空腹
三題噺もどき―よんひゃくろく。
ガラスを叩く音が響く。
落ちていた頭を持ち上げると、首がギシと痛む。
今更姿勢をどうこうしようとは思わないが、この痛みだけはなれない。
どうしようにも、集中してしまうとこうなってしまうのだから手におえない。
「……」
時刻は昼過ぎ。
いつの間にか雨が降り始めていたらしい。
朝から曇ってはいたから、もしやとは思っていたが。
―まぁ、今日は外出の予定もないし、興味はない。
「……」
ふむ。
昼過ぎとは言え、腹は減っていない。
今日は朝食も食べる気にならず、飲み物を摂取しただけなのだが。
食べないのもどうかと思うが、無理に食べようとする方が、私には酷だ。
「……」
とは言え、喉は乾いた。
手元に置いてあったグラスは、もう空っぽである。
それなりに集中していたので、気づかなかった。
「……」
今日は、過去に読んだことのある小説を読んでいた。
昨日から読み始めた別の本があるのだが、なんとなく手に取ったのはこれだった。
かなり昔に買ったもので、この際だからと奥から引っ張り出しておいたものだ。
「……」
幼い頃から読書は好きだったから、本はそれなりにある―方だと思う。
絵本や雑誌なんかは捨てたり売ったりしているが、小説は基本的にとっている。
おかげで本棚がいっぱいになることもあったが、それはそれ。追加すればいいことだ。
「……」
残念ながら、年を経るにつれ触れなくなり、奥にしまわれていたが。
休養を言い渡された身である以上、時間はたっぷりあるのだからと、しまわれていたそれを取り出してきたのだ。
それでも足りなかったり、今の気分ではなかったりして、買い足してはいるが。
―というか、新しく買ったものばかり読んでいて、引っ張り出した意味がなかった。
「……」
ゆっくりと頭を動かし、開かれているページをぼんやりとみる。
かなり昔に読んだものだから、たいして内容は覚えて居ないだろうと思っていたが。
案外、記憶に残っているもので、先の展開が分かってしまうものだから、なんだか少し面白くない。
それでも、ページをめくるのは、この小説の魅力ゆえだろうか。
「……」
しおりを挟み、本を閉じる。
表紙には、一羽の鳥が描かれている。
真っ白な背景に、溶け込むような薄い輪郭で描かれた鳥。
鉛筆書きのような書体で書かれたタイトルと著者名。
全て、ぼんやりとしていて、背景の白に飲み込まれてしまいそうな。
―でも、はっきり、そこにある、と分かるような。
「……」
落ちかけた頭を支える首が、悲鳴を上げる。
痛みは一瞬にして消えるが、悲鳴は木霊す。
「……」
生きていることを自覚するように、痛みは訴える。
ここに居るのだと主張するように、痛みは残る。
「……」
どうしてここに居るのかと、常に懐疑的で。
どうして生きているのかと、疑団を抱いて。
「……」
それでもどうにもできない自分の愚かさを憎んだ。
それでもどうしようもない自分の醜さに呆れた。
「……」
首が痛む。
頭が痛む。
「……」
腹が空く。
喉が渇く。
「……」
ガラスを叩く音が響く。
「……
「……
「……
「……
「……」
閉じた本を机の上に置き。
代わりに、空になったグラスを手に取る。
座りっぱなしで、軋む関節を動かしながら立ち上がる。
作り置きしている麦茶でも飲んで。
その後何かを腹に入れよう。
腹が減っては何とやら、ではないが、
腹が減っては何もできまい。
お題:麦茶・小説・鳥