運命の交差と言ふモノ
人間模様とは得てして神妙な事象を招く物だ。
こんな仕事をしていると、そう思わされる事は往々にしてある。
酔い潰れた中年、夜遊びを覚えたての終電を逃した大学生、出勤のホストやキャバ嬢。
こう言った者達が、俺の主な客である。大抵の者が一度会ったらそれっ切りの者ばかりではあるが、だからこそ交わす言葉は俺の記憶に深く刻まれる事がある。
今日はどんな客が現れるのだろう。そんな期待を潜ませて、ネオン街を走る。
繁華街を縄張りにする個人タクシードライバー。
それが今の俺の仕事だ。
タクシードライバーと言うのはどうもお喋りな性分である。それは客も実は似たような物で、この狭い空間は何か話でもしないと気まずい空気を作り出す物なのかも知れない。
それ故に印象深い会話は記憶に残りやすい物である。
今日の客との会話は、特に忘れられない物になったのでは無かろうか。
その客は、泥酔している訳でもないのに酷く顔を赤らめながら俺のタクシーを止めた。まだ若そうな女性だったが、長い髪はボサボサでジャージという繁華街では珍しい格好をしている。整った顔立ちに不似合いな身なりが印象的だった。
乗り込むなり「幸ケ丘までお願いします」と言い、すぐさま話し出した。
「運転手さん、聞いてもらってもいいですか?」
来たぞ、この協会のシスターに懺悔せんと言わんばかりの切り込み方。
俺の大好物な話の予感がする。
聞きましょう、と内心踊る心を抑えつけ渋めの声で答えると女性は少し早口で話し出した。
「今日…5年ぶりに父に会うんです。」
聞けば、5年前に父親と喧嘩して家を飛び出して以来一度も顔を合わせて居なかったらしい。
絵を描くプロを目指したい、と言う夢の事で口論になってしまって勢い余って家出したといった所のようだ。
まあ月並みな話である。
「それが、どうして今日5年も経ってお父さんと会う事に?」
俺がそう聞いてみると、女性の口調は少しばかり緩やかになり答えてくれた。
「5年間、必死になって仕事しました。
ようやく人並みにお金も稼げるようになったし、まだまだ人気作には敵わないけど有名な週間漫画雑誌の連載も決まって…単行本も発売したんです!
だから、それをお父さんに見せつけてやりたくて…。『どうだ!』って言ってやりたくて…会う事にしたんです…」
立派な物じゃないか。夢を語るのは容易だがそれを叶えるのは誰にでもできる事ではない。
胸を張って父親に会えるだろうに、何処か女性は晴れない表情だった。
「それならお父さんにお会いするのも楽しみでしょう?」と問うと、変わらぬ表情で女性は話を続けた。
「息巻いていざ電話してみたらお父さん、泣いてました。
意地っ張りだから、絶対に認めなかったんですけど。あんな震えた声してたら嫌でも分かります。
お父さんが泣いた時の声、お母さんのお葬式の時しか聞いた事ないけどその時とまったく一緒の声でしたし…。
それ聞いちゃったら、なんだかお父さんを見返してやる!って気持ちなんかどうでも良くなっちゃって。
そんな喧嘩腰で再会するんじゃなくって、上手く言えないんですけど…心配かけてごめんなさいって、5年間出来なかった話をしようって。すみません、何言ってるかわかんないですよね?」
軽く笑うように話してはいたが、ネオンの光に照らされた為かバックミラー越しに見た女性の目には涙が溜まっているのがよくわかった。「わかりますよ」と答えると、女性は大きく深呼吸をして目を拭っていた。
「良い夜になるといいですね…」
女性にそう言う俺の声も、少しばかり震えていた。
再びバックミラー越しに女性の顔を見ると、先程まで涙ぐみながらも照れた笑みを浮かべた表情が嘘の様な青ざめた顔をしていた。
「それが、そうなりそうにもないんですよね…」
この世の終わりを垣間見たような表情で、女性は言う。どうしてですか?と聞く前に女性は再び早口で喋り出した。
「つい気持ちが先走っちゃって、お父さんにこの間、完成した単行本を送ったんです!いや!送ったつもりだったんです!そしたら私のアシスタントしてくれてる女の子が悪ふざけで買ってきた本と間違えて送っちゃって!それに気づいたのがつい今朝の話なんです!送ったのが先週の話だからとっくにお父さんの元にあると思うし、私の本があんなものだと思われてると思うともう私どんな顔していいのかお父さんに合わす顔がなさすぎて!どうしようどうしようって思ってて、そりゃ約束して以来電話して来ねーわってごめんなさい何言ってるかわからないですよね!?」
わかりますよ、とまた答えはしたが早口過ぎて話を整理するのに少し時間がかかった。
要するに、息巻いて父親に送りつけた本を盛大に間違えたと言う事らしい。
それで、どんな本を間違えて送ったのか聞いてみると、食い気味に女性は答える。
「平成スケベ合戦ちn…
「お客さん、タイトルまで言わなくていいです」
どうやら、この女性が精魂込めて送りつけた本は全く別人が描いた成人男性向けの実用性が高いコミックだったらしい。
なるほどどうして、大事な親子の再会前に夕方からこのような繁華街にいるわけだ。
酒でも入れて勢いに任せなくては、父親にも会い辛かろう。
「ごめんなさい、こんな話しちゃって…」
そう言う彼女にいえいえ、と軽く答えたものの、内心は超絶な笑い話のネタが増えた事で踊るような思いだった。
「そんな事もいずれは笑い話に変わる事でしょう。まずは気持ちを落ち着けて、きちんと順を追ってお話しすればお父様もわかって下さりますよ」
そう声をかけると、女性は申し訳無さそうに礼を言った。
ナビには目的地の幸ケ丘が写りだしていた。
この辺で大丈夫です、と女性が言うとジャージのポケットから財布を取り出して料金分の金を用意し始めた。
深呼吸しながら覚悟を決める女性の気を少しでも楽に出来ればと、最後に1つだけ質問してみた。
「ちなみに、お客さんが描いてる漫画は何というタイトルなのですか?」
少し間を置いて女性は照れ臭そうに答えた。
「あ、『異世界に転生した勇者様が手の平の上で踊っていた件』って言って…通称『勇ダン』って言ってSNSでバズったんですけど…」
そう答える声は再び早口になっていた。
今回ばかりはどれだけ早口でも聞き逃す訳が無かった。それ程に衝撃的な瞬間だったのだ。
車を止めて、俺は会計を済ませる前にカバンから一冊の本を取り出した。
「『勇ダン』…発売日に3冊買いました。サインをお願いしても良いでしょうか?…先生。」
生まれてこの方、した事のない真剣な面持ちで俺は言った。
女性はかなり驚いた表情をしていたが、すぐさま喜んでサインをしてくれた。
幾度か料金は要らぬ払うの問答をした後、結局俺が折れる形で会計を済ませた。
「今夜は感動の再会になるでしょう、事故の事は忘れて存分にお父様とお話ください。」
我ながらキザに言ってみた。最後に広告付きのポケットティッシュを二つほど渡して女性を幸ケ丘のバス停付近で下ろした。
バックミラーから姿が見えなくなるまで、女性は俺のタクシーに頭を下げていた。
しかし、不思議な事があるものだった。
この「勇ダン」を本屋で見た瞬間、背筋に激しい電流が走った感覚は今でも忘れられない。
まさか忘れかけていた故郷に酷似した漫画に出会い、その作者とも出会う事になるなんて想像もしていなかった。
やはり俺はこの世界が大好きだ。
かつて、少ない来国者を待ち侘びて城門に佇むだけの日々に辟易していた頃の俺からは考えられない充実した日々がここにはあるからだ。
この世界には、予期せぬ運命が交差する何かがある。
だからどうしたと言う訳ではないが、この運命とやらを垣間見た気がした今日、俺は生まれて初めて実体の無い神に感謝してみた。
感慨深い面持ちで来た道を引き返し、縄張りの繁華街に向かう。
いつかまた、こんな奇跡に出会う事を期待しながら。
そんな事を思いながら走っている内に、また新しいお客様だ。
どちらまで?と聞くと、泥酔した男が駅までの道を指定する。
見たところまだ若い。派手な身なりの割にパッとしない顔立ちの男が呂律の回らない口調で言う。
「運転手さん、おれ異世界で勇者やってたんすよぉ」
聞けば今は動画投稿サイトでお騒がせな配信で広告料を荒稼ぎする配信者として名を馳せているようだ。
よく見ると見覚えのある顔だった。
あの魔術師が3回目に連れてきた勇者様ではないか。
酔っ払った男は自慢げに、
やれ「俺の魔法剣は最強だった」だ、やれ「今日はキャバ嬢に100万使った」など、支離滅裂な話を続ける。
かつての我が国王陛下よ。
あなたの優しさは、どうやらこちらの世界でとんでもないモンスターを生み出してしまったようです。
次元を超えてこの声が我が故郷に届く事を切に願っている。
終




