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4.ポンコツ悪魔

 帝国兵は包丁を握ったまま呆然として動こうとしなかった。奴がいつまで経っても殺そうとせず、胃の焼けるような苛立ちが込み上げてくる。


「なにやってんさ。さっさとこれであたしの頭をぐさっとさせっての」


 キャリーは包丁を指差し、次に自分の頭を突き刺す仕草をする。さぁ即死させてけれ、はよ、はよ、とわくわくしていると、帝国兵はいきなり包丁を床にぶん投げた。


 からーんと金属の跳ねる音が響く。呆気に取られてキャリーは落ちた包丁を見下ろした。


(は? 包丁を投げやがった?⋯⋯なんでさね。なんでさね)


 赤ん坊の首を壁に打ち付けた極悪非道の悪魔が、なぜ殺そうとしない? わけがわからなくて混乱し、苛々し、頭の中がぐちゃぐちゃになってキャリーは地団駄を踏む。


「何なんだよもうっ」


 キャリーはもう一度包丁を拾い上げ、帝国兵に柄を差し出した。奴は柄を握り、すぐにまた床にぶん投げる。風を吹きかけられた炎がごぉっと燃え上がるように苛立ちが爆発し、キャリーは顔を真っ赤にして喚く。


「ふざけんな馬鹿っ! さっさと殺れやっ!」


 手当しようとした時は欠片を握って殺そうとしたのに、一体なぜ拒否するのか。


「殺ってけれ! はよ!」


 キャリーは床に投げられた包丁を拾い上げ、帝国兵の膝の上に怒り任せにぶん投げた。

 帝国兵はしかめっ面を浮かべて包丁を持ち、片手で刃物の背を、もう片方の手で柄を持ち、両腕に力を込める。包丁の付け根あたりが上向きに少し曲がって、きりきりと音を立てた。


「へ⋯⋯? 何して⋯⋯」


 刃物の付け根がきぃんっと音を立てて折れる。柄から先が無くなった包丁を見て呆気にとられたキャリーはその場に崩れ落ち、唇を震わせながら叫んだ。


「お、おいっ、ちょっ、ちょっと、ちょっとちょっと何すんだぁっ!?」


 帝国兵は折れた包丁を床にぶん投げ、キャリーから目を逸らす。


 キャリーは怪力でへし折られた包丁を手に取り、付け根の断面に目を向ける。


 どうして? 悪魔のくせに、人殺し好きのはずなのに、なぜ殺さないのか。疑問が溢れて破裂しそうになる頭を抱え、キャリーは帝国兵に愚痴を吐く。


「使えねー悪魔だな! あんたは頭のぶっ壊れたポンコツ悪魔だ。おめぇのこと『ポンコツ』って呼んでやらー!」


『ポンコツ』と勝手に名付けられた帝国兵はこちらを振り向こうとしなかった。


「おい、ポンコツ聞いてんのか」


 ポンコツは布団を被ってしまった。


「村人共がいつ押し寄せてぐるかわがんねぇってのにこのくそ悪魔が、ふざけよって!!」


 村人たちに追い詰められ、ポンコツは殺してくれない、様々な焦りがせめぎあいキャリーを発狂させてゆく。


「殺せよ馬鹿!」


 キャリーは床が抜けそうになるほど激しく地団駄を踏み、空気を揺るがすような喚き声を上げ続けた。


「さっさと殺してくんろ!」


 キャリーの狂いっぷりに気圧されたのだろう、ポンコツは掛け布団越しから顔を覗かせて目を見開いた。


 暴言を吐き、暴れるうちに疲労が押し寄せてきて、キャリーは大の字になり寝転ぶ。

脱力して身を起こせないキャリーは、呆然と天井を見上げた。


 村人たちがキャリーの偽友達に関心を寄せてバレるのも時間の問題となった今、だらだらと怪我が回復するのを待ってなどいられない。


「どーすりゃいいんさね⋯⋯」


 村人たちがいつ押しかけてくるかわからない緊迫した現状をポンコツに教えてやったら、すぐ殺してくれるだろうか。だが言葉が通じないのに、どうやって危機を伝えればいい?


 伝える方法を考え続けるうちに、時間は過ぎていった。


 ポンコツが掛け布団から片手を出し、頭を搔き始めた。奴の表情は苦しげに歪んでいる。頭が痒いのだろう。


 ポンコツの血と泥で固まった髪から、白く小さな物体が大量に落ちる。よく見るとシラミだった。普段風呂にあまり入らない農民でも、ここまでたくさんのシラミに集られることはない。野戦でシラミを拾いまくったのだろう。


「うわ、きったねぇ」


 ポンコツは続いて腕、肩、首を掻き始めた。掻くたびに血と泥と垢が混じった黒いものがたくさん布団に落ちる。戦場で日々血と肉片と泥を浴びてきたせいなのか、がびがびの赤黒い膜が皮膚の上を覆っている。腕を掻き終わると、ポンコツは溜め息を付いて自分の手のひらを見つめた。血濡れた髪の毛とシラミがびっしり指に付いている。その手を見つめるポンコツの顔には、うんざりしたような表情が浮かんでいた。


 頭と身体を洗ってさっぱりしてぇな、とでも言いたげな顔だった。


「はははっ、洗ってやんねーよ。ざまぁみやがれ。痒みにもがき苦しめ!」


 突然、ポンコツがウッと苦しげに呻き出した。


「今度はどーしたんだよ」


 ポンコツは胸の上に手を当てて顔を歪めている。痛み止めの効果が切れてきたのだろう。


 先程痛み止めの薬を飲ませてから、約二時間ほど経っている。痛み止めの効果が持つのは約二時間。だとしたら深夜も二時間置きにポンコツは痛みに苦しみ、その度に薬を飲ませなければならなくなる。夜中、二時間置きに起きる新生児に授乳するようなものだ。


 これから看病するにあたり一睡もできないかもしれない、と気が重くなってキャリーは項垂れた。


「はいはい、今痛み止め持っとくるよ」


 キャリーは立ち上がって、台所で痛み止めを作った。


 

 ◆ ◆ ◆



 看病するにあたり一睡もできないかもしれない、という嫌な予感は的中した。


 その日の深夜、ポンコツが熱を出した。怪我をして体力を失ったせいだろう。額から汗雫が垂れ落ちている。熱を出した上、痛み止めの効果が切れる度にポンコツは悶えた。


 ポンコツの額に乗せた布がぬるくなるたびに冷やし、二時間起きに痛み止めを飲ませるため、キャリーは一睡もできていなかった。


「はよ寝かしてくれよぅ⋯⋯」


 地が揺れるような激しい目眩に襲われる中、キャリーは寝ぼけ眼で桶の冷水を染み込ませた布を絞り、ポンコツの額に乗せる。熱で汗が出過ぎると体力を消耗してしまうので、ぬるくなればすぐに取り替えなければならなかった。


 ポンコツが呻きながら身体中を掻き始める。寝床に横たわってから何時間も繰り返し身体を掻き続けたせいで、ポンコツの上半身にはたくさんのミミズ腫れが走っていた。中には強く搔いたせいで切り傷と化しているものもある。


「傷が増えたら蛆が余計に湧くだろ、この野郎⋯⋯」


 キャリーはうんざりしながら、ポンコツの皮膚から剥がれ落ちた赤黒い欠片を拾い集める。


 痛み止めが効いてきてポンコツが落ち着くと、キャリーはよろめきながら椅子に腰掛けて俯いた。目眩で椅子が左右に半回転しているように感じる。鉛を埋め込まれたように重い頭を片手で押さえながら、キャリーはいずれ来る限界を予想してため息をつく。


 ポンコツの負った深い傷は早ければ一週間、遅くて一ヶ月はかかる。その間ずっとポンコツは怪我の痛みに苦しみ、二時間起きに薬を飲まなければならない。ろくに眠らず一週間、一ヶ月も看病するのは正直不可能だ。頭がおかしくなってしまう。


 こうなることを予想せずに、殺してもらうため看病するぞと躍起になっていた自分が馬鹿らしく思えた。


 看病できないなら捨てるしかないじゃないか、ポンコツに殺す気もなさそうだしという諦めの気持ちが、キャリーの心をくじこうとする。


「⋯⋯捨てちまおうかな」


 そして捨てた後は、また虚無の時間に浸る日々が続く。


 捨てるか否か、結局決められないまま時間が過ぎていった。


 太陽が峰から昇り、空が黄色みがかった青色に変わった早朝。ポンコツの額に触れてみると熱は下がっていた。汗も出ていない。


 額を触られたのに気づいたのかポンコツが目を開け、キャリーの手をぱしっと跳ね除けた。


「いでぇっ! このやろ!」


 キャリーは熱冷まし布でポンコツの顔面を叩く。ポンコツはキャリーを睨みつけて布を奪い取り、投げ返してきた。筋肉むきむきの腕で勢いよく投げ飛ばされた布は、キャリーの顔面にぶつかった。鞭で叩かれたような痛みが顔に走り、キャリーは悲鳴を上げる。痛み止めが効いている今は怪力を出せるらしい。


「元気になりやがって、くそやろーが⋯⋯」


 ポンコツの腹が鳴った。奴は腹筋の割れた腹を擦り、困ったような表情を浮かべる。腹が減っているのだろう。食べなければ体力は回復しない。何か食べさせなければと思ったものの、悪魔が何を食べるのかわからない。


「うーん⋯⋯あ!」


 帝国兵たちは畑から野菜を盗んでいった。凶暴なくせして奴らは意外にも草食なのかもしれない。


「そか、草を食わせばいいんね」


 キャリーは裏口から外に出て雑草を摘み、皿に持ってポンコツの膝に乗せた。


「食えよ。草がお前らの餌なんだろ」


 ポンコツは眉間に皺を寄せてじっと皿を見つめた後、顔を上げてキャリーを睨んだ。ポンコツの鋭く細められた目には抗議の色が浮かんでいる。飯を出してやったのに不満げな態度を取るポンコツにキャリーは苛立つ。


「何か文句あんのか?」


 ポンコツは皿を持ち上げ、キャリーにぶつけてきた。超高速で飛んできた皿が顔面にぶつかった衝撃で体勢を崩し、キャリーはよろめく。


「な、なっ、なんだよ! 草食べてるんだろ? 違うのかよっ!」


 顔に付いた草を手で払いながらキャリーは喚く。


 するとポンコツはスプーンを持ってそれを口に近づけるような身振り手振りをし、再びキャリーのほうを見た。人間の飯を出せと言っているのかもしれないと察したキャリーは、悪魔のくせに厚かましい奴だと憤る。


「はいはい、人間の飯ね。はいはい、今作ったるよ馬鹿野郎」


 呆れながらキャリーは台所で朝食を作った。パンと熱々のスープ、スプーンを載せた盆をポンコツの膝に載せる。ポンコツはスプーンを手に取り、スープに入った煮豆を口に運び、噛んで呑み込んだ。煮豆を頬張る奴の横顔がなんだか満足げに見え、憎たらしかった。


「けっ、悪魔が一丁前に人間の飯食いやがってよ」


 そう愚痴を吐いた時、突然外から足音が迫ってきた。背筋に寒気が走り、キャリーは慌てて椅子から立ち上がって玄関扉に心張り棒を引っ掛けた。村人がいきなり扉を開けたら大変だ。


 足音の主は玄関扉に近づき、コンコンと二回叩く。


「キャリーおねえ、開けてくんろー」


 扉越しからサクの声がした。


 ばれると危機感を覚えたのか、ポンコツは素早く掛け布団を被って寝たふりをした。


 ポンコツが掛け布団に隠れたのを確認した後、キャリーは緊張に心臓を高鳴らせながら玄関扉を開けた。怪我をしたほうの足に布を巻いたサクが、にこにこしながら立っていた。朝早くから人ん家に来やがってこの無礼なクソガキめと内心で愚痴を吐きながら、キャリーはサクに訊く。


「何の用さね、こんな朝っばらから」


「今、退魔師が村に来だっぺ。家を一件一件回っで悪魔の呪いを祓っでもらうんだっぺよ。村長が退魔師のことをおねえに伝えておいてって言われだからきたっぺよ」


 背に冷水を浴びせられたような悪寒が走った。


 退魔師は教会に属する、悪魔祓い担当の聖職者である。悪魔に憑かれた人々に退魔の術を施し、救うのが仕事だ。


 悪魔は人に憑くだけでなく、邪気を発して災いを呼ぶ。これをみんなは「呪い」という。ポンコツたち悪魔が村を訪れたことで村内に邪気が漂い、災いがもたらされるだろう⋯⋯ということで、退魔師が出動したのだろう。


 退魔師が家に来たら、ポンコツの中に宿る悪魔の魂を祓われてしまう。そうしたらポンコツは死んでしまう。またしてもとてつもない一大事に直面したキャリーは、飛び上がって叫び出したい衝動に駆られた。


「退魔師め、いらんことを!」


 歯を食いしばって爆発しそうになる焦りをなんとか抑えながら、キャリーは吐き捨てるように言った。


「ほんといらんことすな退魔師! 何で来んさね! いらんことすなっ!」


 サクは首を傾げて眉をひそめる。


「キャリーおねえ? どうしたん?」


 絶対に退魔師を家へ入らせてはいけない。来たら全力で追い払わなければならない。キャリーは頭を抱えながら、退魔師が来た時の追い出し方を必死に模索した。


「来よったらそっこーで追い出すしかないさね」


「それがな⋯⋯強制でさ。おらたち村人に拒否権ないっぺよ。村長が退魔師に契約金前払いして『家を全部回るよーに』約束したっつぅがらな。村の金かつかつだけど、悪魔の呪いで村が祟られるよりはましだって」


 拒否権はないという言葉に頭を殴られたような衝撃を受け、キャリーは口を裂けそうなほど大きく開く。


「はぁっ!? 嘘だべ!?⋯⋯ったくあの村長、やらかしやがって!」


 キャリーのやたらと退魔師を拒絶する態度に疑問を抱いたのだろう、サクは不審そうな顔で訊いた。


「何でそんなに退魔師来られるの嫌なん? 悪魔の呪いが家に憑いとったら見えねえ魔物が集まってぎてキャリーおねえと友達が大変なごとになるさね。祓ってもらっとき」


 その呪いを振りまく悪魔ポンコツが退魔師に祓われたら大変なことになるのだ、なんて言えなかった。


「まぁとにかく、キャリーおねえに事前に退魔師のこと言っどけって村長に言われだんよね。退魔師がいきなり来でおねえがびっくらこかねぇようにっで。⋯⋯ん?」


 サクが首を傾げて室内を指差し、訊いた。


「なぁ、あれ軍服?」


 腹に悪寒が走る。ああ、やらかしてもうた⋯⋯とキャリーは愕然としながら、サクの指差す方を振り返った。胸辺りが斜めに裂けたチェーンメイルと薄汚れた軍服が、居間の隅のはりに吊るされている。誰にも見られないだろうと居間に干しておいたのが思わぬ仇となり、迂闊な自分をキャリーは呪った。


「友達、兵隊さんなん?」


「そ、そそ、そうさね。王国軍の敗残兵で、昔馴染みだった友達を泊めてるんよ」


 必死に嘘を並べたあと、キャリーは玄関を出た。はっと我に返って扉の隙間から心張り棒を立て掛けて誰も入ってこないようにし、扉を閉める。


 玄関を出ると、壁に突き刺さったロナの赤ん坊の首三つが目に入った。三人の生首は蛆虫たちの白い塊に食い荒らされ、顔半分が崩れかかっている。肉塊の放つ生ごみが腐ったような死臭に、キャリーは顔をしかめた。


(しっかし、シェリーお姉の家にロナの首が、あたしの家にロナの子っこらの首が、ねぇ)


 なんとなく、偶然とは思えない。何かの因果を感じて不快感が胸に広がり、三つ首から目を逸らしたキャリーはサクに訊いた。


「退魔師はどこさね」


「村の広場さね」


「よし、一緒に行ぐっぺよ」


 キャリーは不在中にサクが家の中を覗かないよう彼の手を引き、村の中央にある広場を目指して走り出した。

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