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3.村人たちの包囲網

「へぇ、どちらさんですかい⋯⋯?」


 扉の隙間から、二十代くらいの若い女、老けたおじさん、おばさん二人が顔の覗かせた。老けた二人は女の両親で、おじさんは村長、女は兄の元婚約者のシェリーだ。


 おじさん、おばさんの顔は酷く窶れてより老けて見えた。彼らの背後に立つシェリーは真っ赤に泣き腫らした目をしてすすり泣いている。


 三人の姿を見た途端、肌に虫が這うような不快感を覚えた。家族がいなくなってから、おじさんとおばさんは村人と同様キャリーを励まそうと薄っぺらい言葉を何度もかけに来て、苛立ち、余計に心が擦り減っていた。


 特にシェリーはおじさんとおばさんと違い「いつまでも引きこもるな、過去を引きずるな」とトゲのある言葉を浴びせてお説教を垂れてくるので、反吐が出るほど大嫌いだった。


 早く帰ってほしい、話したくない。さっさとこの面倒な状況を終わらせようと扉を閉めようとしたら、おじさんが押し入ってきて言った。


「聞いとくれ、キャリー⋯⋯」


 うんざりしながらキャリーは訊いた。


「なんが用ですかい?」


 おばさんが掠れた小さな声で答える。


「⋯⋯ロナが殺されだっぺ」


 おじさんが続けて言った。


「うぢの家に、ロ、ロナ、の生首さ、突ぎ刺さっでて⋯⋯あと、ほれ⋯⋯」


 おじさんは壁に突き刺さった赤ん坊三人の首を指差した。


「これ、ロナの子っこらの首さね。この頭についてるリボン、長女のやつやわぁ⋯⋯ああぁっ⋯⋯なんで、こんな、こんなっ、小さな子まで⋯⋯っ!!」


 おばさんが顔を両手で覆って泣き出す。


「ロナ⋯⋯」


 ロナはキャリーが物心ついた時から仲良くしていた幼なじみの少女だった。ニ年前にロナが隣村に嫁いで三児の母になっても、キャリーは時々彼女と遊んでいた。家族の死後、ロナとはほとんど会っていない。

 家族並みに長い時間を過ごした親友のロナが殺されたと聞いても、心は全く揺れる動くことはなかった。


(そか、殺ざれだんか。ロナ⋯⋯子っこ三人と一緒に)

 

 キャリーは三人の背後にある土手へ目を向けた。シロツメクサの揺れる草地で、幼い頃ロナとシェリーと遊んだ時の記憶が蘇る。

 肩まである金髪と青い目が特徴の小さな少女ロナが、シロツメクサを結って作った花冠をキャリーに被せた。


『キャリー、花冠っぺよ』


 キャリーは頭に乗っかった花冠を見上げて歓声を上げる。


『花冠うまかね、ロナ!』


 ロナの隣ではシェリーが苛々したような顔で出来の悪い花冠を作っていた。


『下手さねぇ、シェリーは』


 ロナと二人で馬鹿にするようにげらげら笑うと、シェリーはむっつり顔になった。今思うと本当に信じられないが、家族が死ぬ前まではシェリーはキャリーにとって大切な親友だった。


 キャリーとロナとシェリーはどこへ行くも一緒だった。ロナとシェリーと三人で作物を売りに行くついでに街で遊んだり、礼拝旅行に出かけたりと、数え切れないほどの様々な思い出が脳裏を過ぎっていく。ロナと過ごした十数年間の楽しい思い出はたくさんあるのに、彼女の死がまるで他人事のようにしか感じられなかった。


 キャリーはロナの生首を思い浮かべた。蛆に眼球を食われてぽっかり開いた眼窩と口から流れ出る真っ赤な血、首の断面に刺された棒。それはキャリーが帝国兵に殺された時に晒すであろう理想の自分の姿だった。自分より先に悪魔に殺されるなんて羨ましい。ロナの死に身の焦がれるような嫉妬を覚え、キャリーは口元の片方を吊り上げながら愚痴を吐く。


「あたしより先に殺されるなんでずるいっぺよ、ロナ」


 シェリーがすすり泣くのを止め、キャリーを睨みつけて訊いた。


「今何ていっだよ?」


「先に殺ざれるんはずるいっつったっぺ。まぁいいや、あたしももーすぐ殺されっがら別にいいんけど。とりあえずご愁傷さまっぺな、ロナ」


 シェリーは怒ったように顔を歪め、震えた声で言った。


「殺ざれんのがずるい? あんだ⋯⋯何言っでんだよ。あんだど長ぇ付き合いの幼なじみのロナが殺ざれだっでのに⋯⋯何で、何でんなごと言うん⋯⋯」


 シェリーの泣き腫らした顔が鬼の形相に変わった。


「ふざげんでないっ! キャリー! このっ」


 シェリーはキャリーの胸ぐらを掴み、ぎゅっと引っ張る。胸ぐらを掴むシェリーの手から激しい怒りが伝わってくるが、キャリーには彼女の感情などどうでもよかった。先に悪魔に殺されたロナへの嫉妬と羨ましさで、キャリーの頭はいっぱいだったから。


「姉妹みでぇにあたしらとずっと一緒だったロナだで? 何で、そんなひでぇごと言うんだ、キャリー⋯⋯」


 シェリーの目から涙が滝のように溢れ出す。


「キャリー、あんだも悪魔ど一緒だわな」


 キャリーはシェリーなど気にも止めずに、心の中でロナへ愚痴を吐き続ける。


(剣で首をすぱっど斬られだんかな? ロナは楽に死ねだんかな? あー、いいなぁ。何であんたが先に悪魔に殺ざれるんだよこんちきしょーめ)


「聞いとんのがごらっ! キャリーっ!!」


 シェリーが罵声を浴びせてキャリーの頬に強烈な平手打ちをした。激痛で我に返ったキャリーは、シェリーを睨みつける。


 おばさんがシェリーを止めた。


「もうええ加減にしとき、シェリー」


 シェリーはおばさんに向かって喚き散らす。


「だってよおっかぁ! ロナが殺ざれだってのに、こいづ、こいづは⋯⋯!」


(あーあ、うっさいなもう)


 いつまでも悲劇に浸っている三人に嫌気が差して、キャリーは扉の取手を掴んだ。


「すんません、おじさ、おばさ、シェリーおねえ、さいならー」


 扉を閉じようとした時、病床から帝国兵のあくび混じりに呻き声が聞こえて、腹の底に寒気が広がった。病床のほうを見ると、掛け布団がもぞもぞと動いている。空気を読め馬鹿、見つかったらどーすんだとキャリーは心の中で奴に怒る。


 帝国兵の声を聞いたのだろう、おじさんが眉をひそめて訊いた。


「誰かいるんかい?」


 慌ててキャリーは嘘をついた。


「あ、はい、隣の村の友達が避難してきよってでさ⋯⋯」


「えっ? 友達!?」


 おじさんの目に疑いの色が浮かんだ。ずっと誰とも関わろうとしなかったキャリーに友達なんていたのか? と怪しまれているようで、全身に緊張が走る。


「は、はい⋯⋯では、失礼しやす」


 慌てて玄関扉を閉め、キャリーは溜め息をつく。


 外からおじさんとおばさんの話し声が聞こえてきた。


「あのキャリーに友達?」


「しかも隣の村の? いつの間に⋯⋯」


 やはり自分に友達がいるのは不自然なことに思われているらしい。変な嘘をついてしまったとキャリーは酷く後悔した。


 おばさんの声がした。


「でも、気になるっぺな。会ってみたいさね、その友達に」


「そうだなぁ」


 興味を持たれてしまったとキャリーは愕然とする。


 おじさんとおばさんが偽友達の嘘話を広めたらどうしよう。あのキャリーに友達ができたよと。世話焼きの人々は驚いて、友達に会いたがるだろう。きっと厄介なことになる。


 足音と話し声が遠ざかっていき、静かになる。キャリーは扉に背をずるずる擦りながら床に座り込み、うずくまった。


 苛立ちと悔しさと焦りが胸の中で激流のように渦巻いて暴れ、キャリーは頭と頬をがりがり爪で引っ掻きまくる。


「ちきしょー⋯⋯なんでこんなことにっ⋯⋯」


 気持ちの大暴れに耐えられなくなった胸が爆発して、キャリーはアァァアァッと獣の雄叫びにみたいな声を上げる。絶叫した途端、空気の入った袋に穴が開いてしぼむように身体中から力が抜けていき、キャリーは四肢を床に投げ出した。

 奴に興味を持った村長家族が村中に「キャリーの友達」の噂を広める危機が迫っている。絶望が縄のようにキャリーを締め付けて動けなくした。


 視線を感じてキャリーは病床へ目を向けた。掛け布団を捲って上半身を現した帝国兵が、何事? と言うようにこちらを見ている。


「おめぇが余計なことしやがったせいで⋯⋯!」


 帝国兵は興味が失せたように視線を逸してまた眠った。


 微かに帝国兵から血の臭いがする。包帯が血を吸って臭いを発しているらしいと気づいて、キャリーは立ち上がる。取り替えないと臭いがハエを呼び寄せてまた傷口が蛆虫のえじきになる。傷口深くに卵を産み付けられたらもう取り出せない。包帯を見てみると、予想通り赤いシミが浮かんでいた。止血しているが完全には抑えられない。


「布は少ねぇってのに⋯⋯」

 

 とりあえず、まずは帝国兵の包帯を変えなければ。混乱する頭を切り替えてキャリーは帝国兵の包帯を外し、新しいのを巻いてやり、汚れた布を洗濯桶に入れた。洗濯粉に使う灰を窯から掬い取って桶に入れ、水を注ぐ。


 裏口から外に出た。曇り空の隙間から陽光が差している。風に乗って死体のすえた臭いが漂ってくる。草地で布を洗濯していると、がさがさと林の藪から物音がした。驚いて顔を上げると、やぶからひょっこり幼い少年の顔が飛び出した。この村に住んでいる少年だ。一体なぜここに、とキャリーは不安に駆られた。


「あ、キャリーおねえ!」


「なんだおめぇ、なんでここに」


「友達がおねえん家に来とるんだってね?」


 雷が直撃したような衝撃が全身に走る。心臓が破裂しそうなど高鳴り、毛穴から冷たい汗がじっとりにじんだ。


 予想通り、さっそく村長家族が偽友達の嘘話を広めてしまったらしい。友達がどんな人か気になる村人の第一号がついに現れてしまい、キャリーは逃げ場を失った小動物みたいに震え、固まることしかできなくなる。


「おねえどうしたん?」


「何でもないわい」


「ところで、友達はどんな人なん? 教えてくんろ」


 さっそくその質問が来たか、と固唾を呑んでキャリーは白を切る。


「どんな人っで別に⋯⋯普通の人だべ」


「ふーん」


 その声に勘ぐるような色が含まれている気がして、より不安を煽った。


「ところでさ、キャリーおねえ、これ」


 幼い少年は片足を上げて、足首あたりにある切り傷をキャリーに見せた。


「傷の手当て、してくんろ」


 傷の手当てをしてやったらこの少年は「キャリーが手当てしてくれた」と村人たちに告げるだろう。そうすれば、村人たちはようやくキャリーが働く気になったと勘違いして即行家に押し寄せてくるに違いない。慌ててキャリーは嘘を付き、少年をあしらう。


「悪ぃが、薬も何もないんさ。自分で足首止血しとき」


 少年は残念そうな顔を浮かべた。


「ごめんね、キャリーおねえ。んじゃ、ばいばい」


 少年は頭を茂みに引っ込ませ、どこかへ去っていった。


 心臓が壊れそうなほど激しく高鳴り、腹の中に悪寒が広がっていく。脅威はすぐそこまで迫っていた。このままだと、秘密の看病がばれるのも秒読みかもしれない。


 キャリーは慌てて桶を持ち、早足で裏口に戻り台所に入った。桶を足元に置き、扉にもたれかかって溜め息をつく。もう偽友達の噂は村中に広まり、人々は関心を持っているかもしれない。


 村人たちの好奇の目がどこからもなく自宅に集中しているような不快感を覚えた。


 硬く閉ざされた心に警戒心が上塗りされていく。誰も関わらんといて。心が二重の壁に覆われて、他人を遠ざけたい気持ちがより強まっていった。


 キャリーは床に額を付け、呻きながら頭を抱える。


 自宅の周りに村人たちの好奇心の包囲網を敷かれてしまった。村人たちがいつ、キャリーの家にお仕掛けてくるかわからない。


 ロナの死への嫉妬に、村人たちに見つかるかもしれないという恐慌も加わり、全身が熱を伴って震えた。


 もう、時間がない。はやく帝国兵に殺してもらわないと。


 帝国兵に包丁を渡してみよう。包丁なら「これで突き刺してくれ」と頼んでいるとわかるかもしれない。キャリーはそう期待して台所にある包丁を持ち、帝国兵に渡たした。


 帝国兵は包丁を握り、キャリーを見上げた。奴の表情に殺意の色は無い。なぜ包丁を握らされたのかわかっていない様子であった。キャリーは包丁を、続いて自分の頭を指差した。


「それであたしを刺してけれ」


 帝国兵は包丁を見下ろしながら、柄をぎゅっと握り締めた。

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