098 立案者(プランナー)
「あ~……くそっ、失敗かよっ!」
睦月達の住む地方都市の端側、角道にあるビル型インターネットカフェの個室ブースの一つで、長髪の男が叫んだ。
備え付けのヘッドセットを乱雑に投げ置いた為、机に乗っていた空の紙コップが机の上を転がっていく。しかし男は気にせず、次は自らの足を(土足で)置いた。
「上手くいくと思ったんだけどな~……」
背もたれに体重を掛け、腕枕に載せた頭で天井を見上げる。値は張るが他のブースとは違って機密性がある分、適当に独り言を叫んでも、内容までは誰かに聞かれることはない。
もっとも……聞く者が居ればの話だが。
「……まっ、いっか」
しかし男は気にすることなく背を起こすと、目の前のゲーミングPCの電源を切らないまま立ち上がり、荷物を纏め始めた。
「過集中状態に入る方法はある程度使えることが分かったわけだし。できれば、『最期の世代』の内の一人でも、殺せれば良かったけど……」
そもそも、自ら『立案者』と名乗っていた男の今回の目的は、その一点に尽きる。
「これ以上は俺にとばっちり来そうだし……逃げよっと」
しかしその前に、と最後に机に置いていた書類を捲り、あるリストに視線を落とした。
「やっぱり、順番通りに狙っていくのはきついなぁ~」
せめて逃げる前に、次の標的を選別しようと、男は手に持っている『最期の世代』の名簿を上から順に、指でなぞっていく。
「『運び屋』からもうすでにアウトだし……と、なると」
指は、『医者』、『技術屋』、とずれていき……
「……あん? 『鍵師』?」
その指が、八番目の人物の上で止まった。
リストは何度か目を通しているが、大抵は面倒な庇護者が居るか、『裏社会の住人』しかいない。服役中の『詐欺師』も、裏を返せば刑務官が護衛しているともとれる。
けれども……その中で唯一、『鍵師』だけは違った。
「博士課程の大学院生……って、ただの一般人じゃん」
実力を量る目的もあって、一先ずは上から順に片付けて行こうかとも考えていた。が、現状を見る限り、一番弱そうな者から狙った方が確実だろう。
「『鍵師』とか言って、結局は鍵開け屋だろう? 何で学生やってんのかは知らねえけど……一番楽そうだし、次はこいつにすっかな」
男は楽し気に唇を歪め、全てを見下すような目を書類に落としていたが、
――ブゥン!
「…………ん?」
不意に電子音が聞こえ、放置していたモニターへと視線を移した。
インターネットカフェに設置されているPCは不特定多数が使用することを前提としている為、電源を切るか時間が経つ等の要因で、環境の自動復元が行われることがある。しかも攻撃的なハッキングを仕掛けていたのは別の発達障害者なので、その様子を別途、監視カメラ越しに覗くだけで事足りた。
さらに今は、接続を切っているので、そこから逆探知されることはない。
……その、はずだった。
「何だ……?」
放っておけば勝手に消えるとはいえ、フラッシュメモリからコピーして移した不正アクセス用のソフトは、事前に削除してある。今は暇潰しに見ていたWEBブラウザしか画面に残っていなかったはずだが……電子音が鳴った後に覗いてみれば、コマンドライン・インターフェースのウィンドウが浮かび上がっていた。
『Hey, |you son of a bitch《クソ野郎》……』
「は?」
外部からのハッキングだけではない。男が驚いたのは、そのテキストの中身の方だった。
『……|I'll deal with you《お望みなら》 |if you want《相手してやるよ》.』
――ドドドドドド…………!
「……はぁっ!?」
突然の爆発音に驚いた男はプリントアウトしただけの書類を投げ捨てると、アタッシュケースの取っ手を掴んで個室ブースから飛び出した。滞在していたのは一階だったので、脱出するにはそのまま出入り口に向かうか、仕切りのある席のエリアを通って窓を破るしかない。
けれども、その思惑は、現在進行形で行われている爆破解体によって、すぐに頓挫してしまう。
(店員も居ない……くそ、人払いしたのが裏目に出たかっ!?)
おそらくは爆薬の設置と同時に、店員達を避難させていたのだろう。適当な予約情報や偽の利用記録をでっち上げて客を入れないようにし、いざとなれば店員を人質に、と考えていたのだが……すでに先手を打たれていたらしい。
(いったいいつ……やばっ!?)
男は持ち手を操作し、留め金を外してアタッシュケースを開けた。
それは『犯罪組織』の一人、アクゼリュスが持っていた物とはさらに複雑さが増した、特殊な連結武器だった。複数の鈍器を傘のように展開し、天井に向けて瓦礫を退かしながら、迫りくる二階へと潜り上っていく。
(外は無理か……なら上だっ!)
この日本で爆破解体を、しかも内部で受けることになるとは思っていなかった。だが、男はむしろ嗤い、楽し気に落ちてくる階層を駆け上って行く。
(ははっ! おいおいまさか……)
最初こそ、突然の爆発音に驚きはしたが、状況に慣れるにつれ、むしろ愉悦が心中を満たしていく。
モニターに表示されたテキストの送り主……内容からして、八番目しか思い付かないからだ。
「まさかそっちから来てくれるとはなぁ……っ!」
とうとう屋上まで駆け上がり、すでに日の沈んだ夜闇に身を晒す。男は長髪を振り回し、周囲を見渡して……隣のビルの屋上に、目的の人物が佇んでいるのを見つけた。
「…………お前か? 『鍵師』ってのは」
十代後半から三十代前半。化粧品等のスキンケアが発達した現代では、外見だけで年齢を推測することは難しい。だがもし、予想通りの人物であるならば……彼女は、二十代半ばのはずだ。
長髪を首元で纏め、丸眼鏡を掛けた女は旧式の.45(11.5mm)口径自動拳銃片手に、男を見下ろしてくる。
「だったらなんだよ……クソ野郎」
銃口が持ち上がり、男に向けられる。
――ドォン!
即座に引き金が引かれ、放たれる凶弾を男は弾いた。
「面白いだろ? 『犯罪組織』にも似たようなのを売ったんだけど、これはその発展型で、っ」
しかし、次の銃弾が飛んでくる方が早かった。仕方なく弾いた男は、解体で崩れたビルの上を駆け、発砲してくる女――『鍵師』の下へと向かって行く。けれども、彼女はただ座することはしなかった。ビルの縁にでも括りつけていたのか、ワイヤーロープを伝って降りながらも、さらに引き金を絞ってきている。
「話は嫌いかっ!?」
「ナンパ野郎との話は特になっ!」
倒壊したビルの上に降り立った『鍵師』からの銃弾を、手持ちの武器を広げたまま盾とし、弾きつつ距離を詰めていく。
.45口径は汎用性の高い9mm口径よりも弾速や貫通性は劣る。だが大口径ゆえの、銃弾の重さによる人体打撃力、つまり威力は9mmのそれよりも上だ。
しかし、所詮は拳銃弾。貫通性ではなくただの質量攻撃であれば、軌道を逸らすだけで十分に受け流せた。
(多少とはいえ、反動は9mm口径よりも上だってのに……)
「……やるね、っ!」
距離を詰め終えた男は盾を一対の鎌へと変形させ、左右から挟み込むようにして『鍵師』へと襲い掛かる。けれども、紙一重で後方へと下がられてしまい、空を切ってしまった。
――ガチッ!
けれども、彼女もまた追撃ができなかったようだ。
.45口径の銃弾自体が一回り大きい分、装弾数は9mm口径よりどうしても少なくなってしまう。彼女が使う旧式の自動拳銃であれば、現代の技術より洗練されていない分なおさらだ。
七発しか装填できない弾倉の為か、相手は弾切れを起こしてしまっていた。
「チッ!」
舌打ちと共に、『鍵師』が銃身が下がりきった自動拳銃を降ろし、弾倉の再装填へと移ろうとしている。しかし、男の方にはその隙を狙わない理由がない。
「させねぇよっ!」
持ち手を鎌の刃近くに握り直し、双剣へと変形させて襲い掛かった。さすがに間に合わないと悟ったのだろう、『鍵師』の女は自動拳銃のスライドロックを解除し、銃身を戻しながら懐へと差し戻していた。代わりに何か、別の何かを抜き出してきたようだが……
「……何だそれ?」
思わず言葉が漏れ出る程に、意外な代物だった。
『鍵師』が取り出したのは、何故かレーザーポインターだった。拳銃等に取り付ける照準用の部品であればまだ分かるが、彼女が握っているのは大学の講義等、大画面で指示棒代わりに使うような市販品。
そのレーザーポインターを、『鍵師』の女はある一点に向けて照射してきた。
「ノーコンかよっ!」
最初こそ、レーザーポインターの照射光をこちらの眼に向けて、失明させる算段かと思った。
「そういや昔、弟が言ってたんだけどさ……」
どうせ無駄な抵抗だと高を括り、突っ込もうとしたのだが……
「……『喧嘩売ってきた相手に戦い方を合わせてやる馬鹿が、どこに居るんだよ?』」
――ドゥッ!
「ガッ!?」
……どこかから放たれてきた狙撃銃の弾が、レーザーポインターに示された男の武器のある一点へと、着弾した。
(さて、どうするかな……)
レーザーポインターを口に咥えて、一度手放す。再び旧式の.45口径自動拳銃を抜いた『鍵師』の女――葉月朔夜は慣れた動作で弾倉を換装し、再び七発の銃弾を込めた。
さすがに連結部分を撃ち壊されれば動作不良を起こしてしまうらしく、変形する手が止まっていた。
だが……それだけで勝てるとは、朔夜も思っていない。
「ぷっ! ……で、まだやるか?」
右手に.45口径、左手に口から掴み取った合図用のレーザーポインターの照射機を持ち、いつでも攻撃できるように構えながら、じりじりと距離を詰めていく。
「……『傭兵』は、出掛けてるんじゃなかったのか?」
「ああ。仕事帰りのところをとっ捕まえて来た」
レーザーの照射を合図に、数秒間光を受けた地点を狙撃するよう、『傭兵』には伝えてある。距離は1kmにも満たないが、少し離れたところにある、さらに高階層のビルの屋上に待機させていた。
朔夜自身が降り立ったことで少なからず囮になった為か、『立案者』と名乗っていた男は銃撃されるまで、伏兵の可能性を考慮できなかったらしい。
そして結果……一部とはいえ、連結武器を破壊されてしまったのだ。
「二対一か、きついな……」
「いや……三対一だ」
そこでようやく、男は連結武器を全方位に展開し、自身の防御に意識を注いだ。直後、ペストマスクを纏った小柄な『爆弾魔』の洗礼に包まれていく。
――ドドドドドド……ッ!
だが男は、武器を球体にして強引に、爆発の中を突っ切って行った。
「悪いけど逃げるよっ!」
「追えっ!」
朔夜が叫んだのは、嘲笑しながらも敗走する男にではない。爆弾をばら撒いた後に降り立って来た『爆弾魔』、弥生に対してだった。
「じゃあねぇ~……」
『待てっ!』
両手を持ち上げ、.45口径の銃弾を放ちながら、英治へ再び狙撃の合図を送る。さらには弥生の爆発物が銃弾の上から覆い被さり、動きが止まったところを包み殺そうとしていた。
ただ……相手の方が早かった。
爆発の後には死体どころか、連結武器の欠片すら残っていない。先程破壊して千切れ飛んだ一部も、すでに地面から消えている。何らかの仕掛けがあったのか、それとも回収する余裕があったのか……どちらにせよ、何の手掛かりも残してこなかった。
レーザーポインターを握っていた左手をそのまま耳に当てた朔夜は、取り付けていたイヤホンマイク越しに英治へと叫んだ。
「見失った、追えるかっ!?」
『無理だ! 多分地下に潜った!』
この近辺は道路整備の都合で、アスファルトが剥がされている最中の場所が多い。中には下水道等、人が通れる地下坑道に繋がっているものもある。今から急いで追い駆けたとしても、逃げられる可能性の方が高かった。
「……逃げられたか」
そう結論付け、自動拳銃を振って硝煙を払う朔夜に近寄って来た弥生が、ペストマスクの代わりに眼鏡を掛けながら口を開いてきた。
「朔姉ちゃん。あいつ、って……」
「分からねえ……」
全弾撃ち尽くした自動拳銃を懐に戻した朔夜は、英治にも撤収するように告げてから、イヤホンマイクを外した。
「……面倒臭そうなのは、たしかだけどな」
弥生に爆破解体させたのは相手を逃がさない為だが、同時に周囲から人を呼び、時間稼ぎしている間に到着した警察辺りに引き渡そうとしたからだが……相手の引き際の方が早すぎた。
己が強欲を律するだけの自制心があるのか……それとも単に、世間を嘗め腐る程に甘え癖が酷いのか。
「とにかく、一旦和音婆さんの店に帰るぞ。他の連中にも……話を聞かないとな」
「そうだね。それにしても……」
二人並んで歩く中、ペストマスクをお面のようにして側頭部付近に被せた弥生が、朔夜の方を見上げて聞いてきた。
「よくすぐに、英治を見つけられたね。姉ちゃん」
「ああ……あいつ、私の通ってる大学近くで、暢気に引越しのバイトをしてやがった」
社員に怒られる新人バイトの構図なんてよくある話だが、叱られているのが昔馴染みだとはさすがに予想できなかった。
「まさか気分転換に外へ出たところで……あ、忘れてた」
その光景を見て驚いていた丁度その時に、弥生から電話が掛かってきたので……肝心の用事を忘れていたことを、朔夜はようやく思い出したのだった。
「ってぇ~……あそこまでやるか、普通?」
朔夜達『最期の世代』の三人から逃げ切ったまでは良いが、連結武器の故障やとっておきの使用で、どうしても身体にダメージが残ってしまった。仕方がないので一旦退こうと、『立案者』を名乗る男は連結武器を強引にアタッシュケースへと戻して、地下道を歩き始めた。
(中々面白かったけど……やっぱり勝算に欠ける、か)
自省と自戒、そして今後の方針を考えながら、男は歩き続けた。
(やっぱり初めに潰すなら……もう手の内が分かってる奴しか居ないか)
肝心の、『最期の世代』に手を出した後悔を抱かないまま……




