましたよ」

「……そうか。なら、戻るぞ」

 体を起こそうとした御影を、久世が慌てて押しとどめる。

「ダメです! 倒れたばかりじゃないですか!」

「何を大げさな……」

「皆様が寝静まってからにしましょう。浄霊をなさるのでしょう? 人目がない方がやりやすいはずです」

 確かに、霊を相手にするところを見られるのは鬱陶しい。奇特な目で見られるのは慣れているが、快いものではない。そう思案している間に、久世は布団の端を掴んで御影を包み込むように押し戻した。

「だから、もう少しお休みください」

「……過保護だな」

「あなただけですから」

 そう言って、久世は静かに微笑んだ。

 その目は、どこまでも優しく、まっすぐに御影を見つめている。その視線に、胸の奥がふいにざわついた。

(……なんだ、あの目は。落ち着かない)

 戸惑いが胸に広がる。

「もういい寝る」

 その感情を振り払うように、御影はそっと目を閉じた。まぶたの裏に残るあの視線が、なぜか心に引っかかって離れなかった。

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