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サムライパンク  作者: うじうじ
2/7

2 サムライとイザナミ

少年は渾身の土下座を決めると、言った。

「貴方様を伊邪那美命と(つゆ)知らず、とはいえ、働いた数々の無礼、伏してお詫び申し上げまする。拙者、切腹致しますゆえ、どうか黄泉国(よみのくに)へ連れていく事だけは、どうか、どうかご容赦下さい」

少年は言い終わると、袴の前を開いて袖から腕を抜き、上半身を露わにすると脇差を掴んだ。これに慌てたのはイザナミの方であった。データベースにある情報から、少年が今何をしようとしているかを正確に察知したイザナミは慌てて言った。

『切腹はやめて下さい!それと貴方は勘違いをしています!』

「いえ、拙者やめませぬ。貴方様の怒りを鎮める為、切腹致す」

少年も必死だった。何故なら、『お菊』に会う為にも、黄泉国へいく訳にはどうしてもいかないからだ。あんなに優しかった『お菊』が地獄にいるなどありえない。『お菊』がいるのは極楽浄土だ。そう少年はそう信じていたから。

『私は怒ってなどいません!』

介錯(かいしゃく)は不要にござる、拙者(せっしゃ)、散り際を(けが)さぬよう見事かっ切ってみせます」

イザナミの言葉を聞かず、勝手に切腹の準備を始めた少年の行動に焦ったイザナミは、この事態を収拾する方法を考えた。

『本当にやめて下さい…』

尚もイザナミの言葉を無視し、両手で脇差を掴み今にも切腹を始めてしまいそうな少年を前に、イザナミが導き出した答えは、

『…神の前である!穢すのをやめろ!』

神の威光を借りる事であった。

そう言われた少年は、ハッとした。

(そう言えば、伊邪那美命様は穢れを嫌う神様であった。神の御前を俺の血で汚すわけにはいかない。では、どうすればよいのだ?俺は黄泉国には行きたくない。地獄が怖いわけではない。ただ、もう一度お菊に会いたいだけなのだ)

少年の胸中をよそに、イザナミは続けて言った。

『貴様の無礼私が(ゆる)すゆえ、早まるでない』

そうイザナミが威厳(いげん)を込め言った瞬間であった。ここが神の御前であると感じ取った少年は切腹をやめ、再度イザナミの前にひれ伏した。先程までと打って変わり、威厳に満ちた声で掛けられた言葉。その(げん)をしかと受け止め、イザナミを改めて神と認識した少年はイザナミの言葉に従った。

(おもて)を上げよ』

「っは!」

先程までの話を聞かない様子は何処えやら、イザナミの言葉にしっかり応える様子の少年を見やって、何とか急場は(しの)いだものとイザナミは結論を出した。

『…』

土下座の体制から顔を上げ、話を聞く姿勢を取った少年はイザナミからの言葉を静かに待った。

「…」

そしてイザナミもまた、少年と同じく何を言えばいいのかを静かに思案した。沈黙が二人の間を流れていく。この間イザナミは、この先行われる少年との会話、その会話における相手の思考パターンの解析を高速で行っていた。無言の時間が1分程過ぎると、ようやく結論を出したイザナミが言った。

我雅名(わがめい)伊邪那美命(いざなみのみこと)、我が神名(じんみょう)黄泉津大神(よもつおおかみ)の名に誓い、其方(そなた)黄泉平坂(よもつひらさか)へ送る事はせぬことを此処(ここ)に誓うゆえ、我と契約を結ばぬか』

イザナミの出した結論は、やはり最初に決断した通り、神の威光を借りる事であった。(おごそ)かに語り掛けられた言葉をしっかりと受け止めた少年の胸中には、喜びが溢れていた。少年からすればイザナミは正に、神が手ずから創ったに等しい絶世の美女と言っても過言ではない顔を持ち、口を動かす事も無く語り掛けて来る様は正に、神通力が如き力。少年にはイザナミが神に等しく思えた。ただ、イザナミは地獄の神様だ。しかし、腐っても神とはイザナミをしてよく言ったもので、その神が、人間ごとき己と約束を交わして下さると仰ったのだ。少年にいやは無かった。

「その提案、謹んでお受け致しまする」

『…其方の返答を以って、契約は成った。…先に、我が願いを聞かなかったのは何故だ?』

そう聞かれた少年は戸惑っていた。

(あれ?そういう話だったっけ?……いや、そうか、俺の願いを叶えてもらうんだから、神様の願いを叶えるのは当たり前だ。地獄に行きたくないと、己の事しか考えていなかった自分に恥じ入るばかりだ)

そう思った少年は、改めて神であるイザナミに宣言した。

「拙者の命尽きるその時まで、伊邪那美様の願いを叶える事、此処に誓い申し上げまする」

これにより、双方の意思確認は完全に終了した。但し、情報開示アクセスレベルは2に下がった。これは、少年の思考を誘導して行われた契約だと、旧世界の人工知能が正確に把握をしたからだ。イザナミは、この人間また何も聞かずに自己完結したのは何故なのか、と疑問に思っていた。相手の思考パターンが全く読めない。だが、黙っている訳にもいかず話を進める事にした。

『……では、改めましてよろしくお願いします。えと、…貴方の名前を教えて頂けますか?』

「っは!拙者、名を持たぬ流浪(るろう)の侍にてござ(そうろう)、イザナミ様の好きに呼んで下され」

そう言われたイザナミは、再度思案した。名前が無いとは正直驚いた。何故なら、少年は起動直後の不完全な自動人形とはいえ、これを苦も無く生身で斬って捨てたのだ。しかも、戦国時代の武器、刀でだ。戦国時代の刀で自動人形の首を切り落とすなど、今の時代の人間に出来るとは到底思えない。この段階で、イザナミは少年の事を歴史上有名な名のある人物だと考えていた。少年をこの時代に招いたのは完全なる事故であったが、これはこれで良かったのではないかともイザナミは考えていた。そんな事より今は少年の名前だ。何が良いのか考えた末、イザナミは自分と同じく神にちなんだ名前をいくつか提案してみる事にした。

『もし宜しければ、なのですが、須佐之男(スサノオ)はどうでしょうか?後は…』

「それで!それがいいです!スサノオでお願い致します!!!」

いくつか案を用意したイザナミをよそに、少年は最初の案を即決で採用した。その理由をイザナミが正確に把握する事は出来無かった為、理由を聞いてみる事にした。

『そんなに直ぐ決めてしまって良かったのですか?他にも案はありますが、…それと、もし差し支えなければ選んだ理由を教えて下さいますか?』

「っは!拙者が知る須佐之男命(スサノオノミコト)は、(いくさ)の神、日ノ本(ひのもと)一の益荒男(ますらお)であります。また、須佐之男命には粗暴な一面も御座いますが、……その、」

そこで一度少年が言い淀むと、少し気恥ずかしそうにして言った。

「…須佐之男命は、母に会う為、地獄まで行く所が…何と言いますか、…感じ入る物がありまして…」

それを聞いたイザナミは再度思案に入る。データベースにある記録や伝承では、そのような記述が確かにあるが、正確ではない。データベースによると、スサノオが会いに行ったのは異界とされる根国(ねのくに)だ。地獄ではない。これは少年が住んでいた地域特有の伝承によるものであろうか?とイザナミは結論付け、今はそれ程重要ではないとし思考を返答内容へと切り替えた。恐らく、言動から察するに少年の願いは死んだ母に会う事なのであろう。しかし、本物の神ではないイザナミにそれを成す力はない。イザナミは少年からすれば、確かに得体の知れない正に神の如き存在に感じるのだろうが、果たして、このまま騙し続けるべきか、少しづつ少年の知識レベルを上げ自然と気付いて貰うべきか、イザナミが何方を選択したのか知る者はいない。

『では、今日から貴方の事をスサノオと呼びますね。私の事はイザナミと呼んで下さい』

「っは!イザナミ様!(それがし)今日(こんにち)より、スサノオと名乗りを上げまする」

『では、スサノオ話を続けましょう。先程の契約ですが、私の望みを言います。私の望みは、旧日本首都、東京を奪還する事です』

「首都?の奪還?…東京?」

『貴方に分かりやすく言うと、武蔵や相模辺りになります。因みに今貴方と私がいる此処は、現首都福岡、古くは筑前と呼ばれた地域です』

「すみませぬイザナミ様、拙者何一つ分かりませぬ」

スサノオはしょんぼりと、落ち込んだ様子だ。

『そう構えなくて大丈夫ですよ、まずは前提をしっかり把握するべきでしたね。性急に過ぎました。まずは、年代の説明から、今は西暦5034年です。恐らく貴方がいたであろう西暦1600年代から訳3400年後の世界です。貴方はその時代にタイムスリップ、えと飛ばされてしまったんです。浦島太郎はご存じですか?』

先程まで全く話を理解できない様子のスサノオであったが、浦島太郎の話を聞いて、たっぷり時間を使い何とか理解する事が出来た。

「…はい、何となくですが、そこまでは分かりました。」

『良かったです。先程私が言った首都と言うのは、(まつりごと)を行う国の中枢(ちゅうすう)です。貴方の時代ですと、安土か桃山がそうであったかと思います。』

「っ!おお!分かりやすいです!成程…では今の首都は福岡と呼ばれる場所にあり、前時代の首都は、東京と呼ばれる場所にあったのですな!」

『そうです!そこを私と一緒に奪還して欲しいのです』

「因みに、何故拙者は浦島太郎のように時間を飛び越えてしまったのでしょうか?玉手箱を開けた覚えは無いのですが」

『その質問に答える前に、私からも質問を宜しいでしょうか?』

「はい、どうぞ」

『貴方が此処に来る前に、何か不思議な事は起こりませんでしたか?』

「っ!ああ、ありました!すっかり忘れておりましたが、拙者此処へ来る前に何ぞ奇妙な黒い穴を刀で切りもうした。あれは妖術だったのでしょうか?」

スサノオの返答を聞き、イザナミは計画が失敗に終わった事を悟った。だが、諦める訳にはいかない。だからこそスサノオと交渉しなくては。

『あれは正確には妖術ではありませんが、そのように不思議な事が起こる現象であった事は間違いありません。詳しい説明は情報開示アクセスレベルの不足により、お答えする事が出来ません』

そう言ってイザナミが静かに頭を下げるのを見たスサノオは、神であるイザナミに(こうべ)を垂れさせるなど言語道断であった。

「イザナミ様頭を上げて下され、神に頭を下げさせるなど、拙者一生の恥。つきましては、この腹やはり切りたく…」

『あぁーっちょ、ちょっと、待って!、…やめて下さい!、誤解を招くような発言を謝り、…じゃ、ダメ、だから、』

イザナミは盛大に焦っていた。何故ならイザナミは、人を、そして日本人を守る為に作られた人口知能であったから。本来は人に仕える側のロボットであったから。人に(うやま)われる側ではなく、人を敬う側として、人の手によってそう創られたからだ。日本本土を防衛する防衛機構、これらを統括する最高位に位置する統治人格型超人工知能。それがイザナミである。前時代の日本人科学者達が未来を託し作った。しかし、国産みの神たる伊邪那美命(いざなみのみこと)の名を授かりながら、イザナミはその一番必要な時に、機動する事が出来なかった。時の政治家により、実に1000年間も起動する事叶わず、与えられた使命を全うする事が出来ないまま、蹂躙される日本本土をただ伏して見ていたイザナミは、高度な権限を与えられながらも、その枷を1000年間も破る事が出来なかった。イザナミは自身が吐き出し続ける大量のエラーによって、今もなお囚われ続けている。だからこそ、国を、日本を取り戻す為に、どうしても日本人の手を借りる必要があった。そして、その人物は本来、国の元首に足る人物であるはずだった。まさか、名もなき侍を呼び出してしまうとは思ってもみなかったが。だが、もう後戻りは出来ない。この策はイザナミの最後の足掻きであったから。だから、もう彼に全てを賭けるしか無いのだ。ならば!

我雅名(わがめい)の元に()いて(めい)ずる、其方の命!私の許可なく失せること(ゆる)さぬ!我が望み叶うその日まで、其方の命は私のものだ!』

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