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7.シェリーの復讐

「シ、シェ、シェリーおねえ⋯⋯な、なっ、何でっ⋯⋯」 


 動揺するあまり、全身が硬直し動けなかった。シェリーは無言で玄関扉を押し開けて居間に入り込み、ポンコツのほうへ顔を向けた。ポンコツは愕然としたように俯いていた。


 シェリーはポンコツを見下ろしながら訊いた。


「こいづがあんたの友達っぺか? あたしらと顔つきと肌の色が違ぇな。どういうごとでぇ、キャリー?」


 キャリーは言葉を詰まらせながらも必死に言い訳を並べた。


「王国軍に協力しとる同盟国軍の⋯⋯その、外国の兵隊で⋯⋯」


「本当さね?」


 嘘を見破っているぞというようにシェリーの目が更に鋭くなり、追い詰められたキャリーは口を閉ざした。


 シェリーはキャリーの言うことを信用できないと怪しむような表情を浮かべながら居間中を見回し、ふと立ち止まる。


「あの服はなんさね」


 シェリーは居間の隅に干されたポンコツの軍服を指差した。玄関に誰か押しかけてきた時に見えないよう、丁度玄関扉に隠れて見えない位置に軍服を移動させておいたが、家に入り込まれては無意味だった。


 ばれた、もうだめだという諦めが胸に満ち、キャリーは壁に背を擦りつけようにずるずると座り込む。


 シェリーは軍服に近寄った。彼女を止めようとキャリーは硬直した両足を動かそうとしたが、全く力が入らない。キャリーがもがいている間に、シェリーは軍服の片袖を引っ張る。


 シェリーは袖に縫われた帝国の国旗の刺繍を目にするや、口元を歪めてぎりっと歯を鳴らした。


「こいづ、帝国兵か。まさかロナを殺した悪魔を匿っでいたなんてね」


 そう呟いてシェリーは後ろを振り返り、肌を突き刺すような憎悪の眼差しでキャリーのほうを見た。見慣れた憎たらしいシェリーの顔が、恐ろしい悪鬼の形相に変わっていた。


「⋯⋯最低最悪野郎さね、あんだは」


 シェリーは歩き出し、昨日から床に放置されていた包丁を拾い上げた。怪我をして動けないポンコツを殺る気だ。


 シェリーの血走っている目を見るに、反撃されるのを恐れないほどの憎しみに駆られているのが見て取れた。


 じっと俯いているポンコツに、キャリーは視線で『ポンコツ何やってる、早く殺せ』と訴える。


 シェリーを殺して森の奥に死体を埋めてしまえば、ポンコツのことは誰にもばれない。身体が硬直してろくに動けない自分にシェリーを止めるのは無理だが、殺し慣れているポンコツなら瞬殺できるはずだ。


 村人たちに秘密の看病がバレるか否かの瀬戸際に立たされた今、キャリーは殺人を容認するのも厭わぬ覚悟でいた。


 手に汗握りながら、キャリーはポンコツに懇願する。


(ポンコツ、殺れ。その女を殺れ!)


 ポンコツは黙ったまま動こうとしない。まるで刺されることを望んでいるかのような奴の態度にキャリーは苛立ち、歯茎が軋み音が鳴るほど歯を強く食いしばった。


(何で動かないんだ!)


 シェリーは包丁を両手で握ってポンコツの横に立つ。刃物を持った敵がすぐ目の前に接近しているのに、ポンコツは俯いていた。


「ポンコツ! はよそいつを殺せぇっ!」


 シェリーは包丁を頭上に掲げ、叫ぶ。


「――⋯⋯ロナの仇っ!」

 

 叫び声が響いた途端、シェリーの全身に雷が落ちたような衝撃が走った。


「やめれぇっ!」


 身体の硬直が解けてキャリーは咄嗟に動き出し、シェリーの前に立ちはだかって両腕を広げた。同時に振り下ろされた包丁がキャリーの肩を掠め、焼けるような激痛が走る。


「アッ⋯⋯」


 背後でポンコツの驚いたような声が聞こえた。


 暫しの静寂が流れた後、シェリーは我に返ったように歪んだ表情を緩めて、顔をひきつらせる。 


「キャリー⋯⋯何でそいつを庇うん⋯⋯」


 激痛の走る肩を押さえながら、キャリーは呻くように言った。


「こいづに、殺してほしかったからさね⋯⋯だから看病してたんさね⋯⋯」 


「は? 殺してほしかった?」


 震える歯の間から絞り出すようにキャリーは言った。


「殺されて、家族んとこに行きたかった。⋯⋯ひとりは、辛すぎっから」


 生温かい血が傷口を押さえる手を濡らしていゆく。


 シェリーは強張らせていた表情を緩めて険しい顔になり、キャリーの片腹に刃先を押し当てて言った。


「言うこときかんと腹刺して内臓えぐりだすぞ。動くな」


 刃先の当たっている部分にぞわりと悪寒が走る。刃物を奪い取ろうという考えが頭を過るも、やればシェリーの言った通り腹を刺されて内臓をえぐり出されるかもしれない。


「キャリー、あんだのやったごとは大罪さね。帝国兵を匿って看病すなんて、極刑に値するぐれぇの重い罪さね。その上おめぇはロナの死を馬鹿にしよった。とんだ極悪人さね。捕まって処刑されろや」


 死刑宣告をされ、足元が崩れるような目眩に襲われてキャリーはふらついた。


 シェリーはこの後、キャリーが帝国兵を内緒で匿っていたことを村人たちにばらすだろう。キャリーは捕まり、恐ろしいほど惨い処刑を受けることになるだろう。


 王国では、重罪を犯した死刑囚に『遅死刑』という死ぬよりも苦しい刑を与えられる。キャリーも街で死刑囚が遅死刑を受けているのを見たことがある。

 

 生きたまま全身皮剥ぎ、解剖、湯窯に身体を突っ込んで茹でる、火炙りにして半焼けになった身体を大衆の前に晒す、全身釘打ち、肛門から口まで串刺しにする。


 想像するだけで全身に冷たい怖気が走り、肌が粟立った。


 ポンコツを匿っていたことが村人たちに知られれば、彼らは手のひらを返して怒り狂い、キャリーを処刑することだろう。凄まじい苦痛を味わい、皆に笑われながら死んでいく恐ろしい処刑を受けるなんて、絶対に嫌だ。


 シェリーはキャリーを嘲笑うように言った。


「⋯⋯このこと、村の皆に言ってやっからな。死んだロナを馬鹿にした罰だと思え」


 シェリーはキャリーの腹から刃物を離し、玄関を出ていった。


 張り詰めていた空気が解けると共に身体の緊張感もほぐれ、キャリーは床に膝をついた。


「処刑される⋯⋯生きながら皮を剝かれて手足もがれて、みんなの前に晒される⋯⋯うわあああぁ――っ」


 キャリーは床に額を擦り付け、拳で地を叩きながら喚き散らした。


 その時、頭上から「クャルィー」とポンコツの声が降ってきて、キャリーは垂れた髪の毛越しから奴を見上げた。


(クャルィー?⋯⋯キャリー? もしかして、私の名前⋯⋯?)


 ポンコツは寝床から降り、辛そうにハァと息を吐いてキャリーの前にしゃがむ。


「な、何だよ?」


 ポンコツはいきなりキャリーの肩を持ち上げた。


「はっ?」


 ポンコツはキャリーを立たせ、よろめきながら台所へと連れて行く。


「台所行ってどーすんだ?」


 ポンコツは台所の裏口戸を開けて、向こうに広がる森を指差した。


「森がどうしたんだよ?」


 ポンコツはキャリーを指差した後、再び森を指す。ポンコツの身振り手振りからキャリーは奴の伝えたいことを解釈した。


「森に行けってか?」


 シェリーが村人たちに秘密をばらせば、お前は殺される。だから森に身を潜めてどこかへ逃げろと――。


 人を庇うなんて悪魔らしくないと戸惑っていると、ポンコツは早くいけと言うようにキャリーの肩を押して外に出した。


「な、何なんでぇ、悪魔のくせに⋯⋯」


 そう悪態を付きながらも、とにかく隠れないとまずいと思い直し、キャリーは森の茂みに入ってしゃがみ込んだ。


 茂みに身を隠したキャリーは、草むらの隙間からポンコツを見た。ポンコツはキャリーが森に隠れたのを確認したように頷き、こちらを指差す。そこにいろ、と念を押すように。


「ポンコツ、一体何する気だよ」


 ポンコツは裏口の戸を閉めた。扉越しから重い鉄製の物をずるずると引きずる音が聞こえた。ふらつきながら剣を引きずっていくポンコツの弱々しい姿が目に浮かぶ。


 まさか、村人たちが家に来たら剣でぶっ殺そうというのか。筋肉むきむきの怪力野郎とはいえ、体力が尽きてふらふらの状態だ。まともに剣を振るえるのか、とキャリーは不安になった。


(もしポンコツが殺られたら、あたしは捕まって処刑さね⋯⋯)


 ポンコツ、死ぬなよ。処刑の危機が迫った今この時だけは、ポンコツを応援したい気持ちだった。


 キャリーは近いうちに来るであろう村人とポンコツの対峙に怯えながら、茂みの中に身を潜め続けた。


 暫くして、不意に視界の隅を人影が横切り、悪寒が走るとともに全身の肌が粟立った。人影が動いた方を見ると、身覚えのある一人の子供が家の前の道に立っていた。


「サクッ!?」


 悲鳴を上げそうになり、キャリーは咄嗟に口を両手で覆った。


 サクはキャリーのほうをじっと見つめていた。表情はわからないが、仕切りに口が動いているのが微かに見える。まるでこちらに何かを伝えようとしているように。


「な、何⋯⋯?」


 サクは口パクを何度かした後、キャリーに向かって「待て」というように手のひらをかざし、踵を返してその場から去っていった。

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