夜になく声、囁かれる想い
「また聞こえたんだってさ、あの声……夜中の二時ごろだったって」
「やめてよ、そういう話……子どもが怖がって眠れなくなるじゃないの」
「でもほんとなのよ。村の北の丘の大木から女みたいなすすり泣くような声が聞こえたって……」
「あぁ、あの真っ黒な不気味の木ね……」
大和帝国、北方の外れにある静かな村。
朝の市場、野菜の並ぶ広場に、老婆たちの声が集まる。
「今月に入って、あの木のそばで事故が三件。若者が転んで骨を折ったり、猟師が崖から落ちかけたり……」
「その上よ、この間、領主様の弟君が通りかかったって話――」
「そうそう! 馬車であの丘のふもとを通った瞬間、馬が突然暴れ出して……弟君、放り出されて腕を折ったって」
「もう“たまたま”とは言えないわね……」
女たちは顔を見合わせ、声を潜める。
「それでついに、お上が動いたんだってさ。帝都から文官様が調査に来たんだとか」
「見た見た!昨日の昼過ぎ。ここら辺じゃ見かけない綺麗な服装だと思ったら……役人だったのね」
「あの木の“祟り”に違いないわ……」
「そんなまさか」
誰もが“噂”と呼びながらも、口にするのを恐れている。
大和帝国北方にある、村のはずれの丘に一本だけ立つ、黒く大きな木。
風もないのに、枝がかすかに揺れる。
「昔から、あの木には何かいるって言うし……誰も近づかないのは、そのせいよ」
「カラスも妙に集まるし、犬も吠えるし。夜には血濡れた兵士の亡霊が現れるって……」
「……気味悪いわ」
声が、消えた。
老婆たちは誰もが同じ方角を見ている。
村の北、薄曇りの空の下。
黒ぐろとした葉を揺らしながら、大木は、じっと何かを見下ろしているようだった。
その根底に、いったい何が秘められているのか――
……その答えを知る者は、まだいない。