03 雀荘の店員
緒環「どうもー」
佐々木「よろしくおねがいしますー」
今日の公演が始まった。繁華街の小規模会場でのコントだ。
翌月に大きなお笑いの大会が控えて入るものの、地道な営業活動というのも続けなければならない。
緒環「最近僕ね、はまってることがあって」
佐々木「なんですか?」
緒環「麻雀ですね」
佐々木「あーいいですね。楽しいですかやっぱり?」
緒環「ええ、もちろん。特にあがるときが気持ちいいですよね、ドンジャラ!って言って」
佐々木「それ、ドンジャラだよね」
緒環「え?」
佐々木「いやだって言っちゃってるもんねドンジャラ!って」
緒環「あれだって麻雀でしょ?」
佐々木「うん、広い意味では麻雀かもしれないけどね。」
今日はボケ役の緒環を観客から見て右側に、ツッコミ役の佐々木を左側に配置している。
緒環「あーごめんごめん、普通の麻雀もやってるよ」
佐々木「そうなんだ。どんなメンツでやってるの?」
緒環「お正月とかに親戚が集まったときは絶対やるね」
佐々木「仲良さそうですね」
緒環「歳の離れた小学生くらいの甥っ子姪っ子なんかと一緒に、人生ゲームとかジェンガとかに飽きたときにやってますね」
佐々木「やっぱりそれドンジャラだよね」
緒環「え!?」
佐々木「さっきまで人生ゲームとかで楽しんでた小学生がいきなり次に麻雀はやらんでしょ」
緒環「そうだったんだ。じゃあ麻雀牌にドラえもんの絵とか描かれてたのも」
佐々木「完全にドンジャラだからだね。大人たちとはやったりしないの?」
緒環「やるやる!会社の友人とか集めてそいつのアパートとかで」
佐々木「おお、いいじゃん」
緒環「そう、夜中三時くらいまで」
佐々木「迷惑だな」
緒環「いや、そうでもないよ?隣も麻雀やってるみたいでテンション上がってるのか壁叩いてきたし」
佐々木「いやそれ壁ドンされてんじゃねーか。友人さんがアパートから追い出されるからやめとけよ」
緒環「あ、それでさ、雀荘の店員さんってあるじゃん?」
佐々木「うん」
緒環「お笑いやめて雀荘のバイト始めるからちょっと練習台になってくんない?」
佐々木「良いけどさ、解散の危機をさらっとぶっ放すのはやめてくれよ」
一旦佐々木が左手側に移動し、お客ですよという三文芝居を始めた。
佐々木「へ~ここに新しく雀荘できたんだ。ちょっと見てみようかな」
緒環「鴨1匹ご案内でーす!」
店内に響き渡るように店員役の緒環が元気よく挨拶をする。
緒環「あ、いらっしゃいませー」
佐々木「ちょっとまて今の何?」
緒環「へ?」
佐々木「鴨一匹って、めっちゃ弱い人みたいな。失礼すぎない?」
緒環「ヒヨッコのほうが良かったですか?」
佐々木「そういう話じゃないんだよ。まあいいよ、雀荘に来るの初めてなんだけどいいかな?」
緒環「もちろんですよ。フリーとセットどちらですか?」
佐々木「あ、そういうのもちょっとわからなくて」
緒環「フリーって言うのは他のお客さんと麻雀を打って、セットはご友人と麻雀卓を貸し切ってずっと打つ感じですね」
佐々木「あーじゃあ俺今日一人なんでフリーの方で」
緒環「かしこまりました。確かにお客さん友達いなさそうですもんね」
佐々木「一言多いな」
緒環「それではルール説明の方行いたいのですがよろしいですか」
佐々木「お願いします」
緒環「あ、その前にお客さんタバコ吸います?」
佐々木「ああ、吸うよ。もしかしてここ禁煙?」
緒環「そうなんですよ、全面禁煙となっておりまして」
佐々木「今どきそういうとこ多いからね」
緒環「申し訳ありません、どうしても我慢できなくなったら指でも吸っててください」
佐々木「嫌だよ。それなら我慢するわ」
緒環「それで普段から麻雀は打ちますか?」
佐々木「友達の家でなら何度もやってますね」
緒環「命とか賭けてる感じですか」
佐々木「漫画の読みすぎでしょ。というか何度も命賭けてたら今頃ここに多分いないしね」
緒環「あ、それは失礼しました。何も賭けずにということで?」
佐々木「そうだよ。あったとしてもコンビニでジュース買ってくる人決めるとかそんくらいだよ」
緒環「健全ですね」
佐々木「ここのお店ってお金とかやり取りとか賭けってあるの?」
緒環「いえ、お金のってのは無いですね」
佐々木「ああ、そうなんだそれはよかった」
緒環「ただ、怒っちゃったお客さんが水かけてきたり、喧嘩ふっかけてきたりしますね」
佐々木「かけるってそっち?治安悪すぎでしょ」
緒環「そうなんですよ~、なんか僕ばっかり標的にされちゃってて」
佐々木「ごめん、治安が悪いんじゃなくてあんたが悪いんだわ」
緒環「え?」
佐々木「結構悪口言ってるよねさっきから」
緒環「あ、そうでしたか?」
佐々木「そうだよそれ直せば大丈夫だよ」
緒環「なるほどこれがボタンの掛け違いってやつですね」
佐々木「いや違うから。一方的にあんたが悪いから。うまくかかってるわけでもないしそういうのも言わないほうが良いよ」
緒環「それで基本的な麻雀のルールはこちらになっております」
店員役の緒環が表を取り出し、佐々木に見せて説明する素振りを見せる。
佐々木「あーはいはい、いつもやってる感じですね。大丈夫そうです」
佐々木「あっそうだ、気になることがあって、友人とやる分には良いんですけど、知らない人とやるとなると気をつけたほうが良いことってあるじゃないですか」
緒環「そうですねはい」
佐々木「いくつか今のうち教えてくれないかな?」
緒環「良いですよ、もちろんです。とりあえず気をつけておけば良いのは強打ですね」
佐々木「あのドラマとかで見るバチーンって牌を叩きつけるやつ?」
緒環「そうです。不快に思う人もいるので。あと他にはためロンですね」
佐々木「ためロン?」
緒環「ええ、ロンって言うときに……」
佐々木「……?」
緒環「わざとためて、間をあけてから言うことですね」
佐々木「今ためる必要あった?」
緒環「別に無いです。でもイラッとしたでしょう?」
佐々木「ためロンの実演しなくていいから。普通に口で説明してくれ」
緒環「あとは片手だけで麻雀牌を扱ってください」
佐々木「自分は右利きだから右手でやればいいってこと?」
緒環「そうですね~。両手でガチャガチャやるとイカサマを疑う人もいるんですよね」
佐々木「そういう理由なんだ」
緒環「はい。なので開いてる左手の方は、よかったら指を吸っちゃっててください」
佐々木「だから何度おすすめされても吸わねえよ。麻雀牌がベチャベチャになんだろ。あ、そうだ。今更なんだけどさ、点数計算ってやつ?自信ないんですよね」
緒環「あーはいはい」
佐々木「それでも大丈夫かな?」
緒環「ええ、大丈夫ですよ。聞けば皆さん教えてくれますよ」
佐々木「あーよかった」
緒環「一番手っ取り早いのは、とりあえずあがったら跳満って言っちゃうことですね」
佐々木「え?どういうこと?」
緒環「そしたら自分を強く見せたいイキった人が、正しい点数をドヤ顔で教えてくれるんで」
佐々木「そんな人の心理をついた恐ろしい手法使えねえよ」
緒環「でも麻雀ってそういうゲームですよね?心を読むみたいな」
佐々木「それはゲーム内だけにしといてくれ。点数わかんなかったら丁寧に聞くわ」
緒環「それでは今は満席なので…ご案内まで大体30分くらいかかりますね」
佐々木「え、そんなにかかっちゃうの。それなら今日のところはいいかな」
緒環「いやいや、そんなことをおっしゃらずに~」
佐々木「あと接客も結構口悪いしね」
緒環「考え直してくださいよ~。鴨がいないと困っちゃうんですよ」
佐々木「だからそういうところだって。いいかげんにしろ」
ふたり「どうもありがとうございました~」
午前の出番はこれで終わりだ。
客層や流れを見て午後のネタは何にするか決めることにする二人だった。