01 スマホ修理ショップ
漫才の舞台袖。緒環と佐々木は自分らの順番を待っていた。
今やっている組が終わればもう自分たちがコントを披露することになる。
「やばいな。ウケるかわかんなくなってきた」
ボケ役の緒環は珍しく自身でネタと台本を作ったのでいつになく緊張している。
「まあ大丈夫だろ。ウケなかったら客の見る目が無いだけだろ」
念のために眼鏡を拭き直しながら受け答えをするツッコミ役の佐々木はむしろ本番の舞台を待ちきれない様子だ。
やや大柄な体型にしては細い眼鏡を愛用している。
「今日の客は思ったより多いしな。滑ったら酒ガッツリ飲んで忘れることにするよ」
「それくらいの調子がまあいいだろ。おっ」
大爆笑とまではいかないまでもややウケな笑い声が聞こえ、次いで拍手が聞こえた。
前の組が終わったようだ。
「やってやりますか」
「失敗しても酒が飲めるならそれはそれでありだな」
緒環「どうも~!」
佐々木「よろしくお願いします~」
緒環「僕ね最近興味あることができて」
佐々木「何ですか」
緒環「スマホですね。いろんなのあって面白いじゃないですか」
佐々木「あー、そうですね毎年新作も出ますし」
緒環「色々見てみるの好きでね。斎藤さんのも使ってるの見せてくださいよ」
佐々木「ん?俺が使ってるのはこれ」
緒環「あー、オアロイドってやつですか」
佐々木「アンドロイドだよ。アンドとオアの選択間違えるやつ初めてだよ」
緒環「それでこれをどれくらい使ってるんですか?」
佐々木「もう三年くらいかな。愛着湧いちゃって」
緒環「あー、もう手垢にまみれちゃって~」
佐々木「言い方ってもんがあるでしょ」
緒環「それに耳垢にもまみれちゃって」
佐々木「そこまでは汚くないよ。確かに電話する時耳に当てるけどさ」
緒環「それで僕ね、この前スマホの修理ショップ行ってきたのよ」
佐々木「あー、駅前とかにある直してくれるお店ね」
緒環「面白そうだからちょっとやってみたいんだよね」
佐々木「わかったよ」
佐々木「駅前の再開発も終わって、この辺も歩きやすくなったな。便利便利。」
佐々木「店も新しいのが出来たみたいで……お、スマホ修理ショップか。この前画面割っちゃったからここで直してもらうかな」
緒環「いらっしゃいませー」
佐々木「すいません、ちょっと割れちゃったんで直してもらえますか?」
緒環「えっ?眼鏡屋さんならうちの隣ですよ」
佐々木「別にメガネは割れてねえよ。スマホだよスマホ」
緒環「あ、おスマホが割れてしまったんですね!失礼しましたこちらへどうぞ」
緒環「それでおスマホが割れてしまったとのことですが……」
佐々木「ちょっとまって」
緒環「はい?」
佐々木「その『お』スマホって何?」
緒環「あ、お客様の大切な持ち物ですので丁寧に"お”をつけさせてもらってます」
佐々木「流石に聞いたことねえよ。不自然すぎるだろ。その言い方はやめてくれよ」
緒環「承知いたしました。それでは割れてしまったスマンの方なんですけど」
佐々木「スマン!?」
緒環「はい」
佐々木「え?何?どういうこと?」
緒環「スマートフォンの最初と終わりを取ってスマンです」
佐々木「なんか雑な謝り方になってんじゃん。スマホで頼むよスマホで」
緒環「承知しました」
佐々木「ここの看板、『スマホ修理ショップ』って書いてあったろ…大丈夫か?」
緒環「それでお客様のスマホの確認をしたいんですけど」
佐々木「そう、これなんだけどね」
緒環「あー、見事に割れちゃってますね、腹筋みたいに」
佐々木「腹筋!?そんなシックスパックみたいな割れ方はしてないでしょ」
緒環「あ、ホントだ。どっちかって言うとお客様の顔みたいな割れ方でした」
佐々木「お前失礼すぎんだろ。俺の顔どんだけぐしゃぐしゃって言いたいんだ」
緒環「それにしてもガッツリ割れちゃってますね」
佐々木「そうなんだよ。困っちゃって」
緒環「原因は何でしょうか」
佐々木「原因っていうか床に落ちちゃったときにね」
緒環「メンコですか?」
佐々木「メンコ!?」
緒環「いや、メンコの代わりにスマホ叩きつけて遊んでたんですよね?」
佐々木「いやいやそんな使い方しないよ!?」
緒環「で、相手のスマホをひっくり返すことができたらそれをもらえるんですよね」
佐々木「相手もスマホでやってんの?お互い画面バキバキになっちゃうよね」
緒環「いやでも流行ってるらしいですよ」
佐々木「ほんとかよ…仮にもスマートの名を冠した機器だぞこれ」
緒環「それではお預かりする前にいくつか質問させていただきますね」
佐々木「あーはい、いいですよ」
緒環「お名前は?」
佐々木「佐々木です」
緒環「お住まいは?」
佐々木「東京です」
緒環「ご趣味は?」
佐々木「え、趣味関係あります?
緒環「ええ、一番関係あります」
佐々木「あー釣りやってますね」
緒環「確かにお客様、素手で鮭とか弾き飛ばしてそうですもんね」
佐々木「お前には俺がヒグマかなんかに見えてんの?」
緒環「それでスマホをご購入なさったのはいつ頃ですか?」
佐々木「三年くらい前ですかね」
緒環「あーそれだともう手垢」佐々木「言わせねえよ、いやそれは。」
緒環「なかなかやりますねお客さん。」
佐々木「さっきやらされたんだよ」
緒環「それでですね、スマホのロックの番号あるじゃないですか、アレを教えていただけますか?」
佐々木「え、それも必要なの?0821だよ」
緒環「お、これですと誕生日ですか?ウサイン・ボルトの」
佐々木「なんで世界最速の男なんだよ。そこは大概自分のだろ」
緒環「あとあっちの番号も教えていただけますか?」
佐々木「あっち?」
緒環「銀行の暗証番号」
佐々木「やだよ。絶対関係ないでしょ。流れで聞き出そうとするのやめろよ」
緒環「失礼しました。これくらいの修理だとお値段はこれくらいですね」
佐々木「あ、こんなもんなんだ」
緒環「はい、今から作業も可能ですがどうします?」
佐々木「どれくらいかかるの?」
緒環「3年くらいですね」
佐々木「3年!?3年使ったスマホ修理するのにまた3年かかるの!?」
緒環「すいません間違えました、3時間ですね」
佐々木「しっかりしてくれよ。じゃあ、今から修理お願いしようかな」
緒環「ありがとうございます」
緒環が一旦お客さんから見えない袖幕まで歩く。その後、
緒環「おめーら!仕事の時間だ!気合い入れろ!ダラダラしてねえで作業にかかりやがれ!」
低い怒号がマイクを通していないにも関わらず大音量で聞こえてきた。
緒環「すいません、お待たせしました」
佐々木「いやちょっとまって、今聞こえてきた声なんだったの?凄い野太いやつ」
緒環「え?私の声ですよ?」
佐々木「あんな声出さなくても良くない?スマホ修理に似合わないような、どっちかって言うと道路とか修理してそうな」
緒環「そんなことないですよお客さん」
佐々木「なんか不安だな」
緒環「いえいえ腕はバッチリですよ、安心してください。このへんの道補修したのうちの若い奴らなんで」
佐々木「やっぱ道路工事のほうじゃねか!確かに歩きやすくなったって感心したけどさ」
緒環「ん?あ、ちょっと失礼しますね」
そう言うとまた袖幕まで緒環は歩いていってしまった。
佐々木「でも3時間か~。何してようかな」
緒環「お待たせしました。修理の方完了しました」
佐々木「早くない!?3時間じゃなかったの?」
緒環「いえ、3分の間違いでした」
佐々木「それはそれで早すぎんだろ。で、ちゃんと修理できたの?」
緒環「ええもうバッチリです」
佐々木「あ、本当だ綺麗になってるし、ちゃんと動くね」
緒環「それとサービスで画面保護シールを貼らさせていただきました」
佐々木「本当だ。気が利くね」
緒環「画面の傷防止の他に、覗き見防止効果も360°備わってます」
佐々木「じゃ俺は今までなにに喜んでたんだよ。360°ってどこから見ようとしても見えねーじゃねーか」
緒環「それとですねもう一個サービスで風圧の方、つけておきましたので」
佐々木「風圧?」
緒環「はい。地面に叩きつけたときに風が一気に起きるので勝ちやすくなりますよ」
佐々木「だからメンコにはしねえよ。いいかげんにしろ」
ふたり「どうもありがとうございました」
まあまあな笑いは取れたとは思うが、もしかしたらお情けの笑いかもしれなかった。
しかし、固定ファンはまだまだいない彼らは、これからも必死に笑いを取り続けるしかないのだ。