6.
――静かだった。まるで水の底に沈んでいるように。
耳鳴りも、誰かの呼び声も、すでに遠い。
御影はゆっくりと瞼を開いた。
見慣れぬ天井。柔らかな寝具の感触。かすかに香る薬草の匂い。
(……ここは)
しばし視線を彷徨わせると、壁には古びた装飾画、柱時計の音が小さく響いていた。
(領主館の……客間、か)
身を起こそうとした瞬間、鈍い痛みがこめかみを貫いた。
「無理をなさらず」
落ち着いた声がすぐそばから聞こえた。視線を巡らせれば、椅子に腰かけていた久世が立ち上がり、安堵の息をついて歩み寄ってくる。
「倒れられたんですよ。……だから、あれほど無理をするなと申し上げたのに」
その声音には、わずかな怒りと強い心配が滲んでいた。御影は眉をひそめ、額に手を当てる。
「……うるさい。少し“視えた”だけだ」
「その“少し”で倒れられたんですよ、あなたは」
「……」
反論しようとしたが、身体は鉛のように重く、舌も思うように回らなかった。やれやれと、御影は小さく息をつき、まぶたを伏せる。
「……視えたか?」
久世はわずかに間を置き、頷いた。
「ええ。あの方は、領主様の奥方の乳母にあたる方でしょうか」
「多分な。想いが……強すぎて、嫌でも伝わってきた」
そう呟いて、御影はそっと目を閉じる。
「死してなお、奥方を案じ続けるとは……見上げた忠誠心だな」
「…………俺も、死んでもあなたの側を離れません」
唐突に飛び出した言葉に、御影は呆れたように目を開いた。
「お前な……一体何を言ってるんだ」
「事実ですから」
「……馬鹿か」
むっとした顔を見せつつも、御影はそれ以上何も言わなかった。
「俺が倒れたあと、どうなった?」
「霊は姿を消しました。なので、あなたを領主館へ運びました。村役場にいた方たちも、倒れた御影様を見て騒然と立ち尽くしてましたよ」
「……そうか。なら、戻るぞ」
体を起こそうとした御影を、久世が慌てて押しとどめる。
「ダメです! 倒れたばかりじゃないですか!」
「何を大げさな……」
「皆様が寝静まってからにしましょう。浄霊をなさるのでしょう? 人目がない方がやりやすいはずです」
確かに、霊を相手にするところを見られるのは鬱陶しい。奇特な目で見られるのは慣れているが、快いものではない。そう思案している間に、久世は布団の端を掴んで御影を包み込むように押し戻した。
「だから、もう少しお休みください」
「……過保護だな」
「あなただけですから」
そう言って、久世は静かに微笑んだ。
その目は、どこまでも優しく、まっすぐに御影を見つめている。その視線に、胸の奥がふいにざわついた。
(……なんだ、あの目は。落ち着かない)
戸惑いが胸に広がる。
「もういい寝る」
その感情を振り払うように、御影はそっと目を閉じた。まぶたの裏に残るあの視線が、なぜか心に引っかかって離れなかった。