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地味令嬢の夢見る舞台

「ミシェル! 昨日、あの地味な令嬢が男と街を歩いていたぞ」

 友人に、開口一番にそう言われた。

「……何だよ『地味な令嬢』って呼び方」

「男といた事より引っかかるのそこ?」


 当たり前だ。「男といた」のは事実でも、「地味な令嬢」はお前の主観だ。

 奴は、不満そうな顔で去って行った。



 私の婚約者のブランカ・へイス子爵令嬢は、薄い茶色の髪に灰色の瞳、全体的にちんまりとした顔立ちをしている。体も小柄で、目を引くような女性では無いが、だからといって貶められる筋合いは無い。


 どうも、「伯母の紹介で会った」というのが「断れない縁談」と思われているようだが、あの厳しい伯母に気に入った女性を紹介したいと言われた時には、こちらからお願いする勢いで話を進めてもらったのだ。

 

 会ってみると、さすが伯母のお眼鏡にかなった女性、年配の人に愛される礼儀正しさと謙虚さと教養。それでいて快活で明るい。


 趣味は観劇と聞いて、早速舞台を二人で見たが、帰りの馬車は楽しかった。


「なぜ、幼馴染はヒロインに『自分と一緒になろう!』って言わなかったんでしょう」

「そりゃあ、自分といたら苦労させるって思ったからだろう?」

「一緒に苦労してくれ、って言えばいいのに」

「男には言えないんだよ」

「分かりませんわね……。そう言えば、お祭りのシーンで着ていた胸が大きくあいたドレスって、清純なヒロインには合わないのでは?」

「そう? 似合ってたと思うけど」

「なるほど、男性客へのサービスでしたか」

「ぶっ!」

 ブランカとなら、いくらでも話がはずんだ。


 私と結婚して伯爵夫人となるための勉強をしてもらっているが、最近はヘイス家が新しく出すレストランを任せてもらえたと、そちらに忙しくしている。

 奴が見た「男」は、レストラン関係者だろう。




 そんな事を思っていたある日、街でブランカが華奢な男性と歩いているのを見かけた。いや、後ろにちゃんと侍女が付いている。奴はどこを見ていたんだ。

 と、見てたら侍女が私に気づいてブランカに知らせた。


「ミシェル様!」

 嬉しそうに駆け寄ってくるブランカ。その後ろを男性と侍女が付いて来る。

「やあ、ブランカ。レストランの準備かい?」

「はい! こちらはそのレストランのトップスターのエリックさんです。今、女性のエスコートを練習してもらってるんです」

 レストランのトップスターって何だ?と思いつつ

「よろしく、エリック嬢」

と言ったら、二人に驚かれた。


「エリックが女性って分かりますの?」

「そりゃあ……、肩幅とか歩き方とか」

「ミシェル様! お時間あります?」



 ブランカたちに、カフェの個室に引っ張り込まれた。

「なるほど、歩き方が内股なんで分かったんですね」

「それと歩幅かな」

 ブランカがせっせとメモする。エリック嬢は「歩幅……」と覚えるように(つぶや)いている。


「他に、男性に見える仕草って何かあります?」

「……そうだな、座る時や立っている時は足の間を肩幅くらい空けて。座っている時に手を足の間に入れないで、膝の上に。そうそう」

 エリック嬢が慌てて言われた通りにする。

「あと、頬杖を突く時は、手のひらじゃなく手の甲を頬に突けた方がいいな」

「なるほど~!」

 興奮して、ますますせっせと記録しているブランカ。


 ブランカが作ろうとしてるのは、歌劇のショーが見れるレストランだそうだ。変わっているのは、五人の演者が全て男装した女性ということ。

「前世で言う所のディナーショーですね。男装の麗人がステージで歌と短い劇を上演するんです。そして、レストランなのでその後に演者が給仕としてお客にサーブするんです。食事が終わるまで夢の世界なんです!」


「前世?」

 驚いた事に、ブランカは前世持ちだった。まれに前世持ちが生まれると聞いた事はあるが、都市伝説だと思ってた。


「前世での仕事は普通の事務なんで、特別な能力とかは無いんです。ただ、私、ヅカオタだったんです! 会社も家も日比谷に一本の所にして、ムラへの遠征待ったなし!という。 特に、黒燕尾服の群舞沼でした! だから、背の高い女優が不遇なのが許せなくって! なんっって勿体ない!!って」


 呪文のように流れる言葉の意味は良く分からないが、確かに、ヒロインはヒーローより背が低くなければならないので、ヒーローより背が高い女優は役柄が狭まるだろう。

 だが、勿体ないとは?

「何故、彼女らの魅力に気付かないのか! 美しく凛々しくありながら男性には無い儚さを持った尊さに!!」

 ふふっ、君を地味だと言ってる人にこの力説してる姿を見せてあげたいな。


「だから、五人の女優をレストランにスカウトしたんです。今は、歌と振り付けとお芝居と給仕の仕事を覚えてもらっています」

「それは……大変ですね」

 思わず同情してエリック嬢を見ると、彼女は元気に「いいえ!」と言った。

「今まで目立たない役しか来なかったので、トップスターだなんてすごく楽しみです」

 エリック嬢はやる気に溢れているようだ。


「エリックをはじめ、皆さん熱心でキツい練習も(こな)してくれているのですが……。どうしても、歌の練習と、劇の練習と、給仕の仕事と、別々の場所で練習するしかないんですよね……。レストランが出来る前にゲネプロ、えっと、全てのスタッフが集まって通し稽古したいんですけど、全員が集まれて料理も提供できる場所というのが見つからなくって……」

「通し稽古か……。あ、それなら伯爵邸の広間で婚約披露のディナーパーティーを開こう! そこで余興と言うことにして歌劇をやってもらって、給仕もしてもらったら? 楽器や劇の用具の収容に、客間を二つ三つ空けさせるよ。親族の回と友人の回で二回パーティをやったら、二回稽古ができるんじゃないか?」

「ミシェル様すごいです!」

「でも、レストランの準備に加えて、パーティーの日時や招待客を決めたり、メニューやテーブルウェアを考えたり、ますますブランカは忙しくなるよ。僕も出来るだけ手伝うけど」

「平気です! 私とミシェル様の婚約披露パーティーですもの!」

 

 その勢いでエリック嬢と衣装は間に合うか、楽器の演奏は、曲順は、と検討を始めたブランカをにこにこと眺める。

「夢に向かって頑張るブランカが好きだな」

「~~~~もう! ミシェル様、ご自分の笑顔の威力をご存じないから!」

 何の事だ?




 その後、ディナーパーティは大好評に終わり、それで練習した皆が挑んだレストランは、開店して瞬く間に大人気となった。

 トップスターと二番手の二人には特に熱いファンが付いたそうだ。

「目指せ! ヤンミキ時代!!」

 うん、相変わらず言ってる事が分からないけど楽しそうだね。

 リピーターが多いので、「いつも同じ料理は出せない」と厨房のスタッフも新しいメニューの開発に大忙しだそうだ。

 リピーターの中に、伯母がいるとかいないとか…。怖いから確認はしないでおく。


 話題のレストランがヘイス家の経営と聞いて私にレストランの予約を打診する奴もいるが、もちろん突っぱねてる。彼女を「地味」と笑った奴に融通をきかす気はない。


 今では、ブランカの店を真似てショーを見せるレストランが雨後の筍のように生まれているが

「これで歌劇をやりたい人が増えたら、いつか、大階段と銀橋付きの劇場がー!!」

と、ブランカはご機嫌だ。前世にそういう劇場があったそうだ。


「そう言えば、前世のブランカの名前は何ていったの?」

「スドウメグミです。スドウが家名です」

と、言って近くの紙にすらすらと「須藤慈美」と書いた。


「この『慈美』って、『じみ』とも読めるので、前世でのあだ名は『ジミーちゃん』だったんですよ。前世から地味だったんです」

「地味じゃないのに」

「そう言ってくださるのは、ミシェル様だけですよ。まあでも、ミシェル様はご自分の容姿も自覚されてませんものね」

と、ブランカは笑った。


【 本編中で書けなかった用語解説 】

ヅカオタ:宝塚歌劇団オタク

日比谷:東京宝塚劇場の最寄り駅

ムラ:宝塚市の宝塚大劇場とその周辺

黒燕尾服での群舞:ショーに必ずある、黒燕尾服を着た男役だけでの群舞。これが無ければ宝塚じゃない、と言う人も

ヤンミキ時代:トップスターの安寿ミラと二番手の真矢ミキによる花組黄金時代

大階段:舞台の最後に現れて、キャストが降りてきて観客に挨拶する。その時、メインキャストは羽根を背負ってる。

銀橋:宝塚と東京の劇場にあるオーケストラボックスと客席の間にある橋。


※ ちなみに作者はヅカオタではありません。カラオケに行くと「まま音」で宝塚を見るくらい。「ランベス・ウォーク」がお気に入り。



2024年10月26日 日間総合ランキング  11位!

ありがとうございます!

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